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文化祭殺人事件編

私は壁になりたかった

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「ずっと俺のことを見ていただろ? その視線に気付いてから、俺も君を意識するようになったんだ……」

 照れ臭そうに微笑まれて、私は血の気が引いた。
 見ていることに気付かれないよう注意を払っていたのに、そんなにあからさまだったのかと。
 一対一で話すのはこれが初めてではないが、相変わらずこの胸は彼を前にしてもときめくことはない。

「あの、そんなつもりじゃなかったんです」
「いや、あんなに熱い視線向けておいてそれはないだろ」
「本当に違うんです……ごめんなさい」

 彼の困惑はもっともだ。私ですら、自分が分からない。
 確かに彼を見ていたが、私が見たかったのは彼と次兄が一緒にいる姿だ。彼一人を見ていたわけではない。



 私には兄が2人いる。

 長兄は逞しくて実直。
 熊のような外見だが、私は彼の飾らない笑顔が大好きだ。
 幼い頃は父親ではなく、長兄と結婚すると息巻いていたらしい。
 成長して働くようになった今でも、妹の贔屓目なしに素敵な男性だと思っている。
 あまり女性にモテないようだが、見た目だけで判断するなど彼女達は見る目がないのだ。
 流石にもう兄と結婚したいとは言わないが、もし結婚するなら相手は兄のような人が良い。

 次兄は顔の良いクズ。
 私を含め3人の中で、幼い頃から抜きん出て容姿が良かった。そこそこ要領が良かったこともあり、早くに自分の見た目を上手く使えば大抵のことは何とかなると学んだ次兄はそれはまあ軽薄な男に成長した。
 もういい年をした大人なのに、口先ばかりで責任からは逃げ回ってばかり。
 家族だから仕方なく接しているけれど、私は次兄が視界に入るだけでイライラする。

 最近私はどうかしている。
 大嫌いな次兄を目で追うようになり、彼とその友人の様子が気になって仕方がない。
 相変わらず次兄のことは嫌いだ。彼一人だと同じ空間にいるだけで不快な気持ちになる。
 なのに、そこに友人の彼が加わると一転してドキドキするのだ。

 普通の会話をしているだけなのに、見てはいけないものを見ている気になってくる。
 生まれて初めて恋愛小説を読んだ時のような、キラキラとしたときめきが胸の奥から湧き上がってきて、熱に浮かされたように何も考えられなくなる。

 最初は彼に恋したのかと思ったが、一対一で話しても何とも感じなかった。
 次に彼らに憧れているとか、自分も仲間に加わりたい願望があるのかと思ったがそれも違う。
 私の願望は、自分の存在を認知されることない状態で彼らを見ていたい。
 他人のことをジロジロ見るなんて不躾なのは百も承知。だから気付かれないようコソコソとチラ見するに留めているが、それでもどうしても止められない。



 どうも私は、男性が複数人親しくしている姿にときめくようだ。
 しかも無意識に相手を選り好みしている。

 長兄とその友達には何も感じないのに、次兄と友人である彼にはドキドキする。次兄と長兄の組み合わせでは何とも思わない。彼と長兄も同じく何とも思わない。
 行きつけの店の男性スタッフ同士が話しているのを見ても何とも思わない。
 基準が不明だが、何かピタリと来る組み合わせがある時だけ、抗いようのない強制力のように私は夢中になってしまう。
 自分でも何を言っているのかわからないが、そうなのだ。
 私は頭がおかしくなったのかもしれない。
 もし友人にこんな話をされたら、私は彼女の正気を疑う。
 だから誰にも相談できない。

 最近、次兄と彼以外に新しい組み合わせに出会ってしまった。
 ラインハルト・フリートとセシル・マクガーデンだ。

 次兄達以上に整った容姿の2人なので、普通の女性であればどちらかに懸想するのだろう。
 普通じゃない私は絶対に彼らの間に割って入りたくない。
 むしろ女性が介入して彼らの関係にヒビを入れるなど到底許せないという謎の信念がある。

 一番の願望は「ずっと見ていたい」だが、ラインハルトに振り向いてもらおうと一所懸命なセシルを見ていると力になりたいと思う。
 自分にできることなら協力は惜しまない。
 セシルは友達でもなんでもないし、本来私はこのような手助けをする資格はないが最早理屈ではないのだ。

 私は狂ってしまったのかもしれないが、社会生活は問題なく送れている。
 家族も友人も同僚も、変わってしまった私に気付く事なく普通に接している。
 先日勘違いさせた彼と少し揉めてしまったが、あれくらいのトラブルなら珍しくない。
 だから大丈夫だと勘違いしてしまった。

 セシルとラインハルトの橋渡しのような行動をすると、私は充実感で満たされた。
 橋渡しと言っても積極的に関与するものではない。
 あくまでさりげなく、追求されても言い逃れできる範囲でお膳立てするだけだ。
 きっとセシルは、私のした事に気付いていない所か、私の事を覚えてもいないだろう。それで良いのだ。

 頭の片隅で「止めておけ」「引き返せ」と囁く声がするが、私は別に誰かを傷つけたり罪を犯しているわけではないのだ。
 都合の悪いことからは目を背け、私は自分の好奇心を優先した。

 本当はわかっていたのだ。
 私の行動はラインハルトを苦しめている事を。
 私のした事は解雇されてもおかしくない失態だという事を。
 軽い気持ちで行った事が、こんな結果になるなんて思わなかった。

 私が引き起こした事件について、大々的に犯人探しが始まってしまった。
 もしバレたら家族にも累が及ぶかもしれない。
 そんなつもりじゃなかったと言い訳しても、誰も耳を貸してはくれまい。
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