18 / 39
第3章 危機
第15話 競技会 その3
しおりを挟む
◆Side アイリス◆
今日は競技会当日ということで、朝早くからざわついていた。
飼い付けもいつもより早く、馬たちは皆食べ終わっているようだ。
そのうち、一頭ずつ厩舎から馬が連れられて行き始めた。
競技会は他の乗馬クラブであるから、皆馬運車という物に乗せられて行くらしい。
私は、馬が何かに乗るというイメージが沸かず、馬運車というのがどんな物か気になっていた。
私の番が来たらしく、シメイが私の所にやって来て、無口を掛けた。
「準備するするから、ちょっと待っててね。」
シメイは私を繋ぎ馬に繋ぐと、そう言って離れていった。
辺りを見回すと、ここもいつもと雰囲気が全く異なることに気付いた。
人と馬がたくさん居て、人達には緊張感が見られた。
しかし、何よりも気になったのは、見たことが無い大きな箱だ。
よく見ると、馬車の車輪の様な物が着いていて、箱は浮いていた。
そして、箱の一面は開いていて、そこに向かって斜めに板が掛けてある。
もしかすると、あれが馬運車という物なのか?
そう思って見ていると、繋がれていた馬の一頭が馬運車と思わしき物の方に曳かれて行った。
その馬は板の前で少し躊躇する様子を見せたが、人に促されて板の上を歩いて行って箱の中に入って行った。
やはり、あれが馬運車で間違い無いようだ。
馬運車の中は馬が詰め込まれている感じで、決して快適ではなかった。
しかも、揺れるので踏ん張っておかないといけないから、大変だ。
シメイが事前に「馬運車で運ばれるのは大変と思うけど、我慢してね。」と言っていたが、それがよくわかった。
しかし、何かに乗って移動するというのは、私にとっては新鮮で面白かった。
こっちの人たちは、凄いことを考えるもんだなと思う。
目的地に着いたようで、馬運車から馬が一頭ずつ出て行き始めた。
「お疲れ様!」
シメイがやって来て、私に声を掛けてくれた。次は私の番らしい。
馬運車から降りると、外には見たこともないほどたくさんの人と馬がいた。
仮馬房(壁が全く無いのでとても馬房とは言えが、シメイはそう呼んでいた)の中で、リンさんが私のたてがみを編んでいた。
こっそりなぜこんな事をするのか聞いたら、美しく見せるためらしい。
向こうでは、誰もこんなことをしていなかったが、恐らく競技会というものがなかったからだろう。
私は、競技会への準備は万端だ。
馬場の経路も覚えた。
シメイは馬に経路を覚えさせるのは良くないと言っていたが、理由を聞くと馬が騎手の扶助を待たず勝手に次の運動をしたりするかららしい。
私はちゃんと彼の扶助に従って運動するからと言って、覚えさせてもらった。
覚えておいた方が、次の運動の準備ができるスムーズに経路が踏めると思ったからだ。
他の馬場馬と話す機会があったので、経路を覚えないで大丈夫なのか聞いたのだが、要領を得なかった。
シメイ曰く、その馬はかなり優秀な馬場馬らしい。
そんなに頭は良くなさそうなのに、馬場はしっかり踏めるとは……。
私が言うのもあれだが、馬って凄いなと思う。
もう直ぐシメイの出番ということで、私は競技場に近い馬場に移動した。
ここは待機馬場といって、競技直前の人馬だけが入るのだと、シメイがこっそり説明してくれた。
間もなくと思うと緊張するが、それ以上に彼の緊張が伝わって来る。
これまではそうでもなかったのに、ここに入った途端に変わった。
こんなに緊張してたら、彼だけでなく私の運動まで硬くなってしまう。
