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魔女、王子と距離を縮める
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翌日、メリルとデューク、そしてアランを含む五人の隊員が早朝に王都を発つことになった。
メリルとデュークは魔法の補助により、出発したその日の内に二つ目の宿場町へ到着する。先に着いたメリル達がクローディアを足止めし、翌日に着く五人が彼女を王都まで護衛して連れ帰る予定だ。
予言の魔術の実行には、王都にいる魔女メリルとクローディア嬢が直接会うことが必要、ということになっている。そのためクローディア嬢を説得して連れ帰る計画だが、駆け落ち途中の彼女を連れ帰るのは王族であるデュークでも難しいのではと思っている。メリルは、クローディア嬢が嫌がったら無理に連れ帰らなくてもいいように何とかしよう、と一人思いを巡らせていた。
早朝より多くの隊員達が出発準備のために動き出しており、メリルもサアヤの姿で準備に取り掛かった。
今日は馬での移動なので、髪を一つに束ねてワンピースではなくズボンをはいている。いつもより念入りに髪をとかし、白いシャツの上には、胸が強調される作りの皮のベストを着こむ。
「身ぎれいにして悪いことはないし、ベストはこれしかなかったの」
仕方ないんだから、と誰にだか分からない言い訳をしながら、メリルは階下へと降りていった。
せわしく動き回る隊員達に挨拶すると、隊員達は慌てて目を逸らす。彼らの反応は、前世でもよく見た、美人に挨拶された普通の青年たちの様子そのものだった。多少は見られる姿になっていたようで、メリルは満足する。
(そう、私はデュークの審美眼が疑われるのがちょっとかわいそうだっただけなのよ! これで一安心だわ)
隊員達は皆親切にメリルに馬や旅の荷物の準備を手伝ってくれた。メリルも親切にしてもらうのは助かるからお礼を言ってにこやかに振舞う。こういう手助けとお礼はコミュニケーションの一環で処世術だ。こういったことは前世より格段にうまくなったと思う。
準備がほぼ終わると、馬房の脇で立ち話をしているデュークとアランの姿が目に入った。
挨拶をしようとそちらに向かうと、メリルに気づいたアランがそばかすの浮いた頬に人懐こい笑みを浮かべて近づいて来た。
「おはようございます、サアヤさんですね。魔女様のおっしゃてた通りの美人でびっくりしました。自分、アランと言います。デューク隊長の辺境騎士団第一小隊の副官やってます」
「はじめまして。サアヤです。ほめて頂いてありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。お力になれるように頑張りますね」
「あ、敬語はいいっすよ。いやあ、お会いしたばかりなのに、ばたばたしてすみません。協力をお願いできるってことで、ほんとにありがたいっす。騎士団には魔法が使える人材なんていないんでほんとに助かります……あの、サアヤさんに伝えておきたいことがあるんですけど」
アランは握手を交わした後、ちらりとデュークがいた辺りを伺い、彼の姿がないのを確認すると、真剣な表情でメリルに一歩近づく。
「あの、魔女様から聞いてると思いますが、実は隊長、女性が苦手なんすよ。周りより隊長の方が気にしてて、普段は女性と話している姿自体、全く見ないんです。だから、魔女様とあんなに楽しそうにしてるのを見て、俺達、すげえびっくりしたんです。あと、ちょっと嬉しくて」
どうもデュークの女性が苦手というのは結構なレベルらしい。メリルに対する始めの頃の隊員達の不審な視線は、こういうことだったのかとやっと合点がいった。
「魔女様とのやりとりをきっかけに、隊長の苦手意識も変わってくれたのかもしれないし、魔女様はすげえ魔女だから特別なのかもしれないっす。そこは分かんないんすけど、サアヤさんはその、若くてきれいな女性だし、か弱そうだし、隊長はちょっと変な態度とるかもしれないっす。でも、それは隊長のトラウマみたいなもんなんで、嫌ってるとかそういうわけじゃないんで気を悪くしないんで欲しいんす」
(デューク、大事に思われてるんだ)
そばかすの浮かんだ鼻をぽりぽりとかきながら、照れたように横を向くアランの姿に、メリルはちょっと嬉しくなる。
