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魔女、王宮へ潜入する

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 王宮への隠し通路の入り口は、町外れのさびれた教会にあった。
 王族の者達だけが知る極秘の通路の為、騎士団のメンバーに知らせることはできず、デュークとメリルの二人きりでの潜入になる。
 隠し通路は、王宮内の皇后専用温室の裏手にある魔法薬倉庫につながっていた。この魔法薬倉庫は、王族以外誰も立ち入ることができないため、人に見られる可能性は低い。そこで王宮の使用人のお仕着せを着込んで、二人は人が通らない道を選び庭園に向かった。
 事前の情報では、聖女たちは毎日決まった時間にこの庭園で茶会を行っているというのだ。
 メリルとデュークが庭園の東屋が見渡せる位置に身を潜めると、やがて聖女と思しき女性と数名の男性が東屋付近にやってきた。

「聖女と王太子殿下、その側近たちだ」
「声が聞こえないねえ」
「声が聞こえる距離にはできれば近づきたくない。聖女の悪しき力の影響は相手に認識されなければ受けない事だけは分かっているが、この距離は保っておきたい」

 つらそうな声は、おそらく、それがわかるまでに、何人か犠牲者が出たという事だろう。

「ふむ。なるほど。デューク、あいつらについて知っていることを話しな」

 デュークは、メリルに答えるように、緊張した声で東屋にいる人物について解説をしていった。

 聖女マリア。現在の王太子の婚約者。ピンクの髪に青い瞳の小柄で華奢な体つきの可憐な美少女。クロウリー男爵家の養女で、魔力の高さと優れた容姿を見込まれ男爵家に引き取られた元平民だ。聖女になった途端に王宮で暮らし始め、王太子を始めとした高貴な男性のみならず、王宮中の人々を悪しき力で操っている。
 王太子オスカー。正妃の第一子。金髪碧眼。力強さを感じさせる堂々とした体躯の、精悍な顔つきの美丈夫。豪放磊落《ごうほうらいらく》な性質だが、思いやり深く大局を見る目があり、皆に慕われている。
 第二王子ラッセル。正妃の第二子。オスカーと同じ金髪碧眼だが、幼い頃病気がちだったこともあり線の細い印象を与える美男子。博識の秀才として知られる。繊細で冷徹な性質だが、兄を尊敬しており、兄のサポートを隙なく行うことに全力を注いでいる。第一、第二王子に目立った派閥争いなどはなく、王太子の地盤は盤石。
 王太子の護衛騎士クライド。黒髪に水色の瞳。侯爵家の次男で王太子の幼馴染。大柄な体格と膂力を生かした剣技に優れる近衛騎士隊の実力者。ともすると大胆に振舞いがちな王太子のストッパー役として、また正義感にあふれた良心的な人物として知られている。
 王族専属魔法使いロドニー。青髪に緋色の瞳。魔塔の魔法使い。若くして高位階魔術をマスターした秀才。王太子に年齢が近いために側近となるべく数年前魔塔より派遣された。
 その他、神官見習いや聖女付きの侍女が数名。
 まさに乙女ゲームテンプレである。いや、最近の乙女ゲームは色々ジャンルがあるから、乙女ゲーム系ラノベテンプレというべきか。攻略対象もその外見から一目でわかる。オスカー、ラッセル、クライド、ロドニー。――おそらく、デュークもだ。
 メリルは、隣で眉をしかめて王太子たちの姿を注視するデュークの姿をちらりと見あげた。要するにイケメンなのだ。赤銅色の髪。金の瞳。護衛騎士クライドより、細身だが黒豹を思わせるしなやかな身のこなし。そして、素直でまじめすぎる性格と外見とのギャップ。萌え要素は押さえているし、あそこにいる誰ともキャラが被っていない。間違いないだろう。

(「予言」の成功率をあげるには、あともう少し情報を仕入れたほうがいいかも。声や話し方なんかも聞いておきたい)

 メリルは、デュークに静かにするように言うと、懐から蝶の形に折った紙を取り出して指先で小さな魔法陣を描く。紙が小さな蝶になって聖女たちの元へ飛んでいく。メリルの得意な風の魔法のアレンジだ。
 ほどなく、蝶を介して聖女たちの会話が聞こえて来た。

