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ねがいごと
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「カオちゃん、さいしょのえかいて」
「うん。シィちゃんはおうちかいて」
絵を描いているふたりは保育園に通うふたごの姉妹。12月の休みの日の午後、あのイベントの準備中である。
「なに描いているの?」
パパがリビングにやってくる。赤系の暖色のカバーのかかったソファの前、煉瓦《れんが》色のラグの上に座り込み、テーブルに身を乗り出しているふたりに話しかける。
「パパのおはなし~」
パパは趣味で小説を書いている。
以前は現代ドラマなどを書いていたが、ふたりが生まれてからは童話も書くようになった。ママがずっと読み聞かせをしている。
「キャロルのおはなし~」
ママもマグカップを4つのせたトレイを持ってきて、コーヒーテーブルにつく。コーヒーがふたつとホットココアがふたつ。
うさぎのキャロルがクリスマスの準備をする話だ。
森へ行って薪を集める。
松ぼっくりも拾う。
りんごはおじいちゃんの家のりんごの木から2こもらう。
はちみつはクマのリロイおじさんに分けてもらう。
帰り道に紅い実も拾う。これはママへのプレゼント。
「パパここみどりでぬって」
「ママ、リボンのえかいて」
ふたりの依頼に目を細めながら、あるいは微笑みながらパパとママはお絵かきを手伝う。早めに引き上げる冬の太陽が西の窓から別れを告げる。
「サンタさんにもみせてあげるの」
もうすぐクリスマスがやってくる。
「サンタさんが喜ぶね」
サンタクロースもやってくる。はずだ。いい子だったらね。
「サンタさんには何をお願いするの?」
1年で一番ドキドキする日。
「おにんぎょうのいえ!」
「チョコつくるきかい!」
「わたしたちふたつもらえていいよね!」
ね―っとふたりは顔を見合わせて首を傾ける。肩あたりまで伸ばした髪がふんわりと揺れる。あめ玉のようなゴムでサイドを束ねているのがカオ。赤いリボンのカチューシャをしているのがシィ。
「それからクッキーも」
「あ、ケーキもほしい」
「それからほいくえんのきゅうしょくでピーマンがでませんように」
「ドッチボールであたりませんように」
「きれいなどろだんごができますように」
「ケンタとなかなおりができますように」
ふたりのおねがいごとは止まらない。
「ずいぶんあるね。サンタさんそんなに大丈夫かな?」
パパがサンタの心配をする。依頼の色塗りは終わったらしい。ソファに座ってコーヒを飲もうとする。
「じゃあね、あっ!」
カオの顔が一段と輝く。
「ぜんぶのおねがいごとがかないますように」
ワーッと拍手をするシィ。パパは眉を上げる。
「考えたね」
家族で笑い合う。ほこほこと立ち上るホットココアの湯気。熱いから気をつけてね、とママ。
「あと!」
シィがまた何かを思いつく。飲もうとしていたマグを置く。
「まだあるの? 追加?」
すごいのね、とママが驚く。マグカップを口元に持っていきながらふたりに尋ねる。
「クリスマスにゆきがふりますように」
シィがそう言うと、カオが勢いよくシィの方を振り向き、また願い事を続ける。
「サンタさんにあえますように」
あっ! とシィがカオのその要望に上乗せをする。カオを指さしてこう言う。
「サンタさんのそりにのりたい!」
うわぁ、いいねぇ! とふたりは手をとりあって喜び合う。すでに願い事が叶ったような喜びようだ。
「追加までサンタさん受け付けてくれるかなぁ」