メリルが不幸にしてしまった彼が、こんなにいい仲間に囲まれていたんだと思うと、胸の奥が温かくなった。
「アラン、あなた、いい人ね」
「俺は、隊長の心の兄貴っすから」
「弟じゃないの?」
「あの人結構頼りないんで」
そうかもしれない、とメリルはぷっと吹き出した。結構辛辣な副官である。でも、心地いい、愛情のこもった口の悪さだ。
俺がいい人だって、魔女様にもアピールしといてくださいね、と足早に去っていくアランを手を振って見送ると、メリルは、幸せな気持ちで残りの準備に取り掛かった。
その後デュークとは二人で挨拶するタイミングもなく、出発の時間を迎えた。
メリルはデュークの軍馬と自分のために用意されたおとなしそうな駿馬に、風と大地の補助魔法をかける。馬が大地を踏みつける瞬間に地面がばねのようにしなり、風が抵抗を減らして馬の一駆けをより大きくする魔法だ。
王都の東の大門をでてすぐに、メリルとデュークの二人は五人の隊員達と別れ、人目を避けるため街道を外れた道を進んだ。走り始めは戸惑っていた馬たちも、少しすると伸びやかに大地を駆けるようになった。
公爵令嬢と従者は、昨夜のうちに一つ目の宿場町を越えているはずだ。メリル達は今日中に彼女たちを追い越して二つ目の宿場町に着かなければならない。その途中で公爵令嬢に会えればよし。最悪、二つ目の宿場町を出る前に町の出口でつかまえることもできる。
(それよりも、ねえ)
メリルは、わずかに前方を走るデュークの姿を見て、ふうっとため息をつく。
(多分、昨日のあれを、気にしてるんだろうなあ)
アランは昨日の件を知らなかったから、単純にデュークが女性が苦手だということだけメリルに伝えてきたが、事はそう簡単ではなかった。
昨日の「お約束」の事件については、メリル自身は、見られたものは仕方ないと昨夜のうちに割り切った。デュークは「女性が苦手」なのだから、変な目で見られたわけではない、と考えられたのも大きい。
しかし、デュークの方はそうではなかったかもしれない。今朝になってもデュークとまともに目が合わない。出発後、まともな会話もない。
女性が苦手な上に昨日の事件と来て気まずいのはわかるが、これはいただけない。
(というか、昨日の事件って、普通一方的に見られた女の私の方がダメージは大きいでしょ! なんでデュークの方があんなに気まずそうなわけ?)
そこまで考えてメリルは気づいた。
(女性が苦手って話、ひょっとして、私が思ってたより深刻なのかも。苦手ってよりも女嫌いなのかな。女の人の裸って、苦痛を感じるレベルで見たくないものだったりして……。ショックを受けて立ち直れてないとか?)
彼を女嫌いにした原因が魔獣の刻印のせいだとすれば、メリルにも責任があることだ。
老婆の姿で来られればよかったが、魔女の掟のせいでそうもいかない。それに、老婆の体ではこの強行軍に耐えられなかっただろう。
デュークには申し訳ないと思うが、会話すらできないこの状態ではやるべきことに支障が出そうなのも事実だ。
デュークは、辺境騎士団の隊長を務める人物だ。仕事と感情とを切り分けて考えられる人間のはずだ。少し話せばこの状態がまずいことに気づいてくれるだろう。
風と大地の魔法が切れると馬の脚が止まるので、メリルとデュークは、魔法をかけ直すために、しばしば馬を下りる。
道沿いにある水場で馬を少し休ませながら、メリルは馬の世話をするデュークに意を決して声をかけた。ちゃんと二メートルは距離をとっている。
「あの、デューク王子。悪かったわ」
「……何を謝っている?」
デュークも話しかけると答えないわけではない。デュークはメリルの方にゆっくりと向き直った。目線はあらぬ方向を向いているけれど。
「女嫌いのあなたに、昨日は嫌なものを見せたわね」
「それはっ」
「言わなくていいわ。変にフォローされたらかえってショックだから、むしろ言わないでくれる?」
昨夜は隊員達の前でメリルの事を色々とほめていたが、妙に必死な雰囲気だったことを思いだす。きっと大分無理をさせたのだろうと思うと申し訳なくなる。
「女の人が苦手だっておばあちゃんに聞いたわ。私が言いたいのは、それでも私たちの仕事のために、最低限の会話は必要だってことなの。だから、――難しいかもしれないけど、あの一件と、それから、私が若い女だということは忘れてもらえないかしら?」