『オスカー様。この間のマリアのお願い、覚えていらっしゃる?』
『ああ、隣国の穀倉地帯の件だったな』
『そうです! マリアはそこで、『お米』という穀物を育てたいの。お米はすごいんですよぉ! 主食として食べるだけじゃなくて、お味噌もお醤油も作れるんだから! あれ、お醤油ってお米から作るんだっけ? 細かい作り方は忘れちゃったけど、マリア、味はわかります。ラッセル様、手伝ってくれますか?』
『ええ、あなたが望むならなんなりと』
『ふふ、ラッセル様が手伝ってくれるならきっとうまくいきます! でも、それには研究が必要でしょう? そうだ、研究所、建てちゃいましょう! それで優秀な人をたくさん集めてすごい研究をいっぱいするんです! ……あの、クライド様、どうかされました? お顔が赤いようですが』
『い、いえっ。私は殿下の護衛ですからお気遣いなく。ただ、マリア嬢の笑顔がとても愛らしいと……いえ、申し訳ありません!』
『クライド、俺の婚約者を口説くな。マリア、お前の望みを叶えるのはこの俺だ。他の男に目を向けるな。研究所の件は早速予算をとってやる』
『ありがとうございます、オスカー様。クライド様もほめてくださってうれしいです。もうマリア、楽しみで楽しみで仕方ないです。あ、研究にはぜひ、魔塔の皆様にも参加して欲しいなあ。ロドニー、魔塔の皆様は、そろそろ協力してくれるかしら?』
『申し訳ありません、マリア様。説得は続けているのですが魔塔の年寄りは頑固でして、協力体制を築くにはもう少し時間がかかりそうです』
『そう。ざーんねん。マリアがお願いに行こうかしら』
『マリア、それは許可できない。魔塔の者がお前に何をするかわからない』
『そうです、マリア嬢。危険です。ロドニーに任せましょう』
『殿下方のおっしゃる通りです。マリア様のお手を煩わせる必要はありません。魔塔は私の管轄です。マリア様の笑顔のために私がどうにかして見せます』
『ふふ、ロドニー、ありがとう。マリアうれしい』
『ふむ。俺もマリアの笑顔のために頑張らねばなるまいな。マリア、私の愛する婚約者よ。お前の望みを叶えるまで、もう少しだけ待ってほしい』
『私も、そんな殿下をお守りするよう、尽力いたします』
『マリア嬢の為にも早く研究成果をださなければなりませんね。もうしばらくお待ちください』
『オスカー様、クライド様、ラッセル様。マリア、マリアは皆様にこんなに良くしてもらって、本当に幸せ者です』
『『『『マリア(様)(嬢)!』』』』

 メリルは、ここまで聞いて音声をぶつりと遮断した。
 顔の端がひくひくするのをどうにか防ごうとする。
 高い声で舌足らずにお花畑な会話をさえずる、明らかに転生者であるマリアと攻略対象(仮)達との会話にめまいがしてきた。突っ込みどころが多すぎて、突っ込む気力すらわかない。老女の体は精神攻撃に弱いため、比喩ではない。

「皆、聖女の悪しき力に取り込まれてしまったのだ。兄上達はあんな方ではなかった。クライド先輩も」

(あー、ど、どんまい?)

 デュークのぼそぼそと語る声に、メリルは彼が声の聞こえる距離に近づきたくないと言った理由を悟った。

「そ、そろそろ帰ろうかね」

 メリルは、うかない顔をするデュークにわざと明るい声をかけた。
 だいたい必要な情報はそろった。
 悪役令嬢役がいないが、それはきっと、王太子の元婚約者だ。こっちは王宮にいないので、別のルートで会いに行くことになっている。
 メリルは固まった腰を伸ばして伸びをしながら、ふと気づいてデュークに問いかける。

「そういえば、デューク、あんたも聖女のいるパーティに参加したと言っていたね。あんたはなぜ聖女の力を防げた……」

 その時だった。
 ガーというノイズのような音が一瞬し、続いて低い声が、メリルとデュークの耳元で囁かれる。

『曲者は、去れ』

 デュークがメリルのことを抱き込むように抱えた瞬間、魔力の奔流がメリルのすぐわきを通り抜けていった。
 それが魔法で作られた氷の塊だと気づいた次の瞬間、すぐ後ろで大きな破砕音が鳴った。
 あたりは、巻き上げられた土や、ちぎれた木々の枝葉が舞い散って一瞬にして視界が悪くなった。
 デュークの行動は早かった。
 即座にメリルを抱え上げ、巻き上げられた埃が晴れないうちに、隠し通路への道を走り抜ける。
 メリルは、抱えあげられたまま、目を見開く。

 魔法攻撃によって破れたデュークの服の下の「それ」がメリルの目に映った。

  ◇◇◇◇◇◇

「驚かせてしまい申し訳ありません、マリア様。魔法の気配がしたので気がせいてしまいました。それに、逃げられてしまったようです」

 青髪の魔法使いは、困ったように首を傾げて、聖女の方を見た。

「いいのよ、ロドニー! あなたの魔法から逃げるなんて、そうとう強いってことよね。用があったらまた来るでしょう。その時にお友達になりましょう! それより、ロドニー、とってもかっこよかった! 久しぶりにすごい魔法を見たわ! もう、こういうのを見ると異世界転生ばんざーいって思えちゃうのよねえ」
「マリア様。お望みでしたら、私の魔法などいつでもお好きなだけお見せいたします」
「ほんとうっ? ありがとうロドニー。マリアすごく楽しみ」
「そういえば、まいた種もそろそろ刈り取りの時期になったようです」
「うんうん、そっちも楽しみー」

 鼻にかかった無邪気な聖女の笑い声が、魔法攻撃によって見るも無残に荒らされた庭園に空虚に響いていた。
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