上 下
27 / 32

魔女、最後の決戦に臨む

しおりを挟む
 ロドニーは、自らの足元にも移動の魔法陣を浮かび上がらせると、姿を消した。追いすがるロウガのミスリルナイフが空を切った。

「ぐっ」
「デューク!」

 デュークが突如心臓を押さえ、片膝をつく。
 魔獣の刻印の活性化だ。

「おい王子、下がってろ。魔女、そいつを何とかしろ!」
「わかった! ロウガ、テキーラは刻印のあるデュークを狙うの。食い止めて」
「ちっ、簡単に言いやがって」

 メリルは、膝をつくデュークの胸に手をあてる。以前のように、魔獣の刻印を包み込むように薄く、弱く魔力を流し込む。強すぎると反発される。ただデュークの体と刻印とを切り離すように薄く流し、刻印の魔力と中和させる。
 しかし、このやり方は効率が悪い。痛みの緩和にしかならない。

「お姉さま、マリアが手伝います」
「私も」
「マリア、クローディア様」

 二人が手をかざすと、みるみるうちにデュークの体で活性化していた刻印が鎮められていく。

「おそらく、聖女が使う魔力は古代魔術の系統なのでしょう。普通の魔力をはじくはずの刻印も、古代魔術である魅了のアーティファクトの前では役に立ちませんでした。逆に言えば、古代魔術である聖女の回復魔法は、魔獣の刻印を受けた体にもきくということです」
「よかった」

 蒼白だった顔色が元に戻りつつあるデュークを見て、メリルは頼もしい二人に心から感謝した。

  ◇◇◇◇◇◇

 王太子オスカーはクローディアと聖女マリアの力によって自分を取り戻した。
 きらきらと光る猫のような翡翠色の瞳が自分を見つめていた。
 ぼんやりとした意識が急激に覚醒していく。

「オスカー様。お戻りをお待ち申し上げておりました」
「ああ、長い夢を見ていたようだ。あなたには伝えたいことがたくさんある。しかし今は」
「はい、ご武運を」

 心得たかのように頷くクローディアから視線を逸らすと、王太子オスカーは、迷いなく魔獣を囲む辺境騎士団の隊員達に目を向けた。
 先頭に立つのは、デュークの側でよく見かけた顔だ。

「辺境騎士団、古代種の対応を想定した陣形へ移行! 盾準備。距離を取れ。尾の攻撃があるから絶対背後には回るなよ!」
「名は?」
「王太子殿下! アランっす。デューク殿下の隊の副長を務めております」
「先ほどのクライドとの戦いも見事だった。魔獣の対処は、辺境騎士団に一日の長がある。ここにいる近衛も含めてお前が指揮を取れ」
「ええ?? いえ、光栄っす。謹んで拝命します」
「近衛は、辺境騎士団の傘下に入れ。敵は古代種の魔獣。対処方法は、辺境騎士団に学べ! デュークを守るぞ!」
「近衛隊は、槍をメインに! 狭いので辺境騎士団と交互に攻撃。テキーラはジャンプ力がない。突進と尾の攻撃が一番の脅威だ。突進が来たら絶対に受けないで、迷わず避けろ! 回り込んで横から足を狙って動きを止める」

 アランは、オスカーの指示を受けて、広間に集まった近衛兵たちの指揮をとる。オスカーの視線の先では、近衛と辺境騎士団とは別格の、獣のような動きで魔獣に攻撃を加える男と、魔法銃やスクロールを用いて魔獣の動きを止め戦いをサポートする男の姿がある。

「あの二人は何者だ?」
「わかんないっすけど、魔女サアヤさんの手下っすかねえ?」

  ◇◇◇◇◇◇

 魔獣テキーラが現れてから、どれだけ時間がたったのだろうか?
 デュークも戦いに加わり、ロウガとヴァレリウス、騎士団と連携しながら、急所である首の後ろに攻撃を加えている。デュークは自分に向かってくる習性を利用してテキーラの動きを制御し、足を止めたテキーラの急所にロウガが渾身の一撃を叩き込む。
 しかし、テキーラの動きは全く衰えなかった。反対に、デューク達には疲れの色が見える。
 決め手がないのだ。

(デウスの毒針があれば)

 地下神殿でロウガが見せた対テキーラのための秘密兵器。しかし地下神殿で使い切ってしまったのだろう。あればロウガが取り出しているはずだ。
 そんな中、逃げ遅れた隊員をかばって、デュークがテキーラの尾の一撃を受けてふっとんだ。
 マリアが駆け寄り、治癒を施す。
 デュークは再び立ち上がる。
 しかし、先ほどから治癒を続けているマリアの息は荒い。
 治癒を受けたデュークの調子も万全とは言い難い。

(みんな、疲れてきてる……私は何もできないの? ここで祈ることしかできないの?)

