上 下
32 / 53
第2章 コロラドリア王国編

第三十二話

しおりを挟む
「お前ら……、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫です、返り血ですから」
「それにしてもお前……」

 東門から砦街に着くと、門番に心配されてしまった。俺たちはこのまま冒険者ギルドに行くつもりだ。カピカピで気持ち悪いのだが、耳を持ったままも気持ち悪い。それに風呂に入ったら、そのままダウンしてしまいそうだ。先にギルドを片付けることにした。
 ギルドまで歩いている間もかなりの注目を集める。間違いなく返り血のせいだ。
 そしてギルドに入ると、

「おい!大丈夫か?!」
「こいつら、パンツの新人たちじゃないか?」
「医者に連れてくか?歩けるのか?」

 と、周囲に冒険者たちが集まり、心配されてしまった。うん、やっぱこの街の冒険者は良い奴らだ。

「……誰がパンツの新人よ。ちょっとどいて、私たちは大丈夫だから。カウンターに行かせて」
 
 アリサが言うと、人だかりが割れて道が出来る。気を利かせてくれて、カウンターに並んでいた人たちも、俺たちの為に列を開けてくれた。本当良い奴らだ。
 そしてカウンターにつき、カウンターの上にリュックを置く。

ドチャッ

 中の耳から染み出したゴブリンの血が、リュックからも染み出してカウンターに跡をつけた。
 ギルドの職員はびっくりしている。

「これは……」
「あー、ゴブリンの耳です。依頼の完了をお願いします」
「…………、こ、これ、全部か?」
「はい、沢山いたので」
「ちょっと!暑苦しいわよ!」

 アリサが何か言ったので後ろに振り返ると、俺たちを囲むようにして冒険者たちが俺が置いたリュックに注目していた。職員がリュックを開けると、大量の耳が流れ出てくる。

「し、しぶちょおおおおおお!!!」

 職員は叫びながらどっかに行ってしまった。冒険者たちはポカーンとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 数分で職員がガタイの良いオッさんを連れて帰って来た。オッさんは俺たちにどんな状況か説明しろと問い詰めてくる。

「……まずかったですか?」
「いや、まずくはない。すまない、あまりの出来事で困惑してるだけだ。責めているのではない。それで?」

 俺たちは疲れているので帰りたいのだが、オッさんに何度も同じことを聞かれてうんざりしている。

「さっきも言いましたが、別に小鬼の集落とかは見てません。向こうからゾロゾロやって来たのを倒し続けただけです。東門からまっすぐ出たところに死体が残ってますから、確認してきたらどうですか?」
「しかしだな、それが真実なら、かなり大きな集落の可能性があって、スタンピードになりかねない」
「なら確認に行けば良いじゃないですか。俺たちに関係あります?」
「もう向かっている。そいつらが戻るまで君たちには待ってもらいたい」
「俺たちが待ってどうしろと?まさか、まだ小鬼が居たから今すぐ討伐に向かえと?」
「いや……」
「もしくは耳は偽物だから金は払えないとか?」
「耳は本物だ」
「なら俺たちが帰っていけない理由はなんなのですか?疲れてるんですけど」

 らちがあかない。オッさんが何をしたいのか理解不能だ。
 こっちは早く寝たいのに。
 すると1人の冒険者がギルドに走り込んできた。

「……あったぞ。恐ろしいほどの数だ。……お前ら、なんで生きてる?」

 その冒険者は俺たちにそう言う。

「何故って勝ったからに決まってるじゃないですか」
「勝てるわけないだろ。どうやって勝った」
「どうやってって、剣でですよ」

 アリサが我慢の限界に来たようだ。

「いい加減にしてよ!!何がしたいのよ!帰らせてくれないなら領主に訴えるわよ!!ここの冒険者ギルドは金も払わないって!!」
「いーや、その必要はねえよ、おチビちゃん」

 するとギルドの入り口からまた人がやってきた。その人は服装は小綺麗で局所に金属の鎧をつけた男だった。歳は30代、ゴツいわけではないが顔つきがいかにも強そうだ。その男はニヤニヤした笑顔を張りつけて、ゆっくりと俺たちに向かって歩いてくる。