彼に声を掛けたいが、周りにも馬に乗っている人達がたくさんいるからできない。
そう思っていたら、馬場の外からリンさんの声がした。
「そんなに緊張していたら、アイリスも本来の力を発揮できないわよ。アイリスを信じて、普段通りにやりなさい。」
その瞬間、彼の緊張が緩んだ。
私はリンさんに感謝すると同時に、自分で彼に声を掛けられない歯がゆさを感じた。
◆Side 紫明◆
遂に競技会の日がやってきた。
アイリスは初めて見る馬運車に驚いていたようだが、すんなり乗ってくれた。
馬運車に乗るのを嫌がる馬も割といるが、そういう馬を乗せるのはかなり大変だ。
なので、皆アイリスがどうなのか心配していたが、すんなり乗ったことでほっとしていた。
会場に着き、僕がアイリスのたてがみ編む準備をしていると、林藤先輩がやって来た。
「おはよう!」
「おはようございます。」
「たてがみなら、私が編んであげるわよ。」
「え?」
「私の方が上手く編めるできるでしょう?アイリスの晴れ舞台なんだから、少しでも美しくしなきゃ。」
確かに、僕がよりも先輩の方が編むのが断然上手い。
でも、先輩は自分の担当馬も競技会に出場するはずだ。
「先輩の担当馬は良いんですか?」
「そっちは、おば様たちが張り切ってて、私の出番はないのよ。」
「ああ、そういうことですか。」
今日先輩の担当馬で出場するのは、皆おば……ご婦人たちだ。
たてがみを編むのは、自分でやりたいらしい。
「そういうこと。だから、任せて!」
「それでは、お願いします。」
ちなみに、たてがみを編むのは運ぶ前にするか運んだ後にするか迷っていたのだが、今回は会場に着いてからかなり時間の余裕があるということで、着いてから編むことにしたのだ。
待機馬場に入ると、急に緊張が高まった。
競技会にはそこそこ慣れているため、そんなに緊張しないと思っていたのだが、なぜか今回はいつもと違う感覚があった。
「そんなに緊張していたら、アイリスも本来の力を発揮できないわよ。アイリスを信じて、普段通りにやりなさい。」
突然、馬場の外から林藤先輩がそう声を掛けてくれた。
自分の担当馬もいるのに、わざわざ僕を見に来てくれたらしい。
そんな先輩の気遣いが嬉しく思うと共に、その言葉に緊張も少し解けた。
僕は、アイリスの良さを引き出さなければという思いが強過ぎて、緊張していた様だ。
先輩の言葉通り、彼女を信じて僕は自分のできることをしよう。
今日は競技会当日ということで、朝早くからざわついていた。
飼い付けもいつもより早く、馬たちは皆食べ終わっているようだ。
そのうち、一頭ずつ厩舎から馬が連れられて行き始めた。
競技会は他の乗馬クラブであるから、皆馬運車という物に乗せられて行くらしい。
私は、馬が何かに乗るというイメージが沸かず、馬運車というのがどんな物か気になっていた。
私の番が来たらしく、シメイが私の所にやって来て、無口を掛けた。
「準備するするから、ちょっと待っててね。」
シメイは私を繋ぎ馬に繋ぐと、そう言って離れていった。
辺りを見回すと、ここもいつもと雰囲気が全く異なることに気付いた。
人と馬がたくさん居て、人達には緊張感が見られた。
しかし、何よりも気になったのは、見たことが無い大きな箱だ。
よく見ると、馬車の車輪の様な物が着いていて、箱は浮いていた。
そして、箱の一面は開いていて、そこに向かって斜めに板が掛けてある。
もしかすると、あれが馬運車という物なのか?
