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元盗賊のアジト

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 洞穴を出ると、切り立った石崖に縄梯子がかかってあった。

 まさか、これを登れって言うの? 絶対に無理な予感がする。
 縄梯子って意外と難しいんだから。
 昔、アスレチックで縄ばしごに挑戦したことがある。柔らかいロープは簡単にユラユラ動いて、一歩登る度にグラグラ揺れる。体幹がしっかりした人なら余裕なんだろうけど、私は相当時間と体力を消耗した。

 アスレチックは命綱があったから何とかなった。
 でも、ここはリアル崖だよ? 落ちたら確実に命はないからね。いくらラッキーな私でも、絶対死ぬよ。





 結局、私の腰にロープを結んで、上の石にくくりつけ、簡易命綱にした。
 クルトが先に登って、ペトロネラが下で揺れないように縄梯子を押さえて……完全にお荷物状況で何とか登りきった。足がガクガクだけど。

 登った先に、円形の大きなテントがあった。
 モンゴルの遊牧民が使うゲルのような感じだ。

「まさか、これが盗賊のアジト?」

 外側の布地は灰色のフェルトのような生地で、何枚も重ねている。
 地球のゲルの外側の布は、洗っていない羊の毛で作ったフェルトを使っていて、油分が雨を弾くらしいけど、こっちはどうなんだろう。さすがに雨漏り放題じゃないとは思いたい。

「それにしてもさぁ……ボロくない?」

 このセリフ、最近よく言う気がする。

 貧しい国で、真新しい物を期待していたわけじゃない。ないけど、外側の生地も継ぎはぎだらけだし、中は言わずもがな。男臭いって言うか、男子寮みたいな? 悪いけど、私は中に入れなかったよ。……なんとなくね。

 ボロいゲルの入り口を、ペトロネラが開けた。

 ゲルの中には忍者のタマゴ達がいた。一斉に私に視線を向ける。
 全員の背筋がピシリと伸びているのは、ゲルの中にいても私が来たことを知っていたのかも。忍者のタマゴだし。

 みんな私が来たことに動揺しているようで、ソワソワしている。
 ため息をついたクルトを見ると、「感情丸出しとかあり得ない」と頭を押さえていた。
 忍者としてはダメなんだろうけど、私的にはポーカーフェイスより安心する。なんて言っても、第一印象が牙剥き出し状態だったから。

「挨拶!」

 ペトロネラの大きな声に、忍者のタマゴ達がビクリと震える。
 
「「「「こんにちは、お嬢さま!!!」」」」

「あ、うん。こんにちは」

 何て言うか、部活のノリだよね。
 貴族は目上の者より先に声を出すなっていうけど、平民の感覚なら後輩が先に挨拶だよね。

「この子達、扉のこと知ってるの?」

 小声でクルトに聞けば、「まっさかぁ」と返された。

「こいつらは何にも知らないよ。僕が持って来た荷物が、扉だってことも知らないし、トウキビを植えることも知らない。
 拷問とかされたらさ、こいつらじゃ絶対バラすもん。下っ端は何も知らない方がいいの」

 言い方はアレだけど、この子達は犯罪奴隷じゃないんだし、未来は自由だ。いらないことを知らなければ、平穏な生活を送れるものね。
 この子達の頭の中では、自分達が旅して来た道のりと、私が来たタイミングを考えて、おかしいと感じているかもしれない。
 移動扉だと一瞬で来れるから。
 聞いて来ないのは、私を警戒しているからか、あえてそうしているのか。
 子供は何でも知りたがるけど、それを知ったら、この子達は一生奴隷を約束させることになる。

(それはちょっと重いわ~~)

 クルトが言うように、何も教えないのが一番だね。


 さて、まずはこのボロいゲルを何とかしないと。
 私も入りたくないゲルに、領主を招くだなんて絶対ダメだ。いくら向こうからの話しでも。
 この子達の主人として恥ずかしいもの。

「君たち、今から王都に行くよ」

 さて、美食の国を観光と、ショッピングをしましょうか。




※※※※※※※※※※※※※※※※




 レイダック国の王都とは言っても、下町は雑多な印象を受けた。
 レイダック国のほぼ全ての貴族が王都の貴族街に住んでいて、自分の領地には年に数回視察に行く程度らしいから、貴族街はもう少し洗練されているかもしれない。

