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第一部

第3話 王子の周辺事情

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「エルマー、どうなっている!?」

「と言われましても」

 苛立つルークの声に、王子の護衛の近衛騎士は、大柄な体をのけぞらせる。栗毛の短髪に細目の人畜無害そうな顔をした大男は、学園で唯一、王太子の護衛としての帯同が許されている。3年前から王子の護衛をしているこの男は、こう見えて近衛騎士の中では一、二を争う腕前だ。

「……危うく、婚約破棄の理由にされるところだった」
「まあ、それは、ご愁傷様……」

 理由を知り、慰めの言葉をかけたつもりの護衛は、ぎろりとにらみつけられ口をつぐむ。

「あと数日中に方を付ける。そのつもりでいろ」

「はあ」
 いつになく荒れる王太子にエルマーはいつもの通り、やる気のない返答を返すのだった。



 ルーク=フォン=ケイリッヒは、大陸の大国、ケイリッヒ王国の王太子だ。経済、文化、軍事を含む国力も周辺国を圧倒する大国の王太子であり、際立った容姿の王子は昔から国民の人気が高かった。
 そして、地位と容姿だけでなく、彼は明晰な頭脳にも恵まれていた。王家の英才教育とも相まって、17歳の今では、大臣すらやり込めるほど。昨年からは、一部国政の外交も担うようになっていた。

 そんな王子が、昨年のマレ皇国との外交後、前触れもなく皇女との婚約を決めてきた。国王をはじめとした周囲は驚きこそすれ、王子の理路整然とした理由を聞き、この婚約は反対意見も出ることなく、すんなりと決まったのだった。

 どのみち、王子の婚約は国として頭の痛い問題だった。ケイリッヒの王太子の立場では、どの国の誰を選ぼうと格下となる。むしろ中途半端な相手に大国ケイリッヒの後ろ盾を与えることに慎重にならざるを得ない状況であった。ケイリッヒにとって政略結婚など全く必要でなかったし、むしろ王子が恋でもして市井の娘を召し上げた方が国民の印象はよくなるとすら思われていたのである。

 よって、国王と主だった大臣たちは、政略的な価値は認めながらも、急ごしらえできまったこの婚約が何なのか、皆気づいていた。

 この婚約は、王太子ルークの初めての恋物語であることを。



 しかし、今、王子が彼女の身の回りに気を遣うのは、恋物語云々などという甘い諸事情によるものではなかった。

 バステト皇女がこの国に来て半年。
 彼女の身の回りには不穏な動きが渦巻いていた。

 通訳の侍女は、彼女の食べ物に毒を入れようとしたところを捕縛した。
 学友のうち何人かは、名前も知らない組織に脅され、彼女を呼び出そうとしていた。
 使用人にも彼女を害そうとする者がいて、皇女に近づこうとしていたが、こちらは捕まる前に姿を消した。

 それ以来、彼女の近くには、学友を寄せ付けず、メイドも腕の立つ、身元のはっきりしたものしかつけていない。侍女は信頼のおけるものが選定できず、つけられなかった。
 その代わりに、ルーク自身がバステト皇女のフォローに回っている。

 のだが。
 
 ある一件以来、二人の関係がおかしな方向に向かってしまったのである。
 バステトが王子を振り回す悪役令嬢だという位置づけで、周りから距離を置かれだしたのだ。
 皇女の周りに人を近づけたくなかったので、ルークがこの噂を利用してしまったのも悪かった。

 ルークは、いつの間にか彼女に毛嫌いされ、腹黒性悪の汚名を着せられ、日夜婚約破棄を迫られる、という事態に陥ってしまったのだ。……汚名ではなく事実だという説もあるかもしれないが、それはこの際置いておく。

 しかし、今は、バステト皇女の身の安全を確保することが最優先だ。

 現在、調査対象となっているのがミケーネ子爵令嬢だ。
 当初、皇女の側に近づこうとしていた彼女だが、なかなかぼろを出さない。
 直接仕掛けてくれば捕縛できるのに、勘がいいのか影の存在を察知し、手を出してこないのだ。
 マレの隣国キーランとつながっているというのが濃厚だが、キーランは遠い。状況確認に時間がかかっており、そちらのつながりがつかみきれていないのだ。現在、王家の影を使って調査中だ。

 「僕が囮になって時間を稼ぐ」
 ルークが作戦を変えて、自分に隙を作って、彼女をそばに近づけるようにしたところ、ターゲットが自分にうつったようだ。

 しかし、バステト皇女の身の安全を確保してほっと安心したのも束の間、今度は、それを婚約破棄の理由にされてしまいそうになった。

 王太子ルークは、精神的にもそろそろ限界だった。

 この件が終わったら、バステト皇女に全て話すことを決めて、ルークは最後の仕上げにとりかかるのだった。
 


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