【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里

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出戻り妃は女主人

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 詩吟の会が夜に開かれるのは、初めてのことだった。

「今年はいったいどんな出し物で楽しませてくれるのかしら?」
「昨年は演劇風で眠くなる間もなかった」
「ああ、毎年眠気と戦うので大変な行事だったからな」

 出席者達は、期待で胸を膨らませながら、続々と会場である百花楼ひゃっかろうに集まってくる。


 
「考えたわね。宇春。詩吟の会を夜に行うなんて、今まで誰も思いつかなかったわ」
「演出のために、夜である必要があったのです。でも、夜の利点は実はそれだけではありません。睡魔に負けても、誰にも気づかれませんから、安心感が段違いです」

 開始前、舞台の袖で客席を見守る女官長に、宇春はちゃめっけたっぷりにほほ笑む。

「あなたが自信を取り戻してくれてよかったわ。ただ、ちょっと直させてちょうだい……あの方ももっとうまくなさればいいのに」
「はい?」

 女官長はそう言うと、首をかしげる宇春の紅を直してくれた。

「きれいになったわ。さっきまで、まるで口づけした後みたいだったから」
「な、ななっ。してませんっ」
「ええ、そういうことにしておいてあげるわ」
「だ、だから、違いますってば!」
「ふふっ。わかっているわ。あなたに紅を引いてくださった方は、もう少し、練習をした方がいいわね。いろいろと」

(何を練習した方がいいのかわからないけれど、絶対違うと思うっ)

 女官長は何やら楽しそうに、他の場所の見回りにと去って行ってしまった。



 宵闇の中、百花楼の会場は、人で溢れていた。
 昨年の詩吟の会の評判を聞き、参加者が格段に増えたのだ。
 あちこちに建てられた灯籠の灯りが、ぼんやりと会場を照らしている。

 やがて、皇帝の訪れを告げる先ぶれの声に、人々は膝をつく。
 皇帝の玉座は御簾越しの高い位置にあり、その顔を垣間見ることはできない。

 玉座に就いた皇帝に向かい、宇春は、声を上げた。
 ここからは、会を取り仕切る女主人としての腕の見せ所だ。

「深まりゆくこの秋の宵。本日の詩吟の会は『風花雪月ふうかせつげつ』を題材にいたしました。春の花、夏の風、秋の月、冬の雪。季節ごとに織りなす詩吟の調べと、光と闇の競演を皆様存分にお楽しみください」
「楽しませてもらおう」

 皇帝からの言葉に、会場がわっと湧く。

 宴の始まりだ。


 
 第一幕は「風」
 著名な吟詠家ぎんえいかの詩吟が、良く伸びる声で会場を沸かせる。
 ちょうど風の美しさを詠みあげた時だった。
 会場の灯籠の光がふと消えた。

 急に真っ暗になった会場にざわざわと人々の驚きと戸惑いの声が上がる。
 その瞬間。

 会場に、風が舞った。

 ──光の風が。

 会場を流れるように舞ったのは、宇春が用意した「影」による光の風だった。
 
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