 息を切らせたヴァレリウスが、メリルの横に戻って来た。
 魔弾もスクロールも既に使い切ってしまったようだ。

「余計なことを考えるな。君は弱い」

 ヴァレリウスの冷たい言い方にメリルは、ぎっと唇をかみしめる。ヴァレリウスは間違っていない。

「でも、弱いことと何もしないで見ているのだけなのは違う。弱くてもいい。私も戦う。盾にぐらいなれるかもしれない」
「この馬鹿! だからなんでそうなるんだよっ」
「私も役に立ちたいの。だって、じゃあ、私のいる意味って何?」
「予言の魔術を使っただろう。君の役目は終わった。君は十分役に立った」
「でも、今、役に立ちたいの。あの人たちは、私に居場所をくれたから。あの人たちは私を必要としてくれたから」
「そんなの僕だってっ」
「ねえ、私、また失くすの? 私が役に立たないせいで、また、失くしちゃうの?」

 ぽつりとつぶやくとメリルはふらりと前に出た。
 ヴァレリウスは慌ててメリルの肩をおさえて、メリルの顔を見据える。
 けれど、メリルには、彼の顔が目に入っていなかった。

「違うだろ! 僕も閣下も君の居場所だ。僕達のところにくればいいだろう」
「違う! そこは、私の居場所じゃない。……おばあちゃんの居場所だった。私が奪った」
「メリル!」
「そうよ! そのメリルの名前も、あなた達が大事にしていたおばあちゃんから、私が奪った!!……私も戦うわ。もういやなの。だって、だって、また失くしたら、私の心が死んじゃうよ。心が死ぬのは、命が削られるよりもずっとつらい」
「メリル!」
「放して!」

 暴れるメリルをヴァレリウスは押さえこむように抱きしめた。

「本当に、命をかけてでも?」

 先ほどまでと全く違うヴァレリウスの低い、苦し気な口調に、メリルは動きを止める。

「かけられるものがあるのなら、何だってかける」
「……先代のメリルからの伝言を預かっている」

 思いもかけない人物の名前にメリルの肩が震えた。

「君の力は失われていない。君が力を使いこなせる強さを身に付けるまで、先代は君の力を封じたんだ。感じてみて。思い出してみて。あの、奇跡を起こした時、君は、何を思った? 小さなサアヤ。あの魔法は、メリルじゃない、『咲綾さあや』が使うんだ」

 メリルの中に、十年前の記憶が奔流のように蘇って来た。

  ◇◇◇◇◇◇

 それはある王国の物語。
 小さな誤解により戦争が起き、国中が焦土と化し、
 多くの民が死に、滅びに瀕した国から立ち上がる、
 人狼の王の、復興と栄光への物語。

 村の上役に必死に伝えようとするが、もちろん、村娘の言葉に耳を傾ける者はおらず、サアヤはその日、村に来ていた魔女に売られるように連れていかれた。
 以来、故郷へは帰ることはなかった。
 ――生まれ故郷であるその国が滅んだのを、サアヤは、遠く離れた異国の地で知った。

 それを知ったメリルは、力を使った。
 今まで、自分の中の記憶の図書館の中で見るだけのだったそれは、簡単に引き出すことができた。メリルが望んだそれは、ある小説の中に登場した時空を操る女神の力だった。
 その力で、故郷へとんだ。
 戦乱で踏みにじられ、毒により枯れ果てた大地。戦と飢えとで倒れた屍の数々。荒れ果てた故郷の惨状を目にして、再び女神の力を呼び出した。
 時を戻す。
 幼かったあの頃に。
 緑の息吹と、人の生命力に満ち溢れた大地に。
 戻して。
 戻して。
 それを見届けたメリルは、意識を失った。 

 気が付いた時には、魔女メリルによって、魔女の庵で看病されていた。
 力を使い果たした自分は、しばらく目を覚まさなかったらしい。そしてその時に、その奇跡のような力を失くしたことを告げられた。

 魔女として修業を始めてから、魔法は魔女となった少女が使っていた。 
 幼かった小さな女の子はいなくなって、魔女見習いとなった少女だけが残った。

(そうか、だから使えなかったんだ)

 ずっと失くしたと思っていた。そうではなかった。

(――ああ、ここにあったんだ)

