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第3章 ガザリダス連邦編

第五十四話

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 虎子はドラゴンの肉に舌鼓を打った。あれは美味い、コロラド牛のAランクの肉も美味かったが、それに負けず劣らず美味い。なんて言うか、肉としての味が濃いのだ。オットーさんとサリーも喜んで食べ、ミランダも美味そうに笑顔で食べていた。
 おかしいのはアリサだ。
 
 ミランダとアリサが長話をしているのは知っていた。だが、女同士の話に首を突っ込まないのはセオリーだ。俺は虎子との会話を済ませると、馬車から野営の道具一式を降ろし、自分の【収納魔法】からドラゴンの後ろ足を出して、寝床の設営と飯の準備に入った。
 しばらくすると、アリサとミランダ、サリーが馬車の中から出てきたのだが、ミランダはなんだかすっきりしたという顔をしていて、アリサはどんよりしていた。
 ミランダはわかる。年代が近いアリサと話して、アリサが悩みとか聞いてあげたのかもしれない。なんて言ってもアリサは年齢的には先輩になるのだから。マリッジブルー的な話だったのかもしれない。だが何故、それでアリサがどんよりするかがわからない。そのままの雰囲気で夕食を終え、水で身体を拭いて寝た。

 次の日、朝早く起きて軽く訓練をしていると、ミランダが起きてきて、

「おはようございます、ライト様」
「ああ、おはよう」
「お一人でも訓練なさっているのですね」
「ああ」

 今日は珍しく虎子はお休みだ。なんだかあまり動きたくない日もあるらしい。まあ、そのくらい普通のことだが、虎子が言うのも珍しい。
 仕方なく、重りをつけたままで筋トレまがいなことをしている。

「あの」
「ん?」
「もしよろしければ、稽古をつけてくれませんか?」
「……俺と?」
「はい」

 そう言えば武門の出だとか言っていたな。格好もそのつもりだったのか、騎士服のようなパンツルックだ。腰に細身の剣も装備している。

「虎子じゃなくて?」
「はい。……、あの……、怒らないでもらえますか?」
「ん?ああ」

 ミランダは少しモジモジとしながら、

「私ではまだ虎姫とらひめ様との訓練は早い気がして……、それに虎姫様と騎士たちの訓練は見たことがあります。あれはわたしにはちょっと……」
「いや、それが普通だから」

 本気で初めてかもしれない。ミランダの反応が普通なのだ。あの生かさず殺さずの代名詞みたいな虎子との訓練を、好き好んでやりたがる方が異常なのだ。
 なんだか新鮮だ!

「それで、その……。ライト様なら虎姫様とするよりも良い訓練になるかもと……、すいません」
「ははっ、まあ、事実だしな」
「では────」
「あー、いや。でもやめとくよ」

 ミランダは少しビックリした顔をした。

「いや、俺さ、剣術とか格闘技とかは習ってないんだよ。虎子流とも言えなくはないけど、ただがむしゃらに動いてるだけだからな。だから教えられない」
「そう、ですか……」

 それに虎子ほど手加減も上手くない。きちんと寸止め出来るかさえ危ういかもしれない。流石にこれから結婚する人を傷物にするわけにもいかない。
 ミランダはすごくしょんぼりしてるが、絶対はないのだ、事故る可能性があるならやれない。

「……、やってあげなさいよ」
「は?」

 アリサが馬車の中から顔を出し、そんなことを言ってきた。ちなみに馬車の中で寝てるのはアリサとミランダとサリーだけだ。

「今しか思い出は作れないのよ。やってあげなさい」
「……でもよ」
「あんたは素手でやりなさいよ。当てなくても捌くだけでも良いじゃない」
「あっ!それでかまいません!」
「……」

 なんか調子狂う。アリサがこんなことを言うのは予想外だった。なんとなく新参にはキツい当たりのイメージのアリサが、自分からこんなことを言うとは。ガールズトーク効果なのだろうか。

「あー、じゃあ、軽くな」
「はい!」

 俺は記憶の中にある拳法使いみたいに構えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はあ!!」

 ミランダは意外と速い。流石自分から訓練を申し出てくるだけはある。それでも重りを付けてはいるが、俺は魔力循環もしているのだ。習ってもいない格闘技の猿真似でも、なんなく捌くことができる。

