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本当の魔法使い

奇跡

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「ルナ、しっかりつかまっててね」
自分のローブを脱いでルナに羽織らせると、ミゲルは彼女に向かってウィンクした。
ルナは頷くと、ミゲルの首に自分の腕をしっかりと回す。
「いい子だ」
ミゲルは微笑むと、ルナを抱いたまま柱の上から飛び降りた。

「逃すか!」
ヘンリが矢をつがえて闇雲に射る。
「ミゲル、矢が…」
「うん、わかってる」
ミゲルは人混みとは逆方向へ走った。
このままだとヘンリが射る矢が、集まった民衆に当たってしまうからだ。
逃げ惑う民衆たちは泣き叫び、阿鼻叫喚の様相を呈している。
ミゲルはひょいひょいと矢を器用に避け、ルナを片手に抱いたまま、片手で矢を打ち落とした。

一方民衆に紛れていたガリウム公国の騎士たちは、キセノン王国の兵をかわしながら国王と大神官に近づいていた。
かわすとは言っても、たった今奇跡を目の当たりにした王国の兵たちは尻込みし、簡単に倒されている。
立ち向かってくる者さえほとんどいない。

「き、貴様ら!守れ!余を守れ!」
国王が叫んでも、最早彼を守る者は誰もいないのだ。

「よ、余をどうするつもりだ…!」
「私はガリウム公国の第一公子ユリウス。父大公の命で、キセノン王国に降伏を勧告しに来た」
「な、なんだと⁈何故我が王国が降伏など…っ!この属国風情が…っ!余にこんなことをして、ただで済むと…っ!」
威勢よく叫んだ国王だったが、ユリウスから喉元に剣を突きつけられて口を噤んだ。

「黙れキセノン国王。貴様が我が国を属国にしようと企んでいたことはわかっている。だから先手をうったまで。魔女狩りと称して罪もない民を苦しめ、自分の失策の身代わりにしていたことも許しがたい。今頃は我が国とクリプトン王国の連合軍が国境の砦を攻め、また我が騎士団の精鋭がキセノンの王宮を占拠しているだろう」
「な、何…っ⁈」
「大人しく我らに従うか、または王族らしく自害するか、どちらか選べ」
「……っ!」
国王はがっくりとその場に膝をついた。

また、「私は関係ない」とばかりに逃げ出そうとしていた大神官も、簡単に捕縛された。
「存在しない魔女を作り上げ、魔女狩りを先導したのはキセノン国教会とわかっている。どうぞお覚悟を」
ユリアスに冷たく睨まれ、大神官もまたその場で腰を抜かしたのだった。

ルナを抱いたまま人混みから離れたミゲルは、建物の陰に彼女を下ろした。
「ルナ、ここで待っていて。絶対ここを動かないで」
「はい」
「いい子だ」
ミゲルは微笑んでルナの頭をひと撫ですると、今来た方へ踵を返した。
追ってくるヘンリを迎え討つためだ。
途中ミゲルを援護しようと追ってきた味方の兵と遭遇すると、一言、
「ルナを頼む」
と言い残してまた走って行く。
兵は「はっ。自分の命に変えましても」と一礼してルナの元へ向かった。

ミゲルは、人が少ない開けた場所でヘンリを待った。
その間も敵が射る矢が飛んできて、ミゲルはそれを器用に打ち落とす。
やがて肩で息をしたヘンリが、剣を片手に走って来た。
立ち止まりもせず、振りかぶってミゲルに向かって突進して行く。
しかしミゲルは簡単にそれを打ち落とした。
「うおーーーっ!」
ヘンリは持っていた短剣で再び立ち向かってくる。
今度はミゲルは剣を打ち落とさず、ただ跳ね返した。
ヘンリは剣を持ったままよろよろと後ずさり、ミゲルはそれを構えもせずに眺めている。
もうヘンリにも、ミゲルがそれを余裕でこなしていることはわかりきっているだろう。

「逃げずに追ってきたことは褒めてやる。でも、おまえは僕には勝てない」
「貴様は一体…、何者だ…」
ヘンリはミゲルを睨むと、そう問いただした。
「おまえらが罪なく火炙りにしようとした人の恋人だ」
「そんなことはわかっている!貴様の正体を聞いているのだ!」
再びヘンリは短剣を振りかざしてミゲルに突進した。
カンッ!
甲高い金属音が鳴って、ヘンリの短剣が落とされる。
そして喉元に、ミゲルの剣が突き付けられた。
「そんなことは…、おまえは一生知らなくていいことだ」

その間も、民衆たちは我先にと広場を飛び出して逃げていく。
いや、キセノン王国の騎士や兵でさえも逃げていくのだ。
しかしその逃げ惑う民衆の中から、一人の女が突然向きを変えた。

「ディアナっ!」
短刀を振りかざしてルナに向かって突進してくるのは、彼女の実妹エルミラだ。
しかしミゲルに命令されていた兵がエルミラの襲撃をさまたげる。
「そこをどきなさい!魔女を!魔女を処刑しないと!」
エルミラがヒステリックに叫ぶ。
再び短刀を振り下ろしてくるエルミラの手を、兵が叩き落した。
その短刀を、ルナが素早く拾い上げる。

「なんで、なんであんたなんかが…!家をめちゃくちゃにしておいて、自分だけ幸せになるつもり…⁈そんなの、絶対許せない!」
叫ぶエルミラの手を、兵が掴んだ。
「この女どうしますか?連行しますか?それともここで殺しますか?」
「いいえ」
ルナは兵の前に一歩出ると、エルミラに対峙した。
「私はディアナなんて名前じゃないわ。ましてや、魔女なんかじゃない。私はお針子のルナよ」
「嘘よ!全部嘘!あんたは呪術を使って実家を没落させた魔女!火炙りになるべき女なのよ!」

ルナはため息をつくと感情の無い目でエルミラを見た。
何故ここまで嫌われるのかわからないが、もうそれもどうでもいいことのように思われる。
それよりも、もう二度と顔を見たくないし、関わり合いたくもない。
もう話すことは無いとばかりに、ルナはエルミラから視線を外した。
(ミゲルは大丈夫だろうか…)
ヘンリと戦っているミゲルに視線を戻せば、すでに決着はついたようで、彼はヘンリに剣を突き付けている。

その時。
「キャーーーーッ‼」
突然けたたましい叫び声が背後から聞こえてきた。
振り返ってみると、エルミラの自慢の、長い髪が燃えている。
「髪が!私の髪が!熱い!助けて!」
「大変!」
ルナはミゲルに羽織らされたローブを脱ぐと、エルミラの頭をそれで覆った。
ヘンリの放った火矢によって火のついた物が風にあおられ、飛び火してきたのだろう。
ルナの素早い判断で火はすぐに消えたが、ローブを取り去ると、エルミラは失神していた。
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