さげわたし

凛江

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第三章 セドリック その二

遠乗り①

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乗馬服一式を贈った翌朝、セドリックはアメリアを厩舎へ連れて行くため、離れに迎えに行った。
青い乗馬服に身を包んで現れたアメリアは凛々しくも可愛らしくもあり、セドリックは「とてもお似合いです」と目尻を下げた。
ドレスとは違って、アメリアの美しい足のラインもはっきりとわかる。
華奢な少年騎士のようにも見え、セドリックにそんな趣味はないが、そういった趣向の人間が近くにいたら危ないと思うくらいよく似合っていた。

「ありがとうございます」
褒められたアメリアはポッと頬を染めると、恥ずかしそうに俯いた。
何も欲しくないと言い切っていたアメリアだったが、意外にも乗馬服は素直に受け取ってくれ、セドリックはホッとしていた。

実はアメリアに何か贈りたいと探っていたセドリックだったが、カリナたち護衛騎士から、彼女が出かけた際によく馬を見ているので興味があるのでは、との情報があった。
だから乗馬服は本当に贈りたいものの前段階なのだが、もしかしたら頑なに拒まれるのではないかと不安だったため、今乗馬服で現れたアメリアに、心から安堵し、嬉しく思っていたのだ。

厩舎に着くと、セドリックは白く美しい若馬を奥の方から引いてきた。
鞍も、あぶみも、新しいものを取り付けてある。
「この馬は去年生まれた牝馬めすうまです。この子を貴女に贈りたいのですが、可愛がってくれますか?アメリア」

そう、本当の贈り物はこの馬だ。
セドリックの突然の問いかけに、アメリアは目を丸くした。
「こんな…、立派な馬を私に?」
「ええ、今まで適当に呼ばれていたので、名前も貴女がつけてやってくださいね」
「でも…、私なんかに…」
「貴女は公爵夫人です。二度と『私なんかに』などとは言わないでください。それに、貴女が断るとこの子は馬肉料理になってしまうかもしれませんが、」
「馬肉…⁈ありがとうございます!喜んでいただきます!」
アメリアは慌てて、飛びつくように白馬に駆け寄った。
鼻の上を撫でてやると、馬は気持ち良さそうに大人しくしている。

「…可愛い…」
嬉しそうに、馬に頬擦りするアメリアを、セドリックも目を細めて見つめる。
「ありがとうございます、閣下。本当に、ありがとうございます」
「いちおう馬との相性を見るためと慣らすために、一緒に練習しましょう」
セドリックが指差した先にはサラトガ騎士団が乗馬訓練するための馬場がある。
「昼間は騎士団の訓練があるので、朝食前の時間に練習するとしましょうか」

アメリアは、馬に『コハク』と名付けた。
よっぽど嬉しかったのか、暇を見つけては厩舎に通っているらしい。
馬の世話係に世話の仕方を聞いて餌をやったり、ブラッシングの手伝いもしているそうだ。

そしてセドリックは、この三日間毎日朝食前の時間に、アメリアを乗馬訓練に誘っている。
馬をきっかけに、少しでも彼女と交流できればと思ったのだ。

もちろん、不用意に彼女に触れてなどはいない。
乗馬に慣れていたアメリアは、乗り降りの際にも手助けを必要としなかったから。

アメリアは最初こそセドリック直々の指導に恐縮していたが、馬に乗れる楽しさにはかなわなかったのだろう、すぐに受け入れたようだ。
そして、元々乗馬に慣れていたせいか、身体能力に優れていたからか、すぐにコハクを乗りこなせるようになっていた。
相性も良いらしく、コハクもすぐに彼女に懐いたようだ。

セドリックは、この三日間執務を詰め込んで行っているため、アメリアとのお茶の時間はとれていない。
それでも晩餐は必ず離れで一緒にとるようにして、今までになく積極的に話しかけている。

アメリアの育てている野菜の話、虫捕りや釣りに行った時の話、領内で知り合った子どもたちの話。
本当に他愛もない話ばかりだが、セドリック自身、アメリアの口から聞きたかった彼女の日常の話だ。
そんな話をする時のアメリアは少しだけ楽しそうに見え、このまま少しずつでも心の距離が近づけばいい…、そうセドリックは思っている。

仕事を詰め込んで丸一日休みをもぎ取ることに成功したセドリックは、四日目、いよいよアメリアを誘って遠乗りに出かけることにした。

サラトガ公爵邸は本城と呼ばれる巨大な要塞の敷地内にある。
『王国の盾』サラトガ領には国境近くにいくつか要塞を持っているが、この本城はもちろんその中心だ。

その本城の裏から森を抜け、丘を越え、馬に乗ってゆっくりと駆けて行く。
セドリックは後ろからついてくるアメリアを気にしてちょくちょく振り返り、その度アメリアは目を合わせて微笑んだ。
そしてだいぶ間を空けた後ろからは、セドリックとアメリアの護衛騎士たちがついて来ている。

「疲れませんか?」
「いいえ、ちっとも!」
外で見るアメリアは、公爵邸の離れで見る彼女とは別人のように明るかった。
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