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約束の品

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 私が教会に出かけようと玄関のドアを開けた時、ちょうど家の門の前に男性がいた。
 まだほんのりと少年の色を残した若い男で、大きな肩掛けカバンをかけている。

「あれ? 今日は門番さんはいないんですね。裏に回った方がよかったですか?」

「ん? どなた?」

「あ、郵便屋です」

 郵便屋と名乗った男性は、この辺り一帯の郵便を担当しているらしい。
 いつもイシカワ邸に来る郵便は、門の辺りにいるパウルに渡しているらしいけど、いない時は裏庭の門から、厩舎で働くユーリに渡しているようだ。

 そもそもパウルは門番じゃないんだけどね。

「配達ご苦労様。私が受けとるよ」

「これ特別郵便だから、必ずここの家主に渡して下さい」

 特別郵便は貴族や富裕層が使う、いわゆる書留郵便のような物だ。宛先人に直接手渡すことが理想だけれど、無理ならば確実に届けたという証明が必要だ。
 そもそも貴族は使用人に直接手紙を持たせる。一般の郵便を使うなんて、珍しいと郵便屋はカラリと笑った。

 渡された手紙には立派な封蝋がしてある。
 この紋、見たことがあるな。

 あ、ミレーラ嬢の馬車の紋だ。
 だとすれば、特別郵便を使ったのは、使用人なら私に追い返される可能性があるからだろうね。マシューなら確実に追い返してたな。

「貴族からの手紙なんて凄いですね。
 ここにサインをお願いします。
 ちなみに、この家のご主人ってどんな方ですか?」

「私だけど」

「またまたぁ」

 受け取り欄に私の名前を記入すると、郵便屋は目を見開いた。
 私が書いたサインと、手紙の宛名を何度も見比べている。

「私がこの家の主人本人ですよ」

「し失礼しました! では確かにお届けしました!」

 郵便屋は勢いよくペコリとお辞儀をすると、逃げるように、そそくさと坂を下って行ってしまった。

「ええ! 急に拒絶しなくてもいいじゃない」

 私みたいな小娘がこんな豪邸の主だなんて、訳ありだと思われたのかもしれない。
 貴族の私生児とか、呪われた富裕層とか……関わらない方がいいと判断したとしても、彼がイシカワ邸の担当なら、また来ることになるけどね。

「お待たせしました。遅くなってすみません、お嬢様」

 リリアとエドガーが急いで玄関を出てくる。
 準備中に私が勝手に外に出ただけだったのに、リリアを慌てさせてしまったようだ。

 二人とも大きなバスケットを抱えて、エドガーはさらに大きな荷物を背負っている。
 バスケットの中身はヨハン特製のスコーン。プレーン、ドライフルーツ、チョコレートの三種入り。
 エドガーの背中には寄付用の大量の本だ。

「ごめん、急がせちゃったね」

「いえ。……? お手紙ですか?」

「うん。見ちゃおうか」

 乗り合い馬車が来るまで少し時間がある。
 それにしても、貴族からの手紙を外でペロッと開けるのは非常識かしら。リリアが慌てているし、エドガーは生ぬるい目を向けて来る。
 気にしないけど。

「ええと、約束の品を配送したーーーって何のこと? リリア、エドガー何か聞いてる?」

 二人揃って首を振る。エドガーが途中で首を止めた。

「エドガー」

 何か知っているのかと見れば、エドガーの目はゆっくり私から反れる。

「…………王都から戻ったパウルさんが、すごく機嫌が良かったなとーーー」

 確かに。
 私が死にかけた時はあんなに怖い顔をしていたのに、ラグを持って帰って来た時の顔といったら。誰が見ても上機嫌な表情だったっけ。
 怖くて誰も理由を聞けない中、アルバンが「楽しそうですね。何かありました?」と聞いて、「なかなかいい取引が出来た」と言ったとか。取引内容は内緒だと、答えなかったらしいけど。

「ま、いっか」

 乗り合い馬車がもうすぐ来る。

「ペトラ」

 名を呼ぶと、玄関の扉がすぐに開いた。

「お呼びでしょうか」

 不思議なことに、ペトラは呼ぶとすぐに私の前に現れる。メイドとして担当の仕事をこなしているのは確かだから、常に私の近くにいるわけじゃないと思うんだけど……。タイミングがいいのかな。

