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第二章 アメリア
アメリアの秘密④
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「それで、そなたの父だがな、母の身近に仕える、護衛騎士の一人だった」
クラーク王は言いづらそうに、しかしアメリアの目を真っ直ぐに見てそう伝えた。
アメリアは衝撃を受け、しばらく言葉を発することは出来なかった。
いくら夫に先立たれているとはいえ、今や国母である王太后が一介の騎士に身を委ねるなどあり得ない。
まさか、無理矢理…?
そう思っていた時、クラーク王の言葉がその考えを遮った。
「ずっと、母を支え続けていた騎士だ。母の悲しみも、悔しさも、全て側で見続けてきたんだろう。もちろん私も彼を知っているが、頑強な体を持つ騎士でありながら、穏やかで優しい目をしていた。私を即位させて安心した母は、気が緩み、つい魔がさしたのだろう。ずっと気を張っていたのだ。誰かに寄り添いたくなったからといって、それを責めることなど出来ない」
アメリアは驚きで目を見開いてクラーク王を見つめた。
母親の不貞なのに、なぜこんなに達観したように話すのだろう。
自分を裏切ったと怒ってもいいはずなのに。
そんなアメリアに気づいたのか、クラーク王は優しく微笑んだ。
「母が私を心から愛してくれていたのは事実だ。母は死の床でしきりに私に謝罪していたらしいが、私はとうに母を許していた。できれば、その騎士と添わせてやりたいくらいに思っていたんだ。だが、母は死んだ。そして残念ながら騎士も、母の後を追って死んだ」
クラーク王の優しい声にも、アメリアの胸は冷えていく。
王太后はアメリアを生んで亡くなった。
そして父であったらしい騎士も王太后を追って亡くなった。
全て、アメリアが生まれたせいで。
少年王を擁立し夫の喪に服していた王太后は、当時国中で賞賛を浴びていたはずだ。
その中で夫以外の男の子どもを王太后が身ごもっていたなど、国を揺るがす大事件である。
要するにアメリアは、存在してはいけない子どもだった。
闇に葬られるべき子どもだったのである。
そのことに思いいたって硬直し、震えるアメリアを、クラーク王は再び強く抱きしめた。
「母はそなたを命がけで生んだ。そなたを愛していたのだ、アメリア」
王太后は王都から遠く離れたカルヴァン公爵領でアメリアを生んだ。
それはカルヴァン公爵家でもごく僅かの人間しか知らない極秘裏のことだ。
先代カルヴァン公爵は娘が命がけで生んだアメリアをそのまま公爵家で育てようとしたが、それもまた難しいことだった。
王太后が病で宿下がりしてそのまま亡くなったタイミングでカルヴァン公爵家に赤子が生まれるなど、余計な憶測を生むのは間違いないからだ。
そこで、アメリアを引き取ると申し出たのがグレイ子爵だった。
アメリアの実父である護衛騎士は、グレイ子爵の弟だったのだ。
カルヴァン公爵家にとって護衛騎士は王太后を追い詰めた張本人であり八つ裂きにしても足りないくらいの相手で、もちろんグレイ子爵家にも含むところはある。
だがその一方で、彼女の晩年に安らぎを与えてくれた男でもある。
結局、カルヴァン公爵家はアメリアをグレイ子爵家に委ねることにした。
グレイ子爵は当然家族に真相を話せるはずもなく、弟が未婚のまま恋人に産ませた私生児として、アメリアを連れ帰った。
弟は死に、相手の女も出産後すぐに逃げたため自分の末娘として育てると。
そんな死んだ弟の、しかも母親が誰かもわからない子どもを引き取るなど、子爵夫人にしてみればとんでもないことだっただろう。
もしかしたら夫がよその女に生ませた子どもだと疑ったかもしれない。
グレイ子爵が何かとアメリアを気遣うのも気に入らなかっただろう。
母と思っていた人と兄姉だと思っていた人に嫌われ、冷たくされていた背景にはそんな事情があったのだと、今更ながらアメリアは納得した。
クラーク王は言いづらそうに、しかしアメリアの目を真っ直ぐに見てそう伝えた。
アメリアは衝撃を受け、しばらく言葉を発することは出来なかった。
いくら夫に先立たれているとはいえ、今や国母である王太后が一介の騎士に身を委ねるなどあり得ない。
まさか、無理矢理…?
