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魔女、旅立つ
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『親愛なる魔女メリル
まずは、目覚めぬ君を置いて先に帰ることを許してほしい。
これを瑕疵として君が婚約を拒否することがないように理由を伝えておくと、商会にトラブルが発生し、収拾のためにどうしても戻る必要があった。商会の未来は、将来妻となる君の未来にもつながるものだということを理解の上……』
「何言ってるのかしら。許すも許さないも勝手にすればいいのに。婚約拒否なんてはじめからしてるわよ。えーとそれから?」
『今回の件は、君の考えなしで無鉄砲な性格と、しなくてもいいおせっかいをすぐにしてしまう絆されやすい甘い性格とが招いたことだ。
君は経験も浅い若い女性なのだから、一人で魔女の庵にいるのには無理がある。君を自由にさせておくとろくなことが起こらないということが骨身に染みて分かった。
閣下が君の来訪を待ちわびている。この件が片付いたらすぐに迎えに戻るので、そのまま王宮に滞在するか、王都で宿をとるように。商会の名前を出せば王都のどの宿でも泊まれるように手配済だ。何かあった時のために……』
「だーれが、迎えを待つもんですか。さっさと魔女の庵に戻らないと、もうじき保管魔法が切れちゃうんだから! えーと、それで?」
『ちなみに婚約の件は、君の承諾を待っていても、らちが明かないことが分かった。こちらで準備を進めておくので、心配しないように。
君が逃げようなどとは思わぬように今回君のためにかかった費用を伝えておこう。
魅了防御のための古代アーティファクトリング 一千五百万ジュエル
魔法防御スクロール×3 六百万ジュエル
治癒のスクロール×3 三百万ジュエル
雷撃魔法弾(最上級・追尾機能付き)×20 千二百万ジュエル
風撃魔法弾 ……』
なんだこれは、王都に豪邸が何件か立つのではないだろうか?
メリルは手紙をぐしゃっと丸めたがゴミ箱に捨てるのをすんでのところで思いとどまった。
捨ててしまって後で代金を上乗せされたら目も当てられない。
それに準備とはなんだろう?
いやな予感しかしない。
「はあ、これは公爵様に直接話をつけにいかないとだめかあ。デウスの毒針の件も書いてないし。っていうかあれいくらなのよ。豪遊旅行も支払いを考えるとなしかなあ」
メリルは、魔女の庵でたまった注文を片付けたら次に隣国カルガハット共和国へ赴くことに決めた。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜、メリルの滞在している貴賓室の窓が叩かれた。
起き上がって窓を開けると、バルコニーの手すりに絶妙なバランスで座っている青年の姿を見つける。茶色の髪に金色の瞳が光る。
「よお」
「ロウガ!」
「馬鹿魔女、むちゃばっかりしやがって。やっと目が覚めたか」
「うん、ロウガも元気そう。怪我はしなかった?」
「俺をだれだと思ってやがる」
「そうだね」
メリルは、夜風を受けながらバルコニーに出ていく。
「こっち来いよ」
「うん」
ロウガは、いつかのようにメリルの首筋にそっと顔を寄せるが触れたりはしない。
メリルは、今度はドキドキしたりしなかった。
「懐かしい匂いがする?」
「ああ、落ち着く」
「ふふ、役に立ってよかった。今度は耳触らせてね」
「……お前に覚悟ができたらな」
「何よ覚悟って」
ロウガが同郷の友人として親しく接してくれていると思うと、彼との心の距離は近くなった。
心地よい距離感、とでもいうのだろうか?