「この手紙、アルバンかパウルに渡しておいて」

「かしこまりました」

「じゃ、行って来るね」

「行ってらっしゃいませ」

 ペトラに見送られて、私達は教会に出かけた。






 教会から戻ると、家の前が何やら騒がしい。
 訪問者が3人いるけど、門は閉じたまま。

「主人が不在ですので、このままご用件をどうぞ」

 アルバンが穏やかな声で門を開けることを拒否する。
 私が他人を家の中に入れることを嫌がるから、アルバンの行動は正しい。だって私の家だしね。

「こっちはマクナール様からの依頼で来てるんだ。家の中にも入れないなんて嘗められたものだ」

 何だかプンプン怒っているけど、アルバンが帰って来た私達を見て、ニコリと微笑む。

「ああ、お嬢様。お帰りなさいませ」

「ただいまアルバン。騒がしいね」

「手紙にあった荷物を届けに来たそうですよ」

「ふ~~ん」

 三人の訪問者は40代くらいの男。20代くらいの男。40代くらいの女。

「あなたがマイカ・イシカワさんですか」

 40代の男が見下したような目で見て来る。
 苦手なタイプだ。たぶん、チンチクリンな小娘め、とか思ってるんだろうな。

「我々はマクナール様より依頼されてまいりました。
 手紙が届いていたと思いますが、そちらの使用人の方が取り合っていただけなくて、困っていましたよ」

「あーーはいはい。手紙は本日届きました。
 ですが、うちは私の許可のない人は、中に入れない決まりなんです。相手が誰であれ、ね」

 三人とも、あからかにムッとしているな。
 私も別に怒らせたいわけじゃないよ。でも中に入れないアルバンが悪いと思われても困るから。

「無礼な!」

「なんてことです! マクナール様に報告しますよ!」

 権力者の名を出せば、自分達が優位にたてると思っているのか。

「どうぞどうぞ。尾ひれはひれを付けて報告してもいいですよ」

 本当はもっと穏便にすませられたら良かったんだけど、この世界、隙を見せたら足元を掬われる。拉致されて売られかねないんだから。
 長く付き合いたい人なら、下手に出ても苦はない。けれど、そうじゃないなら目には目を。やられたらやり返すよ。

 怖い顔をしている三人に、私はニッコリ笑ってやった。
 リリアが小声で「お嬢様」と呟いた声が、少し震えていたのは何故かな。

 三人を残して、私達だけ門の中に入る。

「では、ごきげんよう」

 背後がギャアギャアうるさいけど、スッと門の前に出たパウルにお任せしよう。何しろ門番だからね。





 それから数日、ミレーラ嬢から謝罪の手紙が届いた。今度はマクナール家の使用人が直接、手紙と大きな荷物を持って来た。

「私はマクナール家執事、エーギルと申します。
 この度は誠に申し訳ありませんでした。
 我が当主もたいそうご立腹で、ミレーラ様は特にマイカ様に直接謝罪しに行くと聞かず……」

「まさか、連れて来たんですか?」

「いえいえ、ご迷惑になるかと思ったので、撒いて来ました」

「ご令嬢を撒いてって……」

 言葉ぶりから、ミレーラ一家とかなり親密な関係の人なんだろう。

 騎士なら追い返していただろうけど、丁寧な物腰の執事をチョイスして来たところが憎い。しっかり謝罪してくれたから、追い返しようがないもの。
 しかもイケメンだし。年齢的には40代くらいなんだろうけど、いかにも紳士ですって雰囲気に執事服って、破壊力高いよ。

 他にも二人、若い女性が来た。警戒したけど、二人ともよけいなことは話さず、態度も礼儀正しい。

「パウル。ニヤニヤしすぎ」

「いやぁ、せっかくいい物が届いたのに、お嬢ちゃんが追い返してしまうからなぁ」

「だって、あのままじゃミレーラ嬢のことも嫌になりそうだったし」

 実際、もう貴族には関わりたくないって思ってるしね。

「ああいう奴らは適当に受け流して、貰う物を貰ってから、帰り道で潰すのが得策だ」

「いやいやいや」

 貰える物は貰っておくって考えは賛成。町で配っているポケットティッシュは絶対に貰う派だ。
 だけど、パウルのは物騒な匂いがするよね。

「約束の品ってなんなの?
 そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

 この数日、パウルに同じ質問を何度もしたのに、その度に内緒だと言われ続けて来たんだ。

 私達のやり取りに、イケメン執事は控えめにクスリと笑った。
 こういう仕草も嫌みに見えないのは、執事としての技なのかな。

「それは実物を見れば解決ですね」

 言うと、荷物をチラと見る。

「申し訳ありませんが、外で荷を解くことは出来ません。中に運んでもよろしいでしょうか」

 断る理由はないか。
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