「俺がおチビちゃんの待っていた領主様だ」
「……は?」
「腹が減ったろ、飯食わしてやるからうちに来い。風呂もでけえぞ?」
「はあ?!なんで私たちが!」

 領主はギルドの支部長に目線をやり、

「リカルド、計算して明日金を持ってこい。この数が生きたままなら、冒険者にも死人が出ただろう。もちろんそれを含めて色をつけてやるんだよな?」
「かしこまりました、御領主様」
「てことだ、おチビちゃん。それで文句ねえか?」

 アリサは腰に手を当て、

「大ありよ!何様のつもり?!こっちは疲れてるのよ!あんたの機嫌取りしてる暇はないの!、もし私たちのことを招待したいなら、それ相応の礼を尽くして!」
「おいおい……」

 流石にやりすぎだアリサ。相手は領主らしいぞ?別に領主にへりくだることはないが、今は究極に疲れている。戦闘になったら逃げるのも難しい。そうなると虎子無双しか手がなくなっちまう。
 すると領主はニヤリとして、

「気に入った」

 と、言ってからアリサの前に片膝をついて頭を下げた。俺も含めて一同驚愕する。

「失礼いたしました。私はこのガルシア砦の防衛を任されております、コロラドリア王国南部騎士団団長、またこの地域一帯の領主を兼任しております、ジョージニア=プレマンテル辺境伯と申します。お疲れのところ大変恐縮でございますが、私めに貴殿の疲れを癒すお手伝いをさせていただきたく存じます。つきましてはささやかながらも晩餐の用意をしております。どうか私に貴殿をもてなす栄誉をお与えください」

 と、頭を下げたまま、右手の手のひらを上にむけてアリサに差し出した。まるで姫様に忠誠を誓う騎士のようだ。
 アリサはニンマリとして、

「許すわ。私の共も一緒で良いわね?」
「もちろんでございます」
「誰が共だコラ」

 完全に調子に乗っている。アリサは俺にニヤリとしてから、領主の手に右手を乗せた。領主は立ち上がって、

「馬車を用意してあります」
「くるしゅうないわ」
「誰だお前……」

 アリサは領主と一緒に歩き出した。俺の後ろに立つ冒険者たちが

「ありゃあ大物だ」
「肝が座ってやがるな」
「パンツだけが取り柄じゃなかったのか」
「坊主、お前の彼女、取られちまうぞ」
「……」

 もういっそアリサを置いて帰ろうかとも思ったが、

「ライトスプリング=グリーンリバー!何をモタモタしているの?!早くいらっしゃい!」
「……絶対ぶん殴ってやる……」

 俺もスタスタとアリサの後をついていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



~~ガルシア砦街内のどこかの一室~~

「居たか?」
「居ねえ、どこを探しても見つからねえ」

 調査と斥候を担当しているミルダスに、奴等の様子を伺わせに出した。だが、夜になっても帰ってこない。奴等はとっくにギルドに戻ってきて、領主まで来て大騒ぎになっている。
 それなのにミルダスのやつは影も形も見当たらない。

「ばかな……、そんなことがあるわけが……」

 普通に考えたら、奴等に殺されたと考える。だがミルダスは【気配断ち】のスキルを持っていて、スキルを使ったミルダスを殺すことなど不可能だ。俺だってスキルを使われたら、隣にいても見失う。

「ならなんでだ……」
「ギル、どっかで飲みつぶれてんじゃねえか?」
「んなわけあるか!!」

ダン!

 机をぶっ叩く。てめえと一緒にすんじゃねえ。ミルダスは人一倍真面目で、特に仕事には誇りを持っている。そんな真似をする奴じゃないのは、俺が1番知っている。
 だがそうじゃないなら、殺されたとしか考えられない。スキル持ちを殺せるとしたら、何かとんでもないものを隠してるに違いない。

「一体どうなってやがる……、奴等は何を隠してる……」

 そしてそれは間違いなく金になる。貴重なスキル持ちを失ったが、だからこそ諦めるわけにはいかなくなった。

「絶対、全てぶんどってやる、絶対だ!!」
しおりを挟む

処理中です...