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落とし物は出会いのきっかけ

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「うわっ! 冷たっ!」

 噴水池に落ちてすぐに立ち上がったけど、全身びしょびしょだ。服も水を吸ってなかなか重い。

「マイカっ!」

「お嬢様っ!」

 ヴィムとペトロネラは慌てて私の事を引き上げようとする。だけど、私の方が慌てて断った。みんな濡れたら嫌だし。

「あ~~あ。ずぶ濡れだぁ。このまま公衆浴場に行くから、ペトラは私の着替え持って来てくれる?」

「了解しましーーーーっ!」


 ザバババババッ。


 頭上から噴水の水が降ってきた。

「………………」

 どうせずぶ濡れだし、今さら追い打ちかけられてもいいんだけど。
 ちくしょう。時間差で噴き出したり、止まったりするタイプの噴水め。

「…………大丈夫ですか?」

「…………うん。大丈夫」

 大丈夫だけど、気分は落ちるよ。旅行のウキウキを全部奪って底辺までね。

「ん?」

 足元に何かある。
 石か、ゴミか、どっちみち噴水の中にあっていい物じゃない。
 すでにずぶ濡れだから、躊躇わずに水の中に手を突っ込んだ。手に当たる感覚で何かを掴みあげる。

「鍵……だね」

 持ち手部分が丸い輪っかになっているシンプルな物で、イシカワ邸の鍵や宿屋の鍵と比べても、デザインが古い感じがする。それなのに鍵は錆びもなく綺麗な飴色をしていた。

 ヴィムが鍵を覗き込む。

「これはステルニム製の鍵だな。鉄と違って錆びることはないが、年月がたつと色が変わるんだ。この鍵の色だと少なくとも三十年以上前の鍵だろう」

「……ステルニム」

 これは完全に異世界素材だな。
 錆びないなら、きっと知らないだけで、家のいろいろなところに使われている素材だろう。この素材でライオンの吐水口を作って、バート村の宿屋の風呂をローマ風にするのもいいかもね。

「なかなか高価な素材だが、マルファンの屋敷の鍵もステルニムだ。最初は銀色。数年で赤みが強くなり、三十年でこの鍵と同じ飴色になる」

「へぇ。新しい鍵じゃないってことか」

 いつからここにあるのか分からないけど、落とした誰かは困っているかもしれない。

 鍵を持ったままの手をヴィムが掴んで、一気に噴水から引き上げてくれた。

 ヴィムとペトロネラがそれぞれハンカチを差し出してきた。ありがたく受け取って、取り敢えず顔回りを拭く。スカートをギュッと絞って応急処置は完了。ペトロネラに着替えを取りに行ってもらった。

 この鍵はどうしようか。

「ヴィム。こういう落とし物って、どうすればいいんだろう。どこか預けるところはあるの?」

「財布なんかだと警備兵に渡したりするが、大抵は中身は抜かれるな」

「ダメじゃん」

 親切心で拾っても、持ち主は空っぽの財布を受けとるだけ。仕方ないにしても、落とし主は拾った人が中身を取ったと疑うだろう。

 眉間に寄った私のシワを、ヴィムは指先で撫でて伸ばそうとする。そんなもんじゃ、今の私の複雑な心もシワも伸びません。

「財布が戻っただけありがたいだろう。嫌なら落とさなければいい」

 う~~む。それがこの世界の常識なのは分かるよ。地球だって、日本くらいでしょう? 財布の中身が手付かずで戻って来る確率の高い国は。

「それは財布や貴金属の場合だ。鍵くらいなら……役所の掲示板で落とし主を探すことも出来る」

 おお! それがいいね。
 ヴィムをチラリと見ると、あからさまにため息をついた。

「まずはちゃんと風呂に入ってからだな。時間がなければ、明日の朝でもいいだろう」

「うん。よろしく!」

 主に道案内を。

 この後、お風呂に入って、ペトロネラに持って来てもらった服に着替えて、役所に向かおうと思ったんだけど……夕食の時間まで後少しだったから明日に持ち越しになった。




 王都の役所はマルファンの役所とあまり変わらない作りだった。質素というか実用的というか、場所も大通りから一本外れた道にある。

 貴族街にも役所があるらしいから、そちらはきっと豪勢な建物だろう。そちら側には行くつもりはないから知らないけど。

 ロルフと子供組のマリッカとメリンを連れて、役所にやって来たのは、例の鍵の持ち主を探す為だ。ロルフはともかく、なぜ子供組を連れて来たかというと、単純に社会見学の一環だ。私みたいに世間知らずじゃ困るからね。

「マイカさん。こちらの紙に落とし物の詳細を記入するようですよ」

 役所の落とし物手続きを終えたロルフに、渡された紙を受けとる。落とし物の名称、特徴、拾った場所などを記入する欄がある。

 私はペンを持ったまま、文字を書くことを躊躇った。だって私、この世界の文字を勉強し始めたとはいえ、子供が書くような拙いヨレヨレの字しか書けないんだもの。
 役所の掲示板に貼ることを考えたら、ちょっとね……。
 
