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第三章 セドリック その二
義姉と義弟
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セドリックとマイロが離れに着くと、案の定アメリアはハンナやカリナと共に畑に出ていた。
彼女は突然やって来たセドリックに驚いていたようだが、その後ろにいる少年を見るとさらに目を見開いた。
「おはようございます、閣下…と…、まぁ…」
「おはようございます義姉上、精が出ますね」
「まぁマイロ様、ご機嫌よう」
にこやかに挨拶を交わす妻と弟の姿を、セドリックは目を丸くして見つめた。
義姉上?
マイロ様?
二人はこんな親しげに話すような仲ではなかったはず。
いや、それどころか、セドリックの記憶では例の初顔合わせ以来二人の接点など全く無かったはずだ。
それを、アメリアは今マイロを名前で…。
「今日はマイロ様とご一緒なのですね、閣下」
アメリアに声をかけられ、呆然としていたセドリックは意識を戻した。
「え?ええ」
曖昧に頷いて見せると、マイロの方へ鋭い視線を送る。
おそらく、アメリアが自分から本邸をたずねることはないはずだ。だとしたら…。
「おまえは…、よくここに来ているのか?」
セドリックはまるで問いただすようにマイロにたずねた。
しかしそんなセドリックに、マイロはあっけらかんと「時々」と答え、こんな話を始めた。
半月程前だったか、護衛騎士と遠乗りに出かけたマイロは、たまたま通りかかった場所で、虫捕りに夢中になっているアメリアを見かけたと言う。
「畑の跡地でしゃがみこんでいる義姉上を見かけたのです。最初は目を疑いましたよ」
マイロはさも可笑しそうに思い出し笑いしながらアメリアの方を見た。
アメリアは恥ずかしそうに、小さく笑っている。
「しかも捕っているのはミミズですからね。それをご自分が耕した畑に放すというので、気になって見学に来たのです」
それから何度か、畑仕事をしているアメリアを見に来たと言う。
「何故私に黙っていた?」
明らかに不機嫌そうにたずねるセドリックに、マイロはきょとんと首を傾げた。
「兄上は、てっきり義姉上から聞いていると思っていたのですよ」
そう言ってアメリアの方を見ると、彼女は小さく首を横に振った。
「私は…、閣下はマイロ様からお聞きになっているとばかり…」
「ハハッ、お互い言葉が足りなかったのですね。ところで、今日は義姉上は何をされているんですか?」
「今日はトマトの脇芽を摘んでいましたの。もったいないようですけど、こうしないと良く育たないんです」
アメリアが摘んだ脇芽を見せると、マイロは「なるほど」と言いながらトマトの枝を眺めた。
「それで、義姉上は今日もどちらかに出かけるのですか?」
「いえ、今日は今採れた人参でケーキでも作ろうかと、」
「いいですね、私もぜひご相伴に、」
「マイロ」
セドリックの低い声がマイロの声を遮った。
「義母上が待ってるぞ」
今日は晩餐より早めの時間に離れを訪ねる旨を伝えると、セドリックはマイロを連れ、早々に本邸へ引き上げた。
戻る途中再びマイロに何故アメリアと会っていたことを黙っていたのか問い詰めたが、やはりマイロはあっけらかんと言い放った。
「だって兄上は義姉上を嫌って離れに近づかないようにしていたのでしょう?トマスやソニアの話を聞かないのに、私の話など信じますか?」
セドリックはグッと唇を噛んだ。
たしかに、セドリックはずっとソニアたちの言葉を聞き流していた。
それに結婚以来ずっと本邸にいたセドリックを見れば、離れで暮らしていないのはマイロにだってお見通しだっただろう。
「それに、そんな話は本来なら義姉上に聞くべきです。お二人はご夫婦なのですから」
「……」
当然のことを言われ、セドリックはさらに唇を噛む。
だがだからといって、自分の知らないところで妻と弟が親しくなっていたのはやはり腹立たしい。
「カリナたちも知っていただろうに、私に報告しないとは…」
不機嫌な顔を隠そうともしないセドリックを尻目にマイロは話し続ける。
「私も、正直最初は義姉上を毛嫌いしていました。兄上のような英雄に、まさか王家の養女とはいえ子爵家の娘が嫁ぐとは思いもしませんでしたし、しかもあのような悪い噂がある女性だなんて、許せなかったのです。兄上は私の憧れで、兄上の行く道は私にとってずっと正しいものでした。だから、私もずっと義姉上に先入観を持っていて、出来るだけ関わりたくないと思っていたんです。というか、憎んでさえいましたよ」
でも…、と、マイロは笑った。
畑の跡地で虫捕りに興じるアメリアを目にし、その後言葉を交わし、見る目がすっかり変わったのだと言う。
「そう言う兄上こそ、最近は離れに行かれることが多くなったようですね」
マイロにニヤニヤと揶揄うような目で見られ、セドリックはふいっと顔をそらした。
揶揄われたことが恥ずかしかったわけではない、自分の頭の固さと思い込みの激しさを恥ずかしく思ったのだ。
マイロはたった一度の出来事でアメリアに対する認識を変えるほど柔軟なのに、自分はあれほど部下たちに報告させながらも自分自身が歩み寄ろうとはしなかったのだから。
先程の、マイロと話すアメリアの様子が頭に浮かぶ。
年が近いせいか、彼女はマイロに対してはかなり気安そうに見えた。
なんだかお似合いのようにも見え、モヤモヤする気持ちを感じるセドリックだった。
彼女は突然やって来たセドリックに驚いていたようだが、その後ろにいる少年を見るとさらに目を見開いた。
「おはようございます、閣下…と…、まぁ…」
「おはようございます義姉上、精が出ますね」
「まぁマイロ様、ご機嫌よう」
にこやかに挨拶を交わす妻と弟の姿を、セドリックは目を丸くして見つめた。
義姉上?
