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巨大な卵8
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ビュンビュン風を切る音がする。
「だ、大丈夫ですか? フォルカーさん」
すべての風を正面から受けて、フォルカーうつむきながら必死に耐えていた。
フェニックスの羽にしがみつきながら。
今、フォルカーはフェニックスの背に乗っている。いや、正解にはしがみついている。
「フェニックスの背に乗りなよ。ソイツの気が変わらないうちに」
と言ったのはリュカだった。
いったいいつ、フェニックスが背に乗る許可を出したのだろうか。
ただ毛繕いを止めて、ほんの少し頭を上げただけだった。どうやらソレが許可だったらしい。
「残念、時間切れ」
フェニックスが羽を広げた。
羽を下げたかと思うと、その一振でふわりと森の木の上まで上昇した。あれほど立派な羽が動いたというのに、地上にいるビビアナ達には一切の風圧はなかった。
風に押し上げられたかのようなフェニックスの動きに驚きながら、上を見上げる。
「へぇ、おっさんヤルじゃん」
そういえばすぐ側にいたフォルカーがいない。
フェニックスの尾羽に人影が見えるのは気のせいか。いや、あれはもしかしなくても……。
「フォルカーさん!
ああ、どうしよう。あのままじゃ落ちちゃうよね? お布団とか持って来たらいいかしら? ポフッと受け止めて」
「布団じゃ受け止められないんじゃない? おっさんデカいし」
「なら、魔羊を群れで呼んで、モフッと受け止めて……ダメだわ。私の契約した魔羊は小型種しかいないもの」
「ビビアナ、落ち着いて」
と、ビビアナが分かりやすくオロオロしているうちに、フォルカーは自力でフェニックスの背まで這い上がっていた。
優雅に空を飛ぶフェニックスは、人間を乗せていることなんて忘れているかのように、クルリと回転したり高度を急上昇したり、自由気ままに飛んでいる。
その度にフォルカーが落ちていないか、ちゃんとくっついているか、ビビアナは心配でたまらない。
当のビビアナは、リュカと一緒にケルベロスに乗っていた。
翼もないのに空を飛ぶなんて、魔物は不思議な生物だ。
しかも自由気ままなフェニックスと違って、ケルベロスの乗り心地はとても快適。揺れも最小限だし、何故か風も当たらない。
(タンクの背に乗って走ると髪がぐちゃぐちゃになっちゃうけど、これはいいわ。ただ何て言うか……)
なかなかのスピードで空を飛んでいるのに、無風。浮遊感も重力加速度も感じない。
(高貴な乗り物みたい)
優雅な貴族の乗り物のようで、物足りなさを感じる。
「ビビアナ。下を見て」
眼下に森が広がっていてたのも、ほんの一時。すぐにビビアナがたまに行く町が見えて、人々が一斉に空を見上げていた。
「うわ、注目の的だね……。あ、あれってフォルカーさんのお連れの二人じゃない?」
ローブの二人組なんて怪しいシルエットは彼らしかいない。
必死に走っているのは、フェニックスを追いかけようとしているのだろう。一瞬で見えなくなったけれど。
いくつかの街を通り、その度にフェニックスはわざわざ高度を落として、街の人々の注目を集めている。
どれだけ飛んでいただろうか。
ビビアナがこっそり欠伸を噛み殺した頃。
見えてきた景色に、思わず目を疑った。
「国旗が……外国の国旗だわ。紫色の鷲って、どこの国だったかしら」
「シェルム国だ」
答えたのはフォルカーだ。
その表情はあまり良くない。
フォルカー達の家族を人質に取って、フェニックスを使役しようとした人がいる国。
高度を落としたフェニックスの姿に、地上の人々が騒いでいる。フェニックスは真っ直ぐ一番大きい建物に向かった。
まさしく城と言う建物から、わらわらと武装した兵士が出て来る。
