心読みの魔女と異星【ほし】の王子様

凛江

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心読みの魔女

婚約解消

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「お嬢様、良いお天気ですよ」
侍女メグの柔らかな声で目が覚める。

「そうね、いい朝だわ」
もう誰にも心を開かないと誓ったディアナだったが、この専属侍女のメグだけには笑顔を見せた。
彼女の心には裏表が無いとわかっていたからだ。
ただ、こんな自分と一緒に領主邸の離れに押しやられ、メグには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

ディアナは領地の離れに軟禁されたまま17歳になった。
質素な食事を与えられてはいるが、自由は全く無く、ただ毎日父に与えられた仕事を熟し、空いた時間で趣味の刺繍をして過ごしている。
仕事とは、父から送られてくる大量の書類を翻訳することと、緻密な計算をすること、そして、父や母のふりをして他国の取引先と手紙のやり取りをすること。
以前は優秀な秘書が熟していた仕事だが、その秘書が父の反感を買って辞めてからは、ディアナに押し付けられている。
元々本好きで勉強好きなディアナは、周辺3カ国の言語を理解していた。
ローレンシウム領は生糸の生産が盛んな地域で、周辺国との取引もある。
父は、ディアナの語学力は高く買っていたのである。

その父は時々領地を訪れて離れにも顔を出したが、ディアナに対する嫌悪は隠そうともしなかった。
魔女を取り締まる側の領主の家で魔女を出すわけにはいかないから彼女を隠し通すしかない。
しかし万が一見つかったら匿った者も罰せられるのだ。
ディアナは最早厄介者でしかない。

それに。
待望の嫡男アーサーは、3歳を過ぎても歩くことが出来ず、言葉を発せなかった。
ローレンシウム家ではまことしやかに、『魔女の呪い』などと囁かれていたのである。
だからディアナを魔女と信じている母に至っては、領地に足を運ぶことさえなくなっていた。

また、イグナシオとの婚約は、最近になって解消になった。
表向きディアナの領地行きは熱病の後遺症の療養とされていたため、何度かイグナシオからの手紙が送られてきた。
『君に会いたい。一日も早い回復を祈っている』
と、最初の頃こそあたたかい言葉が並べられていたものだ。
だがそれもだんだんと間遠になり、ここ1年間はぷっつりと途切れた。
そして最近、イグナシオとディアナの婚約が解消され、新たにエルミラと結び直すと父から聞かされた。
もうすでに全てを諦めているディアナにとっては、特に感慨も覚えない別離である。

ただ、アーサーの発育が遅いからといって父がアーサーに跡を継がせることを諦めたわけではない。
イグナシオとエルミラが恋仲になり、子どもが出来てしまったというのが真相である。
結局はイグナシオはエルミラに婿入りすることになった。
たしかにイグナシオは昔からエルミラを可愛がっていた。
優秀で活発な婚約者ディアナへよりも、よく笑顔を向けていたように思う。
お腹が目立つ前に結婚式を、ということで、明日は領地でお披露目をして、その後王都で式を挙げると言う。
当然ディアナはお披露目にも結婚式にも参加はしない。

翌日、ディアナは屋根裏部屋の窓から、本邸のエントランスを見下ろしていた。
実の妹の晴れの日である。
参加できないまでも、こっそり見送ろうと思ったのだ。
凛々しく正装したイグナシオが、恭しくエルミラの手を引いてエントランスに現れる。
その横顔は晴れやかで、その仕草にもエルミラへの愛おしさが溢れている。
馬車に乗る直前で、ふとエルミラが屋根裏部屋を見上げた。
カーテンの陰で見えるはずはないと思いながらも、ディアナは一瞬エルミラと目が合ったような気がして体を震わせた。
エルミラは笑っていたのだ。
勝ち誇ったような笑顔で。

何かがストンと心に落ちたような気がした。
イグナシオとディアナが婚約していた時、2人の逢瀬を必ずといっていい程エルミラは邪魔しに来た。
逢瀬といってもまだ幼かった2人に恋人同志の雰囲気があったわけでも大人っぽいデートをしていたわけでもないが、ディアナにとってみれば不満だった。
だが、両親に訴えてもエルミラに甘い2人は笑うばかりだし、イグナシオさえも「別にいいじゃないか」とばかりに嬉しそうだった。

(あの頃から、ずっとエルミラはイグナシオ様が好きだったのね)
もちろん、ディアナが熱病に侵されたのも異能が発症したのもエルミラには関係ない。
こうして幽閉されているのも、婚約解消も、仕方のないことだと諦めている。
しかし両親の愛も婚約者さえ実妹に奪われたこの悲しみを、ディアナはどこにもぶつけられず、己のうちに抱え込むしかなかったのである。
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