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第二部 どうせ捨てられないのなら

第4話

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 あれからさらに一週間がたち、相変わらずお兄様の暴走と、デニスの挑戦、私の結界修復とお弁当作りは続いている。
 でも、明日は朝から結婚式だ。
 多分、兄はもうこの森に来ない。
 ウェストラント城には結界が張ってあり、デニスでは入ってこれないだろうから、彼の挑戦は今夜限りになるはずだった。

「これ、うまいな」
「そう? 疲れが取れるかと思って、すっぱいものをたくさん入れてみたの」

 デニスは、私の料理をいつも通りおいしそうに食べてくれて嬉しくなる。
 これが胃袋をつかんだって奴かしら?
 彼と会うのがこれで最後になるのは寂しいので、私はこれから彼に城で働かないかと提案をするつもりだった。

 兄はもう森へ来ないので、デニスは今後は兄に会う手段すらない。
 今夜負けてあきらめがつけばいいけれど、挑戦し続けたいなら、私が城で仕事を与えればよいかと思ったのだ。
 お兄様には貸しがたくさんあるので、時々なら、デニスと勝負する時間を作ってもらえるだろう。
 それに、城には人型の高位魔獣が結構いる。私の侍女にもコカトリスの高位魔獣が一人いるぐらいだ。
 少なくとも、勇者一族の側近くにいる者は、ちょっとした事故にも対処できるように、それなりの強さが求められるので、高位魔獣はむしろ歓迎されるのだ。

 私も、結婚式に参加するため、明日は朝からここに来ることができない。今伝えておかないと。
 私がじっとデニスの横顔を見ているとデニスが不意にこちらを振り向き、彼のルビーのような赤い瞳にどきりとする。

「食うか?」
「え……あむっ」

 口に入れられたサンドイッチにびっくりするが、それより、酸っぱすぎるサンドイッチに思わず涙目になる。
 うっ、す、すっぱい。ええ? なにこれ?
 それでも吐き出すことはプライドが許さず、必死に噛んで飲み込むしかない。
 デニスが手渡された水も必死に飲み下す。

 私のそんな様子を今度はデニスの方がじっと見ていたようだった。
 こんなひどい味のものを食べさせてたなんて、これは反省しろってことよね。
 もう、恥ずかしくて仕方がない。
 
「ご、ごめんなさい。こんな味だったなんて。おいしくなかったのに無理させちゃってたみたいね」
「? うまいだろ」
「え?」
「うまいから、お前にも食べさせてみたかった。お前に食べさせるの、楽しいな」

 あれがうまいなんてどうかしてるわ。
 そう言いたいのに、言葉が出なかった。
 デニスの視線が、何だか今までと違っていて。
 その眼差しは、お兄様がお義姉さまに向けるそれにそっくりで。
 ――まるで視線だけで相手を溶かすような。溺れさせるような。

 デニスは、私の頭に手を伸ばして髪をなでる。

「お前、ちっちゃくて、かわいい」
「か、かわっ」

 お互いの顔を見つめる私達がすごく甘い雰囲気に感じるのは、私の気のせい?
 私の心臓は、ばくばくと早鐘のように鳴り響いていた。 

「お前、あいつみたいだ」
「あいつ?」
「イルセ。言ってなかったか? 俺は、あいつを取り戻しに来た。あの男をぶっ倒して、イルセを取り戻す」

 血が音をたてて引いていく。
 私の中で生まれようとしていた何かは、形をとる前に崩れ去ってしまった。
 私は立ち上がった。

「私、明日は来れませんの」
「どうして」
「明日は、結婚式に参加するからですわ。この国の第一王子、最強の勇者アーレントと、彼の番であるイルセ様の結婚式です」
「な……んだと」

 私は、なんて愚かだったのだろう。
 この男は、お義姉さまを奪いに来た敵だと言うのに。
 お兄様は、知ってらしたんだわ。

『俺のものを奪う者に与える情けはない』

 そうですわね。お兄様。
 お義姉さまを奪わせるわけには行きませんもの。

 軋む心臓の音は、お義姉さまを奪おうとする者への怒り。
 それだけだ。
 それだけでなければいけない。

「ごきげんよう。きっともう、会うこともありませんわ」
「ちょ、待てよ。おい」

 私はもう、振り返らなかった。

 私は、彼に名前を教えていなかったことにやっと気づく。
 彼も、私に名前すら尋ねなかった。
 振り返らない理由は、それで十分だった。
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