フェニックスは美しい羽の炎をいっそう赤く燃やした。
『王を呼べ』
力強い、女性の声だ。
それがフェニックスから発せられたと気付いた時には、フェニックスの炎はより大きくなっていた。
「ふふ、ビビアナ良く見てて。これから一番いい場面だから」
「何がどうなってるのやら……」
「ほら、国王が出て来た。うわわ、若いけど悪い顔してるなぁ。ぷぷっ、あのマント、趣味悪っ」
フェニックスの呼びかけに出て来た、いかにも国王風の男を見て、リュカが笑う。
「おお! 我がフェニックスよ……」
王が言葉を発した瞬間。
フェニックスの炎が彼の身体を覆った。
それは幻術の類いではない。すべてを焼きつくすと言われる炎の最上位種、フェニックスの炎だ。
金色にも似た炎が消えた時、そこに王の姿はなかった。
「シェルムの王族がフェニックスに呪われたんですって」
優雅にティーカップを置いて、ミルクジャムを手に取る。
豊かな赤い髪を綺麗に編み込んだ女性が、艶やかな唇をニヤリと持ち上げた。
「クッキーもどうぞ、アンジェラ様」
アンジェラは「あら、ありがとう」とビビアナ手作りの素朴なクッキーを一枚パクりと口に入れた。
高貴な身分とはいえ、たまご屋に入ればごく普通のお嬢様だ。後ろに控えている護衛も、ここでは「毒味を」とは言わない。
「呪い、ですか」
「そう。国王の身体がブワッと燃えて、チリ一つ残らずに消えたんですって! 他の王族も悪夢にうなされて、フェニックスの呪いだぁ~って国中大騒ぎらしいわ」
「悪夢の呪いだなんて、フェニックスにそんな力があったのかしら」
「呪いでも、そうじゃなくても、いい気味よ。
シェルムの王子と会ったことがあるけど、本っ当イヤな奴だったんだから! 思いっきり足を踏んでやったわ」
最近ますます綺麗になったと評判の彼女は、子供のようにイーッと顔をしかめた。
今、彼女の使い魔であるキュウビのエリアナは姿を消している。アンジェラのこんな姿を、マナーに厳しいエリアナに見られでもしたら、すぐ様、幻術の炎で警告されるところだ。フェニックスと同じ炎の使い手でも、エリアナの炎は幻術で、実際に丸焼きになることはないけれど。
「本当にムカつくのよ! こっちは社交辞令で必死にアイツの相手をしてるっていうのに、『健気な子猫ちゃん。後で僕の部屋においで。今夜の相手は君に決めたよ』ですって!!」
社交の場で、微笑みながら当たり障りのない挨拶をかわす。それをアンジェラが必死に好きアピールをしてるように捉えたなら……残念な人だ。
「だから私、言ってやったの」
アンジェラは艶やかに微笑みながら。
「あなたなんか、タイプじゃないわって」
「ぷっ」
そういえば。
フェニックスが炎に包まれた国王に向かって言った言葉があった。
『我の好みではない』
「だ、大丈夫ですか? フォルカーさん」
すべての風を正面から受けて、フォルカーうつむきながら必死に耐えていた。
フェニックスの羽にしがみつきながら。
今、フォルカーはフェニックスの背に乗っている。いや、正解にはしがみついている。
「フェニックスの背に乗りなよ。ソイツの気が変わらないうちに」
と言ったのはリュカだった。
いったいいつ、フェニックスが背に乗る許可を出したのだろうか。
ただ毛繕いを止めて、ほんの少し頭を上げただけだった。どうやらソレが許可だったらしい。
「残念、時間切れ」
フェニックスが羽を広げた。
羽を下げたかと思うと、その一振でふわりと森の木の上まで上昇した。あれほど立派な羽が動いたというのに、地上にいるビビアナ達には一切の風圧はなかった。
風に押し上げられたかのようなフェニックスの動きに驚きながら、上を見上げる。
「へぇ、おっさんヤルじゃん」
そういえばすぐ側にいたフォルカーがいない。
フェニックスの尾羽に人影が見えるのは気のせいか。いや、あれはもしかしなくても……。
「フォルカーさん!