 この力は、魔女ではない、人狼の王の国の農村の片隅で生まれた小さな咲綾の力だった。

 異世界図書館ビブリヲテイカ
 宝石を使って、術と魔力を駆使して、ほんのわずかの時間だけしか訪れることができなかったこの場所。
 今の咲綾ならわかる。先代のメリルが、この膨大な力を「封じる」ために、どれだけの犠牲を払ったのか。

(おばあちゃん)

 病気がちだった先代の魔女メリル――咲綾を守るために、彼女が何を削って、この術式を敷いたのか。
 代価もなく、術を与えることは、魔女の掟に反する。「魔女の天秤」によるペナルティを受けるのだ。
 ――寿命という代償を。
 螺旋を描く階段を上り、図書館のある一室の小部屋に入り込む。
 それは、この世界を示した小部屋。その小部屋のさらに奥、魔獣の逸話を示した本がたくさん並んでいた。
 魔獣テキーラと魔獣デウスとの伝説。

(おいで。力を貸して。デウス)

 魔獣を呼び出そうとしたとき、頭の中に声が響いた。

『咲綾、小さくな。そんなでかい子を呼び出すんじゃない。無駄に力を使うんじゃないよ。お前のスキルは、命を削っちまうんだよ』

 咲綾は、それを聞いて思い直す。

(そうね。毒針だけでいいわ。あなたの毒針を貸して)

 メリルはそれを受け取ると、目をつぶった。

  ◇◇◇◇◇◇

「咲綾!」

 目を開けたメリルの前には、数十本のデウスの毒針が浮かんでいた。
 メリルは、それを掲げ、テキーラに向けて、風魔法で放つ。
 ロウガが付けた急所である首の後ろ、騎士団のメンバーが傷つけた、前足の傷。
 そこへ、デウスの毒針を放った。
 メリルの意識がふと薄れていく。
 ヴァレリウスが開いたスクロールからあふれた温かい光が、メリルを眠りに誘う。

「がんばったね。このことは忘れるんだ。おやすみ、咲綾――ひいおばあ様。僕は約束通り、彼女を守り通して見せます」

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

悪女は王子を騙したい~あなたの破局、わたしが請け負います~

鈴宮(すずみや)
恋愛
「セリーナ、俺はお前との婚約を破棄する!」  煌びやかな夜会会場の一角で、一人の男が婚約破棄を宣言していた。傍らには、愛らしい見た目をした令嬢ゼパル。男はセリーナの代わりにゼパルと結婚するのだと口にする。 「承知しました」  セリーナは婚約破棄を了承。金輪際関わらない、撤回を認めないという条件を男に突きつける。  喜ぶ男。けれど、傍らにいるはずのゼパルがいない。 (憐れな男ね)  ゼパルと呼ばれていた少女ーーーーオルニアは、会場の外でため息を吐く。  彼女の仕事は男達を騙すこと――――いわゆる『別れさせ屋』だった。  切なる思いを抱えた依頼人のため、名を変え、顔を変え、立ち居振る舞いを変え、今日もオルニアは男を誑かし、婚約破棄を成立させる。  さあ、次は誰を騙そうかな?  そう思っていた時、彼女は第3王子であるクリスチャンと出会うのだがーーーー?

貴方の手にしているそのラブレター、本当に貴方あてのものですか?

麻宮デコ@ざまぁSS短編
恋愛
アリスト男爵家のエルヴィとモリーは義理の姉妹だが、エルヴィは義妹のモリーに反感を抱かれてるようだった。 母の連れ子であったエルヴィは以前に会ったことのあるラスター伯爵に憧れていたのだが、彼が恋文を送ってきたのは義妹のモリーの方であった。 手紙の返事すら出さないモリーの代わりにエルヴィがその手紙に返事を書いたことから、エルヴィと伯爵の仲の方が進展していくことになってしまったのだが……。 全4話

息をするように侮辱してくる婚約者に言い返したところ婚約破棄されてしまいました。~黙って耐えているのはもう嫌です~

四季
恋愛
息をするように侮辱してくる婚約者に言い返したところ婚約破棄されてしまいました。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

婚約者の愛した人が聖女ではないと、私は知っています

天宮有
恋愛
私アイラは、3人いる聖女候補の1人だった。 数ヶ月後の儀式を経て聖女が決まるようで、婚約者ルグドは聖女候補のシェムが好きになったと話す。 シェムは間違いなく自分が聖女になると確信して、ルグドも同じ考えのようだ。 そして数日後、儀式の前に私は「アイラ様が聖女です」と報告を受けていた。

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

処理中です...