それでなくても、何度も助けられている。ロウガの為ならメリルもなんだってする覚悟がある。
「次の依頼が入ったから、俺はこのままルフトを出る。しばらく会えないが、春には仕事を空ける。――約束、覚えてるか?」
「うん、春に、一緒にソウゲツへ行こう」
ロウガはにっと笑うとそのまま片手をあげ、振り返らずに闇に溶けて消えていった。
◇◇◇◇◇◇
「ほんとに行っちゃうんですかあ? 祝賀会は今日なのにー。マリアの晴れ姿お姉さまに見て欲しかったのに……」
「ごめんね。参加して欲しいとは言われてたんだけど。魔女が表舞台にでて顔が売れるのはあんまり嬉しくなくて」
魔女メリルに王都に住む孫娘なんていない。メリルの代理として参加してくれと言われていたが、余計な憶測を招くようなことはしたくなかった。
「お姉さま、マリア、お米を輸入して、王都で日本食レストラン開けるように頑張るから、ぜひ食べに来てくださいぃ!」
「うん、楽しみにしてる」
この二週間、マリアとは随分親しくなった。
ちょっと考えなしで調子に乗る所もあるが、明るくて裏表がなく感情を素直に出すところは、前世の小学生の姪っ子を見ているようでかわいかった。
「ところで、ヴァレリウス様、本当に婚約者じゃないのよね! 本当に本当にほんっとーよね」
「うん、婚約とかって色々誤解があってね、今度ちゃんと話に行くところなの」
「実はちょっとはいいなーとか、思ってたりしない?」
「ええ? あんな嫌味な腹黒男、いいなんて思う人いるの??」
「ええ、何言ってるんですかぁ!? 顔よし、身分よし、金回りよしの三拍子そろった紳士、紳士なのに! 城の女性はみんなメロメロになっちゃったのにっ。じゃあ、じゃあ、マリアが狙ってもいいってこと!?」
あまりの勢いに押されてメリルは頷く。
そうだ、好みは人それぞれだ。多様性は認めねばならない。
「じゃあ、お姉さま絶対にぜーったいまた会いましょうねえ!」
マリアの明るい声に見送られてメリルは王宮を後にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日は、国の危機を救ったデュークと魔女メリル、聖女マリアとクローディアの功績を称え恩賞を授ける式典が開かれることになっていた。当初は、国の危機を救ったクローディアの聖女としての任命式や、王太子との再度の婚約式も同時に検討されていたが、後日に延期になった。式典の主役にデュークを据えたいと王太子が譲らずクローディアも支持したのだ。
王太子である兄とクローディアは、表に出すことはないが、深い部分ではお互いを信頼し合っている。今回婚約破棄の騒動があったが、すでに信頼関係を取り戻しつつあるように見えた。
デュークは、クローディアと並ぶマリアを見て、その隣にいるはずのもう一人の姿を探す。今まで彼女が着飾っている姿をみたことはなかった。
(彼女の亜麻色の髪と、新緑の瞳は、美しい衣装に彩られればどれほど映える事だろうか。――いや、婚約者のいる女性をそんな目で見るのはあるまじきことだ)
くだらないことを考えてしまう自分に眉をしかめながらも、デュークは、彼女の姿を探して、そっと二人の側に近づいた。
もう、女性に対しての恐れはなかった。多少緊張することはあるが、少しすれば慣れるだろう。魔獣を呼び込み、傷つけてしまうことを恐れる必要はなくなったのだから。
「マリア、落ち着いたらヴァレリウス様に会いに行こうと思うんのー。へへー、がんばっちゃおうかなって」
「マリア、その考え方はよくありませんわ。あの方はサアヤ様のご婚約者だとあなたも知っているでしょう」
デュークは聖女二人の会話に足を止めてしまう。
