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3 むかしのがっこう(その7)

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 ――朝を迎えていた。
 朝食を終えると同時に“ちーん”というチャイムの音が響く。
「終わったのです」
 静刻の食事風景を昨日と同様に楽しげに眺めていたギィアが立ち上がり、解析ボックスへ向かう。
 扉を開くと中に入っていたはずの風船は跡形もなく、代わって一枚の紙が入っていた。
 ギィアはその一枚を手に、ソファでコーヒーに口をつける静刻の元へと戻る。
「これがここ山葵坂中学校全男子生徒によるエロネタランキングなのです。この中にブルマが存在すれば音源の効果がなかったことに……ない」
 静刻がとなりからその紙を覗き見る。
 ランキングには、遠山ブックセンターの巨乳店員や物理担当女教師のタイトスカート尻や同級生の透けブラ、最近デビューしたアイドルのミニスカートや水着姿、あるいは人気のトレンディドラマで若手女優が見せた下着姿、週刊少年マンガ誌で大人気連載中作品のパンチラや入浴シーン、図書室にある百科事典や美術書の女体図画等々の文字が並んでいる。
 しかし、そのどこにも“ブルマ”の文字はない。
「つまり、音源の効果があったということか」
 静刻がコーヒーをずずっとすする。
「それはそれでおかしいのです。音源の効果でブルマがランク外になったのなら歴史が変わってないとおかしいのです。でも歴史は変わってないのです」
「てことは、音源とは無関係に男子生徒は最初から誰もブルマをエロ対象として見てなかったと」
 しかし、ギィアはそれも否定する。
「そ、そんなことはないのですっ。ネイビーブルー・カタストロフィの原因は男子生徒の持つブルマへの性的執着であることは説明したとおりなのです」
「ああ、第二放送室で聞いた。でも、それは確かなのか」
「確かなのです――」
 言葉では断言しているものの、その表情は明らかに戸惑っている。
「――男子生徒の持つブルマへの性的執着が集合無意識を経由して女子生徒へ伝わったのがネイビーブルー・カタストロフィの発端なのです」
 不意に出てきた予想外の言葉に静刻が聞き返す。
「“集合無意識”って……なんだ」
「人の意識はそれぞれ独立しているように見えますが、それは海面に顔を出している島が独立しているように見えるのと同じことで、海底では文字通りの地続きなのです。それと同じで、海面から顔を出してる島の部分が一般的な意識と呼ばれる顕在意識、島の海中部分が潜在意識、それらすべてがつながる海底が集合無意識に相当するわけなのです。ちなみに潜在意識と集合無意識は普通に生きてる間は直接的に知覚できない領域なのです。ここまでいいですか」
「いいです」
「ひとりひとりの男子生徒の顕在意識で生まれたブルマへの性的執着がそれぞれの潜在意識を経由して集合無意識へ達した後、他の男子生徒の潜在意識を経由してやってきた同様の執着と凝集することで莫大なエネルギーを得て女子生徒の潜在意識へと伝播するのです。それを女子生徒の顕在意識がブルマに対する嫌悪感として認識したことがネイビーブルー・カタストロフィの発端なのです」
「なるほど」
 つまり、男子生徒の性的執着が伝わって女子生徒は嫌悪感を抱くようになったということらしい。
「これだけの意識間移動を果たせるエネルギーを生み出すには大量の性的執着が必要であり、それはつまり、エロネタランキングで上位にいないと、多くの支持を得ていないとおかしいのです」
 言ってることは静刻にもわかった。
 しかし――。
「でも、いないんだよな」
 改めてランキングを見る。
 やはり、どこにもブルマは存在しない。
「ぐぐぐ、なのです」
「他に考えられることとしては――」
 言葉を切ってカップの底に残ったコーヒーを一気にあおる。
「なんなのです」
 空になったカップをテーブルに置き、続きを催促するギィアを見る。
「――このランキング自体がまちがってる、とか」
 唐突に立ち上がったギィアは背を向け、玄関フレームへと歩き出す。
「おいどこ行くんだよ」
「絶対に男子生徒の意識にブルマへのエロ執着は存在するはずなのですっ。あたしがそれを証明してみせるのですっ」
 振り向いた顔と目が赤い。
 その予想外の口調と表情に、今度は静刻が戸惑う。
「なんで怒って泣いてんだよ」
「まちがってるといわれたからなのです」
「集計結果のことであって、ギィアのことじゃないよ」
 “まあ、落ち着け”とばかりに、静刻が立ち上がる。
 ギィアはなだめようと向かってくる静刻の真意を知ってか知らずか、一息でまくし立てる。
「あたしの性能に応じたレベルのアイテムが転送されてくるのです。だから、あたしの使ったアイテムがまちがってるとしたら、それは、それは、あたしがポンコツだからなのです」
 悔しさを押し殺したような涙目のギィアに静刻は言葉もなく聞くしかない。
「静刻の言うとおり、確かにネイビーブルー・カタストロフィの発生と、このランキング結果は矛盾しているのです。ならば、いえ、だから、あたしが正しい結果を出さねばならないのです」
 静刻はギィアの細い両肩に手を乗せる。
「悪かった」
 予想外の言葉に驚いたような表情を浮かべるギィアに続ける。
「知らなかったんだよ、てか、そういうつもりでもなかったし。だから協力するよ。一緒に探しに行こう。存在するはずの“ブルマにエロ執着を持つ男子生徒”を」
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