そう思っていた時、クラーク王の言葉がその考えを遮った。
「ずっと、母を支え続けていた騎士だ。母の悲しみも、悔しさも、全て側で見続けてきたんだろう。もちろん私も彼を知っているが、頑強な体を持つ騎士でありながら、穏やかで優しい目をしていた。私を即位させて安心した母は、気が緩み、つい魔がさしたのだろう。ずっと気を張っていたのだ。誰かに寄り添いたくなったからといって、それを責めることなど出来ない」
アメリアは驚きで目を見開いてクラーク王を見つめた。
母親の不貞なのに、なぜこんなに達観したように話すのだろう。
自分を裏切ったと怒ってもいいはずなのに。
そんなアメリアに気づいたのか、クラーク王は優しく微笑んだ。
「母が私を心から愛してくれていたのは事実だ。母は死の床でしきりに私に謝罪していたらしいが、私はとうに母を許していた。できれば、その騎士と添わせてやりたいくらいに思っていたんだ。だが、母は死んだ。そして残念ながら騎士も、母の後を追って死んだ」
クラーク王の優しい声にも、アメリアの胸は冷えていく。
王太后はアメリアを生んで亡くなった。
そして父であったらしい騎士も王太后を追って亡くなった。
全て、アメリアが生まれたせいで。
少年王を擁立し夫の喪に服していた王太后は、当時国中で賞賛を浴びていたはずだ。
その中で夫以外の男の子どもを王太后が身ごもっていたなど、国を揺るがす大事件である。
要するにアメリアは、存在してはいけない子どもだった。
闇に葬られるべき子どもだったのである。
そのことに思いいたって硬直し、震えるアメリアを、クラーク王は再び強く抱きしめた。
「母はそなたを命がけで生んだ。そなたを愛していたのだ、アメリア」
王太后は王都から遠く離れたカルヴァン公爵領でアメリアを生んだ。
それはカルヴァン公爵家でもごく僅かの人間しか知らない極秘裏のことだ。
先代カルヴァン公爵は娘が命がけで生んだアメリアをそのまま公爵家で育てようとしたが、それもまた難しいことだった。
王太后が病で宿下がりしてそのまま亡くなったタイミングでカルヴァン公爵家に赤子が生まれるなど、余計な憶測を生むのは間違いないからだ。
そこで、アメリアを引き取ると申し出たのがグレイ子爵だった。
アメリアの実父である護衛騎士は、グレイ子爵の弟だったのだ。
カルヴァン公爵家にとって護衛騎士は王太后を追い詰めた張本人であり八つ裂きにしても足りないくらいの相手で、もちろんグレイ子爵家にも含むところはある。
だがその一方で、彼女の晩年に安らぎを与えてくれた男でもある。
結局、カルヴァン公爵家はアメリアをグレイ子爵家に委ねることにした。
グレイ子爵は当然家族に真相を話せるはずもなく、弟が未婚のまま恋人に産ませた私生児として、アメリアを連れ帰った。
弟は死に、相手の女も出産後すぐに逃げたため自分の末娘として育てると。
そんな死んだ弟の、しかも母親が誰かもわからない子どもを引き取るなど、子爵夫人にしてみればとんでもないことだっただろう。
もしかしたら夫がよその女に生ませた子どもだと疑ったかもしれない。
グレイ子爵が何かとアメリアを気遣うのも気に入らなかっただろう。
母と思っていた人と兄姉だと思っていた人に嫌われ、冷たくされていた背景にはそんな事情があったのだと、今更ながらアメリアは納得した。
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