パパは少し首をひねって考えている。目元は優しい眼差しだ。カオとシィは手を取り合ったままパパとママの方を向く。
「そうねぇ。どうかしらねぇ」
ママも心配しながらも笑っている。カオとシィのふたりは顔を見合わせて急いで窓辺に駆け寄る。
「「サンタさ――ん、おねがいしま~す」」
ふたりは窓の外に向かって願い事を言う。
窓際のふたりの背丈よりも高いクリスマスツリーのライトが楽し気に灯っている。今年はふたりだけでツリーの飾りつけをした。
「さあ、じゃあせっかくだから」
パパが何かを思いついたらしく、娘達に話しかける。
「カオもシィも来年は1年生になるんだから、そのお願いごとを手紙に書いてみようか?」
「サンタさんへのおてがみね」
それはいいわね、とママも賛成する。
「かく! かく~!!」
ふたりが窓辺から戻ってくる。
「ママせんせい、おしえて!」
ママは小学校の教師だ。はい、いいですよとママが返事をする。
「パパもみてて!」
オッケー、とコーヒーを飲みながらパパがにっこりと微笑む。
「カオちゃんの”の”のじ、はんたいだよ」
「シィちゃん、”ぷれぜんと くさい”になってる!」
はしゃいでいる二人を見守るパパとママ。来年は小学生か、とパパはしばらく感慨にふける。こんなに小さかったのにね、とママが赤ちゃんを抱っこする仕草をする。
「パパはお話を書く人になりたかったんだ」
パパがそんな話をふたりにし始める。小説家を目指していた。大学生の頃。
「パパのおはなしすき~」
「シィもだいすき!」
パパの目尻にしわがよる。
「ありがとう」
「いちばん最初にパパのお話を好きって言ってくれたのがママだったんだ」
シィもカオも手紙を書く手をいったん止める。
「キャロルのお話も素敵だけど、パパは大人の人の読むお話も上手なのよ」
へぇとふたりがパパの顔を見る。
「ママもね、上手なんだよ。詩を書くのが上手いんだよ」
ふたりは首をかしげる。
「し?」
”し”って何だろう? 聞いたことないな。
「人の気持ちや綺麗な景色を言葉でお絵かきするんだよ」
パパが詩の説明をする。”ことばのおえかき”という表現にふたりが盛り上がる。
「パパとママは物語や詩を書いたり読んだりするのが好きな人が集まるところで出会ったんだよ」
「大学の倶楽部ね」
「ふぅん」
「だからカオとシィの名前に物語の意味を込めたのよ」
「ものがたり?」
パパが紙にふたりの名前を漢字で書く。もちろんふりがなもつける。
「カオの歌織は歌う歌もあるけど、言葉にも和歌っていうのがあるんだよ」
「シィの詩織はさっき話した詩。歌う歌も詩だからね」
ママも一緒に説明をする。
「ふたりの名前についている”織”の漢字には物語という意味をこめたの」
「かんじ?」
「まだ難しいわね」
紙に書いてあるふたりの漢字の名前を指しながら、にっこりとママが微笑む。
「素敵な物語のように楽しく生きてほしいってねがったんだよ」
パパとママが名前に込めた願い事なんだよ、とパパは歌織と詩織にそう話す。
「ねがいごと……」
「パパとママからの最初のプレゼントだね」
パパの口角があげてそう言う。
「え?」
ふたりにはまだよくわからない。プレゼント?
「歌織と詩織の名前」
「うわぁ!」
ふたりの顔から笑顔がこぼれる。
「そして歌織と詩織が産まれてきてくれたのが、パパとママへのプレゼントね」
今度はママがふたりに話しかける。
「シィたちがプレゼントなの?」
ふたりがまた目を丸くする。
「そうだね」
パパもママの話に同調する。
「「プレゼント~!!」」
ふたりが声を揃えてはしゃぎまわる。
「これでいい? ママ」
書きあがったサンタさんへの手紙をふたりがママに見せる。