マイロ様?
二人はこんな親しげに話すような仲ではなかったはず。
いや、それどころか、セドリックの記憶では例の初顔合わせ以来二人の接点など全く無かったはずだ。
それを、アメリアは今マイロを名前で…。
「今日はマイロ様とご一緒なのですね、閣下」
アメリアに声をかけられ、呆然としていたセドリックは意識を戻した。
「え?ええ」
曖昧に頷いて見せると、マイロの方へ鋭い視線を送る。
おそらく、アメリアが自分から本邸をたずねることはないはずだ。だとしたら…。
「おまえは…、よくここに来ているのか?」
セドリックはまるで問いただすようにマイロにたずねた。
しかしそんなセドリックに、マイロはあっけらかんと「時々」と答え、こんな話を始めた。
半月程前だったか、護衛騎士と遠乗りに出かけたマイロは、たまたま通りかかった場所で、虫捕りに夢中になっているアメリアを見かけたと言う。
「畑の跡地でしゃがみこんでいる義姉上を見かけたのです。最初は目を疑いましたよ」
マイロはさも可笑しそうに思い出し笑いしながらアメリアの方を見た。
アメリアは恥ずかしそうに、小さく笑っている。
「しかも捕っているのはミミズですからね。それをご自分が耕した畑に放すというので、気になって見学に来たのです」
それから何度か、畑仕事をしているアメリアを見に来たと言う。
「何故私に黙っていた?」
明らかに不機嫌そうにたずねるセドリックに、マイロはきょとんと首を傾げた。
「兄上は、てっきり義姉上から聞いていると思っていたのですよ」
そう言ってアメリアの方を見ると、彼女は小さく首を横に振った。
「私は…、閣下はマイロ様からお聞きになっているとばかり…」
「ハハッ、お互い言葉が足りなかったのですね。ところで、今日は義姉上は何をされているんですか?」
「今日はトマトの脇芽を摘んでいましたの。もったいないようですけど、こうしないと良く育たないんです」
アメリアが摘んだ脇芽を見せると、マイロは「なるほど」と言いながらトマトの枝を眺めた。
「それで、義姉上は今日もどちらかに出かけるのですか?」
「いえ、今日は今採れた人参でケーキでも作ろうかと、」
「いいですね、私もぜひご相伴に、」
「マイロ」
セドリックの低い声がマイロの声を遮った。
「義母上が待ってるぞ」
今日は晩餐より早めの時間に離れを訪ねる旨を伝えると、セドリックはマイロを連れ、早々に本邸へ引き上げた。
戻る途中再びマイロに何故アメリアと会っていたことを黙っていたのか問い詰めたが、やはりマイロはあっけらかんと言い放った。
「だって兄上は義姉上を嫌って離れに近づかないようにしていたのでしょう?トマスやソニアの話を聞かないのに、私の話など信じますか?」
セドリックはグッと唇を噛んだ。
たしかに、セドリックはずっとソニアたちの言葉を聞き流していた。
それに結婚以来ずっと本邸にいたセドリックを見れば、離れで暮らしていないのはマイロにだってお見通しだっただろう。
「それに、そんな話は本来なら義姉上に聞くべきです。お二人はご夫婦なのですから」
「……」
当然のことを言われ、セドリックはさらに唇を噛む。
だがだからといって、自分の知らないところで妻と弟が親しくなっていたのはやはり腹立たしい。
「カリナたちも知っていただろうに、私に報告しないとは…」
不機嫌な顔を隠そうともしないセドリックを尻目にマイロは話し続ける。
「私も、正直最初は義姉上を毛嫌いしていました。兄上のような英雄に、まさか王家の養女とはいえ子爵家の娘が嫁ぐとは思いもしませんでしたし、しかもあのような悪い噂がある女性だなんて、許せなかったのです。兄上は私の憧れで、兄上の行く道は私にとってずっと正しいものでした。だから、私もずっと義姉上に先入観を持っていて、出来るだけ関わりたくないと思っていたんです。というか、憎んでさえいましたよ」
でも…、と、マイロは笑った。
畑の跡地で虫捕りに興じるアメリアを目にし、その後言葉を交わし、見る目がすっかり変わったのだと言う。
「そう言う兄上こそ、最近は離れに行かれることが多くなったようですね」
マイロにニヤニヤと揶揄うような目で見られ、セドリックはふいっと顔をそらした。
揶揄われたことが恥ずかしかったわけではない、自分の頭の固さと思い込みの激しさを恥ずかしく思ったのだ。
マイロはたった一度の出来事でアメリアに対する認識を変えるほど柔軟なのに、自分はあれほど部下たちに報告させながらも自分自身が歩み寄ろうとはしなかったのだから。
先程の、マイロと話すアメリアの様子が頭に浮かぶ。
年が近いせいか、彼女はマイロに対してはかなり気安そうに見えた。
なんだかお似合いのようにも見え、モヤモヤする気持ちを感じるセドリックだった。
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