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怪魚ペルーラ

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「ペルーラだ!」

 10年に一度現れる幻の怪魚、ペルーラ。
 それがまさかこんなに大きいとは思わなかった。
 小舟の三倍以上のサイズ。10メートル近くありそうだ。体幅たいふくは船の幅より大きいから、ずんぐりむっくりした体つきの魚なんだと思う。

 世界最大の淡水魚、オオチョウザメが最大サイズ8.6メートルだっていうから、こんな小舟なんてあっという間に転覆してしまうだろう。

 ぐらりぐらりと大きく揺れる船にしがみつきながら、一際大きく揺らいだ時、船頭が叫んだ。

「船が持ち上がるぞ! 振り落とされるな!」

「も、持ち上がる?」

 疑問を口にした瞬間、急激に身体が持ち上がる感覚に、身を固くした。

 視界が高くなって、一瞬気分も高揚するけれど、いったいどんな状況かと身を乗り出して下を見て愕然とした。

「え……」

 自分の目に映る光景が信じられない。
 船は川に浮かんではいなかった。

 船底は黒い山のようなものに乗り上げている。
 船頭からペルーラだと聞かなければ、これが魚だと思わなかっただろう。私の位置からは頭が見えないけれど、確かに船底の黒い物体には鱗があった。

 川岸にいるヴェロニカ達がずいぶん眼下に見える。

「ペルーラが潜るぞ! しっかり捕まれ!」

「潜る?」

 言葉通りなら大変だ。
 今の視界は一軒家の二階くらい。そこから一気に潜られたら……。

 慌てて身体を低くして可能な限りの握力で船にしがみつく。

 突如、浮遊感が襲った。

 身体が少し浮いて、内臓がスーッとする感覚に、ヒッとおかしな声が出た。
 ジェットコースターとかフリーホールとか苦手じゃないけど、安全ベルトの信頼があってこそ楽しめる物だ。

「死ぬ死ぬ死ぬ!」

 船頭が叫んだ。

 三日月の目が一度カッと見開いてから、ギュと閉じられる。
 その顔が視界に入って、ハッとした。

(何でこんな時に)

 ずっと喉元まで出かかっていた、船頭の顔が何かに似ていると思っていた件。それが今、晴れた。

 いや、そんなこと今はどうでもいい。

 だって、落ちてる!

「きゃああああああ」
「ぎゃああああああ」

 実際は一瞬だったと思う。
 けれど、私にはずいぶん長く感じた。一緒に叫ぶ船頭の顔をじっくり見るくらい。

 ああ、やっぱりーーーー。

「亀っぽい~~っ!」

 こんな時なのに、もしかしたら最後の言葉になるかも知れないのに、我ながら残念だわ。

 叩きつけられる瞬間、船はペルーラの薄桃色のカーテンのようなヒラヒラの尾ビレに乗っかって、一度落下が止まる。けれどホッとする間もなく、船は尾ビレを滑り落ちて、ひっくり返った。

「きゃあああああ、落ちるーーー!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

 船から放り出された私と船頭は、川へと叩きつけられた。


 ドバァ~~~ン!!


 川船が落ちたことで、激しい水飛沫が飛んだ。


 バチッ。


 私の首にある首輪から、不穏な音が聞こえた。
 ブルブルと小刻みに振動しはじめた首輪は、バチバチと弾けるような音を立てる。
 同時に水面に紫色の光が走った。


 バチッバリバリリリ。


 大きな音が響く。

 まるで雷が落ちて電気が走るような音だ。

 私を中心に、水面に紫色の光が広がる。
 その様子を呆然と、薄れ行く意識の中で見ていた。

 上半身が焼けるように熱い。
 ビリビリ痺れると言うより、紫色の炎で焼かれているかのようだ。
 特に首輪が熱をもっている。船から放り出された時に逃げたと見なされたのだろう。

 私のまわりにプカプカと小魚がひっくり返って浮いている。
 首輪の衝撃が水面を伝って、浅い場所を泳いでいた魚が巻き込まれたようだ。

 同じ魚でもペルーラは少しも動じず、何事もなかったかのように悠々と川の底に潜ってしまった。

 流石、幻の怪魚。
 猛獣も恐れる首輪の衝撃も、ペルーラにとっては痛くも痒くもないのだろう。

 私は……ダメかもしれない。

 どこかで私を呼ぶヴェロニカの声が聞こえる。

(ごめんヴェロニカ。ごめんみんな)

 こんな最後なら、みんなのことを奴隷から解放してあげたかったな。
 三年ルールがあるから、まだ解放出来ないけど、せめてお金と遺書を残しておけばよかった。

 顔にかかる水を払いたいのに、身体が動かない。

 ただ水の流れに従うだけの流木のように、私も流されて行く。

 空の青さを見つめながら、私は川の中へと沈んでいった。

 
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