「そうね。上手に書けました」
間違えて×で消してあるところもあるが微笑ましい手紙。
「サンタさん、よんでくれるかな?」
初めて書いた手紙。願い事が大量なのでかなりの長文だ。心配なようすのふたり。
「大丈夫だよ。きっと大切にしてくれるよ」
パパがそこは自信を持って答える。
「そうかな」
そうだったらいいな、とシィとカオは願う。
「こんな素敵な手紙サンタさん喜ぶよ。絶対に」
いつの間にか窓ガラスが自分たちの姿を映す鏡のようになっている。外はママの名前のような色の空だ。
「あとは……サンタさんが来てくれるように?」
ママがカーテンを閉めながらふたりの方を振り返る。
「「いいこでいる~!!」」
その日シィとカオは争うようにパパやママの手伝いをした。風呂洗いもした。夕食の皿洗いもふたりでやると言って聞かなかった。
「寝た?」
リビングにいる幸汰が藍に話しかける。
「うん。もうキャロルのお話は読み聞かせじゃないよね」
子供部屋から戻って来て、ハーブティーを淹れた藍がマグカップを幸汰に差し出す。
「覚えちゃってる?」
ありがとう、とマグカップを幸汰は受け取る。
「ふたりで暗唱してくれるから、私の出番がないのよね」
もうひとつのマグカップを持って藍は幸汰の隣に座る。
「嬉しいね。そこまで好きになってもらって」
パソコンに向かっている幸汰。ミュージックアプリでクリスマスソングを流している。ジョン・レノンの' Happy Christmas 'だ。
「あれ、あたらしいおはなし?」
藍がパソコンの画面をのぞきこむ。
「うん。さっきの話でインスピレーションがね」
幸汰は画面を見ながらカタカタとキーボードを打ち込む。
「さっき?」
「プレゼント」
「プレゼント?」
「名前のこととか、子どものこととか、プレゼントってモノだけじゃないなって」
プレゼント、名前、子どもなどキーワードをいろいろと打ち込んでいる。ジョン・レノンの歌声に子供達のコーラスが合わさる。
「うわ。いいおはなしになりそうね」
ちらっとだけ視線を藍にむけた幸汰の口角が片方だけ上がる。
「僕には熱烈なファンが3人いるからね」
ふふ、と微笑みながら藍がハーブティーを口にする。
「ね、今度はパパも登場させてね」
藍が幸汰のパソコンを眺めながら話しかける。
「え?」
幸汰が振り向いた。藍はまだ幸汰の画面を追っている。
「いつもママは登場するけれど、パパは登場しないでしょう?」
にっこりと微笑みながら藍も幸汰の方を向いた。
「意識はしてないけど、僕が書いているから自然とそうなるのかな」
少し首をかしげながら、幸汰はまたパソコンに向かう。
「幸ちゃんも出て」
藍が幸汰に寄り添いながら、また幸汰の画面を見つめる。
「考えておくよ」
フフッと幸汰が照れ笑いをした。
「ありがとう。いつも私を書いてくれて」
パパの登場? と幸汰がパソコンに打ち込む。
「いえいえ。まあ出てくるのが自然だし」
藍の表情がほころぶ。
「じゃあそのママの隣にパパも自然に書いて?」
藍が幸汰の肩に頭をもたせかけた。幸汰はフーッと息を吐きながら微笑んだ。
「あっ!」
藍が何かを思い出してリビングから出て行った。しばらくして戻ってきた藍の手には1枚の紙。
「これ、覚えてる?」
折りじわがついたA4用紙。少し古い紙である。
「うわー、懐かしいな。どうしたの、コレ。とってあったの?」
「これが幸ちゃんからの最初のプレゼント」
「そうなるのか、プレゼントねぇ」
幸汰が首をかしげながら目を細めた。
それは大学のサークル勧誘のビラだった。
――新入部員募集――
君も小説家を目指そう!
物語は君が作る!
小説家倶楽部は君を待っている!
