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第1章 異世界に立つ

第一話

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 今やありきたりとなった異世界物語、そしてありきたりのクラス召喚。それが小説から現実になろうとも、既に1000ほどの異世界物を読んだ俺からしたら、さほど驚愕するものではなかった。
 だがそれでも、これは無いだろう。いくらなんでもこれはあんまりと言うものだ。

「挟まった……」

 俺は何故か、誰も居なくなった教室の床一面に描かれた魔法陣の淵に捕まり、上半身だけが床から生えているかのような状態になってしまった。

「こんなの聞いてねぇよ……」




 何故こんなことになってしまったのか。それは数分前に遡る。
 昼休みの終盤、全員が昼食を食べ終えた頃、陽キャの奴らが教室の後ろの方で、丸めたタオルをボール代わりにして1m無い短いホウキをバットのように構え、野球の真似事を始めた。こんなのはいつものことだ、しかし今回は馬鹿どもがやらかした。
 一番前の窓際の席の俺は、全部が見えていたわけでは無いが、大方は予想出来る。タオルをガチガチに丸めすぎたのか、打った打球が強すぎたのか、パカンと言う音のすぐ後に、バリン!と近くの窓が割れる音がした。俺はすぐさま窓の方に目を向けると、何故か室内に向かって割れた窓ガラスが飛来してくる。しかもこのままでは、ガラスは俺の足に直撃コースだ。俺は反射的に椅子から立ち、ガラスを避けるようにジャンプした。それと同時に世界の時間の流れが変わったかのように、周りがゆっくりと動き出した。

「え?」

スローモーションのように飛来するガラス、映画のようにゆっくりと上昇する俺、同時に教室の床一面が光を放ち、幾何学模様の巨大な円が現れた。

「なっ!」
「きゃ!」
「うわっ!なんだ!」

 クラスメイトの短い悲鳴のような驚きの声が聞こえたが、その瞬間には円の上にいた奴らは、一瞬にして姿を消した。俺は即座に閃く。

「異世界召喚か!!」

 とうとう来た、本当に来た。待ってたとも言える異世界召喚だ。だがこれはダメだ、俺が求めているものはこれじゃあない。
 もしこのまま異世界に召喚されてしまえば、内容はクラス転移モノとなる。それは嫌だ、むしろ最悪に近い。
 まず主人公となるには使えなそうなスキルで追放されなければならない。そして死ぬほどの逆境を乗り越え、スキルをチートに昇華させなければならないのだ。
 俺にそんなご都合主義が降ってくるとは思えないし、万が一幸運が舞い降りたとしても死ぬほどの逆境を乗り越えられるわけがない。そんな異世界なら、大人しく薬剤師にでもなって、悠々自適にアニメでも見ながら生涯を終えた方がマシだ。俺はほのぼのスローライフハーレムしか受け付けない!(この間0.1秒)

 しかし俺は今宙に浮いたままで、このまま落下すれば着地位置は魔法陣の中で、クソクラス転移をやらされることになる。
 未だゆっくりと流れる時間の中、宙に浮いている俺はなんとか魔法陣の外に降りようと、大海を泳ぐかのようにもがき魔法陣の外側に落下を目指す。しかし魔法陣から引力でも発生しているのか、割れた窓ガラスもこちらに向かって飛来してきているし、俺も引力から逃れられそうもない。
 既にクラスメイトは消えている。ならば俺は乗り遅れ確定かもしれない。だがまだ、魔法陣は絶望の淡い光を放っている。

「間に合えぇぇぇぇ!」

 俺はゆっくりと流れる時間の中、なんとか対空時間を伸ばそうと宙をもがき魔法陣の淵ギリギリに着地する。すると底無し沼に飲まれるかの如くゆっくりと足から床に沈んでいく。

「っ!ダメか?!」

 だが、異世界に転移させられることよりも最悪が存在した。腰まで沈んだあたりで魔法陣の光は消え失せた。

「え?」

 時の流れが元に戻る。静まり返った教室に、教室の備え付け時計のカッチコッチと言う音だけが響き渡る。床には光を無くした魔法陣はそのまま。そして俺は魔法陣の淵に捕まるように上半身だけ床から飛び出している。

「うそ、ちょ、待てよ……」

 下半身の感覚が無い。もし床にめり込んでいるならば、下半身は鉄筋コンクリートと混ざりあったりとか、想像したくないグロい状態のはずだ。だが、痛みはないし、下半身が消えてしまったかのように全く感覚がない。足をブラブラともがくようにイメージしているが、実行しても全く何も感じないのだ。仕方なく腕の力で魔法陣から競り上がろうとしても、何かで固定されているかのようにピクリとも動かない。

「まさか……、挟まった……?」

 多くの異世界物を読んできたが、こんなシチュエーションは読んだことがない。一体俺はどうなってしまうのか、このまま下半身が消えて死ぬのか、それとも下半身だけ異世界転移出来たのか。いや、それは死ぬのと同じだ。時計を見ると時の流れが戻ってから5分経っている。俺の中に焦りがじわじわとこみ上げてくる。

「こんなの聞いてねぇよ……」

 すると一瞬で目の前が真っ暗になる。

「……あっ」

 俺はそのまま意識を失った。
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