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第三章 セドリック その二
拒絶
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「嫌…、嫌です私、結婚式なんて」
「…アメリア?」
唇を震わせて拒絶の言葉を口にするアメリアに、セドリックは思わず手を伸ばし…、そして戻した。
「結婚式なんて…、お披露目なんて、絶対に嫌です。だって私が領主夫人だと知れてしまったら、領民の皆さんが今までのように接してくれなくなるでしょう?」
「そんなことはありません。きちんと貴女が私の妻だとお披露目し、皆に祝福してもらって、」
「いいえ!いいえ閣下!皆さんが私に優しくしてくださっていたのも気軽に話しかけてくれたのも、私が『あのアメリア』と知らないからです!閣下だってそれはおわかりでしょう⁈」
いつになく取り乱した様子のアメリアにセドリックが驚いていると、バタンと音がして扉が開き、カリナが居間に飛び込んで来た。
「何事ですか、閣下!」
カリナはまるでアメリアを庇うようにセドリックとの間に立った。
護衛騎士のカリナは扉の外で控えていたのだが、主人の叫び声を聞いて反射的に飛び込んで来たのだろう。
本来なら不敬な行為であるが、セドリックはカリナのその表情に息を飲んだ。
その背後では唯一部屋の隅で控えていたハンナが、アメリアに駆け寄って抱きしめている。
(また私は間違えたのだろうか…)
呆然と見つめるセドリックに、アメリアはハンナの腕の中から顔を上げた。
その目には瞳いっぱいの涙がたたえられ、セドリックはハッと胸を衝かれた。
「閣下、お願いです。私はこのまま穏やかに、平穏に暮らしたいのです。私なんかがそれを望むのは我儘だということも、分不相応なお願いだということもわかっております。でも、どうかお願いです閣下。私のやっと見つけた居場所を奪わないでくださいませ」
「しかし…、貴女が私の妻であることはいつまでも世間に隠し通せるものでもありません」
「でも…、後継を産むことが『公爵夫人としてのつとめ』だと、そうおっしゃったのは閣下ではありませんか。そのつとめは、きっときっと果たしてみせます。それ以外でも、雑用でも何でも、私が手伝えるお仕事なら何でもします。公爵領の方たちのためになることなら喜んで働きます。でも、皆の前でお披露目するのは…、どうか。どうかご容赦ください。お願いですから、どうぞこのまま、お捨て置きくださいませ」
(…捨て置く?)
その言葉にセドリックは愕然とした。
今まで領地で結婚式を挙げなかったのは、悪評ある彼女を人目に晒したくない思いがあったから。
そこには国王に下げ渡された妻を娶る自分の姿を見て嘲笑する人々を見たくないという思いと同時に、必要以上に彼女を傷つけたくないという配慮も少なからずあった。
「アメリア…」
セドリックはアメリアの前に跪き、その右手にそっと触れた。
アメリアはピクリと反応して手を引こうとしたが、今度はセドリックは離さなかった。
彼女の手をそっと自分の左手でとるとそれを包むように右手を被せ、そして真っ直ぐに彼女の顔を見上げた。
「不甲斐ない私のせいで、貴女には本当に辛い思いをさせてしまいました。式も挙げず、お披露目もせず、二ヶ月間も貴女を私は放置した。しかし聞けば、貴女は領民たちとかなり親交があるようではないですか。その貴女が公爵夫人だと露見したところで、今更誰が貴女を嫌うでしょうか。それに、私が貴女を大事に扱っているのを見せつければ、領民たちだってあれは根も葉もない悪い噂だったのだと納得するでしょう」
「でも…、それでは領民たちを騙すことになります。私はもうこれ以上嘘をつきたくないのです」
「アメリア、嘘でも騙すのでもありません。薄っぺらく聞こえるかもしれませんが、私は本気で貴女を大事にしたいと思っています。この先、貴女を妻として大切にしていきたいんです」
そう言うとセドリックは自分の手で包み込んでいたアメリアの手をさらにキュッと握ったが、彼女から握り返されることはなかった。