「よくとってあったね」
新入生の藍にひとつ上の学年の幸汰が渡した新入部員勧誘のビラだった。
◇
「同人誌のサークルです。よかったらどうですか?」
「同人誌?」
無意識にビラを受け取った藍が幸汰の顔を見る。
「小説とか書いたりしてるんです。興味ないですか?」
こちらも無意識にビラを渡した幸汰が藍の顔をみる。
「小説……」
藍はその受け取ったビラを眺める。4月の大学構内は新入生歓迎のイベントや勧誘で独特の、それでも爽やかな喧騒感に包まれている。
「おい! カンタ! そこで可愛い女の子口説いてんのか?」
先輩とおぼしき3人の学生がふたりを取り囲む。
視線を落としていた藍が顔をあげる。彼らは両側から幸汰の肩をかかえこむ。
「ちっ! 違いますよ。何言ってんですか。先輩」
幸汰は居心地が悪そうに彼らから離れようとするが、なかなか3人からの拘束はとけない。
「さんたさんって言うんですか?」
藍のひとことに一瞬、皆の動きが静止したあと、大爆笑が巻き起こった。
「サンタさんかぁ! 可愛いな。オマエ」
先輩らは今度は両側から幸汰をゆすったり、つついたりし始める。
「ちょっとやめてくださいってば」
その呼び方もくっつくのもやめてくださいと幸汰が懇願する。
「あの、ごめんなさい。お名前がさんたさんって言うのかと」
自分の言ったことで迷惑をかけてしまったのかと藍が弁明する。
「この子、おもしろいね」
「うちの倶楽部に入らない?」
「こいつはね、菅野。菅野幸汰だから略してカンタ」
「サンタに聞こえちゃったんだ。かわいいねぇ」
彼らは口々に藍に話しかける。
「オマエの呼び名可愛いかったのな」
気に入ったらしく、まだ後輩をからかう。
「もうやめてくださいよ~」
そんなやりとりがふたりの出会いだった。
◇
「懐かしいねぇ」
「うん」
結局在学中幸汰はその呼び名でからかわれる羽目になった。
その呼び名の生みの親の藍だけは”幸汰さん”と彼を呼んだ。
藍は飲み終えたふたつのマグカップを片付ける。
「ところでさんたさん」
対面式のキッチンから幸汰の背中に声をかける。
「はい」
幸汰も片づけを始める。
「シィとカオの願い事はどこまで叶いますか?」
幸汰はノートパソコンのふたを閉じる。
「サンタクロースの奥さんと相談しますか」
藍を振り返ってそうもちかける。
「そうしますか」
藍も笑顔だ。幸汰もフッと笑みを漏らす。
「さんたの奥さんの願い事も聞かないとね」
幸汰がクリスマスツリーのライトを消す。壁と同系色のオフホワイトのカーテンの向こうの窓の戸締りも確認する。
「さんたさんのお願い事は?」
また藍が幸汰の背中に話しかける。
「藍。ちょっと」
窓辺にいる幸汰が手招きをして藍を呼ぶ。
「なに?」
首をかしげて近づいてきた藍を幸汰がカーテンの中に引き入れる。
藍色の夜空から舞い降りてくる白い花。
次々と降ってくるその小さな花たちが庭先を覆い始める。
「僕の願い事は変わらないよ。あのクリスマスから」
見えない遠くを眺めているような幸汰が視線を藍に戻して肩を抱く。
藍の目尻が下がる。頬に緩やかに灯りがともる。
◇
ある年のクリスマスイブ、仕事を終えた幸汰は卒論の仕上げに追われている藍を大学まで迎えに行った。
「すぐじゃなくていいんだけど」
いつもは駅近くのカフェで待ち合わせる。
「お願いがあるんだけど」
今日だけは大学の図書館前で待っていてと幸汰が指定した。
「お願い? 何の?」
陽の落ちたクリスマスイブの大学の図書館前。通りかかる学生もいない。
「さんたの奥さんになって欲しい」
「ずっと、藍と幸せなクリスマスを過ごしたいんだ」
そう言って幸汰はコートのポケットに入れてきた小箱を藍に差し出した。
その場所は数年前に最初のビラを渡したところだった。
◇
「うん。変わらないね」
今年も、来年も、いつまでも。藍の願いも変わらない。
見慣れた普段の景色に柔らかい綿がかぶせられてゆく。
音もなく、降り積もる雪が少しだけ藍色の夜を淡くする。
「サンタクロースのフライングだな」
幸汰は照れ隠しのようにそう言いながらカーテンをもう一度閉める。
「明日なんて説明する? これは誰からのプレゼント?」
藍が両手で幸汰の腕をとる。そうだよな、と幸汰も微笑む。
「あのね、プレゼントはモノじゃないんだけど」
藍が少し気まずそうに話を切り出す。
「ん?」
幸汰が藍を見ると口元に笑みを含んでいる。
「新しいドライヤー欲しいなぁって」
ふたりで同時に吹き出すように笑う。顔を見合わせる。
「今日は相談ごとが盛りだくさんだな」
ふたりはくすくすと笑いながらリビングダイニングの明かりを消してドアを閉めた。
ふたごの姉妹の願い事がどこまで叶うのかは……、サンタクロースの実力次第。奥さんとの相談も重要かな。
大前提は、もちろん、
いい子だったらね。
大切な人の笑顔が見られますように
幸せなクリスマスを迎えられますように
みんなの願い事が叶いますように
Merry Christmas & A Happy New Year!!