メリルは、本気でそう思っているんだと分かってもらうために、真剣な表情でデュークに話しかける。
デュークは、メリルのそんな様子を見ると、片手を額に当てる。心なしか頬と耳が赤い。
「……不甲斐ない……」
「え?」
「いや、こちらこそすまなかった、……サアヤ。俺は、あなたに剣を向け、あまつさえ、その、あなたのあのような姿を目にしてしまって、どう責任を取ろうかとずっと……その、迷っていた」
「責任?」
額に当てた手を外し、やっと目を合わせたデュークは、嫌悪というよりうろたえているだけのように見えた。
いつもは優秀な騎士が、少し頬を赤くして戸惑っているように見える様子は、なんだかちょっと可愛い。
(ひょっとして、照れてるだけ? あー、女の人が苦手って、女の人の免疫がないってことだったんだ! そっちね)
自分が女性に対し、さらなるトラウマを植え付けたのかと気にしていたのが的外れだったことがわかり、ほっとすると同時に笑いがこみあげてくる。
「サアヤ殿、俺と、」
「ぷ、あはは、責任って、大げさすぎ……いや、嫌なもの見せて王子様にトラウマ植え付けちゃったらどうしようってほんとに心配したのに。ああよかった」
「いや、嫌ではない。あなたは、美しかった!」
「はは、おばあちゃんに言わされてるんでしょ。無理しなくていいってば」
「そんなことはないっ。それに、俺はあなたに騎士としての責任を果たすべきだ」
「責任ねえ。うーん」
貸しは返してもらう。それがメリルの信条だ。
だから、何かを返してもらうのは、メリルとしてもやぶさかではない。
メリルは、髪の先をくるくると指先で回しながら、にやりと笑う。
「じゃあ、私だけ見られたのは不公平だから、デューク王子も見せてくれればいいわ」
「……っ!」
デュークの様子があまりに必死過ぎて、ちょっとからかいたくなってしまっただけで、もちろん冗談だった。けれど、その瞬間にさらに頬を赤らめ、羞恥に顔を歪めたデュークは、想像以上に、こう、くるものがあった。
これ以上踏み込んではまずい。メリルはくだらない冗談を言ってしまったことを後悔しながら早々に撤退することにした。
「……ごほん、もちろん冗談です」
「そ、そうだな。それはもう少し先、しかるべき手続きがすんだ後に……」
「っていうか、普通に宝石が欲しいです。魔女には必須なので。おばあちゃんへの報酬、はずんでくださいね」
メリルは、強引にこの話を終わらせることにした。
メリルの強引な結びに、デュークは、気圧された様に口をつぐむと、大きく息を吐きだす。
「……わかった。しかし、聖女の件が解決したら、この件についてはもう一度きちんとあなたと話がしたい。……それから、デュークでいい」
「わかったわ。デューク。あ、そうだ」
メリルは、この話がとりあえず終わったのにほっとして、デュークに告げなければいけないことを思い出した。
「魔女の生贄を気にして部下のために同行を名乗り出てくれたんでしょう。でも、補助魔法程度でデュークの大事な部下を生贄によこせなんて言わないから安心して」
どうも、魔女の生贄の話を知っているのはデュークだけのようなのだ。そうでなければ、魔女の護衛にあんなに希望者が出るわけがない。よく考えるとメリルに甲斐甲斐しく尽くすデュークの姿を、隊員達が生ぬるく(?)見守っていたのも生贄の話を知らなかったからこそだ。
責任感の強いデュークは、何も知らない部下を、魔女の生贄から守ろうとしたに違いないのだ。
「いや、それは、そうではなくて、……あいつらは女性に手が早いから!」
しかし、デュークから返って来た理由は、全く違っていた。
「え? 部下じゃなくて、私の心配なの?」
「……当然だ!!」
メリルは、驚いて目を瞬いた。
彼らは「若い女の子」と気軽に会話をしたりといった、軽い雰囲気を楽しみたいだけだろうし、メリルを取り合うように見えたのも男同士で張り合うのが楽しいだけだと思う。魔女に本当に手を出す男なんているはずがない。
でも、心配されたのがくすぐったくて、それは言わずにお礼だけをいった。
「ありがとう」
再び照れた様子のデュークが新鮮で、ちょっと顔を覗き込んで、ふふ、と笑ってしまうと、デュークはそっぽを向いてしまった。
からかいすぎてしまったかもしれない。