そう思って見ていると、繋がれていた馬の一頭が馬運車と思わしき物の方に曳かれて行った。
その馬は板の前で少し躊躇する様子を見せたが、人に促されて板の上を歩いて行って箱の中に入って行った。
やはり、あれが馬運車で間違い無いようだ。
馬運車の中は馬が詰め込まれている感じで、決して快適ではなかった。
しかも、揺れるので踏ん張っておかないといけないから、大変だ。
シメイが事前に「馬運車で運ばれるのは大変と思うけど、我慢してね。」と言っていたが、それがよくわかった。
しかし、何かに乗って移動するというのは、私にとっては新鮮で面白かった。
こっちの人たちは、凄いことを考えるもんだなと思う。
目的地に着いたようで、馬運車から馬が一頭ずつ出て行き始めた。
「お疲れ様!」
シメイがやって来て、私に声を掛けてくれた。次は私の番らしい。
馬運車から降りると、外には見たこともないほどたくさんの人と馬がいた。
仮馬房(壁が全く無いのでとても馬房とは言えが、シメイはそう呼んでいた)の中で、リンさんが私のたてがみを編んでいた。
こっそりなぜこんな事をするのか聞いたら、美しく見せるためらしい。
向こうでは、誰もこんなことをしていなかったが、恐らく競技会というものがなかったからだろう。
私は、競技会への準備は万端だ。
馬場の経路も覚えた。
シメイは馬に経路を覚えさせるのは良くないと言っていたが、理由を聞くと馬が騎手の扶助を待たず勝手に次の運動をしたりするかららしい。
私はちゃんと彼の扶助に従って運動するからと言って、覚えさせてもらった。
覚えておいた方が、次の運動の準備ができるスムーズに経路が踏めると思ったからだ。
他の馬場馬と話す機会があったので、経路を覚えないで大丈夫なのか聞いたのだが、要領を得なかった。
シメイ曰く、その馬はかなり優秀な馬場馬らしい。
そんなに頭は良くなさそうなのに、馬場はしっかり踏めるとは……。
私が言うのもあれだが、馬って凄いなと思う。
もう直ぐシメイの出番ということで、私は競技場に近い馬場に移動した。
ここは待機馬場といって、競技直前の人馬だけが入るのだと、シメイがこっそり説明してくれた。
間もなくと思うと緊張するが、それ以上に彼の緊張が伝わって来る。
これまではそうでもなかったのに、ここに入った途端に変わった。
こんなに緊張してたら、彼だけでなく私の運動まで硬くなってしまう。
彼に声を掛けたいが、周りにも馬に乗っている人達がたくさんいるからできない。
そう思っていたら、馬場の外からリンさんの声がした。
「そんなに緊張していたら、アイリスも本来の力を発揮できないわよ。アイリスを信じて、普段通りにやりなさい。」
その瞬間、彼の緊張が緩んだ。
私はリンさんに感謝すると同時に、自分で彼に声を掛けられない歯がゆさを感じた。
◆Side 紫明◆
遂に競技会の日がやってきた。
アイリスは初めて見る馬運車に驚いていたようだが、すんなり乗ってくれた。
馬運車に乗るのを嫌がる馬も割といるが、そういう馬を乗せるのはかなり大変だ。
なので、皆アイリスがどうなのか心配していたが、すんなり乗ったことでほっとしていた。
会場に着き、僕がアイリスのたてがみ編む準備をしていると、林藤先輩がやって来た。
「おはよう!」
「おはようございます。」
「たてがみなら、私が編んであげるわよ。」
「え?」
「私の方が上手く編めるできるでしょう?アイリスの晴れ舞台なんだから、少しでも美しくしなきゃ。」
確かに、僕がよりも先輩の方が編むのが断然上手い。
でも、先輩は自分の担当馬も競技会に出場するはずだ。
「先輩の担当馬は良いんですか?」
「そっちは、おば様たちが張り切ってて、私の出番はないのよ。」
「ああ、そういうことですか。」
今日先輩の担当馬で出場するのは、皆おば……ご婦人たちだ。
たてがみを編むのは、自分でやりたいらしい。
「そういうこと。だから、任せて!」
「それでは、お願いします。」
ちなみに、たてがみを編むのは運ぶ前にするか運んだ後にするか迷っていたのだが、今回は会場に着いてからかなり時間の余裕があるということで、着いてから編むことにしたのだ。
待機馬場に入ると、急に緊張が高まった。
競技会にはそこそこ慣れているため、そんなに緊張しないと思っていたのだが、なぜか今回はいつもと違う感覚があった。
「そんなに緊張していたら、アイリスも本来の力を発揮できないわよ。アイリスを信じて、普段通りにやりなさい。」
突然、馬場の外から林藤先輩がそう声を掛けてくれた。
自分の担当馬もいるのに、わざわざ僕を見に来てくれたらしい。
そんな先輩の気遣いが嬉しく思うと共に、その言葉に緊張も少し解けた。
僕は、アイリスの良さを引き出さなければという思いが強過ぎて、緊張していた様だ。
先輩の言葉通り、彼女を信じて僕は自分のできることをしよう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる