上 下
5 / 53
第1章 異世界に立つ

第五話

しおりを挟む
 気がつくと山小屋の中のような場所にいた。壁は剥き出しの木材の壁だけで、壁紙とかは何もない。それどころか家具と呼べる物もなく、テーブルと椅子さえない。

「……物置か?」

 木造の扉、ガラスの嵌まった小さな窓、埃に塗れた床。

「あー、まぁ、まずはステータスオープン」

 しかし何も起こらない。

「ステータス、インターフェース、プロパティ。……、これ系はないのか」

 異世界ラノベの知識では、まずはステータスの確認からが王道だ。しかし、目の前に半透明の画面等が現れたりはしなかった。その手の類のものは無さそうだ。

「はぁ……、これがクラス転移じゃなければテンションアガんだけどな」

 再度身の回りを確認する。持ち物は学校の制服、内ポケットにはスマホと財布、財布の中には2万とキャッシュカードやポイントカードやら。これだけだ。身の回りの持ち物が持ち込めているのなら、魔法陣に飛び込む前に色々持てば良かったと、今更の後悔をする。
 窓を見る。ガラスがある事から、そこそこの文明はありそうだ。これだと知識チートがどの程度通用するかわからない。俺は小窓から外を覗く。

「おお……、おお?!、マジかよ!」

 外を見ると、人通りがある街中のようだ。ここは物置のような小屋だが、外の景色はなかなかの文明のように見えた。パッと見の印象だと、イタリアのナポリの街並みみたいに見えた。それよりも、とんでもないものが目に入ってきた。普通、異世界ではあってはならないものが走っていた・・・・・

「……、あぁ、そういえば何回も異世界召喚してるんだっけか。こりゃ知識チートは完全に諦めた方が良いな」

 それは自転車だった。少々無骨な作りだったが、あれは完全に自転車だ。

「とりあえず歩いてみるか」

 俺は扉を開けて小屋から出た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 日差しが暖かい、日本で言えば初夏のような暖かさで、いくらブレザーで前が開いているといっても冬服の制服だと少し暑く感じた。
 道行く人の言葉に耳を傾けると、なんの抵抗もなく会話を聞き取ることが出来た。それが異世界の共通語を貰ったからなのか、【翻訳】の力なのかはわからないが、きちんと理解出来ている。
 文字も読めている。至る所に店の看板があり、それに目をやると普通に読むことが出来た。だが日本語に見えると言うのではなくて、知っている英語を読んでいると言う気分だ。この辺は言葉にするのは難しい。感覚的なものだが、貰った異世界共通語が働いているように感じる。

「まあ、どっちなのかを検証したところで、どうにもならねえけどな……」

 まだまだ歩く。住民の髪の色が面白い。まるでパンクロッカーのように色とりどりの髪の色をしている。地球でも確認出来た茶髪や金髪、かなり黒に近い髪色の人も稀に見て取れた。パンクロッカーと地球圏の髪色とで半々ぐらいだろうか。俺と同じ黒髪は5%を切るくらいかな。だがこの数分で数人は見かけたのだから、極端に珍しいってことも無さそうだ。

 ふと視界の隅に動くものを捉えた。

「ネコか。異世界の猫も日本のと全くおなじだな」

ビクン!!!

 突然、頭に落雷が落ちたかのように衝撃を受け、俺は立ち止まる。
 いや、雷が落ちたわけではない。俺はとんでもないことを閃いた。

「……、そうだよ。これしかねえだろ!」

 冷静に思い返せば、俺は今切符を手にしているのではないだろうか。
 クラス転移から一人だけ溢れ、手にしたスキルはクソの役にも立たない【翻訳】、追放されたり死ぬほど過酷な状況ではないが、充分主人公の条件を満たしていないだろうか?そして目の前にはネコ。
 もうお分かりだろう。俺の【翻訳】はこの為にあるとしか思えない。

「なるほど、なるほどな。そうか、俺は最強テイマーになるシナリオだったか!」

 【翻訳】を使って、動物や魔物と言葉を交わし、食い物をやったりして仲良くなり、そのうちドラゴンとかもテイムする。【翻訳】のチートと言うならこれしか思いつかない。俺はネコに逃げられないように声をかけながら近づく。

「よお!お前、可愛いネコだよな。毛並みも艶々だし、正直カッコいいぜ?」

 ネコはじっと俺を見ている。

「俺、ここらへんは初めてなんだけど、良かったら街を案内してくれねえか?」
「ニャア」

 おかしい。普通の猫の鳴き声にしか聞こえなかった。スキルが働いてねえのか?

「えっと、ちと待てよ。スキル!【翻訳】発動!!……、よし、これで聴こえるか?お前、なんて名前なんだ?」
「ニャア」
「…………」

 猫と俺は見つめ合う。気持ちがかよっている気がしないでもないが、言葉はかよっている気が全くしない。
 それよりも周りの通行人の視線が痛い。ヒソヒソと嘲笑も貰っている。よっぽど頭がおかしい奴に見えるのだろう。
 笑いたければ笑え。何とでも言え。俺のスキルはこう言うスキルなんだ。そのうち誰もが度肝を抜くような従魔をテイムして、俺がお前らを笑ってやるよ。
 気を取り直してネコの顎の下に手を差し入れる。ネコと言えばゴロゴロ大好きだろ。

「ほらっ、怖くないから。俺と友達になろう────、ギャアアアアア!!!」

 クソが!こいつ噛みやがった!

「痛えじゃねえか!何すんだよ!」
「フシャアアア!」
「……」

 何故だ?異世界のネコには言葉が通じないのか?
 いやいや、ネコには元々言葉は通じない。それを通じるようにするのが【翻訳】じゃねえのか?……、そうか!ネコ語か!

「……、くっ……、ニャニャ、ニャニャニャニャ名前何?と言う気持ちで
「なあ、あんた。何馬鹿なことしてんだい?」
「にゃ?!!」

 突然通行人に話しかけられ、ついネコ語アホのまま返答してしまった。

「腹が減りすぎて頭がおかしくなったのか?」
「え?いや、あの……」

 やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい。冷静になると何してんだ俺。

「よし、あたしが飯を奢ってやるよ。こう見えてもそこそこの冒険者なんだ。ついてきな」
「い、いえ!大丈夫です!失礼しました!!」


 俺にはその場を全力で逃げることしか出来なかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「クソ、クソ、クソが!だからクラス転移は嫌なんだよ!!」

 異世界について1時間も経たずに、とんでもない黒歴史を作ってしまった。唯一の救いは、これを知人に誰にも見られなかったことだ。もし見られてしまっていたら、自殺したかもしれない。
 しかし【翻訳】はどうなってんだ。異世界言語を持っているから意味ないのか、またはスキルの発動条件が何かあるのか、もしくはあのネコが特別効かない特殊個体だったのか。

「もういい、忘れよう。それよりも腹が減ったな……、とりあえずは金だ」

 飲食店や酒場のように見える店、屋台からも良い匂いがしてきて食欲をそそる。女神は今日の飯にさえありつけないと脅してきたが、この文明の発展具合から、何とかなりそうとは思える。
 異世界で金と言ったら冒険者ギルドが定番だ。しかし俺は冒険者ギルドに行くことは出来ない。少なくとも数日は近寄れない。何故か?さっきの親切な女性が冒険者と言っていたからだ。今もう一度顔を合わすのは、隠しているエロ本を親に見られるよりも恥ずかしい。

「…………、まあ、テンプレはつまらねえし……」

 だとしたら何かしらのアルバイトで食い繋ぐしかない。だが求人情報誌はないだろうし、ハローワークもないだろう。

「……ん?待てよ?ハローワークが冒険者ギルドか?」

 似たような設定をネット小説で何回か読んだ。何も荒事だけが冒険者ギルドではないのを思い出す。参った、詰んだか?これは今日は飯抜きしかないか?
 とりあえず何かヒントがないかと街を見て歩き回る。
 冒険者らしき奴とすれ違うと、無意識に視線を下げてしまう。クソ、トラウマになりそうだ。だが、まだ折れるには早すぎる。俺は街を見て回りつつ、野良猫を見るたびに話しかけてみるが、「ニャア」としか聞こえなかった。