二メートルだった二人の間の距離は、いつの間にか一メートルになっていたが、ついついメリルは気づかないふりをしてしまった。
メリルとデュークは魔法の補助により、出発したその日の内に二つ目の宿場町へ到着する。先に着いたメリル達がクローディアを足止めし、翌日に着く五人が彼女を王都まで護衛して連れ帰る予定だ。
予言の魔術の実行には、王都にいる魔女メリルとクローディア嬢が直接会うことが必要、ということになっている。そのためクローディア嬢を説得して連れ帰る計画だが、駆け落ち途中の彼女を連れ帰るのは王族であるデュークでも難しいのではと思っている。メリルは、クローディア嬢が嫌がったら無理に連れ帰らなくてもいいように何とかしよう、と一人思いを巡らせていた。
早朝より多くの隊員達が出発準備のために動き出しており、メリルもサアヤの姿で準備に取り掛かった。
今日は馬での移動なので、髪を一つに束ねてワンピースではなくズボンをはいている。いつもより念入りに髪をとかし、白いシャツの上には、胸が強調される作りの皮のベストを着こむ。
「身ぎれいにして悪いことはないし、ベストはこれしかなかったの」
仕方ないんだから、と誰にだか分からない言い訳をしながら、メリルは階下へと降りていった。
せわしく動き回る隊員達に挨拶すると、隊員達は慌てて目を逸らす。彼らの反応は、前世でもよく見た、美人に挨拶された普通の青年たちの様子そのものだった。多少は見られる姿になっていたようで、メリルは満足する。
(そう、私はデュークの審美眼が疑われるのがちょっとかわいそうだっただけなのよ! これで一安心だわ)
隊員達は皆親切にメリルに馬や旅の荷物の準備を手伝ってくれた。メリルも親切にしてもらうのは助かるからお礼を言ってにこやかに振舞う。こういう手助けとお礼はコミュニケーションの一環で処世術だ。こういったことは前世より格段にうまくなったと思う。
準備がほぼ終わると、馬房の脇で立ち話をしているデュークとアランの姿が目に入った。
挨拶をしようとそちらに向かうと、メリルに気づいたアランがそばかすの浮いた頬に人懐こい笑みを浮かべて近づいて来た。
「おはようございます、サアヤさんですね。魔女様のおっしゃてた通りの美人でびっくりしました。自分、アランと言います。デューク隊長の辺境騎士団第一小隊の副官やってます」
「はじめまして。サアヤです。ほめて頂いてありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。お力になれるように頑張りますね」
「あ、敬語はいいっすよ。いやあ、お会いしたばかりなのに、ばたばたしてすみません。協力をお願いできるってことで、ほんとにありがたいっす。騎士団には魔法が使える人材なんていないんでほんとに助かります……あの、サアヤさんに伝えておきたいことがあるんですけど」
アランは握手を交わした後、ちらりとデュークがいた辺りを伺い、彼の姿がないのを確認すると、真剣な表情でメリルに一歩近づく。
「あの、魔女様から聞いてると思いますが、実は隊長、女性が苦手なんすよ。周りより隊長の方が気にしてて、普段は女性と話している姿自体、全く見ないんです。だから、魔女様とあんなに楽しそうにしてるのを見て、俺達、すげえびっくりしたんです。あと、ちょっと嬉しくて」
どうもデュークの女性が苦手というのは結構なレベルらしい。メリルに対する始めの頃の隊員達の不審な視線は、こういうことだったのかとやっと合点がいった。
「魔女様とのやりとりをきっかけに、隊長の苦手意識も変わってくれたのかもしれないし、魔女様はすげえ魔女だから特別なのかもしれないっす。そこは分かんないんすけど、サアヤさんはその、若くてきれいな女性だし、か弱そうだし、隊長はちょっと変な態度とるかもしれないっす。でも、それは隊長のトラウマみたいなもんなんで、嫌ってるとかそういうわけじゃないんで気を悪くしないんで欲しいんす」
(デューク、大事に思われてるんだ)
そばかすの浮かんだ鼻をぽりぽりとかきながら、照れたように横を向くアランの姿に、メリルはちょっと嬉しくなる。
メリルが不幸にしてしまった彼が、こんなにいい仲間に囲まれていたんだと思うと、胸の奥が温かくなった。
「アラン、あなた、いい人ね」
「俺は、隊長の心の兄貴っすから」
「弟じゃないの?」
