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ホワイトデー編

伝えることの難しさ2

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 それから食事を済ませたふたりは、アオイが幼少期から学びの部屋として使用していた、キュリオの執務室の隣り部屋で落ち合うことにして広間をあとにした。

「…………」

(城の中でアランの名を口にされると複雑なものだな……)

 ここは父と娘、水入らずで過ごせる場所なはずなのだが、アランの名で呼ばれるとたちまち自分が教師という立場に成り変わってしまう気がしてならない。
 そして会話の中でそれとなく彼女の望む物を聞き出そうとしていたキュリオは、すっかりタイミングを逃してしまっていた。

 やがてアオイの待つ部屋の前まで来ると、室内から話声が聞こえてきた。

「…………?」

 食後の紅茶を運ぶよう伝えた侍女がアオイと話し込んでいるのは何ら問題はないが、それにしてはやけに低音で……

(……男の声だな)

 キュリオは重厚な扉をノックし返事を待たずに入室する。
 まず視界に飛び込んできたのは迎えにでたアオイだった。驚いたような顔でこちらを見つめているが、銀髪の王の視線はさらに奥へと向けられている。

「このくらいならまだ俺でも教えられるな!」

「駄目だよカイ。君の説明は混乱を招くことになるのは目に見えているから」

「っんなことないって!! そりゃお前みたいにはいかないけどさ……」

「…………」

 己の姫がどこにいるかを常に把握していたい世話係の青年が今夜もまた、彼女の傍で小さな言い争いを繰り広げていた。

「アレスとカイが、お父様が疲れてらっしゃるんじゃないかって来てくれたんです」

 あくまで忙しいキュリオの負担を軽減させるために来てくれたのだと、その気遣いに嬉しそうなアオイ。

「キュリオ様! どうぞおやすみになってください! アオイ姫様の宿題は俺たちが見させて頂きますので」

 月の綺麗なこの時分に、朝日のような溌剌(はつらつ)とした笑顔で駆け寄ってきた剣士のカイ。そのあとに続いた魔導師のアレスが前に出て深く一礼し、似たような言葉をせせらぎのように穏やかに述べる。

「教育係として私が責任を持ってお教え致しますので、お先におやすみになってくださいキュリオ様」

 ふたりに悪気がないのはよくわかっている。
 彼らとて、学園に通い始めたアオイと過ごす時間が極端に短くなってしまった事に寂しさを感じているため、こうして出番を探してはちょくちょく会いに来たいのが本音というところだろう。

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