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第一章 ゲハルトの大森林

第十話

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 それは五年前のこと——

 旧王都市街、スラム化したその地域に「少女の幽霊」が現れるという騒ぎが起きていた。
 それを聞きつけたスレイマンは幽霊が現れるという地下道に侵入し、調査した——

 まあ、それからホラー映画が一本撮れそうなほど、いろいろがあり、スレイマンは一人の少女に取りいていた悪霊を退治する。

 救出した少女の記憶は戻らなかったが、人として普通に生活できるほどには更生した。
 スレイマンはその少女にタバサという名を与えて、一緒に生活していたのだ。
 

 王都で買い物を済ませたタバサはわが家へと向かう。

「いやあ、なんかスゴい音だったですねぇ……いったい、何だったんでしょう……」
 激しい——衝撃にも似た大音量を王都から出た辺りで聞いた。
 気持ちの弱いものなら、カラダが動けなくなるような「威圧感」のある音だったのだが、持ち前の? 鈍感さで、すぐに忘れてしまう。

「さて、今日はいいお肉が手に入りましたので、シチューでもしましょうね」
 そんなことを考え、ウキウキな気分で帰路を楽しむ。

 王都からタバサたちが住むトルド村まで、荷馬車で一時間ほど。相棒のロバ、パリカールに時々話しかけながら、時間は進んだ。
 実のところ、タバサは極度の方向音痴だ。しかし、村までは一本道。迷子になるわけないと、気楽な気分で荷馬車を進める。

 小一時間が過ぎる——
 そろそろ村が見えてきてもおかしくないのが、全く見えてこない。
 気が付くと、森の中にいた……

「うーん、帰り道にこんな森があったかしら?」
 王都から村までは、のどかな田園風景が続くだけで、森の中を進むことはなかったはず……

 変だな……と思いながらも、そのまま進む。
 普通の人なら道を間違えたと思って、引き返すモノだが、天然で極度の方向音痴の彼女は、それでも、「何とかなる」と根拠のない自信を持っていた。

 だが、さらに一時間も森ばかりが続くと、やっとおかしいと思い始める。何度も言うが、普通ならもっと前に気づくモノだ。

「どうしよう? 迷子になってしまったかも……」

 今頃、不安を感じる。いや、じゃないから——
 日も沈んだようで、辺りも暗くなり始めた……

「パリカール、ここどこかわかる?」

 パリカールはロバである。人類レベルの知能を持ち、しゃべりまくるようなお伽話ときばなしのロバではない。当然、何も返事をしない。
 というより、ロバに現在地をたずねるようでは、人間としていかがなものかと……

 何かソワソワした気分になる。

「これって、気配よね……」
 ひとりつぶやく。

 あの気配とは、ゲハルトの大森林から湧いてくる強大で邪悪なアレのことである。

「どうしよう……どんどん近づいてきている……」

 正しくは、自分から近づいているのだが、本人は離れようとしているつもりだった。
 なので、『気配』が自分を追いかけてきている……そう信じていた。
 その気配はどんどん大きくなり、ロバのパリカールもおびえ始め、ついには動かなくなる。

「パリカール、お願い! 動いて!」

 懇願するが、言うことを聞かない——

 どうしよう……
 荷馬車から降りて、困惑する。

(お師匠様に助けてもらうしかないわ……)
 そう考える。

「パリカール、待っててね! 必ず助けに来るから!」
 そう言って、荷馬車を置いて、駆け出す!

(お師匠様!)
 しかし、走れば走るほど、巨大な気は近づいて来た!

(だ、ダメェ——逃げ切れないですぅ)
 タバサは師匠のスレイマンからいただいた杖を両手で握り直す。

(わ、私だって魔導士のはしくれ。簡単に負けません……)

 彼女は自分のことを魔導士だと思っているのだが、厳密には違っている。
 彼女に魔法のスキルはない。ただし、ゴースト系のモンスターには何かしら干渉するチカラを持っており、スレイマンは彼女に「除霊」の方法を教えた。

 それは、「消えて無くなれ!」と念じるだけの簡単なモノで、魔術と呼べるほどでもない。
 おそらく、彼女だけが持つユニークスキルなのだが、それがなんなのかスレイマンでさえ、まったく見当もつかない。仕方なく、彼は「闇属性魔法」と偽り、彼女に説明したので、彼女も自分は「魔導士」だと信じていたのだ。

 しかし、この状況を知ったら、スレイマンは深く後悔したことだろう。
 タバサは魔導士として、その強大なチカラを持つ悪霊に立ち向かおうとしていたのだ。暴挙と言っても良い。
 
(お師匠様ぁ、私、頑張りますぅ)

 彼女の視界に、大きな正方形の石碑が見えた!
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