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瑞貴とチェリー、歩みだした物語

朝日のような笑顔に照らされて

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「…………」

「センパイ?」

 ふいに無言のまま立ち止まった瑞貴に首を傾げるちえり。
 言葉を発しない彼の視線はちえりではなく行先の方向へと向けられているのに気づく。

「?」

「どーも」

(この気の乗らない間延びのある声は……)

「……おはよう鳥居。お前犬飼ってたのか」

「…………」

 何も答えない鳥居と瑞貴の間で一瞬緊張感が走ったように感じたのも束の間、膝を折った瑞貴が鳥居の愛犬・チェリーにおいでおいでをしている。
 犬好きな瑞貴に犬のチェリーが懐くのも当然だったが、一通り撫でられて満足したチェリーは人間のチェリーを見つけるなり飛び込んできた。

 瑞貴に対するそれと明らかに違う人間チェリーに対する甘えぶりに、瑞貴の表情が曇る。

「…………」

(チェリーに懐いている……?)

 ひとりと一匹が楽し気に戯れているのを呆然と立ち尽くす瑞貴に鳥居の声が掛かる。

「もう会社に行くんですか? 朝の苦手そうなチェリーサンがよく起きられましたね」

「鳥居……、昨日は押しかけてごめんな。犬飼ってたのに悪いことした」

「別に。俺が言い出したことなんで」

 いつも通り口数少なく、さらに素っ気なく答える鳥居は犬のリードを手放し、その両手はポケットに突っ込まれている。 
 それはまるで愛犬がどこにも行かないことをわかっているからこその仕草にも見えるが、愛犬がチェリーの傍にいるからこそ安心しきっているかのような……そんな光景にも見える。

 さらにいつも通り犬のチェリーと揉みくちゃになっているちえりは愛くるしい生き物を心行くまで堪能するように笑顔でハグしている。

「チェリーサン、スーツ汚れますよ」

「大丈夫大丈夫っ! もう行かなきゃ。会えてよかった、また会社でっ」

 恐らくちえりの"会えてよかった"は、わんこチェリーに向けられた言葉に違いない。
 それでも鳥居は、朝から笑顔を運んでくる人間のチェリーに言わずにはいられない。

「……俺も。また会社でな」
 
「うん!」

 朝日のように眩しい笑顔で瑞貴のもとへ向かうちえりを目で追っていた鳥居の顔もまた、日の光に照らされた小犬の瞳のように穏やかだった――。

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