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瑞貴とチェリー、歩みだした物語

震える瞳

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 腹のマッサージに時間をかけてしまったちえりは、化粧水にびしょ濡れになりながらドライヤーの風を浴び、慌てて着替えたパジャマ姿のままリビングになだれ込んできた。

「ただいま戻りましたっ!」

「……どうした? 大丈夫か? チェリー」

 いつものようにふたり分のベッドメイクを済ませた瑞貴は、自身のベッドへ腰を掛けながらテレビを見ていたが、慌ただしく入室してきたちえりに目を丸くしている。

「……は、はいっ!? あっ!! 歯磨き忘れたっっ!!」

 踵を返して扉を出て行ったちえりは数分後再び戻ってきて。

「おかえり。チェリーもミネラルウォーターでいい?」
 
「はいっ!! ありがとうございますっ」

 扉の前で立ち尽くしていたちえりは瑞貴の優雅な動作をジッと見つめたまま微動だにしない。

「……」

「……座らないのか?」

「あ、……そうですねっ!」

 至って普通の瑞貴と、どこかおかしいちえり。
 この時のちえりの胸中は如何なるものかというと――

(私ってば自分のことばっかで忘れてたけど……今夜は瑞貴センパイと両想いになって初めての夜だべしたっっ!!)

 ぎこちなくソファへ座ったちえりの目の前には冷えたグラスにキラキラしたミネラルウォーターが注がれていく。
 好きで好きでしょうがなくて、同じ空間に居られるだけで幸せで。今まで夢にまで見たことがあっという間に叶えられていく。

(あまりの急展開に……っ私の心臓がもたないっっ!!)

「チェリー……」

「は、はいっ!?」

 ただ名前を呼ばれただけで電気が走ったように背中が伸びる。

「スマホの充電大丈夫か? って、聞きたかっただけ」

「あ……」

 ミネラルウォーターのボトルを手にしたまま、目と鼻の先で微笑む瑞貴に自分の意志と無関係に鼻の下が伸びてしまう。
 と、次の瞬間――

 国宝級の美しい瑞貴の顔が間近に迫って。
 サラサラとした彼の前髪がちえりの額を撫でると……触れるだけのキスが唇を掠めて離れた。

「好きだよ。チェリー」

 離れた唇の代わりにふわりと抱き締められ、耳元で囁かれた愛の言葉が胸にじんわりと広がっていく。

「私も大好きです。瑞貴センパイ……」

 ちえりの手が瑞貴の背中へ添えられると、まるでなだめるかのように優しく背中を上下した瑞貴の手に彼の優しい声が重なる。

「落ち着いた?」

「え……?」

 心地よい音色に聞き入るように耳を傾けていたちえりは、瑞貴の問いかけに気の抜けた声を上げた。

「意識して欲しいけど……心の準備って、やっぱ難しいもんな」

「あ……」

(まただ……センパイ寂しそうな顔してる)

 瑞貴がこういう顔をする時、本当は自分を求めてくれているのをちえりは痛いほどわかっている。

(……私が拒否したら、センパイはきっと何もしないでくれる……でも、それでいいの?)

 甘い痛みが胸をきゅっと締め付けて、なんと返事をしようかと自問自答しながら言い淀んでいるちえりに瑞貴の大きな手が髪を撫でる。


「俺はチェリーと結ばれたい」


 いつもはちえりの意志を尊重してくれる優しい瞳はなく、"拒まないでくれ"と切なる願いを秘めて不安に震える瞳がそこにあった――。
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