 私のペンを持った手にロルフの手が包むように重なって、スルリとペンを奪って行った。

 驚いてロルフを見ると、ニコリとマダムキラーの微笑みを浮かべたロルフと目が合う。

「私に書かせてください。ね?」

「あ、ありがとう」

「では、どのように書きましょうか」

 私は不覚にもドキドキした心臓をなだめるために、軽く深呼吸をした。後20歳年をとっていたら、惚れていたかもしれないな。奴隷じゃないことが必須だけど。

「ええと、名称はステルニム製の鍵。拾った場所は白の宿屋付近の噴水。特徴は飴色で古い……て感じかな。形を文字にするより、絵に描いた方がいいかも」

 私の言った通りにスルスルと記入していく。

「連絡場所はどうしましょうか。掲示される期間は1ヶ月間ですが……白の宿屋でいいですか?」

「うん。一月すぎても落とし主が見つからなかったら、どうするの? 掲示期間延長とか出来る?」

「一月以上は無理ですね。その後はマイカさんの物になります。廃棄するも、売却するも、自由です。役所に預けることも出来ますが、同じように一月で廃棄になるようですよ。……よし、出来ました。貼りに行きましょう」

 役所の中をキョロキョロと見ていたマリッカとメリンは、ロルフの後ろにピッタリくっつくように歩いている。大人ばかりの役所の中に不安を感じているのだろう。本来なら子供の来る場所じゃないからね、役所って。
 でもあえて連れて来るよ。
 私も小学校の社会科見学で国会議事堂に行った時、同じように場違いな場所に来たなって思ったもの。国の重要な場所を小学生に見せて、いろいろなことを感じてほしい大人達の思惑とは別に、あの頃は赤絨毯凄いなくらいしか思わなかった。
 結果、大人になった今でも印象に残っているってことは、社会科見学として成功だったのかもしれない。

 役所はマリッカとメリンも、大人になれば何度か足を運ぶ場所だ。きっと今日のこともいつか役にたつと思うよ。

「うわぁ、たくさんありますね」

「えっと、落とし物は……金糸の刺繍のハンカチ。モーム製のストール。銀色の花のピアス(片方)。
 女性の落とし物が多いみたいです」

 子供達が気付いたことに、ロルフが軽く笑った。

「どこの国も一緒ですね」

「どういうこと?」

「一種の出会いの場にもなっているんですよ。
 明らかに女性の落とし物を男性が拾って、掲示板に貼る。落とし主が見つかったら、男女が出会うきっかけになりますからね」

「何ともまぁ……」

 いや、試す価値あるかな? お金を持ってるって言わなければ、普通に男女のお付き合いが出来るんじゃない? いやいや、後から豹変されたらショックで立ち直れないか。

「わたし、リボン落としてみようかなぁ」

 そう言ったのはメリンだ。
 二月前に誕生日が来て、11歳になったばかりのメリンが……。意味を分かって言っているのだろうか。

「メリン、リボン落としてどうするの?」

「ステキな人に拾ってもらえたら嬉しいじゃないですか!」

「……ソウナンダ」

 子供だとばかり思っていたけど、女の子は早熟だ。11歳って小学5年くらい? 

「ちなみにメリンはどんな人が好みなの?」

「優しくて、頼りになる年上の人がいいです。エリンお姉ちゃんが、人生設計のしっかりした人を恋人に選びなさいって言ってたので」

「そ、そう。出会えるといいね」

「はいっ!」

 メリンの笑顔がまぶしい。

(人生設計のしっかりした人、ね……)

 惚れた腫れたじゃなく、ずいぶん現実的な話だ。父親の借金で奴隷になった四姉妹ならではか。

「あ、でもエリンお姉ちゃんは、男に頼るなってことも言っていました。女一人でも生きていけるようにならなくちゃダメだって! だからわたし、頑張ってはやく一人前のメイドになります!」

 しっかりしてるなぁ。

 これはメイドの他にも職業体験をさせてみようか。
 旅行を終えたら、しばらくアルバンに預けてみようか。それからマルファンの手芸店や、金平糖なんかにもお願いしてみようかな。エリンが望むなら、スーパーキャリアウーマンもいいかもね。
 いろいろな経験をさせて、選択肢がたくさんある状態が望ましい。メイドとして働けなくなったら? 手芸が出来なくなったら? 客商売が上手くいかなくなったら? 生きる手段があればあるほどエリンの力になる。

「よし、エリン。リボンを10本くらい買いに行こう! マリッカも!」

「わ、わたしもですかっ?」

「そうだよ。ロルフは男性目線からリボン選びを手伝ってね。男心をくすぐるデザインのリボンをね」

「了解しました」

 慌てるマリッカの頭をポンポン撫でながら、ロルフは微笑んだ。
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