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第5話 キスと暴かれる心

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 あれから数か月。
 私は、こっそりクアッド様から頂いた贈り物を売り払い、探偵を雇ってレンを探している。
 もう遅いのかもしれない。そんなことを考えそうになる心に必死に蓋をする。

 そんな中、探偵がレンの魔術の師匠らしき人を見つけた。
 でも、レンの消息は何も得られなかった。守秘義務があるため言えないのかもしれない。
 私は直接会いに行って、壮年の魔術師に、一方的に伝言を頼んだ。
 誤解があるので、レンと話したいのだと。連絡が欲しいと。
 レンに伝わることを祈って。

 でも、レンから連絡はなかった。



 クアッド様はだんだん、私の前ではあの胡散臭い笑顔をしなくなってきた。
 前より信頼関係は築けていると思う。いろいろ話ができるようになってきた。

 安定の無表情。言葉も飾らなくなってきた。
 でも、気持ち悪さはなくなったけれど、その表情はレンを思い出させる。

 私は時々クアッド様との時間に心地よさを感じている自分に愕然とし、同時にクアッド様のそばにいるのがどんどんつらくなってきた。


 なのに、クアッド様からの呼び出しが増える。
 あちこち連れ出されるようになった。



------------------------

 今日は、城の庭園の薔薇を見に連れ出された。
 薔薇の庭園は、さすがに女性連れでないときついだろう。
 紫の薔薇、赤い薔薇、ラティスに沿って咲き誇る薔薇と甘い香りが落ち込んでいた私の気持ちを少し上向かせた。

「レイア。この薔薇は、ベネディッティの先代がプロポーズに使った薔薇なんだ。
 私も、いつか好きな人ができたら、この薔薇を渡そうと思っていた」

 そのセリフを聞けば、なぜクアッド様がなぜここに私を連れてきたのかわかってしまった。

 私は、クアッド様のとの関係の心地よさにいつか、甘えていた。

 なんでクアッド様とお役目の話をしっかりとしなかったんだろう?
 初めから、話し合っておくべきだった。
 破棄の条件や破棄までの期間。
 決めておかなければならないことはたくさんあった。

 少なくとも、信頼関係が築けていると感じた時点で、私がもっとちゃんとしていたら。

「レイア。私はレイアが好きだよ」

 言わせちゃいけなかった。

 彼は、私の胸に、紫の薔薇を指す。
 そして、顔を傾けて、私にキスを……。

 いやだった。
 レンからの宝物のようなキスが汚されてしまう。

 私は、クアッド様の胸を押しやった。
 首を振る。

「ごめんなさい。ごめんなさい、クアッド様。ごめんなさい」

 私は、その場に崩れ落ちた。



---------------------

 本当は気づいていた。
 クアッド様が私を見る目に。

 レンと同じような目で私を見ていた。
 愛されるのは心地いいから、甘えてしまった。

 本当はもっと早く、こうなる前に婚約破棄すべきだったのだ。
 なのに、レンは、見つからない。

 見つかっても、レンにもいらないって言われたらどうすればいい?
 クアッド様に婚約破棄されて、レンからももういらないって言われたら?

 保身の気持ちが私を迷わせていた。汚い打算が、私を迷わせてた。

 でも、今、甘えて曖昧にしてた気持ちがさらされてしまった。

 私はレンじゃないとダメ。

 わかってよかった。
 クアッド様もレンの気持ちも関係なく、私が、ダメだったのだ。



 わかったらもう無理だった。





 お飾りの婚約者。
 どちらか一方にでも、本気の気持ちが混じったら続けられない。

 クアッド様が婚約破棄してくれないなら、私が破棄しなくちゃいけない。


------------------------


 その日、私はお父様に許しをもらって侯爵邸を訪れた。
 お父様も私が限界なのを感じていて一緒についてきてくれた。

 ベネデッティ侯爵家の方は、婚約者として接するうちに大変良い方達だとわかっていた。
 誠心誠意お話をすれば、きっとわかってくださる。

 でも、私を好きだと言ってくれたクアッド様。彼を傷つけることは避けられない。


 思えば、間に合わせ婚約者だとは侯爵家の方達には一言も告げられなかった。
 勘違いするな、いずれこの話はなくなるといった遠回しな否定すらもなかった。

 爵位の差が大きく、何の面識もない私を婚約者にするのだから、これはお役目なのだと疑いすらしなかったが、もしかしたら違ったのかもしれない。
 だとしたら、私はなんて失礼なことをしていたのだろう。お詫びしてもお詫びしきれない。

 お父様と一緒に応接室に通された私は、跪いた。
 立っていられなかった。

「申し訳ありません。申し訳ありません。クアッド様。
 婚約を解消していただきたいのです。私・・・私には、好きな人がいるのです。
 こんな不実なわたくしは、クアッド様にふさわしくありません。どうか、どうかお聞き届けください」

 クアッド様が向けてくれる気持ちには、私はふさわしくないのだ。

 声が震える。
 でも、泣いてはいけない。

 私が、傷つけてるんだから。私が泣くのは違う。

 クアッド様は呆然としたようだった。

「好きな……人」

 すべて言う必要はないのだと、わかっていたけれど、レンへの私の気持ちを偽りたくなかった。

「平民の方です。
 私、そ、その方と一緒になりたくて。
 無事にクアッド様の婚約者のお役目を果たし終えたら、婚約破棄していただけたら、貴族の私でもその方との結婚を父に許してもらえるのではないかと、打算的なことを考えていたのです」

 でも、父との約束のことだけは告げない。
 すべて私が考えたことにしたい。私は父の手をぎゅっと握った。

「お役目って、何? レイアは、私との婚約をそう思ってたの?」

 近づいてくるクアッド様。
 お怒りかもしれない。
 足元しか見えないが、顔を上げる勇気はなかった。

「上位貴族の、か、方達の間では、婚約破棄前提の婚約者を、爵位の低いものからたてるのが普通だと伺っております。私、私はずっと間に合わせの婚約者だって、お、思っていて」

  間に合わせって、何だよそれ、とクアッド様は小さく呟く。
 いつもの彼らしからぬ乱暴な物言いに、私は、びくっと体を縮めた。
 やっぱり傷つけてしまった。

「レイア」

 クアッド様が跪いて私の肩に手をかける。
 やさしい、苦しそうな、懇願するようなその声。

 私はそれにこたえることはできない。

「もう無理です。ごめんなさい。ごめんなさい」

 嗚咽がこぼれる。口に手を当てて抑えるが、抑えきれない。

 「っ……ふっ……レン……」

 思わず漏らしてしまったその名を聞いて彼が息を飲むのがわかった。

 もう、どうしていいかわからない。


 助けて、レン。会いたいよ、レン。





 そんな中、応接室に咳払いが響いた。

「……もしかして、話していないのか?」

 侯爵様の戸惑ったような声にクアッド様が小さくつぶやく。

「……はい」

 沈黙。

「かわいそうに……」

 私には、そんなことを言ってもらえる価値はない。私は小さく首を振った。

「レイア、顔をあげなさい」
「っ、はい」

 侯爵様の声に私は嗚咽を飲み込んで顔を上げた。
 お二人は意外な表情をしていた。
 奥様は涙ぐんではいるが、ほおを紅潮させて目をキラキラさせているし、侯爵様は、あきれたような表情を隠さない。

「二人でよく話し合いなさいね」

 侯爵夫人はキラキラした目で見つめて私の手をぎゅっと握ると、男性二人を連れて部屋を出て行った。

 そして私たち二人は、部屋に取り残された。


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