「やっ!」

 ミランダが可愛い声を出して、俺に上段から斬りかかってくる。俺は朧げな記憶のの回し受けでそれを右にいなす。そして、触る程度の正拳突きをミランダの肩へと突き入れる。

「あんっ!」
「……」

 なんだろう、ミランダの表情は真剣そのものなのに、声がやたら可愛らしいので変な勘違いをしてしまう。

「ライト様!もう一度お願いします!」
「……ああ」
「行きますっ!」
「……」

 ミランダが俺に向かって走ってきて、

「とうっ!」

 横なぎに剣を払う。俺は拳で下にそれを軽く叩き落とし、肩をポンと触るように拳を突く。

「あん!」
「……」
「まだまだぁ!」

 ミランダは地についた剣先を切り上げ、俺を切ろうとしてくるが、俺は余裕を持ってそれを半身でかわし、ミランダの右側に回り込む。そしてミランダの背中を触ろうとすると、ギュンとミランダがこちらに振り向いた。

「あっ」
「あんっ」
「……」

 わざとではない。わざとではないのだが背中を触るつもりが胸を触ってしまった。なかなかの弾力だ、多分着痩せするタイプなのだろう。見た目よりもかなりボリュームがあった。

「ご、ごめん……」

 しかしミランダは少し顔を赤らめはしたが、なんてことはないと言う顔で、

「これは鍛錬です!小さな事は気にしないでください!やぁ!!」

 と、また斬りかかってくる。
 それを数度躱し、いなし、避けつつ、ミランダの身体に触るかのように、優しく拳を突き入れる。

「あっ、やん、あっ!」
「…………」

 流石に口には出さないが、『なんだこれ』と言う思いで一杯になる。アリサに視線を向けるとアリサは虎子と馬車の屋根上で何やらボソボソ話し合っている。良いのか?これ。

「すいません……、ライト様……、私ではご迷惑でしたよね……」
「あっ、いや、そんなことはねえよ。どのみち今は休憩時間みたいなもんだし」
「ありがとうございます。それでは遠慮なく。はあ!」

 この子供のお遊戯のような、はたまた若い女の身体にタッチするのが目的の風俗のような鍛錬は、1時間かけて終了となった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 朝飯を食った後、馬車はガザリダス連邦との国境に向かって東に走り出す。虎子はやはり今日は体調がよろしくないようで、馬車の屋根のほとんどを占拠して丸くなっている。俺は馬車の屋根上で虎子に寄り掛かり、オットーさんとアリサが御者台に座り、ミランダとサリーは馬車の中だ。
 俺がアリサに目配せをすると、アリサは御者台から屋根の上に登ってきた。
 俺たちはかなりの小声で話す。

「(おい、なんのつもりだよ、あれは)」

 アリサは明確に同情を顔に浮かべて、自身の尻の下にある馬車に目を向ける。

「(あの子、望まない結婚をさせられるみたいなの……。いわば政略結婚ね)」
「(は?いや、異世界なら普通じゃないか?)」

 するとアリサはキッと俺を睨み、

「(相手は50超えてるのよ?!あの子まだ16よ?!)」

 なるほど、それはなかなかの歳の差婚だ。それが望まないものだとしたら確かに可哀想ではある。

「(それとあのお遊戯と何の関係があんだよ……)」
「(何でもないわ。ただの青春の真似事よ)」
「(お前な……)」

 意味はわからないでもない。自分で言うのもなんだが、これから望まない年の差婚をする前に、歳の近い男とキャッキャウフフした思い出を作りたい、てなところだろう。しかしそれははたして良い事なのだろうか?ただただ未練を作ってしまうだけなのではないだろうか。

「(余計な事はしない方が良いんじゃねえか?)」
「(女はね、小さくても綺麗な思い出があれば生きていけるのよ)」
「(お前は婆さんかよ)」

 アリサが年寄りめいたことを口にするが、付き合ってらんねえと俺はもっと気になることを聞く。虎子だ。

「虎子、何か病気なのか?」

 すると虎子は気怠げに俺の顔をチラリと見て、

『問題ない、ただの発情期だ』
「…………、なんだって?」
『ただの発情期だ。2週間もすれば治まる』
「……」

 こいつ、とんでもないことを2回も言いやがった。
 発情期か。見た目はデカいチーターそのものの虎子なら、そう言うものがあってもおかしくはないが、虎子の口からそんなセンシティブなことを言われるとギョッとしてしまう。

「何?大変な病気なの?」
「ふっ。流石にこれはわからねえか」
「当たり前じゃない。私にはトラッチの言葉はわからないのよ?」

 アリサも【翻訳】を持ってんじゃねえか?疑惑はまだ消えてはいないが、流石にこの話題は表情だけで理解出来なかったらしい。だが俺の口から説明出来る話題ではないし、虎子のプライバシーにも関わる。

「いや、なんでもねえよ」
「何でもないって顔してないじゃない。あんたの顔つきはかなり驚いていたけど?」
「…………なんでもねえって。虎子は大丈夫だ」

 するとアリサは怒りのような落胆のような、複雑な表情で顔を曇らせる。

「……、私、仲間じゃないわけ?」
「そう言うことじゃねえけど────」
『アキハル。教えてやれば良い』

 虎子はサラッと言ってくる。なんだ?恥ずかしくないのか?

