新米女神の運命の赤い糸

りんご飴

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大地の気性

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 扉が開いて、神殿の外にいた人物が見える。

 扉が開いたとはいえ、入室の許可は出していない。にもかかわらず、ずかずかと大柄な男達が入って来た。

 ウニの舌打ちと共に、幻術が一瞬揺らぐ。

「おお! これはこれは、美しい神と女神よ!」

 一際豪華な衣装に身を包んだ男が、芝居がかった動作で前に出た。

「私はレガルド国の第一王子マルクスと申します。街に女神が現れたと聞いて、迎えに参りました」

「迎えに? 何故?」

「我が国には、新しい大地の神殿がございます。こんな廃れた旧神殿より、お二人に相応しい神殿です。
 ぜひお二人を招待したいとーーー」

「断る」
「お断りです」

 リアとウニの言葉が重なった。

 新しい神殿と言っても、一度も神が訪れたことがない。完全に名前だけの神殿だ。リアもウニも新しい神殿には近付きたくない。

 きっぱりと断ったにも関わらず、王子はリアに向かって手を差し出す。

「美しい大地の女神よ。私は先代の大地の神より力を受け継いだ一族。是非とも私に女神の伴侶となる栄光をお与え下さい」

 リアがその手を取ると疑わないのだ。
 先代の大地の神が伴侶を選び、子を成し、その子を娶り、繰り返した一族。それがこの国の王族、貴族達だ。

 ただ今はもう、彼らにほんの一滴も神の力は感じられない。

「ん~~。残念ですけど……あなた達には、大地の力は全く受け継がれていませんけど……」

「何を言いますか。この私が、こんなにも貴女に惹き付けられているのが証拠です!」

「ふふ、可笑しな方ね」

 血が薄れ、力も薄れ、大地が乾いた状態でも、かろうじて作物の実りを繋ぎ止めているのは、なけなしの力を受け継いだ人間が確かに存在するからだ。
 確実に目の前の男達ではないけれど。

「それ以上近付かないで下さいね」

 夢の神ウニがピリピリしているのを感じて、リアはやんわりと男達を止めた。足は止まっても、口は止まらない。自分とリアが出会ったのは運命だと、大袈裟に繰り返す。

「お前達」

 初めて聞いたウニの低い低い声。少し驚いてウニを見ると、桃色の瞳が冷たく男達を睨み付けた。

「ここは神の部屋だよ。お前達は僕の許可もなく勝手に踏み込んだ。万死に値するよねぇ」

 低く、冷たい声。
 淡い桃色の髪と瞳の可愛らしい少年から、とてつもない圧を感じる。
 リアでさえ背筋がゾワゾワしているのに、人間に耐えられるはずもない。
 全員が震えながら跪いた。

 いつの間にか辺りの幻術が完全に解け、元の寂れた神殿に戻っている。
 男達は夢の神を怒らせたことをようやく理解したようだった。

「ウニ様。ここは少し穏便に……」

「それを大地の女神が言うのか! コイツらは、ノエルを傷つけたんだぞ!」

 リアも知っている。
 神殿の入り口で、ノエルは必死に男達を止めようとした。神の許しなく入室することは神々の怒りを買うと、ノエルが説明したにも関わらず、男達は暴力でノエルを押し退けたのだ。

「分かっています。ですが、傷付いたノエルがここに来たら……ノエルまで巻き添えになってしまいます」

 それほどに今のウニは怒りに満ちている。
 すでに入室を許可されているノエルは、傷付いた身体でこの場所に向かっている。無礼な男達を神殿から追い出そうと必死な様子が、更にウニから冷静さを奪っていた。

「ああ……そうだね」

 桃色の瞳がゆっくりと閉じた。
 小さく息を吐いたウニが再び目を開けた時には、その瞳は幾分凪いでいた。

「ごめんごめん。ちょっとイラついちゃって。コイツらさぁ、人間の中でも究極に残念なヤツなんだよね。本当にクズ。夢までクズ」

 人間と密接した関係にある夢の神が、人間に対してこれほど露骨に怒りを見せるのは珍しい。
 おそらくノエルのことだけではなく、自分の寝ている間に森の神殿を取り壊そうとしたことや、彼らの夢を渡り歩いて見た内容も原因だったのかもしれない。



「夢の神ウニ様、大地の女神リア様にお目通り願います」

「ノエルは許可する」

 よく知った声に、リアは入り口に目を向ける。

 頬を腫らしたノエルが、長身の男に支えられて立っていた。
 ウニが許可したのはノエルだけ。それならばと、リアは花が綻ぶように微笑んだ。実際にいくつか花弁が舞ったかもしれない。

「あなたの入室も許可します。ーーーーアレクシス」

 名を呼んだ瞬間、ノエルを支えていた男の顔が蕩けるような笑顔になった。

 ウニは淡い桃色の瞳を光らせた。

(なぁんだ。もう選んでるんじゃん。
 あ~~あ、デレデレしちゃって、せっかくの色男が台無しだよ。っていうか、何でリアはこいつを置いて伴侶探しをしてんの)

 第三者から見ても、アレクシスはリアに惚れている。年齢的にも、据え膳の女神相手に理性を抑えられるほど、枯れているようには見えない。
 リアだってまんざらではなさそうなのに。


 自称、大地の力を受け継ぐ男達は、未だに身体を起こすことも出来ず、苦しそうに呻く。その目はまだ女神を諦めてはいないようで、すがるようにリアを見る。

「しぶとい奴ら。デシルが気に入るわけだよ。
 リアはさ、ノエルが大事なんじゃないの?」

「大事ですよ? ですから、この方達の処遇はウニ様にお任せしますね」

 やりすぎは駄目ですよと柔らかく釘をさすリアに、ため息が出る。
 男達の精神が壊れないように、適度に調整していたのがリアだ。

「ノエルが傷付けられたのに?」

 神と人間。
 その関係は密接しているけれど、生物として明らかな力の差がある。対等になど到底できないほどに。

「ノエルは大地の力を受け継ぐ人間なのに?」

 空気が冷える。

「ノエルが先代の大地の力を受け継ぐ人間だと知っていて、クズを庇うのか? 他ならぬ大地の女神が」

 ノエルとアレクシスがウニの力にあてられて、膝をついた。

 その中で一人、大地の女神だけは涼しい顔をしていた。

「ふふ。ですから、やりすぎず、適度にお仕置きしてあげて下さいませ」

 ガツンと一発、お仕置きをするのは簡単だ。でも、それでは気が済まない。じわじわと、何度も後悔するほどに。

「はははっ。穏やかに見えて、そういうところあるよね、大地の神って」

 笑ったウニの目には、ほんの少し懐かしさが浮かんで見えた。

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