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第二章 アメリア
アメリアの秘密③
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「母上が体調を崩したのは病気ではなく、妊娠していたんだ」
クラーク王の言葉に、アメリアは衝撃を受けた。
先王は、それより一年前に亡くなっている。
まだ十四歳のアメリアにも、それがどういう意味なのかは理解出来る。
驚き過ぎて言葉も出ないアメリアに向かって、クラーク王は話を続けた。
「そうだ。母上は父上以外の男の子どもを身ごもっていたんだ。もう父上は亡くなっているから不倫とは呼べないが、王太后が夫の喪があけぬ前に妊娠したなどと、王室にとっては大変な醜聞だ。だんだん腹は膨らんでくるし、隠しきれぬものでもない。でも母上は、どうしても堕胎するのは嫌だったんだろうな。悩んだ末、病を装って実家であるカルヴァン公爵家に帰り、密かに子どもを産んだんだ」
「陛下は…、それを…」
「最初は本当に病気だと思っていた。だが、どうしても母に会いたくて、無理矢理公爵家を訪れたんだ。そこで…、母から懺悔された。母も、私に隠し通すつもりはなかったらしい」
クラーク王は国王とはいえまだ十三歳の少年だったのだ。
母親が父以外の男の子どもを身ごもったと知って、どんなに驚き、悲しんだだろうか。
「母は産後の肥立ちが悪くてね、結局、罪の意識に苛まれながらも、私と…、そして赤子の行く末だけを気にしながら亡くなったらしいよ。残念ながら、私は看取ることはできなかったけどね」
「じゃあ赤ちゃんは…、ご無事だったのですね」
良かった…、と続けようとして、アメリアはハッとした。
こんな王家の極秘事項を、何故たかが子爵家の末娘に過ぎないアメリアに話すのか。
まさか…。
その答えに思い至って、アメリアは身震いした。
恐れ多くて、言葉になど出来ない。
アメリアが震える自分の手を見つめていると、その手に大きくて温かい手が重ねられた。
「そうだよ、アメリア。そなたは私のたった一人の妹だ」
「いも…、と…?」
「そうだ。私たちは母を同じくする兄妹なのだ」
クラーク王はそう言うとアメリアの肩を引き寄せ、抱きしめた。
しかしアメリアはあまりにも突然の告白に驚き、硬直した。
『妹』という単語を頭の中で反芻する。
クラーク王に抱きしめられながらそっとグレイ子爵の方を伺えば、彼は涙を流しながら娘の方を見ていた。
…そうか、そういうことだったのか。
アメリアの胸にストンと何かが落ちた。
グレイ子爵の家で自分だけが浮いていたのは、本当の娘ではなかったからなのだ。
相変わらずクラーク王は力いっぱいアメリアを抱きしめてくるが、アメリアはどうしても彼の背中に腕を回すことができなかった。
その後落ち着いたクラーク王はアメリアの体をそっとはなし、しかし手は握ったままで続きを話し始めた。
クラーク王の両親は当然ながら政略結婚であり、それは王家に生まれた宿命でもある。
お互い国王と王妃としての役割は果たしていたが、夫婦としての関係は冷え切っていた。
王には結婚する前から恋人がいて、結婚後も彼女を城下に囲っていたからだ。
ランドル王国は王家であろうと一夫一婦制を敷いていたから恋人が公妾として認められることはなかったが、それは社交界での公然の秘密となった。
王は王妃との間に義務のようにクラークをもうけると、あとは恋人の方へ入り浸っていたらしい。
王妃は夫に顧みられない可哀想な女と嘲笑されていただろうが、クラークから見る母はいつも凛として美しかった。
王妃としての矜持と、王太子の母である誇りだけが彼女を支えていたのだろう。
そんな中、国王が病に倒れた。
回復の見込みはないと診断され、次の国王を巡って王宮は俄かに騒がしくなる。
王太子クラークはまだ若年であり、中継ぎに王弟を、いや王弟を摂政になどの意見が相次いだのだ。
また、三人いた王弟たちの派閥もそれぞれ争い始めた。
王妃は息子の命と次期国王の地位を守るために奔走した。
結局、王妃の実父であり、当時宰相であった先代カルヴァン公爵の立場が物を言いクラーク王の即位が決定するのだが、それまで王太后の気が休まる時など一秒たりともなかったであろう。
もちろん、不実な夫の死を悼む暇も。
クラークは父が亡くなると、祖父カルヴァン公爵とその嫡男、そして母である王太后に助けられ、国王に即位した。