「うん。シィちゃんはおうちかいて」
絵を描いているふたりは保育園に通うふたごの姉妹。12月の休みの日の午後、あのイベントの準備中である。
「なに描いているの?」
パパがリビングにやってくる。赤系の暖色のカバーのかかったソファの前、煉瓦《れんが》色のラグの上に座り込み、テーブルに身を乗り出しているふたりに話しかける。
「パパのおはなし~」
パパは趣味で小説を書いている。
以前は現代ドラマなどを書いていたが、ふたりが生まれてからは童話も書くようになった。ママがずっと読み聞かせをしている。
「キャロルのおはなし~」
ママもマグカップを4つのせたトレイを持ってきて、コーヒーテーブルにつく。コーヒーがふたつとホットココアがふたつ。
うさぎのキャロルがクリスマスの準備をする話だ。
森へ行って薪を集める。
松ぼっくりも拾う。
りんごはおじいちゃんの家のりんごの木から2こもらう。
はちみつはクマのリロイおじさんに分けてもらう。
帰り道に紅い実も拾う。これはママへのプレゼント。
「パパここみどりでぬって」
「ママ、リボンのえかいて」
ふたりの依頼に目を細めながら、あるいは微笑みながらパパとママはお絵かきを手伝う。早めに引き上げる冬の太陽が西の窓から別れを告げる。
「サンタさんにもみせてあげるの」
もうすぐクリスマスがやってくる。
「サンタさんが喜ぶね」
サンタクロースもやってくる。はずだ。いい子だったらね。
「サンタさんには何をお願いするの?」
1年で一番ドキドキする日。
「おにんぎょうのいえ!」
「チョコつくるきかい!」
「わたしたちふたつもらえていいよね!」
ね―っとふたりは顔を見合わせて首を傾ける。肩あたりまで伸ばした髪がふんわりと揺れる。あめ玉のようなゴムでサイドを束ねているのがカオ。赤いリボンのカチューシャをしているのがシィ。
「それからクッキーも」
「あ、ケーキもほしい」
「それからほいくえんのきゅうしょくでピーマンがでませんように」
「ドッチボールであたりませんように」
「きれいなどろだんごができますように」
「ケンタとなかなおりができますように」
ふたりのおねがいごとは止まらない。
「ずいぶんあるね。サンタさんそんなに大丈夫かな?」
パパがサンタの心配をする。依頼の色塗りは終わったらしい。ソファに座ってコーヒを飲もうとする。
「じゃあね、あっ!」
カオの顔が一段と輝く。
「ぜんぶのおねがいごとがかないますように」
ワーッと拍手をするシィ。パパは眉を上げる。
「考えたね」
家族で笑い合う。ほこほこと立ち上るホットココアの湯気。熱いから気をつけてね、とママ。
「あと!」
シィがまた何かを思いつく。飲もうとしていたマグを置く。
「まだあるの? 追加?」
すごいのね、とママが驚く。マグカップを口元に持っていきながらふたりに尋ねる。
「クリスマスにゆきがふりますように」
シィがそう言うと、カオが勢いよくシィの方を振り向き、また願い事を続ける。
「サンタさんにあえますように」
あっ! とシィがカオのその要望に上乗せをする。カオを指さしてこう言う。
「サンタさんのそりにのりたい!」
うわぁ、いいねぇ! とふたりは手をとりあって喜び合う。すでに願い事が叶ったような喜びようだ。
「追加までサンタさん受け付けてくれるかなぁ」
パパは少し首をひねって考えている。目元は優しい眼差しだ。カオとシィは手を取り合ったままパパとママの方を向く。
「そうねぇ。どうかしらねぇ」
ママも心配しながらも笑っている。カオとシィのふたりは顔を見合わせて急いで窓辺に駆け寄る。
「「サンタさ――ん、おねがいしま~す」」
ふたりは窓の外に向かって願い事を言う。
窓際のふたりの背丈よりも高いクリスマスツリーのライトが楽し気に灯っている。今年はふたりだけでツリーの飾りつけをした。
「さあ、じゃあせっかくだから」
パパが何かを思いついたらしく、娘達に話しかける。
