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第三章 セドリック その二
予定表
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セドリックはアメリアを連れて居間へ向かった。
とても廊下で話すような話ではないし、かと言って昨日の今日で彼女の部屋に立ち入るわけにもいかない。
しばらく離れに近づかなかったセドリックが居間に入るのはそれこそ二ヶ月ぶりだが、そこは以前の無機質な感じではなく、あたたかい生活の香りがした。
部屋の隅には観葉植物が置かれたり、ソファには可愛らしいクッションが置かれたりして、アメリアの生活の様子が感じられる。
セドリックはアメリアとソファに向かい合って座ると、先程渡された予定表とやらを取り出した。
彼女は効率よく身籠もるために、セドリックにこんなものを渡してきたのだろう。
だが、根本的に何かが違う気がする。
いや、もちろん悪いのはセドリックなのだが。
自分がアメリアに公爵夫人の仕事は後継を生むことだなどと言ったから、彼女をこんなにも追い詰めることになってしまったのだ。
「その…、アメリア」
居住まいを正して、セドリックが声をかける。
「はい」
素直な返事を返してセドリックを見上げるアメリアはなんとも可愛らしい。
少々表情が強張っているのは、先程のダイニングテーブルよりさらに近くなった距離に緊張もしているのだろう。
それはそうだ。
昨日は本当に怖かったのだろう。
こんなまだ少女のような彼女に自分は何をした?…とセドリックは唇を噛んだ。
謝って済むことなら、いくらでも謝ろう。
だが、先程のやり取りから察すれば彼女は謝罪を望んではいない。
昨夜のことは、公爵夫人としての自分の義務だと思っているのだから。
昨夜をやり直せるならやり直したい。
いや、出会ったその日からやり直したい。
本当に今更ではあるが、二人の関係を最初から築き直したいと思う。
ぐるぐると思いを巡らせて言葉を詰まらせてしまったセドリックを、アメリアは黙って見つめている。
「アメリア。昨夜は本当に申し訳ありませんでした」
今度は座ったままだが、セドリックは再び深々と頭を下げた。
「閣下、ですから私に謝る必要はないと…、」
「いや、私は貴女に本当に酷いことをしました。貴女は私に触れられるのも怯えるほどなのに、それなのに…」
酷く辛そうな表情のセドリックに、アメリアは不思議そうに首を傾げる。
「閣下、私もいちおう閨教育は受けております。書物にも、最初は誰でも怖いし、辛いものだと書いてありました。でも多分、そういうものは回数を重ねるうちに慣れるのだと思いますわ」
「慣れ…っ⁈いや、違う。そういうことではなくて、」
「それでは、何故しばらく触れないなんておっしゃったのでしょう?閣下が一度で嫌になるほど、私の体はおかしかったのですか?」
「いや、まさか!そんなわけでは!」
おかしいわけがない。
むしろたった一度で溺れてしまうほどであったのだが、そんなことを言えるわけがない。
そして…、何故か彼女と話が噛み合わない。
「アメリア」
セドリックはアメリアの前に跪くと、彼女と目線を合わせた。
噛み合わないまま動き出してしまった歯車なら、最初から修正しなくてはならない。
何事かと、アメリアは訝しげにセドリックを見つめた。
「私が貴女に謝罪しなければならないのは昨夜のことだけではない。結婚してから今までの、貴女への言動、態度全てにおいてです。貴女に無体なことをした私がこんなことを言うのもおかしいが、あのような行為は気持ちが通じ合ってから…、」
「気持ちが?通じ合う…?」
セドリックの言葉を遮り、アメリアはきょとんと首を傾げた。
それはそうだろう。
気持ちが通じ合うなどと、結婚初日から暴言を吐いた人間が何を言うのかという話だ。だが。
「そう、私は貴女を知ろうともせず、ずっと歩み寄ることもしませんでした。しかも大人気なくも、貴女を愛することはないなどと最初から暴言を吐きました。ですから、まずはその暴言の撤回を、」
「いえ、大丈夫です閣下」
アメリアは再びセドリックの言葉を遮った。
「撤回は無用ですわ」
「……は?それは、どういう…」
「私はあんな言葉気にしていません。私たちは王命で結婚した夫婦にすぎません。ですから閣下の愛など求めませんし、私も貴方を愛さないとお誓いいたします。だって私に気持ちを向けられたって、貴方にとってご負担になるだけでしょうから。ただ…、公爵夫人としての仕事だけはきっちりさせていただきたいと思っているのです」
真顔でそう告げてきたアメリアを、セドリックは今度こそ呆けたように見つめる。
だがアメリアはなんなら口元に笑みさえ浮かべてセドリックに訴えた。