ああ、どうしよう。あのままじゃ落ちちゃうよね? お布団とか持って来たらいいかしら? ポフッと受け止めて」
「布団じゃ受け止められないんじゃない? おっさんデカいし」
「なら、魔羊を群れで呼んで、モフッと受け止めて……ダメだわ。私の契約した魔羊は小型種しかいないもの」
「ビビアナ、落ち着いて」
と、ビビアナが分かりやすくオロオロしているうちに、フォルカーは自力でフェニックスの背まで這い上がっていた。
優雅に空を飛ぶフェニックスは、人間を乗せていることなんて忘れているかのように、クルリと回転したり高度を急上昇したり、自由気ままに飛んでいる。
その度にフォルカーが落ちていないか、ちゃんとくっついているか、ビビアナは心配でたまらない。
当のビビアナは、リュカと一緒にケルベロスに乗っていた。
翼もないのに空を飛ぶなんて、魔物は不思議な生物だ。
しかも自由気ままなフェニックスと違って、ケルベロスの乗り心地はとても快適。揺れも最小限だし、何故か風も当たらない。
(タンクの背に乗って走ると髪がぐちゃぐちゃになっちゃうけど、これはいいわ。ただ何て言うか……)
なかなかのスピードで空を飛んでいるのに、無風。浮遊感も重力加速度も感じない。
(高貴な乗り物みたい)
優雅な貴族の乗り物のようで、物足りなさを感じる。
「ビビアナ。下を見て」
眼下に森が広がっていてたのも、ほんの一時。すぐにビビアナがたまに行く町が見えて、人々が一斉に空を見上げていた。
「うわ、注目の的だね……。あ、あれってフォルカーさんのお連れの二人じゃない?」
ローブの二人組なんて怪しいシルエットは彼らしかいない。
必死に走っているのは、フェニックスを追いかけようとしているのだろう。一瞬で見えなくなったけれど。
いくつかの街を通り、その度にフェニックスはわざわざ高度を落として、街の人々の注目を集めている。
どれだけ飛んでいただろうか。
ビビアナがこっそり欠伸を噛み殺した頃。
見えてきた景色に、思わず目を疑った。
「国旗が……外国の国旗だわ。紫色の鷲って、どこの国だったかしら」
「シェルム国だ」
答えたのはフォルカーだ。
その表情はあまり良くない。
フォルカー達の家族を人質に取って、フェニックスを使役しようとした人がいる国。
高度を落としたフェニックスの姿に、地上の人々が騒いでいる。フェニックスは真っ直ぐ一番大きい建物に向かった。
まさしく城と言う建物から、わらわらと武装した兵士が出て来る。
フェニックスは美しい羽の炎をいっそう赤く燃やした。
『王を呼べ』
力強い、女性の声だ。
それがフェニックスから発せられたと気付いた時には、フェニックスの炎はより大きくなっていた。
「ふふ、ビビアナ良く見てて。これから一番いい場面だから」
「何がどうなってるのやら……」
「ほら、国王が出て来た。うわわ、若いけど悪い顔してるなぁ。ぷぷっ、あのマント、趣味悪っ」
フェニックスの呼びかけに出て来た、いかにも国王風の男を見て、リュカが笑う。
「おお! 我がフェニックスよ……」
王が言葉を発した瞬間。
フェニックスの炎が彼の身体を覆った。
それは幻術の類いではない。すべてを焼きつくすと言われる炎の最上位種、フェニックスの炎だ。
金色にも似た炎が消えた時、そこに王の姿はなかった。
「シェルムの王族がフェニックスに呪われたんですって」
優雅にティーカップを置いて、ミルクジャムを手に取る。
豊かな赤い髪を綺麗に編み込んだ女性が、艶やかな唇をニヤリと持ち上げた。
「クッキーもどうぞ、アンジェラ様」
アンジェラは「あら、ありがとう」とビビアナ手作りの素朴なクッキーを一枚パクりと口に入れた。
高貴な身分とはいえ、たまご屋に入ればごく普通のお嬢様だ。後ろに控えている護衛も、ここでは「毒味を」とは言わない。
「呪い、ですか」
「そう。国王の身体がブワッと燃えて、チリ一つ残らずに消えたんですって! 他の王族も悪夢にうなされて、フェニックスの呪いだぁ~って国中大騒ぎらしいわ」
「悪夢の呪いだなんて、フェニックスにそんな力があったのかしら」
「呪いでも、そうじゃなくても、いい気味よ。
シェルムの王子と会ったことがあるけど、本っ当イヤな奴だったんだから! 思いっきり足を踏んでやったわ」
最近ますます綺麗になったと評判の彼女は、子供のようにイーッと顔をしかめた。
今、彼女の使い魔であるキュウビのエリアナは姿を消している。アンジェラのこんな姿を、マナーに厳しいエリアナに見られでもしたら、すぐ様、幻術の炎で警告されるところだ。フェニックスと同じ炎の使い手でも、エリアナの炎は幻術で、実際に丸焼きになることはないけれど。
「本当にムカつくのよ! こっちは社交辞令で必死にアイツの相手をしてるっていうのに、『健気な子猫ちゃん。後で僕の部屋においで。今夜の相手は君に決めたよ』ですって!!」
社交の場で、微笑みながら当たり障りのない挨拶をかわす。それをアンジェラが必死に好きアピールをしてるように捉えたなら……残念な人だ。
「だから私、言ってやったの」
アンジェラは艶やかに微笑みながら。
「あなたなんか、タイプじゃないわって」
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