聞きたくない名前だった。ロドニーとの戦いの最中、隣国より駆けつけ、サアヤを抱きしめ、彼女に力を与えた婚約者。戦いの後倒れた彼女を抱きかかえ誰にも触らせようとしなかった男だ。
隣国随一の富豪パーセン公爵家の一員で、パーセン商会の若き会頭として手腕を振るうその男の名前は、社交から縁遠いデュークでも耳にしたことがあった。
「クローディアお姉さま、誤解ですー。マリア、ほんとは他人のものには興味ないんだからあ。王太子殿下の時は、ロドニーが何だか分からないうちに色々進めちゃっただけで、マリア、王太子殿下を奪おうなんて思ってなかったんだから! 殿下はクローディアお姉さまのものですー」
「そ、そう? 分かっているならいいわ。ち、ちがっ、私の話ではなくて、サアヤの話ですのよ」
「だから、サアヤお姉さまが言ってたんだもん。ヴァレリウス様とサアヤお姉さまは婚約なんてしてないって。色々誤解があって、今度きちんとお話しに行くところなんだって!」
「ま、まあ、そうなの? それでサアヤは急いで国を出たのね。ならばマリアが頑張ってみてもよいかもしれないわ。ただしマリア、あなたはこの国の聖女ですから、お相手の方にこの国に来て頂くか、あるいは聖女を手放してでもよいと思わせるほどの好条件を引き出して来なければなりませんわ」
「ええー。この国にはもう一人、聖女がいるんだから、もういいじゃないですかあ」
ひときわ大きく聞こえる心臓の音にかき消されて、彼女たちの話の後半はデュークの耳に入らなかった。デュークは聖女達に話しかけるのをやめて踵を返した。
どういうことだろうか。
あの男が婚約者ではない?
ならば、自分は――。
赤い絨毯が敷かれた大広間で、次々とこの戦いで功績があった者に恩賞が与えられる。
やがて自分の番がやってくると、父である国王の前でデュークは跪いた。
「デューク=シエル=アル=ルフト。そなたは、闇の魔法使いロドニーの魅了の魔法に抗い、辺境騎士団を率い、魔女メリルの一団と共にこれを退けた。また、ロドニーの召喚した伝説の古代魔獣テキーラを倒し、見事その呪いを打ち破った」
大広間に、デュークの魔獣の刻印を知る人々の感嘆のため息が漏れる。
「そなたに、『ルフトの救国の英雄』の二つ名を与え……」
「お待ちください、陛下」
デュークは、国王の言葉を遮った。王の言葉を遮る非礼など本来許されるはずもないが、デュークもこれだけは譲れなかった。
国王は片眉を上げたが、鷹揚に頷く。
「申してみよ。我が息子、デューク」
息子だから許すのだと暗に告げる国王に、デュークは、真剣なまなざしを向ける。
「古代魔獣テキーラを倒したのは、魔女メリルの一団でした。私と騎士団は共に戦いはしましたが、彼女に従う者達の働き、彼女の持つ魔獣デウスの毒針がなければ倒せはしませんでした。私が呪いに打ち勝つことができたのも、彼女のおかげです。どうか『救国』の称号は彼女にお与えください。彼女こそが、『救国の魔女』かと」
「ふむ。一理ある。ならば、こうしよう。『救国の英雄』デューク、そして『救国の魔女』メリル。そなたたち二人に『救国』の称号を与え、恩賞を与えよう」
わっと人々の歓声が広間にこだまする。
国王は、自ら、デュークの側まで降り立ち、肩に手を置く。
「デューク、よくやった。つらい期間を、よく耐えた。お前は私たちの誇りだ」
「もったいなきお言葉です」
歓声の中、王としてではなく父としてかけられた言葉が何よりも嬉しかった。
しかし、ついでかけられた声にデュークは驚いて顔を上げる。
「追いかけたいのであろう?」
国王は笑みを浮かべてデュークを見下ろしていた。
「救国の英雄デューク。そなたには、救国の魔女メリルに恩賞を届ける役目を与える。……その後しばらく休暇をとるがよい」
「はい! ご命令しかと!」
