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二人の始まりのお話。

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高校から帰れば。


「今日さ、なんで女の子と喋ってたの?」


野暮ったいカツラを外し、メガネも外して、答える。


「委員会の事務連絡」

「楽しそうに話してたよ?」


怜音の教室の角度からは俺の顔は見えてなかったんだろうな。



「馬鹿にされただけ。俺は嫌な顔してたよ」


「どんな?」

「こんな」



怜音は俺の顔にひとしきり笑った後、しんと静まった。



来る。


狂った、君がやって来る。


「で、課題あんの?」


「……ある」


「じゃあさ」



愉快そうに目を細めて嗤う。



「やってていいよ。俺、好きにいじるから」



どうせ、俺は耐えきれずに自分の中に君を受け入れる。


それを見越しての言葉なんて、最初がいつからわからないほど昔から知ってた。





俺達が会ったのは生後半年くらいらしい。幼なじみとして育った俺達は、怜音が俺に好意を抱いたことを始まりに、歪な関係になった。小学生の時だった。


「ねえ、幸也、俺幸也のこと好きだ」

「うん、僕も怜音のこと好きだよ」


子供の時の男女の恋愛なんてこんなものだった……っけ?少なくとも性交はしないはずなんだけど。



何故か知識を持った怜音に、怜音の部屋で初めて抱かれた。



「ね、なんかっ……変っ!……や、あ、んんっ……」



いくら止めても揺さぶり続けられて。声変わりもしてない甲高い嬌声を上げて俺は何回もイカされて、怜音も何回も俺の中に出して。


怜音の父親が帰ってきた時でも、怜音は中に入れたまま布団を被って頭だけ出して、寝てる風を装って。手で僕の前を握らせて一緒に扱かせた。


学校でもトイレとか、用具庫とか、誰もいない時好きにいじられて。


そんな日々が続いて。



僕は割と始まってすぐに怜音に陥落した。



終いには僕の方から強請ることもあった。



両思いで、それでも体だけの妙な関係。


それが崩れたのは中学。


怜音は昔からモテて、ヤキモチ焼いていたんだけど、俺は告白なんてされなかった。そんな俺がラブレターを貰ったんだ。


「貸して」


見るより先に取られて、焦る。なんだって一体怜音にバレやすい靴箱に入れたんだ……。



「これ、行くの?今日の放課後第一体育館裏だってさ」

「まあ、断りに」

「……玄関で待ってるから」

「ありがと」


目を見ていられなくて逸らしたけど、きっと耳が赤いからバレてるんだろう。ほら、機嫌がいい。鼻歌なんて歌ってる。




誰だろう、その子。




返してもらったラブレターには、『名前は会ってお伝えします』とある。シャイなのかな?




悶々と過ごした。女の子に好かれるなんて人生初体験だから。と言っても断る気満々で行くのだが。


放課後はあっという間にやってきて、部活の怜音と別れて、いつもと違って体育館裏に向かう。



「お、来た来た」


でも何故かそこにいたのは三年の先輩で。俺は知らないけど怜音が男色だから気をつけろって言っていた先輩。



「悪いな、ちょっと付き合ってくれ」



逃げようとした肩をつかまれて、唇を押し付けられた。それがとても不快で、だけど押し入って舌が口内を舐める。



気持ち悪い。


きもちわるい。


キモチワルイ。



怜音、怜音、どこ?


怜音、助けて。


怜音、やだよ、怜音、ねえ、助けて……。


「はは、おとなしいな。彼氏置いて俺とやるか?」


酸素が少なくて頭が正しく働かない。頷くわけないのに先輩は無視して体をまさぐり始めた。


触られたそこが泡立ってその度に怜音を思い浮かべる。怜音じゃない。怜音じゃないのに、こんな風にされたくない。


それでも甘い前戯は繰り返されて、脳が中から溶けるように俺は溺れた。



怜音はよく俺に言った。


『幸也ってホント快楽に弱いよね』


それをこんなことで実感するなんて嫌だ。

嫌だけど、俺のモノは何回も吐精して、イッた後の体は敏感でまたすぐに屹立してしまう。




遂に男の手が後ろの蕾に手を伸ばし、中を掻き回される。ぐるり、ぐるりと捻っては、出し入れして卑猥な音を響かせる。


耐えられなくて、甘い痺れよりこれを終わらせるモノが欲しくて、俺は強請ってしまった。


「せんぱっ、も、もういいから……入れて……先輩の、入れて……」



先輩は興奮した顔で何も言わずに、俺を壁に押し付けて、立ちバックで入ってきた。


足がガクガク震えて腰を掴まれてなければ崩れ落ちただろう。ピストンも早くて、キモチヨクなっちゃって、俺は声を上げてよがった。口の中に指を入れられて声を止められると、イイところに押し当てられてもう出すものもないままドライでイッた。