「あの人結構頼りないんで」
そうかもしれない、とメリルはぷっと吹き出した。結構辛辣な副官である。でも、心地いい、愛情のこもった口の悪さだ。
俺がいい人だって、魔女様にもアピールしといてくださいね、と足早に去っていくアランを手を振って見送ると、メリルは、幸せな気持ちで残りの準備に取り掛かった。
その後デュークとは二人で挨拶するタイミングもなく、出発の時間を迎えた。
メリルはデュークの軍馬と自分のために用意されたおとなしそうな駿馬に、風と大地の補助魔法をかける。馬が大地を踏みつける瞬間に地面がばねのようにしなり、風が抵抗を減らして馬の一駆けをより大きくする魔法だ。
王都の東の大門をでてすぐに、メリルとデュークの二人は五人の隊員達と別れ、人目を避けるため街道を外れた道を進んだ。走り始めは戸惑っていた馬たちも、少しすると伸びやかに大地を駆けるようになった。
公爵令嬢と従者は、昨夜のうちに一つ目の宿場町を越えているはずだ。メリル達は今日中に彼女たちを追い越して二つ目の宿場町に着かなければならない。その途中で公爵令嬢に会えればよし。最悪、二つ目の宿場町を出る前に町の出口でつかまえることもできる。
(それよりも、ねえ)
メリルは、わずかに前方を走るデュークの姿を見て、ふうっとため息をつく。
(多分、昨日のあれを、気にしてるんだろうなあ)
アランは昨日の件を知らなかったから、単純にデュークが女性が苦手だということだけメリルに伝えてきたが、事はそう簡単ではなかった。
昨日の「お約束」の事件については、メリル自身は、見られたものは仕方ないと昨夜のうちに割り切った。デュークは「女性が苦手」なのだから、変な目で見られたわけではない、と考えられたのも大きい。
しかし、デュークの方はそうではなかったかもしれない。今朝になってもデュークとまともに目が合わない。出発後、まともな会話もない。
女性が苦手な上に昨日の事件と来て気まずいのはわかるが、これはいただけない。
(というか、昨日の事件って、普通一方的に見られた女の私の方がダメージは大きいでしょ! なんでデュークの方があんなに気まずそうなわけ?)
そこまで考えてメリルは気づいた。
(女性が苦手って話、ひょっとして、私が思ってたより深刻なのかも。苦手ってよりも女嫌いなのかな。女の人の裸って、苦痛を感じるレベルで見たくないものだったりして……。ショックを受けて立ち直れてないとか?)
彼を女嫌いにした原因が魔獣の刻印のせいだとすれば、メリルにも責任があることだ。
老婆の姿で来られればよかったが、魔女の掟のせいでそうもいかない。それに、老婆の体ではこの強行軍に耐えられなかっただろう。
デュークには申し訳ないと思うが、会話すらできないこの状態ではやるべきことに支障が出そうなのも事実だ。
デュークは、辺境騎士団の隊長を務める人物だ。仕事と感情とを切り分けて考えられる人間のはずだ。少し話せばこの状態がまずいことに気づいてくれるだろう。
風と大地の魔法が切れると馬の脚が止まるので、メリルとデュークは、魔法をかけ直すために、しばしば馬を下りる。
道沿いにある水場で馬を少し休ませながら、メリルは馬の世話をするデュークに意を決して声をかけた。ちゃんと二メートルは距離をとっている。
「あの、デューク王子。悪かったわ」
「……何を謝っている?」
デュークも話しかけると答えないわけではない。デュークはメリルの方にゆっくりと向き直った。目線はあらぬ方向を向いているけれど。
「女嫌いのあなたに、昨日は嫌なものを見せたわね」
「それはっ」
「言わなくていいわ。変にフォローされたらかえってショックだから、むしろ言わないでくれる?」
昨夜は隊員達の前でメリルの事を色々とほめていたが、妙に必死な雰囲気だったことを思いだす。きっと大分無理をさせたのだろうと思うと申し訳なくなる。
「女の人が苦手だっておばあちゃんに聞いたわ。私が言いたいのは、それでも私たちの仕事のために、最低限の会話は必要だってことなの。だから、――難しいかもしれないけど、あの一件と、それから、私が若い女だということは忘れてもらえないかしら?」
メリルは、本気でそう思っているんだと分かってもらうために、真剣な表情でデュークに話しかける。
デュークは、メリルのそんな様子を見ると、片手を額に当てる。心なしか頬と耳が赤い。