「カオもシィも来年は1年生になるんだから、そのお願いごとを手紙に書いてみようか?」
「サンタさんへのおてがみね」
それはいいわね、とママも賛成する。
「かく! かく~!!」
ふたりが窓辺から戻ってくる。
「ママせんせい、おしえて!」
ママは小学校の教師だ。はい、いいですよとママが返事をする。
「パパもみてて!」
オッケー、とコーヒーを飲みながらパパがにっこりと微笑む。
「カオちゃんの”の”のじ、はんたいだよ」
「シィちゃん、”ぷれぜんと くさい”になってる!」
はしゃいでいる二人を見守るパパとママ。来年は小学生か、とパパはしばらく感慨にふける。こんなに小さかったのにね、とママが赤ちゃんを抱っこする仕草をする。
「パパはお話を書く人になりたかったんだ」
パパがそんな話をふたりにし始める。小説家を目指していた。大学生の頃。
「パパのおはなしすき~」
「シィもだいすき!」
パパの目尻にしわがよる。
「ありがとう」
「いちばん最初にパパのお話を好きって言ってくれたのがママだったんだ」
シィもカオも手紙を書く手をいったん止める。
「キャロルのお話も素敵だけど、パパは大人の人の読むお話も上手なのよ」
へぇとふたりがパパの顔を見る。
「ママもね、上手なんだよ。詩を書くのが上手いんだよ」
ふたりは首をかしげる。
「し?」
”し”って何だろう? 聞いたことないな。
「人の気持ちや綺麗な景色を言葉でお絵かきするんだよ」
パパが詩の説明をする。”ことばのおえかき”という表現にふたりが盛り上がる。
「パパとママは物語や詩を書いたり読んだりするのが好きな人が集まるところで出会ったんだよ」
「大学の倶楽部ね」
「ふぅん」
「だからカオとシィの名前に物語の意味を込めたのよ」
「ものがたり?」
パパが紙にふたりの名前を漢字で書く。もちろんふりがなもつける。
「カオの歌織は歌う歌もあるけど、言葉にも和歌っていうのがあるんだよ」
「シィの詩織はさっき話した詩。歌う歌も詩だからね」
ママも一緒に説明をする。
「ふたりの名前についている”織”の漢字には物語という意味をこめたの」
「かんじ?」
「まだ難しいわね」
紙に書いてあるふたりの漢字の名前を指しながら、にっこりとママが微笑む。
「素敵な物語のように楽しく生きてほしいってねがったんだよ」
パパとママが名前に込めた願い事なんだよ、とパパは歌織と詩織にそう話す。
「ねがいごと……」
「パパとママからの最初のプレゼントだね」
パパの口角があげてそう言う。
「え?」
ふたりにはまだよくわからない。プレゼント?
「歌織と詩織の名前」
「うわぁ!」
ふたりの顔から笑顔がこぼれる。
「そして歌織と詩織が産まれてきてくれたのが、パパとママへのプレゼントね」
今度はママがふたりに話しかける。
「シィたちがプレゼントなの?」
ふたりがまた目を丸くする。
「そうだね」
パパもママの話に同調する。
「「プレゼント~!!」」
ふたりが声を揃えてはしゃぎまわる。
「これでいい? ママ」
書きあがったサンタさんへの手紙をふたりがママに見せる。
「そうね。上手に書けました」
間違えて×で消してあるところもあるが微笑ましい手紙。
「サンタさん、よんでくれるかな?」
初めて書いた手紙。願い事が大量なのでかなりの長文だ。心配なようすのふたり。
「大丈夫だよ。きっと大切にしてくれるよ」
パパがそこは自信を持って答える。
「そうかな」
そうだったらいいな、とシィとカオは願う。
「こんな素敵な手紙サンタさん喜ぶよ。絶対に」
いつの間にか窓ガラスが自分たちの姿を映す鏡のようになっている。外はママの名前のような色の空だ。
「あとは……サンタさんが来てくれるように?」
ママがカーテンを閉めながらふたりの方を振り返る。
「「いいこでいる~!!」」
その日シィとカオは争うようにパパやママの手伝いをした。風呂洗いもした。夕食の皿洗いもふたりでやると言って聞かなかった。
「寝た?」
リビングにいる幸汰が藍に話しかける。
