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2人の未来へ

ミゲルの星

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よく空を見上げていたミゲルが、最近見上げなくなった…とルナは思う。
出会った頃は、それこそ毎晩、長い時間空を眺めていたのに。
それがガリウム公国に来て、アルドの家で厄介になって、傭兵になって、そして騎士になって…、その頃から、ほとんど空を眺めなくなったのではないだろうか。
ほら、プロポーズ後に出かけたデート帰りの今だって。
手を繋いで夜の公園を歩いているのだが、今晩は新月のため星がとても良く見える。
しかしミゲルは、空を見上げもしないでルナの顔ばかり見つめているのだ。
その、自分を見つめる彼の瞳はとても幸せそうで、ルナはなんだか切なくなった。

「ルナ、どうしたの?なんだか泣きそうな顔してる…」
手を繋いでいない方の指で、ミゲルがルナの頬に触れる。
心配そうに、顔を覗き込みながら。
プロポーズされてそれを受けて、今この世界で一番幸せなはずなのに、ルナの小さな不安はどうしても消えない。
ミゲルの気持ちも言葉も、もちろん信じている。
彼を疑う気持ちなんて微塵も無い。
でも、いつか何か大きな力が、ミゲルをルナの前から連れ去ってしまうような予感がどうしても拭えないのだ。

「ルナ…、何か不安?僕のプロポーズを受けたこと、後悔してるの?」
「ち…、違うわ。プロポーズは嬉しかったし、あなたのお嫁さんになれるのも嬉しいわ」
「ルナ…」
ミゲルが困ったように眉尻を下げる。
彼には、ルナの心など読めている。
彼女が何を不安に思って、何に心を痛めているのかも。

「ルナ、何度も言ってるけど、僕は例え迎えが来ても帰らないよ。ここで、君と一緒に幸せになるって言ったでしょう?」
「でも…、あなたにだって、家族はいるでしょう?ご両親や、ご兄弟だって待っているんじゃないの?」
ルナはとうとう、ずっと心の奥底にしまっていた疑問を吐露した。
自分自身家族に捨てられた人間だから知らず知らず考えないようにしていたのかもしれない。
ミゲルが去ってしまいそうで、待っている人のことなんて知りたくなかったのかもしれない。
でもミゲルには、自分と違ってあたたかい家族がいるかもしれないのだ。

だが、ミゲルはルナの顔を見てニッと笑った。
「なんだ、そんなこと気にしてたのか。もっと早く伝えてればよかったね。僕には親も兄弟もいないよ」
「…ごめんなさい、亡くなられたの?」
「いや…、なんていうか、生物学上の親や兄弟はいるけど、彼らと一緒に暮らしたことはないし、顔もよく知らないんだよね」
ミゲルのあっけらかんとした物言いに、ルナはきょとんと首を傾げた。

「生物学上…?」
「うん…。ちょっと、僕の身の上話をしようか…」
そう言うとミゲルは、公園のベンチにルナを座らせた。
自分はその隣にぴったりと寄り添う。
「僕はね、ルナ。あえて人間と言うけど…、自然に生まれたというより、作られた人間なんだよ」
「作られた…?」
ますます理解できなくて、ルナは眉根を寄せる。

「僕の母はいわゆるあの世界の女王様で、父は天才宇宙学者なんだって。その2人の遺伝子でさらに優秀な人間を作るために、僕が生まれたんだ」
「じゃあ、あなたは王子様なの?」
「まぁ…、生物学上の母親はたしかに女王だけど、僕は彼女のお腹から生まれたわけじゃない」
「…どういうことか、全然わからないわ」
「うん、そうだよね。あまり気持ちのいい話ではないけど、僕は母親の子宮を模した装置から生まれたんだ。でも僕の世界ではそうやって生まれる子どもがほとんどなんだよ。女王の遺伝子を持ついわゆる異父兄弟も数人いる。僕はこう見えて、周囲の期待通りの天才として生まれた。で、生まれ落ちてすぐから研究所に預けられ、ずっと宇宙研究に没頭してきたんだ。だから、家族愛とか温もりとか、友情とか恋愛とか、何も知らないで育った。周囲の環境もそうだったから、それを不思議ともおかしいとも思わなかったんだ」
淡々と話すミゲルの言葉を、ルナはほとんど理解できないまま聞いていた。
だが、彼の生い立ちが、自分とはまた違った意味でとても哀しいものに思えた。

「僕は女王の息子として、研究者として、自分の星に尽くし続けるのが使命だと思ってた。だから、この星に不時着してもう帰れないと理解した時は絶望したよ」
「……」
「でもね、ルナ」
ミゲルは繋いだ手に力をこめた。
「でも、ここで君に出会ったんだ。君を守りたいと思ったし、君を愛して、君に愛されたいと思った。生まれて初めて、人間らしい感情が芽生えたんだ」
「ミゲル…」
「今では、たどり着いたのがこの星で本当に良かったと思ってる。僕は生まれ変わったんだよ、ルナ。ここで、君のそばで、ずっと生きていきたいんだ。…いいよね?ルナ」
「ミゲル…!」

ルナは飛びつくようにして、ミゲルの首に両腕を回した。
彼の星の話はほとんど理解出来なかったけど、彼の想いは痛いほど伝わってくる。

「ごめんなさいミゲル、辛い話をさせてしまって」
「全然辛くなんかないよ。僕の生い立ちを知って君が安心してくれるなら、何度だって話すよ」
「ミゲル…」

ミゲルのあたたかい腕の中で、ルナは今度こそ何の憂いもなく彼を愛したいと思った。
ミゲルに会うまで、『ディアナ』にはどこにも居場所がなかった。
でも彼と出会って彼が居場所を作ってくれて、万が一彼が去ったとしても、今の『ルナ』の居場所はなくならないだろう。
だけど、もうルナには、『ミゲル』無しでの生活なんて考えられない。

「アルド商会で特上のウェディングドレスを作ってもらうから、ルナが刺繍をして。それで、それが出来上がったら、街の教会で結婚式を挙げよう」
「うん」
ルナはミゲルの言葉に頷くと、再びその胸に顔を埋めたのだった。
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