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ホワイトデー編
有無を言わせない威圧感
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体調が万全ではないことを理由に、授業が終わるまで近くで待機していると馬で走り去ったカイ。空元気な彼の後姿に、先ほど言われた言葉が胸に響く。
『……誰の目も気にすることなく……』
(私は学校に来ればそれは叶うけど、カイとアレスは違う……私ばかりがお願いを叶えてもらうんじゃなく、叶えてあげたい……)
――授業中の廊下は教師の声が響き渡り、時折聞こえるのは受け答えする生徒の声。笑い声が聞こえれば、面白い先生が教壇に立っているのだろうと自然に想像が膨らんで頬が緩む。
そしてようやく自分の教室にたどり着き、やや緊張しながら後ろの扉を開くと――
「あ、れ……?」
一斉に注目を浴びると覚悟していたが、教室には誰もおらず静まり返っていた。
「もうこの時間じゃ三時限目……あ、体育だ……」
(うーん、遅刻した理由なんて言おう……やっぱり体調が悪いっていうのがもっともらしいかな……)
時間的に着替える余裕もなく、体調不良が理由であれば制服で見学していてもおかしくはないはずだ。
「グラウンドは使われていなかったから体育館かな?」
鞄を置き、体育館へ向かう途中。
「……アオイ?」
「あ……」
体育館へ続く渡り廊下で涼んでいたらしいひとりの少年が驚いたように目を見開いて声をかけてきた。
「おはよう、シュウ」
「おはようって……お前、今日休みじゃなかったのかよ……」
「え?」
「アランが言ってたぜ、アオイの親父さんから連絡あったって。……顔色悪いけど大丈夫か?」
立ち上がった彼は心配そうに顔を覗きこみながら"ミキはあっち"と、男子と女子が別々の運動をしていたことを教えてくれる。
「アラン先生来てるの……?」
(でも、お父様はお仕事だって……)
「ああ、ほらあそこ。……げっ! こっち来やがった!!」
アオイの手を引いて逃げようと模索するシュウだったが、それより早く威圧的なオーラを放ったアランが迫る。
「……おはようございます、アラン先生……」
上着を脱ぎ、白いシャツを腕まくりした彼は首元からシルバーのホイッスルを下げており、もう一人の体育教師とともに生徒の指導にあたっている最中だった。
無意識のうちに後ずさりしてしまいそうになるのを必死に堪えながら挨拶するも……
「おはようアオイさん。……おうちの人の目を掻い潜ってきたのかい?」
首を斜めに傾け口角を上げるアラン。だが、その瞳はまったく笑っておらず、声は氷のように冷たかった。
「いえ……、それは…………」
(快く送り出してもらった、なんて言ったら皆に迷惑がかかっちゃう……)
「おいアラン! 病人責めてんじゃねーよっ! いこうぜアオイ!」
口籠ったアオイを守るようにアランの目の前に立ちながら、肩を抱いてそのまま立ち去ろうと試みるシュウ。
しかし……
「彼女を気安く連れまわすのはやめてくれたまえ。……体調不良のアオイさんは私と保健室へ……いいね?」
「……っ」
有無を言わせない彼の強い口調にアオイは俯くことしかできない。
素早くシュウの手を払ったアランが身を翻したかと思うと、一瞬にして姿を消してしまったふたりにシュウは呆気にとられている。
「アオイ……?」
「シュウ? あんた誰としゃべってんの?」
水分補給に現れたミキが、ひとりで喚きたてている親友のもとへやってきた。
「アオイがいまさっきそこに……けど、アランが来たとたん居なくなっちまって……」
「んん? 話がみえないんだけど……アオイは今日休みってアラン先生言ってたじゃん。それとも……会いたいばっかりにとうとう幻覚でも見た?」
豪快に笑い声をあげながらシュウの肩をバシバシと叩くミキ。
しかし動体視力が異常に発達しているシュウ。その彼が見失うほどの動きをアランがどう繰り出したのかはわからないが、まさかアオイの姿が蜃気楼だったとでもいうのだろうか?
「……見間違いなわけ、ねぇよ……」
手のひらに残る柔らかい感覚だけが、その真実をひっそりと物語っていた――。
『……誰の目も気にすることなく……』
(私は学校に来ればそれは叶うけど、カイとアレスは違う……私ばかりがお願いを叶えてもらうんじゃなく、叶えてあげたい……)
――授業中の廊下は教師の声が響き渡り、時折聞こえるのは受け答えする生徒の声。笑い声が聞こえれば、面白い先生が教壇に立っているのだろうと自然に想像が膨らんで頬が緩む。
そしてようやく自分の教室にたどり着き、やや緊張しながら後ろの扉を開くと――
「あ、れ……?」
一斉に注目を浴びると覚悟していたが、教室には誰もおらず静まり返っていた。
「もうこの時間じゃ三時限目……あ、体育だ……」
(うーん、遅刻した理由なんて言おう……やっぱり体調が悪いっていうのがもっともらしいかな……)
時間的に着替える余裕もなく、体調不良が理由であれば制服で見学していてもおかしくはないはずだ。
「グラウンドは使われていなかったから体育館かな?」
鞄を置き、体育館へ向かう途中。
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「あ……」
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「え?」
「アランが言ってたぜ、アオイの親父さんから連絡あったって。……顔色悪いけど大丈夫か?」
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(でも、お父様はお仕事だって……)
「ああ、ほらあそこ。……げっ! こっち来やがった!!」
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「……おはようございます、アラン先生……」
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「いえ……、それは…………」
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「おいアラン! 病人責めてんじゃねーよっ! いこうぜアオイ!」
口籠ったアオイを守るようにアランの目の前に立ちながら、肩を抱いてそのまま立ち去ろうと試みるシュウ。
しかし……
「彼女を気安く連れまわすのはやめてくれたまえ。……体調不良のアオイさんは私と保健室へ……いいね?」
「……っ」
有無を言わせない彼の強い口調にアオイは俯くことしかできない。
素早くシュウの手を払ったアランが身を翻したかと思うと、一瞬にして姿を消してしまったふたりにシュウは呆気にとられている。
「アオイ……?」
「シュウ? あんた誰としゃべってんの?」
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豪快に笑い声をあげながらシュウの肩をバシバシと叩くミキ。
しかし動体視力が異常に発達しているシュウ。その彼が見失うほどの動きをアランがどう繰り出したのかはわからないが、まさかアオイの姿が蜃気楼だったとでもいうのだろうか?
「……見間違いなわけ、ねぇよ……」
手のひらに残る柔らかい感覚だけが、その真実をひっそりと物語っていた――。
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