デュークは立ち上がると、マントを翻し、国王に最敬礼を行うと、その場を後にした。
「救国の英雄、救国の魔女」
城の前の広場には、式典を終えた国の英雄たちを一目見ようという人々が詰めかけていた。
デュークは、人々の歓声を受けながら愛馬にまたがり、城を後にした。
まずは、目覚めぬ君を置いて先に帰ることを許してほしい。
これを瑕疵として君が婚約を拒否することがないように理由を伝えておくと、商会にトラブルが発生し、収拾のためにどうしても戻る必要があった。商会の未来は、将来妻となる君の未来にもつながるものだということを理解の上……』
「何言ってるのかしら。許すも許さないも勝手にすればいいのに。婚約拒否なんてはじめからしてるわよ。えーとそれから?」
『今回の件は、君の考えなしで無鉄砲な性格と、しなくてもいいおせっかいをすぐにしてしまう絆されやすい甘い性格とが招いたことだ。
君は経験も浅い若い女性なのだから、一人で魔女の庵にいるのには無理がある。君を自由にさせておくとろくなことが起こらないということが骨身に染みて分かった。
閣下が君の来訪を待ちわびている。この件が片付いたらすぐに迎えに戻るので、そのまま王宮に滞在するか、王都で宿をとるように。商会の名前を出せば王都のどの宿でも泊まれるように手配済だ。何かあった時のために……』
「だーれが、迎えを待つもんですか。さっさと魔女の庵に戻らないと、もうじき保管魔法が切れちゃうんだから! えーと、それで?」
『ちなみに婚約の件は、君の承諾を待っていても、らちが明かないことが分かった。こちらで準備を進めておくので、心配しないように。
君が逃げようなどとは思わぬように今回君のためにかかった費用を伝えておこう。
魅了防御のための古代アーティファクトリング 一千五百万ジュエル
魔法防御スクロール×3 六百万ジュエル
治癒のスクロール×3 三百万ジュエル
雷撃魔法弾(最上級・追尾機能付き)×20 千二百万ジュエル
風撃魔法弾 ……』
なんだこれは、王都に豪邸が何件か立つのではないだろうか?
メリルは手紙をぐしゃっと丸めたがゴミ箱に捨てるのをすんでのところで思いとどまった。
捨ててしまって後で代金を上乗せされたら目も当てられない。
それに準備とはなんだろう?
いやな予感しかしない。
「はあ、これは公爵様に直接話をつけにいかないとだめかあ。デウスの毒針の件も書いてないし。っていうかあれいくらなのよ。豪遊旅行も支払いを考えるとなしかなあ」
メリルは、魔女の庵でたまった注文を片付けたら次に隣国カルガハット共和国へ赴くことに決めた。
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その日の夜、メリルの滞在している貴賓室の窓が叩かれた。
起き上がって窓を開けると、バルコニーの手すりに絶妙なバランスで座っている青年の姿を見つける。茶色の髪に金色の瞳が光る。
「よお」
「ロウガ!」
「馬鹿魔女、むちゃばっかりしやがって。やっと目が覚めたか」
「うん、ロウガも元気そう。怪我はしなかった?」
「俺をだれだと思ってやがる」
「そうだね」
メリルは、夜風を受けながらバルコニーに出ていく。
「こっち来いよ」
「うん」
ロウガは、いつかのようにメリルの首筋にそっと顔を寄せるが触れたりはしない。
メリルは、今度はドキドキしたりしなかった。
「懐かしい匂いがする?」
「ああ、落ち着く」
「ふふ、役に立ってよかった。今度は耳触らせてね」
「……お前に覚悟ができたらな」
「何よ覚悟って」
ロウガが同郷の友人として親しく接してくれていると思うと、彼との心の距離は近くなった。
心地よい距離感、とでもいうのだろうか?
