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第三章

異星の囁き

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1

アトラス1号の航行は、日々の単調さの中にあっても、微細な緊張感を伴っていた。クルーはそれぞれの任務に忠実に従事していたが、彼らの心の中には未知の惑星へと近づくにつれて増していく不安が潜んでいた。

数日が過ぎ、ハンナ・ウェインライトは通信室で例のノイズの解析を続けていた。徐々に解読が進むにつれて、その信号がランダムなものではなく、明らかに何かの意図を持った通信であることが分かってきた。彼女は興奮と恐れの入り混じった感情を抱きながら、解読結果を手に、キャプテンのレイナ・カースティンの元へ向かった。

「キャプテン、これはただの雑音ではありません。何か…何かが私たちにメッセージを送ってきています。」ハンナはレイナに緊張した声で告げた。

レイナはハンナの言葉に驚きを隠せなかったが、すぐに冷静さを取り戻した。「具体的にどういうことだ?そのメッセージの内容は?」

「まだ完全には解読できていませんが、確実に何かのパターンがあります。単なる宇宙背景放射ではなく、明確な意図を持った信号です。」ハンナはタブレットを差し出し、解読途中のデータを見せた。

レイナは画面を見つめ、眉をひそめた。「これが…ケプラー186fから発信されていると?」

「可能性は高いです。少なくとも、私たちが目指す星系から来ていると考えられます。」

「つまり、私たちが近づくのを察知して…何かが応答している、と?」レイナはハンナの目を見つめ、考え込んだ。

「その可能性は否定できません。ただ、現時点では確証はなく、もっと解析が必要です。」ハンナは緊張した面持ちで答えた。

「引き続き解析を進めてくれ。他のクルーにも知らせる必要があるが、彼らを不安にさせないように、慎重に情報を共有する。」レイナは決断を下し、ハンナに指示を与えた。

「分かりました、キャプテン。」ハンナは敬礼し、急いで通信室へと戻った。

レイナはタブレットを手に持ち、その場に立ち尽くしていた。頭の中では、無数の可能性が浮かんでは消えていく。ケプラー186fに何が待ち受けているのか。それが人類にとって友好的なものなのか、それとも…

2

一方、エリオット・グレイは自室でシンギュラリティ・ポイントに関するデータの検証を続けていた。解析を進めるうちに、彼はこのポイントが単なる物理的な地点ではなく、もっと複雑で不可解な存在であることに気づき始めていた。それは、時空を超えた異次元の入り口であり、全宇宙の始まりと終わりを結びつける鍵かもしれない。

「これが真実なら、私たちが発見しようとしているのは、宇宙そのものの本質か…」エリオットは自分に言い聞かせるように呟いた。彼の頭の中では、理論と現実が交錯し、理解を超えた何かが姿を現し始めていた。

彼は計算を続けるうちに、シンギュラリティ・ポイントが単なる理論上の存在ではなく、ケプラー186fと直接関連している可能性に思い至った。この惑星そのものが、その異次元のゲートウェイとなっているのかもしれない。

「もしこれが本当なら…」エリオットは震える手でデータをスクロールし、予想されるシナリオを頭の中で組み立てていった。人類がその未知の領域に足を踏み入れたとき、待ち受けるものは何か?それが、未曾有の発見なのか、あるいは破滅の始まりなのか…

彼はすぐにレイナと相談しなければならないと感じた。事態は想像以上に深刻で、全クルーにその重要性を理解させる必要がある。エリオットは急いで部屋を出て、レイナの元へ向かった。

3

レイナのオフィスで、クルーの主要メンバーが集まった。レイナ、エリオット、ハンナ、そして医療担当のドクター・マイケル・スコットがテーブルを囲み、事態の重大さを共有していた。

「エリオット、このシンギュラリティ・ポイントとケプラー186fの関係性について、詳しく説明してくれ。」レイナはテーブルの上にプロジェクションマップを表示させ、視線をエリオットに向けた。

エリオットは頷き、持っていたデータをプロジェクターにリンクさせた。ホログラムが宇宙の構造を描き出し、シンギュラリティ・ポイントの位置とケプラー186fの軌道が重なる図が浮かび上がった。

「これが私の仮説です。シンギュラリティ・ポイントは、通常の物理法則が崩壊し、時空が無限に圧縮される地点だと考えられてきました。しかし、最新のデータを基にすると、このポイントがケプラー186fの近傍に存在している可能性が高い。そして、それは単なる理論上の存在ではなく、実際に作用している力場かもしれません。」エリオットは指でホログラムの一点を示した。

「つまり、この惑星がその力場に直接影響を受けているということか?」レイナが問いかけた。

「そうです。さらに、ハンナが受信した信号が示すように、ケプラー186fには何らかの知的生命体、あるいは未知の存在が関与している可能性があります。その存在がシンギュラリティ・ポイントと関連しているのかもしれません。」エリオットの説明は、全員の緊張感を一層高めた。

「このポイントに接近することで、何が起こるか予測できるか?」ドクター・スコットが質問した。

「理論上は、時間や空間が歪曲される可能性があります。我々の認識する現実そのものが変容するかもしれない。最悪の場合、我々の存在が消滅することもあり得る…」エリオットは冷ややかな声で言った。

室内は静まり返り、全員がその言葉の重みを感じ取っていた。

「我々は既に後戻りできない地点にいる。どのようなリスクがあろうとも、進むしかない。」レイナは全員の顔を見渡し、彼女自身の決意を確認するかのように言葉を続けた。「ケプラー186fに着陸し、そこで待ち受けるものに対処する準備を整えよう。」

全員が頷き、部屋を後にした。彼らの心には不安が渦巻いていたが、それと同時に、この未知の冒険がもたらすであろう驚異的な発見への期待も高まっていた。

4

アトラス1号は、次第にケプラー186fへと接近していった。その惑星は、星々の海に浮かぶ青緑の光球として、彼らの前にその姿を現し始めていた。惑星の大気が輝きを放ち、まるで迎え入れるかのように彼らを誘っているように見えた。

船内のすべてが準備態勢に入り、クルーはこれからの着陸に向けて最終的なチェックを行っていた。エリオットは着陸地点を慎重に選定し、レイナと共に着陸計画を練り上げていた。

「着陸予定地点に異常は見られないが、表面の状態は未知数だ。慎重に進める必要がある。」エリオットはレイナに言った。

「了解。私たちは準備万端だ。」レイナは微笑んで彼を見つめた。「これからが本当の冒険の始まりね。」

アトラス1号は、ゆっくりとケプラー186fの軌道に乗り、その後、慎重に着陸を開始した。船内のすべての機器が静かに作動し、クルーたちは自分たちの息づかいが聞こえるほどの静寂の中で、その瞬間を待ちわびていた。

そしてついに、アトラス1号はケプラー186fの表面に着陸した。船体がわずかに揺れ、重力の感覚が彼らを包み込んだ。

「着陸成功。」レイナは静かに言い、クルー全員に伝えた。「これより惑星の調査を開始する。」

彼らはまだ何も知らなかった。この惑星が、そしてシンギュラリティ・ポイントが、彼らに何をもたらすのか。未知の世界への扉が、今まさに開かれようとしていた。
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