「ここは……THE下町って感じだね」

 両脇にズラリと屋台のテントが並ぶ。
 その全部が食に関係する屋台だ。

 レイダック国の王都に住む人達は、家庭で料理をする習慣がなく、ほぼ外食らしい。だからいろいろな食べ物屋台があるのかもしれない。

 世界中の美食が集まると言うだけあって、様々な国の料理があった。
 グランヴァルト国でポピュラーなハーブのソーセージ。
 カルルーク国の国民食、じゃがいもの細切りをチーズと一緒にカリカリに焼いた物。
 ランタナ国で見かけた、スパイシーなソースに漬け込んだ肉焼き。
 サリア共和国の様々な果物を使ったマチェドニア。

 これだけ様々な国の料理が集まるのは、レイダック国に巨大な貨物船があるからだ。
 植物がほとんど育たないレイダックは、食糧のほとんどを輸入に頼っている。

「だからってさ、こんな何でもかんでも混ぜなくても良くない?」

 様々な国から食材が集まって出来たレイダック料理は……どれもこれもごった煮状態だった。
 スープは灰色で、謎の肉を野菜共に煮込んでいる。
 パイは、独特な香りがするスパイスを謎の肉に揉み込んで包み、粘りけのあるソースを付けて食べる。
 うどんなんて謎の肉入りで、緑色のとろみのある汁だし。
 あの国の調味料と、この国の野菜を、どうして組み合わせたんだ……という疑問が浮かんじゃうくらい、私の口には合わなかった。
 食なんて好みの問題だから、別に私の好みじゃなかっただけで、レイダック料理最高! って人もいるんだろう。

 そもそも私がレイダック料理に苦手意識を持ったのは、いろいろな料理に使われている、謎の肉が原因だ。

「泥臭いし、ちょっと苦味があるし、何だか粘り気がある感じがする……。何の肉?」

「ガロ肉です」

 忍者のタマゴの一人、私に襲いかかってきた少年が答えた。どうやら彼が、子供達の中でリーダー的な立場らしい。名前はマインだったかな。

 ガロ肉が何か知らないけど、肉屋の中に、たくさんの同じ動物の肉が吊るされているから、きっとソレだろう。
 ズラリと並ぶ屋台は、肉屋の数が圧倒的に多いから気になってはいたんだ。

「レイダックでは沼地がたくさんあって、そこにガロがたくさんいるんです。世界三大珍味の一つとして有名ですよね」

「……あ、うん。世界三大珍味……ね……」

 この世界では、誰もが知っているようなことなのかもしれない。
 地球では、キャビア、フォアグラ、トリュフ。日本では、コノワタ、カラスミ、ウニ……。

 肉屋に吊るされている下処理済みのガロを見ると、デロリと筋肉質な足が伸びて……うん、元の姿は想像しない方が良さそうだ。

 レイダック料理が無理なら、別の国の料理をと思ったのに甘かった。どれもこれもレイダック風にアレンジされた味付けで、食べなれたハーブのソーセージでさえ違和感ありありだった。

「ね? 僕の気持ちが分かったでしょ」

 クルトが眉間にシワを寄せる。

 これは早急にトウモロコシを何とかしないと、私が困るね。


 屋台ではなく、レストランもあることはある。そういう店は庶民にはお高いようだ。
 時々、白いゆったりした服を着た人が入って行く。どうやらそれがこの国の貴族様らしい。
 貴族街に飽きたのか、下町におりてくる貴族もいる。絶対に屋台に来ることはないようだけど。
 白い服はこの国の貴族の象徴で、どれだけ真っ白な服を着るかが、貴族のステイタスなんだって。

 王都を一歩出れば、みんな草を食べてるって言うのにねぇ。


「そろそろ、食べ物屋以外の店に行きたいな。案内してくれる?」 

 言うと、ガロ肉の丸焼きに食い付いていたマイン達の首根っこをクルトが捕まえた。一見、ヒドイ扱いのように見えるけれど、マイン達の顔が嬉しそうだからそっとしとこう。

 早く終わらせて、家に帰りたいな……。

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