それでなくても、何度も助けられている。ロウガの為ならメリルもなんだってする覚悟がある。
「次の依頼が入ったから、俺はこのままルフトを出る。しばらく会えないが、春には仕事を空ける。――約束、覚えてるか?」
「うん、春に、一緒にソウゲツへ行こう」
ロウガはにっと笑うとそのまま片手をあげ、振り返らずに闇に溶けて消えていった。
◇◇◇◇◇◇
「ほんとに行っちゃうんですかあ? 祝賀会は今日なのにー。マリアの晴れ姿お姉さまに見て欲しかったのに……」
「ごめんね。参加して欲しいとは言われてたんだけど。魔女が表舞台にでて顔が売れるのはあんまり嬉しくなくて」
魔女メリルに王都に住む孫娘なんていない。メリルの代理として参加してくれと言われていたが、余計な憶測を招くようなことはしたくなかった。
「お姉さま、マリア、お米を輸入して、王都で日本食レストラン開けるように頑張るから、ぜひ食べに来てくださいぃ!」
「うん、楽しみにしてる」
この二週間、マリアとは随分親しくなった。
ちょっと考えなしで調子に乗る所もあるが、明るくて裏表がなく感情を素直に出すところは、前世の小学生の姪っ子を見ているようでかわいかった。
「ところで、ヴァレリウス様、本当に婚約者じゃないのよね! 本当に本当にほんっとーよね」
「うん、婚約とかって色々誤解があってね、今度ちゃんと話に行くところなの」
「実はちょっとはいいなーとか、思ってたりしない?」
「ええ? あんな嫌味な腹黒男、いいなんて思う人いるの??」
「ええ、何言ってるんですかぁ!? 顔よし、身分よし、金回りよしの三拍子そろった紳士、紳士なのに! 城の女性はみんなメロメロになっちゃったのにっ。じゃあ、じゃあ、マリアが狙ってもいいってこと!?」
あまりの勢いに押されてメリルは頷く。
そうだ、好みは人それぞれだ。多様性は認めねばならない。
「じゃあ、お姉さま絶対にぜーったいまた会いましょうねえ!」
マリアの明るい声に見送られてメリルは王宮を後にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日は、国の危機を救ったデュークと魔女メリル、聖女マリアとクローディアの功績を称え恩賞を授ける式典が開かれることになっていた。当初は、国の危機を救ったクローディアの聖女としての任命式や、王太子との再度の婚約式も同時に検討されていたが、後日に延期になった。式典の主役にデュークを据えたいと王太子が譲らずクローディアも支持したのだ。
王太子である兄とクローディアは、表に出すことはないが、深い部分ではお互いを信頼し合っている。今回婚約破棄の騒動があったが、すでに信頼関係を取り戻しつつあるように見えた。
デュークは、クローディアと並ぶマリアを見て、その隣にいるはずのもう一人の姿を探す。今まで彼女が着飾っている姿をみたことはなかった。
(彼女の亜麻色の髪と、新緑の瞳は、美しい衣装に彩られればどれほど映える事だろうか。――いや、婚約者のいる女性をそんな目で見るのはあるまじきことだ)
くだらないことを考えてしまう自分に眉をしかめながらも、デュークは、彼女の姿を探して、そっと二人の側に近づいた。
もう、女性に対しての恐れはなかった。多少緊張することはあるが、少しすれば慣れるだろう。魔獣を呼び込み、傷つけてしまうことを恐れる必要はなくなったのだから。
「マリア、落ち着いたらヴァレリウス様に会いに行こうと思うんのー。へへー、がんばっちゃおうかなって」
「マリア、その考え方はよくありませんわ。あの方はサアヤ様のご婚約者だとあなたも知っているでしょう」
デュークは聖女二人の会話に足を止めてしまう。
聞きたくない名前だった。ロドニーとの戦いの最中、隣国より駆けつけ、サアヤを抱きしめ、彼女に力を与えた婚約者。戦いの後倒れた彼女を抱きかかえ誰にも触らせようとしなかった男だ。
