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双子の回復力

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 五日間眠ったままだったクルトとペトロネラは、その間、毎日栄養剤を注射していた。
 そのおかげかもしれない……。

 二人は今、ダイニングにいる。

「美味しい! こんなに美味しいスープ、初めてだよ! ね、ペトラ」

「……美味しいです」

 これ、まだ目を覚ました30分後だ。

 さすがに筋力が落ちていて、歩くのもままならなかったから抱えられてダイニングに来たけど、起きてすぐ「お腹減った」と言い出したから驚いた。
 取り敢えず、簡単な自己紹介をして今に至る……。

「食べられるなら、どんどん食べてね」

 私が言うと、クルトもペトロネラも揃っておかわりした。

 お腹の状態が怖いから、具のないスープだけど、この分ならパン粥くらいなら食べられるんじゃないかな。

 フーゴにお願いしてパン粥を用意して貰う。

「うわ、またすごく美味しい!」

 クルトが弾んだ声で言う。
 ペトロネラは無言で食べ続けている。

 いろいろ確認したいことはあるけど、今はまず二人のお腹を満たすことが最重要だよね。

 パン粥を更におかわりして、ようやく二人はスプーンを置いた。

 そこでようやく本題を切り出す。

「あのね、あなたたちは五日間眠ったままだったんだ。呪いは解いたけど、身体も心も本調子じゃないと思うから、ゆっくり休んでね」

 一番知りたいのは二人の心の状態。
 発狂したり、泣き出したり、分かりやすい状態じゃないけど、元気に振る舞っていても心は悲鳴をあげてるってこともあるでしょう。
 しっかり様子を見守っておかないと。

 私の顔をじっと見ていたペトロネラが口を開いた。

「私は大丈夫です」

 クルトも頷いてニッと笑う。

「お嬢様が心配してること分かるけど、僕達は大丈夫。呪いの間いろいろあったけど、呪われる前よりマシだったからね。おかしくなったりしないよ」

「……いろいろ」

「お嬢様が考えつく事、全部」

 クルトもペトロネラも、何でもない事のように言うけど……それってかなり……。
 私が考えつく事全部が、呪われる前よりマシなんて……どんな波瀾万丈な人生を歩んで来たんだ。
 私がおいそれと踏み込んでいい領域じゃないな。

「……ここでは、クルトとペトロネラが今まで経験してきたこと全て、何もないと思うから……少し退屈かもしれないね」

 元気になったら少しずつ仕事をしてもらうことになるからね。波瀾万丈とは真逆な生活をする事になる。
 私なりにオブラートに包みながら、やんわりと元気づけたつもりだったんだけど……。

 クルトが思い切り吹き出した。

「ふっふふふ。お嬢さまって面白いね。そんな風に言われると思わなかった」

「お嬢様は今まで出会ったことのないタイプの人です」

 クルトがケタケタ笑って、ペトロネラが冷静に頷く。二人であーだこーだと話して盛り上がっている。

 これ私、ディスられてるのかな。

「あ、そうなの…………楽しそうで良かったよ」

 なんだか身構えていた分、どっと疲れた。私が疲れたってことは、この間まで衰弱して意識がなかった二人は、もっと疲れただろう。

「ベルタ。エドガーとヴェロニカを呼んで来て。二人を部屋で休ませてあげてちょうだい」

「かしこまりました」

 ベルタがダイニングを出て行く。

 ダメだ、疲れた。
 私もこんなに気を張っていたんだな。この世界に来て、体力がだいぶついたと思っていたけど、まだまだだな。

「二人とも身体に肉と筋力をつけて、自力で歩けるようになってね」

 無理矢理に笑顔を作った。
 クローゼットの秘密基地に閉じ籠って、バート村に行く計画を固めよう。

「え……」

「……っ、違います」

 ん? クルトとペトロネラを見ると、二人とも青い顔をしている。

 サッと頭の中から血の気が引く。

「具合でも悪いの? すぐお医者さんに来て貰うから。
 アルバン! マインラート先生を呼んで!
 エドガー! ヴェロニカ! ロルフでもカサンドラでもヴィムでもいいから早く! 来て!」