母は少年王のために、それこそ身を粉にして働いていたのだ。
クラーク王の言葉に、アメリアは衝撃を受けた。
先王は、それより一年前に亡くなっている。
まだ十四歳のアメリアにも、それがどういう意味なのかは理解出来る。
驚き過ぎて言葉も出ないアメリアに向かって、クラーク王は話を続けた。
「そうだ。母上は父上以外の男の子どもを身ごもっていたんだ。もう父上は亡くなっているから不倫とは呼べないが、王太后が夫の喪があけぬ前に妊娠したなどと、王室にとっては大変な醜聞だ。だんだん腹は膨らんでくるし、隠しきれぬものでもない。でも母上は、どうしても堕胎するのは嫌だったんだろうな。悩んだ末、病を装って実家であるカルヴァン公爵家に帰り、密かに子どもを産んだんだ」
「陛下は…、それを…」
「最初は本当に病気だと思っていた。だが、どうしても母に会いたくて、無理矢理公爵家を訪れたんだ。そこで…、母から懺悔された。母も、私に隠し通すつもりはなかったらしい」
クラーク王は国王とはいえまだ十三歳の少年だったのだ。
母親が父以外の男の子どもを身ごもったと知って、どんなに驚き、悲しんだだろうか。
「母は産後の肥立ちが悪くてね、結局、罪の意識に苛まれながらも、私と…、そして赤子の行く末だけを気にしながら亡くなったらしいよ。残念ながら、私は看取ることはできなかったけどね」
「じゃあ赤ちゃんは…、ご無事だったのですね」
良かった…、と続けようとして、アメリアはハッとした。
こんな王家の極秘事項を、何故たかが子爵家の末娘に過ぎないアメリアに話すのか。
まさか…。
その答えに思い至って、アメリアは身震いした。
恐れ多くて、言葉になど出来ない。
アメリアが震える自分の手を見つめていると、その手に大きくて温かい手が重ねられた。
「そうだよ、アメリア。そなたは私のたった一人の妹だ」
「いも…、と…?」
「そうだ。私たちは母を同じくする兄妹なのだ」
クラーク王はそう言うとアメリアの肩を引き寄せ、抱きしめた。
しかしアメリアはあまりにも突然の告白に驚き、硬直した。
『妹』という単語を頭の中で反芻する。
クラーク王に抱きしめられながらそっとグレイ子爵の方を伺えば、彼は涙を流しながら娘の方を見ていた。
…そうか、そういうことだったのか。
アメリアの胸にストンと何かが落ちた。
グレイ子爵の家で自分だけが浮いていたのは、本当の娘ではなかったからなのだ。
相変わらずクラーク王は力いっぱいアメリアを抱きしめてくるが、アメリアはどうしても彼の背中に腕を回すことができなかった。
その後落ち着いたクラーク王はアメリアの体をそっとはなし、しかし手は握ったままで続きを話し始めた。
クラーク王の両親は当然ながら政略結婚であり、それは王家に生まれた宿命でもある。
お互い国王と王妃としての役割は果たしていたが、夫婦としての関係は冷え切っていた。
王には結婚する前から恋人がいて、結婚後も彼女を城下に囲っていたからだ。
ランドル王国は王家であろうと一夫一婦制を敷いていたから恋人が公妾として認められることはなかったが、それは社交界での公然の秘密となった。
王は王妃との間に義務のようにクラークをもうけると、あとは恋人の方へ入り浸っていたらしい。
王妃は夫に顧みられない可哀想な女と嘲笑されていただろうが、クラークから見る母はいつも凛として美しかった。
王妃としての矜持と、王太子の母である誇りだけが彼女を支えていたのだろう。
そんな中、国王が病に倒れた。
回復の見込みはないと診断され、次の国王を巡って王宮は俄かに騒がしくなる。
王太子クラークはまだ若年であり、中継ぎに王弟を、いや王弟を摂政になどの意見が相次いだのだ。
また、三人いた王弟たちの派閥もそれぞれ争い始めた。
王妃は息子の命と次期国王の地位を守るために奔走した。
結局、王妃の実父であり、当時宰相であった先代カルヴァン公爵の立場が物を言いクラーク王の即位が決定するのだが、それまで王太后の気が休まる時など一秒たりともなかったであろう。
もちろん、不実な夫の死を悼む暇も。
クラークは父が亡くなると、祖父カルヴァン公爵とその嫡男、そして母である王太后に助けられ、国王に即位した。
母は少年王のために、それこそ身を粉にして働いていたのだ。
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