隣国随一の富豪パーセン公爵家の一員で、パーセン商会の若き会頭として手腕を振るうその男の名前は、社交から縁遠いデュークでも耳にしたことがあった。
「クローディアお姉さま、誤解ですー。マリア、ほんとは他人のものには興味ないんだからあ。王太子殿下の時は、ロドニーが何だか分からないうちに色々進めちゃっただけで、マリア、王太子殿下を奪おうなんて思ってなかったんだから! 殿下はクローディアお姉さまのものですー」
「そ、そう? 分かっているならいいわ。ち、ちがっ、私の話ではなくて、サアヤの話ですのよ」
「だから、サアヤお姉さまが言ってたんだもん。ヴァレリウス様とサアヤお姉さまは婚約なんてしてないって。色々誤解があって、今度きちんとお話しに行くところなんだって!」
「ま、まあ、そうなの? それでサアヤは急いで国を出たのね。ならばマリアが頑張ってみてもよいかもしれないわ。ただしマリア、あなたはこの国の聖女ですから、お相手の方にこの国に来て頂くか、あるいは聖女を手放してでもよいと思わせるほどの好条件を引き出して来なければなりませんわ」
「ええー。この国にはもう一人、聖女がいるんだから、もういいじゃないですかあ」
ひときわ大きく聞こえる心臓の音にかき消されて、彼女たちの話の後半はデュークの耳に入らなかった。デュークは聖女達に話しかけるのをやめて踵を返した。
どういうことだろうか。
あの男が婚約者ではない?
ならば、自分は――。
赤い絨毯が敷かれた大広間で、次々とこの戦いで功績があった者に恩賞が与えられる。
やがて自分の番がやってくると、父である国王の前でデュークは跪いた。
「デューク=シエル=アル=ルフト。そなたは、闇の魔法使いロドニーの魅了の魔法に抗い、辺境騎士団を率い、魔女メリルの一団と共にこれを退けた。また、ロドニーの召喚した伝説の古代魔獣テキーラを倒し、見事その呪いを打ち破った」
大広間に、デュークの魔獣の刻印を知る人々の感嘆のため息が漏れる。
「そなたに、『ルフトの救国の英雄』の二つ名を与え……」
「お待ちください、陛下」
デュークは、国王の言葉を遮った。王の言葉を遮る非礼など本来許されるはずもないが、デュークもこれだけは譲れなかった。
国王は片眉を上げたが、鷹揚に頷く。
「申してみよ。我が息子、デューク」
息子だから許すのだと暗に告げる国王に、デュークは、真剣なまなざしを向ける。
「古代魔獣テキーラを倒したのは、魔女メリルの一団でした。私と騎士団は共に戦いはしましたが、彼女に従う者達の働き、彼女の持つ魔獣デウスの毒針がなければ倒せはしませんでした。私が呪いに打ち勝つことができたのも、彼女のおかげです。どうか『救国』の称号は彼女にお与えください。彼女こそが、『救国の魔女』かと」
「ふむ。一理ある。ならば、こうしよう。『救国の英雄』デューク、そして『救国の魔女』メリル。そなたたち二人に『救国』の称号を与え、恩賞を与えよう」
わっと人々の歓声が広間にこだまする。
国王は、自ら、デュークの側まで降り立ち、肩に手を置く。
「デューク、よくやった。つらい期間を、よく耐えた。お前は私たちの誇りだ」
「もったいなきお言葉です」
歓声の中、王としてではなく父としてかけられた言葉が何よりも嬉しかった。
しかし、ついでかけられた声にデュークは驚いて顔を上げる。
「追いかけたいのであろう?」
国王は笑みを浮かべてデュークを見下ろしていた。
「救国の英雄デューク。そなたには、救国の魔女メリルに恩賞を届ける役目を与える。……その後しばらく休暇をとるがよい」
「はい! ご命令しかと!」
デュークは立ち上がると、マントを翻し、国王に最敬礼を行うと、その場を後にした。
「救国の英雄、救国の魔女」
城の前の広場には、式典を終えた国の英雄たちを一目見ようという人々が詰めかけていた。
デュークは、人々の歓声を受けながら愛馬にまたがり、城を後にした。
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