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マザー・アンド・インサムニアー
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都内に住む中学高校生の夢は絶対に叶わないと確信しているが、それがさてはて本当のことなのか、彼女は知らなかった。彼女はトウキョーの隣の県民だった。
彼女はトウキョー都民が劣悪な人種だということを信じて疑わなかった。トウキョー都民はいつだってクーラーをガンガン回しているし、電飾をジャンジャカ飾り付けて狂騒の毎日であると信じて疑わなかった。
なぜそんなに彼女がトウキョー都民を憎んでいるのかと言うと彼女はトウキョー都民にかつて親をレイプされたことがあったからであった。
ある日、彼女は部活で帰りが遅くなった日、同窓会に行った母親の帰りを待つべくカレーライスを作りながら鼻歌を歌っていた。
しかしその鼻歌が何周しようとカレーライスが完成しようと母親の帰ってくる気配は毛ほどもない。
彼女は不審に思って電話を取った。
同時に母親が死体みたいに帰ってきた。
母親は何も言わず玄関の框に腰をかけると、おいおいと大声で泣き出してしまった。
彼女は大人がこんなに狂ったように泣くのを初めて見た。彼女は母親の狂った旋律に身の毛がよだつ思いをした。
ありとあらゆる不幸や悪夢を、音階にして並べたような狂気を強く強く感じたのだった。
つとめて彼女は明るく訊こうとした。
「何があったの、ママ。酷いことでも言われたの?」
母親は娘の顔を見て更に激しく泣き出した。彼女は全く困窮した。
「ママ、泣かないで、あたしなんか、悪いことした」
母親は新調したてのドレスで洟をかんだ。
そんなときでも勿体ないなあと平和的なことを思ってしまう自分に少しだけ腹が立った。
母親はやっとの思いで首を横に振った。
それだけだった。彼女は翌朝まで泣くのをやめなかった。
ラップされたカレーライスも翌朝彼女が見たときにはそのままだった。
のちに家に警察官数名が来てから、初めて彼女はことの顛末を知った。
同窓会で旧知の友人にあったこと。少しだけ散歩を、と言われて着いて行ったら怪しげな茂みに連れ込まれたこと。
服を無理やり脱がされたことがとても怖かったこと。
彼女は子供だからといって事情を有耶無耶にせず説明してくれるチバ県警の婦警に厚く礼を述べた。
彼女は一生トウキョー都民を憎んで生きることを決意したのである。その日を皮切りに。
※母親はその後不眠症に悩まされていた。
強姦した男は即座に逮捕されたが、母親は父親と離婚した。理由は厚い雲の中である。
彼女は今日もトウキョーにほど近いチバの高校から、じっとりと立ち並ぶ高層ビルを睨んでいる。
彼女はトウキョー都民が劣悪な人種だということを信じて疑わなかった。トウキョー都民はいつだってクーラーをガンガン回しているし、電飾をジャンジャカ飾り付けて狂騒の毎日であると信じて疑わなかった。
なぜそんなに彼女がトウキョー都民を憎んでいるのかと言うと彼女はトウキョー都民にかつて親をレイプされたことがあったからであった。
ある日、彼女は部活で帰りが遅くなった日、同窓会に行った母親の帰りを待つべくカレーライスを作りながら鼻歌を歌っていた。
しかしその鼻歌が何周しようとカレーライスが完成しようと母親の帰ってくる気配は毛ほどもない。
彼女は不審に思って電話を取った。
同時に母親が死体みたいに帰ってきた。
母親は何も言わず玄関の框に腰をかけると、おいおいと大声で泣き出してしまった。
彼女は大人がこんなに狂ったように泣くのを初めて見た。彼女は母親の狂った旋律に身の毛がよだつ思いをした。
ありとあらゆる不幸や悪夢を、音階にして並べたような狂気を強く強く感じたのだった。
つとめて彼女は明るく訊こうとした。
「何があったの、ママ。酷いことでも言われたの?」
母親は娘の顔を見て更に激しく泣き出した。彼女は全く困窮した。
「ママ、泣かないで、あたしなんか、悪いことした」
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そんなときでも勿体ないなあと平和的なことを思ってしまう自分に少しだけ腹が立った。
母親はやっとの思いで首を横に振った。
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