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第二章 アメリア
三度目の晩餐①
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アメリアが畑から戻って湯浴みを済ませると、ハンナが今日の晩餐について告げてきた。
サラトガ公爵は今日の晩餐もアメリアと共にすると言ったらしい。
「…そうなの」
それを聞いたアメリアは、ちょっと考えるように小首を傾げた。
昨日の今日で、まさかセドリックが続けて離れを訪れるとは思わなかったのだ。
昨日の晩餐は決して楽しい雰囲気のものでもなかったし、しかもその後はあのような…。
昨夜のことを思い出し、アメリアは眉を顰めた。
「とにかく、晩餐用のドレスに着替えなくてはね。ハンナ、適当に見繕って、」
「嫌です」
あからさまに憤慨しているハンナに、アメリアは思わず苦笑した。
顔は怒っているが目は真っ赤で、どう見てもアメリアよりよっぽど泣き腫らした目をしている。
当然ハンナは昨夜アメリアとセドリックの間に何があったか知っている。
あんなにアメリアに冷淡な態度をとっていたセドリックが彼女に手を出したのも、それなのにどこか達観したような風情のアメリアにも、とにかく何もかもが気に入らないのだろう。
「お嬢様は優しすぎます!よくも…!昨日の今日で晩餐ですって⁈どの面下げて…!」
とても公爵家の侍女のものと思えない言葉に、アメリアはハンナを宥めるように顔を覗き込んだ。
「ハンナ、私は公爵夫人なのよ?もうお嬢様じゃないわ?」
「でも!お嬢様…!」
「ハンナ、公爵閣下はご自分の義務を果たされたの。だから、私もね?」
そう言うとアメリアはハンナの前にひらりと一枚の紙を差し出した。
「…これは…?」
「これをね、公爵閣下にお渡ししようと思うの。あれが公爵夫人の仕事だと言うなら、仕事らしくきっちりとさせていただくわ」
そう言ったアメリアの顔は清々しかった。
淡い初恋は砕け散った。
あとは、ただ己のなすべきことをなせばいいのだ。
アメリアがダイニングルームに行くと、昨日のようにセドリックは先に来て待っていた。
「お待たせして申し訳ありません、閣下」
そう言って席に着こうとしたアメリアだが、なんだか少し違和感がある。
そうだ、昨日より長テーブルが短くなっているのだ。
二人の席が、以前よりずっと近くなっている。
アメリアが訝しげにテーブルを眺めていると、先に座っていたセドリックが突然その場で立ち上がった。
そして何故か、深々と頭を下げた。
「…閣下?」
「アメリア、昨夜は本当に申し訳ありませんでした」
「な…っ!頭をお上げください、閣下」
セドリックはたっぷり数秒間頭を下げた後、顔を上げ、真っ直ぐにアメリアを見た。
その顔は酷く辛そうで、アメリアは思わず息を飲んだ。
それに一体何に謝罪されているのかわからず、真っ直ぐにセドリックを見つめ返す。
アメリアの碧色の瞳に射抜かれ、セドリックは気まずそうに視線を外した。
「昨夜は無体なことをして申し訳ありませんでした。その…、体は、大丈夫ですか?」
「え?ええ」
アメリアは不思議そうに小首を傾げた。
たしかに昨夜のセドリックは怖かったし、体は軋むように痛かった。
でも『無体なこと』というのとは違うと思う。
あれはアメリアの『仕事』であって、避けては通れないものなのだから。
いちおう『新妻の心得』的な本も読んだから、あんなものだと理解もしている。
世の女性たちは皆あの『怖さ』と『痛さ』に耐えているなんて、それだけで尊敬に値すると思う。
もしかして愛があっての行為なら、『怖さ』と『痛さ』も違ってくるのだろうか。
そう、気持ちが通じあっての行為だったなら、『嬉しさ』や『幸せな心地良さ』に変わったとでもいうのだろうか。
だが、それはもう諦めている。
セドリックは『貴女を愛することはない』とはっきり言ったのだから。
そもそも「務めを果たせ」と言った公爵が、何故昨夜のことを謝ってくるのだろうか。
アメリアが初めてだった…、から?