先輩はただ『淫乱』と嬉しそうに言葉にして、俺はもう怜音を考える余裕がなかった。


怜音はいつも俺を気遣いながらシてたから、こんな風に引く間もなく押し寄せる快感の波なんて味わったことがなくて。



結局、先輩も俺の中にたくさん出して、脱力感と疲労感で俺は汗だくで、そのまま気を失った。



先輩は最後、『また呼ぶな』って笑って、俺は悪魔だと心の中で罵った。その悪魔に溺れた俺は裏切り者だ。



気づいた時は日は沈みかけで、もうそろそろ怜音が部活を終わらせる。最近は大会が近いから延長練習で遅くなってる。それが幸いだと、俺は痛む腰を上げて先に帰った。



顔を合わせられなかった。スマホに連絡を入れて、『少し頭が痛いから先に帰る。告白、断ってきたから』と大きな嘘をついて。


少しして普段怜音が帰る時間に『そう?行くから待ってて』って来て、これじゃあバレるかもしれないと焦った。今日は家に誰もいなくて、そもそも怜音が泊まりに来る日だった。


怜音がシようって言って俺が断ることは無かったけど、受け入れたらバレてしまう。




「……怜音?」

『何、珍しい』


悩んだ末に俺は電話することにした。



「今日、泊まるの、やめにならない?」

『……は?』

やばい、怒ってる。




「さっきもメールで送ったけど、頭痛がするんだ。寝て過ごすから」

必死に考えた理由はいとも簡単に篭絡された。


『……何かあった?』
 

なんで、こうも鋭いのか。



「……何も」


『嘘だね。俺に言えないんだ。そういうことなんだ。……家行くから』

「ま、待って……」



無機質な音が通話終了を告げて、俺は焦る。


すごく怒っていた。滅多に見ない怜音の怒り。前は確か俺が従兄弟の兄貴にべったりだった時以来。



幼なじみだけあって家が近い。数分もせずに玄関が開く音がして、階段を上る足音がして、部屋の扉が開いた。


「幸也、何があったの?」


優しそうに微笑んでる。でも、その奥の瞳は俺を貫いて逃がさない。


俺が、怜音を裏切った。


その事実を伝えるのが辛くて、堰を切ったように涙が溢れた。ぽたぽたと落ちても、いつもすぐに拭ってくれるのに、今日は一歩も動かない怜音。


ダメだ、悪いのは俺なんだから。



言わないと。


「ごめん、なさい……」


一度漏れると。



「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」



ベッドの上で小さく丸まって、俺はただ繰り返すことしか出来なかった。



とてつもなく大きな罪悪感が心臓を縛りつけて、怜音を見れない。顔を上げて嫌悪した表情を見たくない。完全な自己中心的な行動だけど、それでも無理だ。


「幸也」


ピタと、声が止まる。



「何が、あったの」




繰り返される。



欲しいのは謝罪じゃない。そう言われてる気がして、謝っても許してもらえないだろうな、なんて心で自虐的に嗤う。


それでも俺は怜音が知りたいなら、と先の出来事を話した。嘘偽りなく、事実だけを述べて、言い訳はなしに。


ずっと好きだった怜音と離れるなんて考えられないけど、怜音は俺と関わる事はなくなるだろう。ひとりで生きるのかもしれない。女は、受け入れる快感を覚えたから無理だし、男もトラウマのようにひっついて光景が離れない。



その間に怜音は家庭を持つのか、別の男を抱くのか。




ああ、また涙が止まらなくなる。




どれほどの間そうしていただろうか。やっと、怜音が俺に声をかけた。


それは、予想外の言葉で。


「ねえ、幸也。セックスしよう」



断る間もなく。「緩いんでしょ」そう言ってズボンを下ろすとすぐに入れてきた。


掻き出してもなかったから、中はきっと先輩の精液がたまってるんだろうけど、気にすることもなく怜音は俺の体力が尽きるまで続けた。



水音が鳴って、頬に熱が集まって、つい締め付けを良くする。その度にもっとというように怜音はあちこち触って、やっぱり俺は怜音のモノを後ろで深く咥えたまま締めあげる。


既に先輩との行為で俺は頭がおかしかった。そんな状態で好きなやつに抱かれて狂って、俺はいつも言わないことだってたくさん言った。怜音が何も言わないからそれを埋めるためなのかもしれない。


