また、いつか

凛江

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寂しい夜を何百回も過ごし『良い子』で待っていた幸姫の元に、一年間、国元で勤めていた治憲が江戸に戻ってくると連絡が入った。
その日、幸姫はあの人が一番似合うと言ってくれた赤い打掛を着て、あの人が何度も可愛いと言ってくれたかんざしをさして治憲を待った。
屋敷に着いたと報告が入ると、幸姫は不自由な体を必死に動かして部屋を飛び出した。
屋敷に着いて真っ先に彼女に会いに来ようとしていた治憲はその姿を見て驚いた。
「姫!走っては危ない!」
慌てて彼女に駆け寄る。
「との!との!」
「姫!」
よろけて転びそうになる幸姫をしっかり受け止めた治憲は、そのままギュッと彼女を抱きしめた。
「ああ姫、私を迎えに出てくれたのですか」
一年ぶりに会う夫に抱きついて泣きじゃくる彼女は、ただ夫を慕う妻の姿でしかない。
「愛おしい人。貴女に会いに帰ってきましたよ。さあ顔を良く見せてください」
治憲はそう言って幸姫の顔を覗き込むと、そっと額に口づけをした。
そして、本当に愛おしそうに彼女に頬ずりする。
ああ、大好きなが私のところへ戻ってきてくれた。
幸姫はただただ嬉しくて、夫にしがみついていた。
ああ、この人の胸の中はなんてあたたかいんだろう。
ずっとずっとこうしていられたらいいのに。

ひとしきり泣いて落ち着いてきた幸姫が、治憲の手を引いて自室に案内しようとする。
大人しくついていくと、そこには何体もの布人形。
全部治憲が国元に戻る前に作ってやったもので、その全部に、上手に顔が描かれていた。
「姫…、上手になりましたね」
ああ、この方は…。
この方はこの方なりに、こうして日々成長しているのだ。
それにしても、一年前とは比べものにならないほどの上達ぶりだ。
きっと私が戻って来た時に喜ばせたくて努力されたのだろう。
思わず涙ぐむ治憲に、幸姫は二体手に取って、「との、よし」と言った。
「ああ、また姫と私を作ってくれたのですね。うん…、姫にそっくりだ」
可愛らしく描かれた幸姫の顔と、キリッと凛々しく描かれた治憲の顔。
(姫には私がこんな風に見えているのだな)
治憲は二体の人形を手に取って、
「金屏風を作ってあげましょう。仲良く飾ってあげましょうね」
と幸姫に微笑んだ。
でも幸姫は姫人形の方を指して「よし」と言う。
キョトンと人形と幸姫を見比べる治憲。
「ええ、姫のお人形ですよね?よく似ていますよ?」
「よし」
伝わらないことに苛立ったのか、幸姫がぷうっと頬を膨らませる。
「…よし?」
コクリと頷いて、嬉しそうに微笑む。
「よし…ですか?」
「はい」
「ああ、これから『よし』と名前でお呼びしていいのですね?」
幸姫は、治憲に『姫』ではなく名前で呼んで欲しいと言っているのだ。
治憲は幸姫の気持ちが嬉しくなって、彼女の手を引いて抱き寄せた。
愛おしそうに髪を梳きながら「よし」と呼びかけると、頬を桃色に染めた幸姫が「はい」と 答える。
「じゃあ私は直丸とお呼びください」
直丸は治憲の通称である。
「な…お…?」
「そう、なおです。二人きりの時は、そう呼びましょうね」
幸姫は自分と治憲の人形を並べると、
「なお」「よし」
と交互に指を指し、嬉しそうに笑った。
そして、「なお、なお」といかにも愛おしそうに治憲の頬を両手で挟んだ。
治憲はひょいっと幸姫を抱き上げると、自分の膝の上に乗せた。
あまりにも軽いその体は、とても成人女性のそれとは思えないけれど。
治憲は幸姫の体をキュッと抱きしめ、「ああ、貴女は本当になんて可愛いのでしょう」と囁いた。
この瞬間が、治憲にとって何より癒される時間なのだ。
夫婦の契りー。
肉の交わりなど、彼にとっては取るに足らないこと。
幸姫と彼は、心の深い深いところで繋がっているのだから。

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