「どうか閣下、公爵夫人としてのたった一つの仕事まで私から奪わないでくださいませ」
セドリックが返す言葉もなく愕然としているのを、アメリアは不思議そうに眺めていた。
とても廊下で話すような話ではないし、かと言って昨日の今日で彼女の部屋に立ち入るわけにもいかない。
しばらく離れに近づかなかったセドリックが居間に入るのはそれこそ二ヶ月ぶりだが、そこは以前の無機質な感じではなく、あたたかい生活の香りがした。
部屋の隅には観葉植物が置かれたり、ソファには可愛らしいクッションが置かれたりして、アメリアの生活の様子が感じられる。
セドリックはアメリアとソファに向かい合って座ると、先程渡された予定表とやらを取り出した。
彼女は効率よく身籠もるために、セドリックにこんなものを渡してきたのだろう。
だが、根本的に何かが違う気がする。
いや、もちろん悪いのはセドリックなのだが。
自分がアメリアに公爵夫人の仕事は後継を生むことだなどと言ったから、彼女をこんなにも追い詰めることになってしまったのだ。
「その…、アメリア」
居住まいを正して、セドリックが声をかける。
「はい」
素直な返事を返してセドリックを見上げるアメリアはなんとも可愛らしい。
少々表情が強張っているのは、先程のダイニングテーブルよりさらに近くなった距離に緊張もしているのだろう。
それはそうだ。
昨日は本当に怖かったのだろう。
こんなまだ少女のような彼女に自分は何をした?…とセドリックは唇を噛んだ。
謝って済むことなら、いくらでも謝ろう。
だが、先程のやり取りから察すれば彼女は謝罪を望んではいない。
昨夜のことは、公爵夫人としての自分の義務だと思っているのだから。
昨夜をやり直せるならやり直したい。
いや、出会ったその日からやり直したい。
本当に今更ではあるが、二人の関係を最初から築き直したいと思う。
ぐるぐると思いを巡らせて言葉を詰まらせてしまったセドリックを、アメリアは黙って見つめている。
「アメリア。昨夜は本当に申し訳ありませんでした」
今度は座ったままだが、セドリックは再び深々と頭を下げた。
「閣下、ですから私に謝る必要はないと…、」
「いや、私は貴女に本当に酷いことをしました。貴女は私に触れられるのも怯えるほどなのに、それなのに…」
酷く辛そうな表情のセドリックに、アメリアは不思議そうに首を傾げる。
「閣下、私もいちおう閨教育は受けております。書物にも、最初は誰でも怖いし、辛いものだと書いてありました。でも多分、そういうものは回数を重ねるうちに慣れるのだと思いますわ」
「慣れ…っ⁈いや、違う。そういうことではなくて、」
「それでは、何故しばらく触れないなんておっしゃったのでしょう?閣下が一度で嫌になるほど、私の体はおかしかったのですか?」
「いや、まさか!そんなわけでは!」
おかしいわけがない。
むしろたった一度で溺れてしまうほどであったのだが、そんなことを言えるわけがない。
そして…、何故か彼女と話が噛み合わない。
「アメリア」
セドリックはアメリアの前に跪くと、彼女と目線を合わせた。
噛み合わないまま動き出してしまった歯車なら、最初から修正しなくてはならない。
何事かと、アメリアは訝しげにセドリックを見つめた。
「私が貴女に謝罪しなければならないのは昨夜のことだけではない。結婚してから今までの、貴女への言動、態度全てにおいてです。貴女に無体なことをした私がこんなことを言うのもおかしいが、あのような行為は気持ちが通じ合ってから…、」
「気持ちが?通じ合う…?」
セドリックの言葉を遮り、アメリアはきょとんと首を傾げた。
それはそうだろう。
気持ちが通じ合うなどと、結婚初日から暴言を吐いた人間が何を言うのかという話だ。だが。
「そう、私は貴女を知ろうともせず、ずっと歩み寄ることもしませんでした。しかも大人気なくも、貴女を愛することはないなどと最初から暴言を吐きました。ですから、まずはその暴言の撤回を、」
「いえ、大丈夫です閣下」
アメリアは再びセドリックの言葉を遮った。
「撤回は無用ですわ」
「……は?それは、どういう…」
「私はあんな言葉気にしていません。私たちは王命で結婚した夫婦にすぎません。ですから閣下の愛など求めませんし、私も貴方を愛さないとお誓いいたします。だって私に気持ちを向けられたって、貴方にとってご負担になるだけでしょうから。ただ…、公爵夫人としての仕事だけはきっちりさせていただきたいと思っているのです」
真顔でそう告げてきたアメリアを、セドリックは今度こそ呆けたように見つめる。
だがアメリアはなんなら口元に笑みさえ浮かべてセドリックに訴えた。
「どうか閣下、公爵夫人としてのたった一つの仕事まで私から奪わないでくださいませ」
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