ずっとアメリアがクラーク王の愛人だと疑っていた公爵は、やっと噂が嘘だと知ったのだろう。
要するに、やっとアメリアの潔白が証明されたのだ。
しかしそう疑われても仕方がない状況を作り、その理由も話さなかったアメリアの方に、やはり非はあるのだと思う。
しかもまだアメリアはセドリックに秘密を持ったままだ。
だから。
「閣下は何も悪くありません。むしろ、私に公爵夫人の仕事を与えてくださってありがとうございます」
そう言うとアメリアはにっこり笑った。
しかしその笑顔を見たセドリックは、愕然とした表情になった。
サラトガ公爵は今日の晩餐もアメリアと共にすると言ったらしい。
「…そうなの」
それを聞いたアメリアは、ちょっと考えるように小首を傾げた。
昨日の今日で、まさかセドリックが続けて離れを訪れるとは思わなかったのだ。
昨日の晩餐は決して楽しい雰囲気のものでもなかったし、しかもその後はあのような…。
昨夜のことを思い出し、アメリアは眉を顰めた。
「とにかく、晩餐用のドレスに着替えなくてはね。ハンナ、適当に見繕って、」
「嫌です」
あからさまに憤慨しているハンナに、アメリアは思わず苦笑した。
顔は怒っているが目は真っ赤で、どう見てもアメリアよりよっぽど泣き腫らした目をしている。
当然ハンナは昨夜アメリアとセドリックの間に何があったか知っている。
あんなにアメリアに冷淡な態度をとっていたセドリックが彼女に手を出したのも、それなのにどこか達観したような風情のアメリアにも、とにかく何もかもが気に入らないのだろう。
「お嬢様は優しすぎます!よくも…!昨日の今日で晩餐ですって⁈どの面下げて…!」
とても公爵家の侍女のものと思えない言葉に、アメリアはハンナを宥めるように顔を覗き込んだ。
「ハンナ、私は公爵夫人なのよ?もうお嬢様じゃないわ?」
「でも!お嬢様…!」
「ハンナ、公爵閣下はご自分の義務を果たされたの。だから、私もね?」
そう言うとアメリアはハンナの前にひらりと一枚の紙を差し出した。
「…これは…?」
「これをね、公爵閣下にお渡ししようと思うの。あれが公爵夫人の仕事だと言うなら、仕事らしくきっちりとさせていただくわ」
そう言ったアメリアの顔は清々しかった。
淡い初恋は砕け散った。
あとは、ただ己のなすべきことをなせばいいのだ。
アメリアがダイニングルームに行くと、昨日のようにセドリックは先に来て待っていた。
「お待たせして申し訳ありません、閣下」
そう言って席に着こうとしたアメリアだが、なんだか少し違和感がある。
そうだ、昨日より長テーブルが短くなっているのだ。
二人の席が、以前よりずっと近くなっている。
アメリアが訝しげにテーブルを眺めていると、先に座っていたセドリックが突然その場で立ち上がった。
そして何故か、深々と頭を下げた。
「…閣下?」
「アメリア、昨夜は本当に申し訳ありませんでした」
「な…っ!頭をお上げください、閣下」
セドリックはたっぷり数秒間頭を下げた後、顔を上げ、真っ直ぐにアメリアを見た。
その顔は酷く辛そうで、アメリアは思わず息を飲んだ。
それに一体何に謝罪されているのかわからず、真っ直ぐにセドリックを見つめ返す。
アメリアの碧色の瞳に射抜かれ、セドリックは気まずそうに視線を外した。
「昨夜は無体なことをして申し訳ありませんでした。その…、体は、大丈夫ですか?」
「え?ええ」
アメリアは不思議そうに小首を傾げた。
たしかに昨夜のセドリックは怖かったし、体は軋むように痛かった。
でも『無体なこと』というのとは違うと思う。
あれはアメリアの『仕事』であって、避けては通れないものなのだから。
いちおう『新妻の心得』的な本も読んだから、あんなものだと理解もしている。
世の女性たちは皆あの『怖さ』と『痛さ』に耐えているなんて、それだけで尊敬に値すると思う。
もしかして愛があっての行為なら、『怖さ』と『痛さ』も違ってくるのだろうか。
そう、気持ちが通じあっての行為だったなら、『嬉しさ』や『幸せな心地良さ』に変わったとでもいうのだろうか。
だが、それはもう諦めている。
セドリックは『貴女を愛することはない』とはっきり言ったのだから。
そもそも「務めを果たせ」と言った公爵が、何故昨夜のことを謝ってくるのだろうか。
アメリアが初めてだった…、から?
ずっとアメリアがクラーク王の愛人だと疑っていた公爵は、やっと噂が嘘だと知ったのだろう。
要するに、やっとアメリアの潔白が証明されたのだ。
しかしそう疑われても仕方がない状況を作り、その理由も話さなかったアメリアの方に、やはり非はあるのだと思う。
しかもまだアメリアはセドリックに秘密を持ったままだ。
だから。
「閣下は何も悪くありません。むしろ、私に公爵夫人の仕事を与えてくださってありがとうございます」
そう言うとアメリアはにっこり笑った。
しかしその笑顔を見たセドリックは、愕然とした表情になった。
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