 不毛な時間を使いながら街を歩いていると、ふと雑貨屋のような店内からオッサンが1人出てきて、窓ガラスに張り紙を貼り出した。足を止めてそれを読むと、


若い人歓迎
庭の草むしりや家事雑用
日給500ルク
衣食住全支給
詳しくは店内まで


 と、書かれている。俺は迷う。金まで貰えて衣食住が解決出来る。500ルクってのがどのくらいの価値かわからないが、日給と考えれば最悪でも五千円程度の価値はあるんじゃなかろうか。
 冒険者ギルドは立ち入り禁止だし、仮にあの女性と会わずに冒険者ギルドで仕事が貰えても、宿屋暮らしで食事も実費、収入と支出の割合がやばそうだ。そう考えると、とりあえずこの世界に慣れるまではここでやっかいになったら良いのではないだろうか。

「まあ、辞めたくなったら辞めれば良いか。どの道この国には長く居れないんだし」

 女神もセントフォーリアの城下町、この場所で異世界人とバレたらどうなるかわからないと言っていた。ならばこの街は足掛かりにしかならないのだ。それ以前にとにかく情報が足りない。この選択肢も悪くない気もする。俺は雑貨屋の店内に足を踏み入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

教師真由美の密かな「副業」 〜教師と生徒、2人だけの交換条件〜

maity
恋愛
東京で一人暮らしをする高校2年の真壁優也は、担任教師の森沢真由美の美しさに心を奪われていました。 人妻でもある彼女への満たされぬ想いに苛まれる彼にとって、放課後帰りの真由美を尾行し、彼女のプライベートを盗み見することだけが密かな慰めだったのです。 ある日、優也は夕方の繁華街を尾行中に、いつもと違う真由美の行動を目撃しました。それは彼女にとって誰にも知られたく無い秘密…… 「副業」のため、男性相手の性感エステサロンに入る姿だったのです。 憧れの美しい教師の「副業」を知ってしまった優也の決意…… 彼は真由美が働く店で客として彼女を指名し、今まで触れることすら出来なかった彼女の体で、想い描いた性の願いを叶えようとします。 彼は教壇に立つ真由美の美しい後ろ姿を見つめながら、彼女を90分間だけ自分だけのものに出来る「予約」の日を待ち続けるのですが……

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

【完結】異世界転移で、俺だけ魔法が使えない!

林檎茶
ファンタジー
 俺だけ魔法が使えないとか、なんの冗談だ?  俺、相沢ワタルは平凡で一般的な高校二年生である。  成績は中の下。友達も少なく、誇れるような特技も趣味もこれといってない。  そんなつまらない日常は突如として幕を閉じた。  ようやく終わった担任の長話。喧騒に満ちた教室、いつもより浮き足立った放課後。  明日から待ちに待った春休みだというのに突然教室内が不気味な紅色の魔法陣で満ちたかと思えば、俺は十人のクラスメイトたちと共に異世界に転移してしまったのだ。  俺たちを召喚したのはリオーネと名乗る怪しい男。  そいつから魔法の存在を知らされたクラスメイトたちは次々に魔法の根源となる『紋章』を顕現させるが、俺の紋章だけは何故か魔法を使えない紋章、通称『死人の紋章』だった。  魔法という超常的な力に歓喜し興奮するクラスメイトたち。そいつらを見て嫉妬の感情をひた隠す俺。  そんな中クラスメイトの一人が使える魔法が『転移魔法』だと知るや否やリオーネの態度は急変した。  リオーネから危険を感じた俺たちは転移魔法を使っての逃亡を試みたが、不運にも俺はただ一人迷宮の最下層へと転移してしまう。  その先で邂逅した存在に、俺がこの異世界でやらなければならないことを突きつけられる。  挫折し、絶望し、苦悩した挙句、俺はなんとしてでも──『魔王』を倒すと決意する。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

処理中です...