 誰でもいいから、この二人を抱えてベッドに連れて行ってほしい。
 今、元気そうに見えても、心の傷は突然いろいろな症状がでる。ある時は何日も原因不明の熱が出たり、ある時は身体が重くて立ち上がれなかったり……そして笑いながら壁に頭を打ち付けたり。
 母がそうだった。

 アルバンが医者の手配にダイニングを出て行った。
 ダイニングには私とクルトとペトロネラの三人になる。
 
「ごめん、違うよ!」

 クルトが言うけど、そんな青い顔をして、何が違うっていうの。

 クルトとペトロネラに両腕を掴まれた。少し痛い。

「具合が悪いわけじゃないんだ!」

「お嬢様を、悪く言った訳じゃないです!」

 二人が早口で言う。

「呪いをかけられた時、もしもこの呪いから生きて解放されたら、神を信じようって決めたんだ!」

「お嬢様は私達の女神です」

 あまりの勢いに呆気にとられてしまって、突っ込むのを忘れてしまった。……だって女神って。

「だから……」

「「僕達を、私達を」」

 二人の表情が僅かに歪む。紫色の瞳がウルウルと涙ぐんで、ペットショップの子犬みたいだった。

「「捨てないで」」

 掴まれた腕の力から、二人の必死さが伝わる。

 ん? 捨てる? 私がクルトとペトロネラを? なんで?

「ないないない! 捨てるわけないじゃない!」

 即座に否定すると、とたんに二人の表情がパッと明るくなった。青かった顔色も、みるみる頬がほんのりピンク色になる。

「やったね、ペトラ! 捨てないって!」

「良かったです」

 とたんに二人の雰囲気が明るくなって、キャッキャッと女子高生ようなテンションでクルトが話し出す。ペトロネラも淡々と、冷静にクルトに相づちを打つ。

 え~~と……私は今、何を見たんだろう。

 目まぐるしく変わるクルトの表情と雰囲気。表情は変わらずに淡々としながら、クルトと息ピッタリなペトロネラ。
 性格は全く違う二人なのに、さすが双子。凸と凹が噛み合うようだ。

 トントンと扉がノックされ、ベルタがエドガーとヴェロニカを連れて戻って来た。

「お嬢様。エドガーとヴェロニカを連れて来ました」

「……あ、うん」

 ヴェロニカがケタケタと笑う。

「マイカってば、なんて顔してるの。絞められる前のクークルみたいだよ」

「クークル……」

 どんな顔かは分からないけど、私の疲労困憊ぶりを考えると、おかしな顔になってもしかたないか。

「クルトとペトロネラを部屋に運んでちょうだい。アルバンにマインラート先生を呼んでもらったから、それまで休ませて」

 ついでに私も休ませて。

「クルトとペトロネラは元気になること最優先だよ。元気になったら、クルトは庭師(?)のパウルに。ペトロネラはメイドのベルタに預けるから。ベルタ、よろしくね」

 この場にいるベルタがお辞儀をして、ペトロネラにニコリと笑顔を向ける。

「パウルは後でクルトの部屋に挨拶に行かせるから」

「はぁい。……今なんで庭師の後にハテナがついたのか気になるけど」

 クルト、鋭いな。
 だってパウルは庭師と言うか、戦士だからね。悪魔の蔓と戦う。しかも、門番の称号までゲットしたらしいし。

 クルトの疑問には、会えば分かるとだけ伝えた。


 3日後。

「お嬢さま! パウルの爺さんって何者なの!?」

 興奮したクルトが、私を捕まえる。

 それは私も知りたいよ。

「私はね、パウルもそうだけど……今、あなたにも同じこと言いたいわ」

 まだ目を覚ましてから3日しかたっていないのに、今朝クルトの部屋を訪れたら、ベッドの上で腹筋をしていたんだから驚くよ。しかも私が部屋に入るやいなや、ピョンと腹筋をバネに飛び起きて、両二の腕を掴まれている。二の腕はやめてよ。これで「お嬢様、プニプニだね」とか言ったりしたら、パウルにお仕置きしてもらおう。

 3日前まで衰弱して意識もなかったのに。何なの、この回復力は。クルトがおかしいのか、それとも……。

「あの栄養剤? あれのせい?」

 今度マインラート先生を問い詰めてみようか。

 隣の部屋のペトロネラの様子を見に行くのが怖いな。あっちもガツガツ筋トレ中な気がする……。

 
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