「好き」も

「愛してる」も

「気持ちいい」も

「キスして」も

「抱きしめて」も



言えば返してくれて、望めばしてくれるけど、目は合わせてくれない。


これで、終わりってことかな。そうなんだろうな。




イキながらまたオレは意識を失って、怜音は結局泊まることなく帰った。




目を覚ませば既に夕方。後処理はされてるから、怜音がしてくれたんだろう。全裸だけど割と綺麗だった。


今日ばかりはズル休みしたって神様が許してくれそうな気がする。でも俺が裏切ったんだから許してもらえないかな。



俺はシャワーを浴びるために階下に降りた。どうせ誰もいないからと全裸のまま。


だけどそこには怜音がいて。



「なん、で……?」

「ああ、ご飯作ったから食べる?……風呂か。先入ってきなよ」



いつもと変わらないような姿に幻かと錯覚する。でもセリフに全裸だったと我に返って慌てて風呂場に駆け込んだ。



「……怜音が、俺の側にいてくれる……」


そのことが本当にとても嬉しくて。


シャンプーとかを置いているところになんだか知らないやつがあったけど、怜音が泊まるように私物を持ち込んでくるからそういうものだと思って無視した。


でも、絶望してたから怜音がいるというだけで、更にさっき裸を見られたから昨晩を思い出して、俺のソレが上を向いてしまった。



どうせなら中のものも掻き出してしまえばいいと、風呂場で、前を弄りつつ、後ろも指で抜き差しして快感を貪る。



しばらく、風呂場で俺はオナニーをしていた。




それを盗聴器とカメラ越しに、リビングで怜音がスマホで監視していたなど知る由もなく。




「……のぼせた」

「だろうね」



風呂上がり、リビングで向かい合って食べ始める。約一日ぶりの食事だからお腹に落ちる感じが暖かい。怜音は料理もうまくて本当に尊敬する。


怜音の言葉を聞かないと、この事は終わりにならないんだ。だから、俺は切り出す。このまま罪悪感で潰れるくらいなら、きっぱり別れた方がいいんだ。今日で終わりにするか、まだやるのか、はっきりしないと。



「怜音」

「何?」

「俺、ごめん」

「ああいいよ。気にして……る、けどそれは幸也のせいじゃないから。あの人媚薬使うって有名だったし。最初のキスの時くらいに飲まされたんじゃない?」

「え……あ、そう、なの……?」

「うん。大丈夫だよ。俺はもっと幸也を大切にするし、あんな悪い虫がつかないように見張るし。明日は学校行こうね」

「……うん」

「大丈夫。俺が守るから」

「うん」


『大丈夫』と言って、怜音の言葉は俺を取り囲んで心の安らぎを与える。


それ以降この話はしなかった。『流石に痛いだろうから』って抱きしめて寝たけど、暖かかった。不安もあったけど、怜音がいるなら大丈夫だと思った。




次の日、俺は別の不安に襲われる。




「怜音!」

「どうしたの、幸也」


別クラスの怜音を昼休みに呼び出し、屋上で詰め寄る。


「先輩に何したの!?街で喧嘩して、病院送りだって……!」

「……俺がやったと思ってるんだ?」


その言葉にぐっと詰まるが、目を逸らしはしない。昔から腕っぷしは強かっただろ、お前。なんて言えないけど思う。

ガキ大将も余裕でぶっ飛ばしたくせに。


「あんまりにも、タイミング良すぎるだろ……」

「うん、俺がやったよ。あの人、媚薬買いに裏路地回ってたからさ」


さも何でもないことのように怜音は嗤う。嗤って、俺にキスをした。



「……あっ……ん……ふ……」


離れたら銀糸が二人を繋いで艶めかしく輝いた。

「ねえ、幸也は俺よりあの人を庇うの?」


息が上がったまま首を横に振る。違うんだ。


「お前が……怜音が、悪者になるなんて、やだ……」


その答えに満足したように俺を抱きしめて怜音は耳元で囁いた。



「可愛い。昨日もお風呂でやってたの、本当に可愛かったよ」



大げさに肩が跳ねた。


逃がしはしない。そんな風に力を込めて怜音は俺を抱きしめる。



「今日はあんなことあったせいか、男子に対してちょっと素っ気なかったよね。でも女子と仲良くなるのはいただけないなぁ。女子だって飢えてたら襲ってくるんだよ?」



それはそうだけどなんでそれを知ってるのか、聞きたくても聞けない。



「一昨日、あんなことになるなら送り出さなければよかった。せっかく押さえ込んでたのにこんなことになったんだもの……もう我慢するのはやめる。俺、幸也のためならなんだってできるよ。でも、幸也の全部も知りたいから、協力してね?」



何がどうなんだか頭が追いつかない。だけど、それを言われてしまえば俺は頷くしかなくなる。


『贖罪だと思って、ね』


空が青い。ここはあまりにもどす黒い愛情が渦巻いて絡まってるのに、あんなにも青い。澄んでいる。




神様、やっぱりあなたは許してないんですね。



その日、俺は盗聴器、GPSを身につけること。家中に監視カメラをつけること。何かあれば逐一報告すること。何もなくても毎日あったことを喋ること。それらのことを承諾した。



受け入れる俺はおかしいのか。でも、好きなんだから。しょうがない。ずっと刷り込まれてきたようなものだった。


『怜音は俺が好き』


これは事実。



『俺も怜音が好き』



これも事実なのに、逆らえないのはなんで。






これも全部愛情の歪みとして纏めておこう。



体だけの言葉がない日々が崩れて、新しい日々が始まった。



怜音に管理され、俺はそのことに安堵する日々。





この物語はその話。
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