「うん。もうキャロルのお話は読み聞かせじゃないよね」
子供部屋から戻って来て、ハーブティーを淹れた藍がマグカップを幸汰に差し出す。
「覚えちゃってる?」
ありがとう、とマグカップを幸汰は受け取る。
「ふたりで暗唱してくれるから、私の出番がないのよね」
もうひとつのマグカップを持って藍は幸汰の隣に座る。
「嬉しいね。そこまで好きになってもらって」
パソコンに向かっている幸汰。ミュージックアプリでクリスマスソングを流している。ジョン・レノンの' Happy Christmas 'だ。
「あれ、あたらしいおはなし?」
藍がパソコンの画面をのぞきこむ。
「うん。さっきの話でインスピレーションがね」
幸汰は画面を見ながらカタカタとキーボードを打ち込む。
「さっき?」
「プレゼント」
「プレゼント?」
「名前のこととか、子どものこととか、プレゼントってモノだけじゃないなって」
プレゼント、名前、子どもなどキーワードをいろいろと打ち込んでいる。ジョン・レノンの歌声に子供達のコーラスが合わさる。
「うわ。いいおはなしになりそうね」
ちらっとだけ視線を藍にむけた幸汰の口角が片方だけ上がる。
「僕には熱烈なファンが3人いるからね」
ふふ、と微笑みながら藍がハーブティーを口にする。
「ね、今度はパパも登場させてね」
藍が幸汰のパソコンを眺めながら話しかける。
「え?」
幸汰が振り向いた。藍はまだ幸汰の画面を追っている。
「いつもママは登場するけれど、パパは登場しないでしょう?」
にっこりと微笑みながら藍も幸汰の方を向いた。
「意識はしてないけど、僕が書いているから自然とそうなるのかな」
少し首をかしげながら、幸汰はまたパソコンに向かう。
「幸ちゃんも出て」
藍が幸汰に寄り添いながら、また幸汰の画面を見つめる。
「考えておくよ」
フフッと幸汰が照れ笑いをした。
「ありがとう。いつも私を書いてくれて」
パパの登場? と幸汰がパソコンに打ち込む。
「いえいえ。まあ出てくるのが自然だし」
藍の表情がほころぶ。
「じゃあそのママの隣にパパも自然に書いて?」
藍が幸汰の肩に頭をもたせかけた。幸汰はフーッと息を吐きながら微笑んだ。
「あっ!」
藍が何かを思い出してリビングから出て行った。しばらくして戻ってきた藍の手には1枚の紙。
「これ、覚えてる?」
折りじわがついたA4用紙。少し古い紙である。
「うわー、懐かしいな。どうしたの、コレ。とってあったの?」
「これが幸ちゃんからの最初のプレゼント」
「そうなるのか、プレゼントねぇ」
幸汰が首をかしげながら目を細めた。
それは大学のサークル勧誘のビラだった。
――新入部員募集――
君も小説家を目指そう!
物語は君が作る!
小説家倶楽部は君を待っている!
「よくとってあったね」
新入生の藍にひとつ上の学年の幸汰が渡した新入部員勧誘のビラだった。
◇
「同人誌のサークルです。よかったらどうですか?」
「同人誌?」
無意識にビラを受け取った藍が幸汰の顔を見る。
「小説とか書いたりしてるんです。興味ないですか?」
こちらも無意識にビラを渡した幸汰が藍の顔をみる。
「小説……」
藍はその受け取ったビラを眺める。4月の大学構内は新入生歓迎のイベントや勧誘で独特の、それでも爽やかな喧騒感に包まれている。
「おい! カンタ! そこで可愛い女の子口説いてんのか?」
先輩とおぼしき3人の学生がふたりを取り囲む。
視線を落としていた藍が顔をあげる。彼らは両側から幸汰の肩をかかえこむ。
「ちっ! 違いますよ。何言ってんですか。先輩」
幸汰は居心地が悪そうに彼らから離れようとするが、なかなか3人からの拘束はとけない。
「さんたさんって言うんですか?」
藍のひとことに一瞬、皆の動きが静止したあと、大爆笑が巻き起こった。
「サンタさんかぁ! 可愛いな。オマエ」
先輩らは今度は両側から幸汰をゆすったり、つついたりし始める。
「ちょっとやめてくださいってば」
