上 下
39 / 40

巨大な卵8

しおりを挟む
 ビュンビュン風を切る音がする。

「だ、大丈夫ですか? フォルカーさん」

 すべての風を正面から受けて、フォルカーうつむきながら必死に耐えていた。
 フェニックスの羽にしがみつきながら。

 今、フォルカーはフェニックスの背に乗っている。いや、正解にはしがみついている。








「フェニックスの背に乗りなよ。ソイツの気が変わらないうちに」

 と言ったのはリュカだった。

 いったいいつ、フェニックスが背に乗る許可を出したのだろうか。
 ただ毛繕いを止めて、ほんの少し頭を上げただけだった。どうやらソレが許可だったらしい。

「残念、時間切れ」

 フェニックスが羽を広げた。

 羽を下げたかと思うと、その一振でふわりと森の木の上まで上昇した。あれほど立派な羽が動いたというのに、地上にいるビビアナ達には一切の風圧はなかった。
 風に押し上げられたかのようなフェニックスの動きに驚きながら、上を見上げる。

「へぇ、おっさんヤルじゃん」

 そういえばすぐ側にいたフォルカーがいない。
 フェニックスの尾羽に人影が見えるのは気のせいか。いや、あれはもしかしなくても……。

「フォルカーさん!
 ああ、どうしよう。あのままじゃ落ちちゃうよね? お布団とか持って来たらいいかしら? ポフッと受け止めて」

「布団じゃ受け止められないんじゃない? おっさんデカいし」

「なら、魔羊を群れで呼んで、モフッと受け止めて……ダメだわ。私の契約した魔羊は小型種しかいないもの」

「ビビアナ、落ち着いて」


 と、ビビアナが分かりやすくオロオロしているうちに、フォルカーは自力でフェニックスの背まで這い上がっていた。


 優雅に空を飛ぶフェニックスは、人間を乗せていることなんて忘れているかのように、クルリと回転したり高度を急上昇したり、自由気ままに飛んでいる。
 その度にフォルカーが落ちていないか、ちゃんとくっついているか、ビビアナは心配でたまらない。

 当のビビアナは、リュカと一緒にケルベロスに乗っていた。
 翼もないのに空を飛ぶなんて、魔物は不思議な生物だ。
 しかも自由気ままなフェニックスと違って、ケルベロスの乗り心地はとても快適。揺れも最小限だし、何故か風も当たらない。

(タンクの背に乗って走ると髪がぐちゃぐちゃになっちゃうけど、これはいいわ。ただ何て言うか……)

 なかなかのスピードで空を飛んでいるのに、無風。浮遊感も重力加速度も感じない。

(高貴な乗り物みたい)

 優雅な貴族の乗り物のようで、物足りなさを感じる。

「ビビアナ。下を見て」

 眼下に森が広がっていてたのも、ほんの一時。すぐにビビアナがたまに行く町が見えて、人々が一斉に空を見上げていた。

「うわ、注目の的だね……。あ、あれってフォルカーさんのお連れの二人じゃない?」

 ローブの二人組なんて怪しいシルエットは彼らしかいない。
 必死に走っているのは、フェニックスを追いかけようとしているのだろう。一瞬で見えなくなったけれど。


 いくつかの街を通り、その度にフェニックスはわざわざ高度を落として、街の人々の注目を集めている。



 どれだけ飛んでいただろうか。


 ビビアナがこっそり欠伸を噛み殺した頃。
 見えてきた景色に、思わず目を疑った。

「国旗が……外国の国旗だわ。紫色の鷲って、どこの国だったかしら」

「シェルム国だ」

 答えたのはフォルカーだ。
 その表情はあまり良くない。

 フォルカー達の家族を人質に取って、フェニックスを使役しようとした人がいる国。

 高度を落としたフェニックスの姿に、地上の人々が騒いでいる。フェニックスは真っ直ぐ一番大きい建物に向かった。

 まさしく城と言う建物から、わらわらと武装した兵士が出て来る。

 フェニックスは美しい羽の炎をいっそう赤く燃やした。

『王を呼べ』

 力強い、女性の声だ。
 それがフェニックスから発せられたと気付いた時には、フェニックスの炎はより大きくなっていた。

「ふふ、ビビアナ良く見てて。これから一番いい場面だから」

「何がどうなってるのやら……」

「ほら、国王が出て来た。うわわ、若いけど悪い顔してるなぁ。ぷぷっ、あのマント、趣味悪っ」

 フェニックスの呼びかけに出て来た、いかにも国王風の男を見て、リュカが笑う。

「おお! 我がフェニックスよ……」

 王が言葉を発した瞬間。
 フェニックスの炎が彼の身体を覆った。
 それは幻術の類いではない。すべてを焼きつくすと言われる炎の最上位種、フェニックスの炎だ。

 金色にも似た炎が消えた時、そこに王の姿はなかった。













「シェルムの王族がフェニックスに呪われたんですって」

 優雅にティーカップを置いて、ミルクジャムを手に取る。
 豊かな赤い髪を綺麗に編み込んだ女性が、艶やかな唇をニヤリと持ち上げた。

「クッキーもどうぞ、アンジェラ様」

 アンジェラは「あら、ありがとう」とビビアナ手作りの素朴なクッキーを一枚パクりと口に入れた。
 高貴な身分とはいえ、たまご屋に入ればごく普通のお嬢様だ。後ろに控えている護衛も、ここでは「毒味を」とは言わない。

「呪い、ですか」

「そう。国王の身体がブワッと燃えて、チリ一つ残らずに消えたんですって! 他の王族も悪夢にうなされて、フェニックスの呪いだぁ~って国中大騒ぎらしいわ」

「悪夢の呪いだなんて、フェニックスにそんな力があったのかしら」

「呪いでも、そうじゃなくても、いい気味よ。
 シェルムの王子と会ったことがあるけど、本っ当イヤな奴だったんだから! 思いっきり足を踏んでやったわ」

 最近ますます綺麗になったと評判の彼女は、子供のようにイーッと顔をしかめた。
 今、彼女の使い魔であるキュウビのエリアナは姿を消している。アンジェラのこんな姿を、マナーに厳しいエリアナに見られでもしたら、すぐ様、幻術の炎で警告されるところだ。フェニックスと同じ炎の使い手でも、エリアナの炎は幻術で、実際に丸焼きになることはないけれど。

「本当にムカつくのよ! こっちは社交辞令で必死にアイツの相手をしてるっていうのに、『健気な子猫ちゃん。後で僕の部屋においで。今夜の相手は君に決めたよ』ですって!!」

 社交の場で、微笑みながら当たり障りのない挨拶をかわす。それをアンジェラが必死に好きアピールをしてるように捉えたなら……残念な人だ。

「だから私、言ってやったの」

 アンジェラは艶やかに微笑みながら。

「あなたなんか、タイプじゃないわって」

「ぷっ」

 そういえば。
 フェニックスが炎に包まれた国王に向かって言った言葉があった。

『我の好みではない』

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...