そして、セドリックと目を合わせることもなく、その細い肩は小刻みに震えていた。
「…アメリア?」
唇を震わせて拒絶の言葉を口にするアメリアに、セドリックは思わず手を伸ばし…、そして戻した。
「結婚式なんて…、お披露目なんて、絶対に嫌です。だって私が領主夫人だと知れてしまったら、領民の皆さんが今までのように接してくれなくなるでしょう?」
「そんなことはありません。きちんと貴女が私の妻だとお披露目し、皆に祝福してもらって、」
「いいえ!いいえ閣下!皆さんが私に優しくしてくださっていたのも気軽に話しかけてくれたのも、私が『あのアメリア』と知らないからです!閣下だってそれはおわかりでしょう⁈」
いつになく取り乱した様子のアメリアにセドリックが驚いていると、バタンと音がして扉が開き、カリナが居間に飛び込んで来た。
「何事ですか、閣下!」
カリナはまるでアメリアを庇うようにセドリックとの間に立った。
護衛騎士のカリナは扉の外で控えていたのだが、主人の叫び声を聞いて反射的に飛び込んで来たのだろう。
本来なら不敬な行為であるが、セドリックはカリナのその表情に息を飲んだ。
その背後では唯一部屋の隅で控えていたハンナが、アメリアに駆け寄って抱きしめている。
(また私は間違えたのだろうか…)
呆然と見つめるセドリックに、アメリアはハンナの腕の中から顔を上げた。
その目には瞳いっぱいの涙がたたえられ、セドリックはハッと胸を衝かれた。
「閣下、お願いです。私はこのまま穏やかに、平穏に暮らしたいのです。私なんかがそれを望むのは我儘だということも、分不相応なお願いだということもわかっております。でも、どうかお願いです閣下。私のやっと見つけた居場所を奪わないでくださいませ」
「しかし…、貴女が私の妻であることはいつまでも世間に隠し通せるものでもありません」
「でも…、後継を産むことが『公爵夫人としてのつとめ』だと、そうおっしゃったのは閣下ではありませんか。そのつとめは、きっときっと果たしてみせます。それ以外でも、雑用でも何でも、私が手伝えるお仕事なら何でもします。公爵領の方たちのためになることなら喜んで働きます。でも、皆の前でお披露目するのは…、どうか。どうかご容赦ください。お願いですから、どうぞこのまま、お捨て置きくださいませ」
(…捨て置く?)
その言葉にセドリックは愕然とした。
今まで領地で結婚式を挙げなかったのは、悪評ある彼女を人目に晒したくない思いがあったから。
そこには国王に下げ渡された妻を娶る自分の姿を見て嘲笑する人々を見たくないという思いと同時に、必要以上に彼女を傷つけたくないという配慮も少なからずあった。
「アメリア…」
セドリックはアメリアの前に跪き、その右手にそっと触れた。
アメリアはピクリと反応して手を引こうとしたが、今度はセドリックは離さなかった。
彼女の手をそっと自分の左手でとるとそれを包むように右手を被せ、そして真っ直ぐに彼女の顔を見上げた。
「不甲斐ない私のせいで、貴女には本当に辛い思いをさせてしまいました。式も挙げず、お披露目もせず、二ヶ月間も貴女を私は放置した。しかし聞けば、貴女は領民たちとかなり親交があるようではないですか。その貴女が公爵夫人だと露見したところで、今更誰が貴女を嫌うでしょうか。それに、私が貴女を大事に扱っているのを見せつければ、領民たちだってあれは根も葉もない悪い噂だったのだと納得するでしょう」
「でも…、それでは領民たちを騙すことになります。私はもうこれ以上嘘をつきたくないのです」
「アメリア、嘘でも騙すのでもありません。薄っぺらく聞こえるかもしれませんが、私は本気で貴女を大事にしたいと思っています。この先、貴女を妻として大切にしていきたいんです」
そう言うとセドリックは自分の手で包み込んでいたアメリアの手をさらにキュッと握ったが、彼女から握り返されることはなかった。
そして、セドリックと目を合わせることもなく、その細い肩は小刻みに震えていた。
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