その呼び方もくっつくのもやめてくださいと幸汰が懇願する。
「あの、ごめんなさい。お名前がさんたさんって言うのかと」
自分の言ったことで迷惑をかけてしまったのかと藍が弁明する。
「この子、おもしろいね」
「うちの倶楽部に入らない?」
「こいつはね、菅野。菅野幸汰だから略してカンタ」
「サンタに聞こえちゃったんだ。かわいいねぇ」
彼らは口々に藍に話しかける。
「オマエの呼び名可愛いかったのな」
気に入ったらしく、まだ後輩をからかう。
「もうやめてくださいよ~」
そんなやりとりがふたりの出会いだった。
◇
「懐かしいねぇ」
「うん」
結局在学中幸汰はその呼び名でからかわれる羽目になった。
その呼び名の生みの親の藍だけは”幸汰さん”と彼を呼んだ。
藍は飲み終えたふたつのマグカップを片付ける。
「ところでさんたさん」
対面式のキッチンから幸汰の背中に声をかける。
「はい」
幸汰も片づけを始める。
「シィとカオの願い事はどこまで叶いますか?」
幸汰はノートパソコンのふたを閉じる。
「サンタクロースの奥さんと相談しますか」
藍を振り返ってそうもちかける。
「そうしますか」
藍も笑顔だ。幸汰もフッと笑みを漏らす。
「さんたの奥さんの願い事も聞かないとね」
幸汰がクリスマスツリーのライトを消す。壁と同系色のオフホワイトのカーテンの向こうの窓の戸締りも確認する。
「さんたさんのお願い事は?」
また藍が幸汰の背中に話しかける。
「藍。ちょっと」
窓辺にいる幸汰が手招きをして藍を呼ぶ。
「なに?」
首をかしげて近づいてきた藍を幸汰がカーテンの中に引き入れる。
藍色の夜空から舞い降りてくる白い花。
次々と降ってくるその小さな花たちが庭先を覆い始める。
「僕の願い事は変わらないよ。あのクリスマスから」
見えない遠くを眺めているような幸汰が視線を藍に戻して肩を抱く。
藍の目尻が下がる。頬に緩やかに灯りがともる。
◇
ある年のクリスマスイブ、仕事を終えた幸汰は卒論の仕上げに追われている藍を大学まで迎えに行った。
「すぐじゃなくていいんだけど」
いつもは駅近くのカフェで待ち合わせる。
「お願いがあるんだけど」
今日だけは大学の図書館前で待っていてと幸汰が指定した。
「お願い? 何の?」
陽の落ちたクリスマスイブの大学の図書館前。通りかかる学生もいない。
「さんたの奥さんになって欲しい」
「ずっと、藍と幸せなクリスマスを過ごしたいんだ」
そう言って幸汰はコートのポケットに入れてきた小箱を藍に差し出した。
その場所は数年前に最初のビラを渡したところだった。
◇
「うん。変わらないね」
今年も、来年も、いつまでも。藍の願いも変わらない。
見慣れた普段の景色に柔らかい綿がかぶせられてゆく。
音もなく、降り積もる雪が少しだけ藍色の夜を淡くする。
「サンタクロースのフライングだな」
幸汰は照れ隠しのようにそう言いながらカーテンをもう一度閉める。
「明日なんて説明する? これは誰からのプレゼント?」
藍が両手で幸汰の腕をとる。そうだよな、と幸汰も微笑む。
「あのね、プレゼントはモノじゃないんだけど」
藍が少し気まずそうに話を切り出す。
「ん?」
幸汰が藍を見ると口元に笑みを含んでいる。
「新しいドライヤー欲しいなぁって」
ふたりで同時に吹き出すように笑う。顔を見合わせる。
「今日は相談ごとが盛りだくさんだな」
ふたりはくすくすと笑いながらリビングダイニングの明かりを消してドアを閉めた。
ふたごの姉妹の願い事がどこまで叶うのかは……、サンタクロースの実力次第。奥さんとの相談も重要かな。
大前提は、もちろん、
いい子だったらね。
大切な人の笑顔が見られますように
幸せなクリスマスを迎えられますように
みんなの願い事が叶いますように
Merry Christmas & A Happy New Year!!
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