「……不甲斐ない……」
「え?」
「いや、こちらこそすまなかった、……サアヤ。俺は、あなたに剣を向け、あまつさえ、その、あなたのあのような姿を目にしてしまって、どう責任を取ろうかとずっと……その、迷っていた」
「責任?」
額に当てた手を外し、やっと目を合わせたデュークは、嫌悪というよりうろたえているだけのように見えた。
いつもは優秀な騎士が、少し頬を赤くして戸惑っているように見える様子は、なんだかちょっと可愛い。
(ひょっとして、照れてるだけ? あー、女の人が苦手って、女の人の免疫がないってことだったんだ! そっちね)
自分が女性に対し、さらなるトラウマを植え付けたのかと気にしていたのが的外れだったことがわかり、ほっとすると同時に笑いがこみあげてくる。
「サアヤ殿、俺と、」
「ぷ、あはは、責任って、大げさすぎ……いや、嫌なもの見せて王子様にトラウマ植え付けちゃったらどうしようってほんとに心配したのに。ああよかった」
「いや、嫌ではない。あなたは、美しかった!」
「はは、おばあちゃんに言わされてるんでしょ。無理しなくていいってば」
「そんなことはないっ。それに、俺はあなたに騎士としての責任を果たすべきだ」
「責任ねえ。うーん」
貸しは返してもらう。それがメリルの信条だ。
だから、何かを返してもらうのは、メリルとしてもやぶさかではない。
メリルは、髪の先をくるくると指先で回しながら、にやりと笑う。
「じゃあ、私だけ見られたのは不公平だから、デューク王子も見せてくれればいいわ」
「……っ!」
デュークの様子があまりに必死過ぎて、ちょっとからかいたくなってしまっただけで、もちろん冗談だった。けれど、その瞬間にさらに頬を赤らめ、羞恥に顔を歪めたデュークは、想像以上に、こう、くるものがあった。
これ以上踏み込んではまずい。メリルはくだらない冗談を言ってしまったことを後悔しながら早々に撤退することにした。
「……ごほん、もちろん冗談です」
「そ、そうだな。それはもう少し先、しかるべき手続きがすんだ後に……」
「っていうか、普通に宝石が欲しいです。魔女には必須なので。おばあちゃんへの報酬、はずんでくださいね」
メリルは、強引にこの話を終わらせることにした。
メリルの強引な結びに、デュークは、気圧された様に口をつぐむと、大きく息を吐きだす。
「……わかった。しかし、聖女の件が解決したら、この件についてはもう一度きちんとあなたと話がしたい。……それから、デュークでいい」
「わかったわ。デューク。あ、そうだ」
メリルは、この話がとりあえず終わったのにほっとして、デュークに告げなければいけないことを思い出した。
「魔女の生贄を気にして部下のために同行を名乗り出てくれたんでしょう。でも、補助魔法程度でデュークの大事な部下を生贄によこせなんて言わないから安心して」
どうも、魔女の生贄の話を知っているのはデュークだけのようなのだ。そうでなければ、魔女の護衛にあんなに希望者が出るわけがない。よく考えるとメリルに甲斐甲斐しく尽くすデュークの姿を、隊員達が生ぬるく(?)見守っていたのも生贄の話を知らなかったからこそだ。
責任感の強いデュークは、何も知らない部下を、魔女の生贄から守ろうとしたに違いないのだ。
「いや、それは、そうではなくて、……あいつらは女性に手が早いから!」
しかし、デュークから返って来た理由は、全く違っていた。
「え? 部下じゃなくて、私の心配なの?」
「……当然だ!!」
メリルは、驚いて目を瞬いた。
彼らは「若い女の子」と気軽に会話をしたりといった、軽い雰囲気を楽しみたいだけだろうし、メリルを取り合うように見えたのも男同士で張り合うのが楽しいだけだと思う。魔女に本当に手を出す男なんているはずがない。
でも、心配されたのがくすぐったくて、それは言わずにお礼だけをいった。
「ありがとう」
再び照れた様子のデュークが新鮮で、ちょっと顔を覗き込んで、ふふ、と笑ってしまうと、デュークはそっぽを向いてしまった。
からかいすぎてしまったかもしれない。
二メートルだった二人の間の距離は、いつの間にか一メートルになっていたが、ついついメリルは気づかないふりをしてしまった。
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