「……良いのか?」
『隠す必要もない』
「……」

 いやいやいやいや、隠すことだろうが!わからない。これが文化の違いか。いや、種族の違いと言うことなのか。
 まあ、本人が良いと言うなら良いか。俺はアリサに説明してやる。するとアリサは「なぁんだ、そんなことか」とカラカラと笑った。

「簡単じゃない。ライト、あんたがトラッチとすれば良いのよ」
「てめえ、ぶっ飛ばすぞ」

 巨大チーターの虎子とイタしたらまんま変態だ。人に変態プレイを押し付けるな。それに本人が目の前にいたら、明確な拒否も失礼だろうが。なんとも答えようがねえよ!

『無理だ。成された子に責任が持てん』

 しかし虎子はこんなことを言う。そう言う問題じゃねえだろ、それ以前にもっと大きな問題があるだろうが!俺がアリサに通訳してやると、

「そう、それもそうね。なら手淫してあげれば良いわ」
「お前もう黙れ。マジで殴るぞ?」
「何を怒ってるのよ、日本じゃ当たり前だったでしょ?動画とかみたことないわけ?」
「てめえ……、いい加減に────、あー……、そう言うことか……」

 あまりのアリサの失礼な物言いにカチンと来たが、確か犬猫の発情期を飼い主が処理してあげているネット動画があった記憶もある。そう言う意味か。

『アキハル、手淫とはなんだ』
「そこに興味持たなくて良いから」
「あっ、それはね」

 虎子の質問に、アリサが虎子に耳打ちするように説明する。すると虎子は大きく目をかっぴらいて、上体を持ち上げる。

『不浄だ!生命への冒涜だ!!』
「その前に恥ずかしがらねえのか……」
「なんてなんて?」

 何故かアリサは興味津々だ。

「生命への冒涜だとよ」
「あら、そんなことはないわよトラッチ。それをしたら発情期の興奮も収まるし頭も身体もスッキリして良いことずくめよ?私とライトの故郷では誰でもしてることよ」
「……」

 いや、そうかもしれんけど!それを虎子に勧めるのはどうなんだ?
 つうかお前、元JKだろうが。誰でもしてるとか言われると、想像しちまうだろ!少しは恥ずかしがれよ!!

『そうなのか?アキハル』
「あのな。確かにそうかもしれんけど、そこは俺の故郷とかこの世界とか関係なく、種族が違うんだから気にしなくて良いから」
「ちょっと!なんでそんなこと言うのよ!」

 俺はアリサを半目で見て、

「お前な、遊び半分で適当なこと言うなよ」
「適当じゃないわ、トラッチが辛そうだから楽にしてあげようと思っただけじゃない」
「だとしてもよ。この世界にはこの世界の常識があるんだから、日本の常識を当てはめようとすんな」

 俺が結構マジにダメ出しを入れると、アリサは矛先を虎子へと変えた。

「辛いんじゃないの?」
『辛くはない、もう慣れている。動かなければ大丈夫だ』

 仕方なくアリサに通訳してやると、

「発情期に動くとどうなるの?」
『誰彼構わず襲いたくなる』
「……」

 虎子の答えに俺が絶句する。勘弁してくれ、ここには男は俺しかいねえんだぞ?あっ、オットーさんも居るか。
 ……、いや、虎子に襲われるオットーさんを想像したらこれはこれで嫌だな。かと言って俺が襲われるのも嫌だ。
 すると虎子がフッと鼻で笑い、

『冗談だ。破壊衝動が止められなくなるだけだ』
「そっちのがやべえよ!!つうかわかりづれえ冗談だな!」  

 アリサに通訳してやると、アリサは青い顔をして、

「うん……、そこで大人しくしててね、トラッチ……」
「ああ……、一歩も動くんじゃねえ」
『これも冗談だ。激しく動かなければ大丈夫だ』
「一体どこからどこまでが冗談なんだか……」

 冗談になってないのはこの先だった。
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