上 下
70 / 92
ふたりで辿る足跡

瑞貴の夢

しおりを挟む
 抵抗する余力もない瑞貴は三浦に腕を引かれながら個室席へ戻った。
 懐石料理が有名らしいこの店は至るところに間接照明がなされ、雰囲気も料理も完璧で上品なものばかりが出される。
 畳の上に立ち尽くした三浦理穂に座るよう促され、自分の意志とは無関係に腰をおろした瑞貴。そんな彼を横目で見ながら知的美人で女子力最強と言われている完全無欠の女性は艶やかな動作で日本酒を注いで渡す。

「出張先でまで若葉さんが気になるなんてホントいい”お兄さん”なのね桜田くん。……もしかして社会に出てからもずっと連絡とってたの?」

探るような視線に気づかぬ瑞貴は、まるで思い出を語るようにポツリポツリと話しはじめる。

「……大学卒業後、地元に就職しようとしたんだ。俺……」

「……え? そ、それで?」

 彼の口から初めて聞く若かりし頃の”桜田瑞貴”に三浦は一字一句を聞き逃すまいと全身系を集中し瑞貴に向き合う。

「それなりの会社で働いて、実家の近くに真っ白な家建てて……って素朴な夢があったんだ」

「……家族のため? 本当に優しいのね。こっちに就職したのは何か理由でもあったの?」

(真っ白な家って、……憧れとかそういうもの?)

 どことなく気になるフレーズが引っかかる。
 女性が言うのはわかるが、瑞貴のような独身男性が語る夢には具体的過ぎるような気がしたからだ。そして叶わなかった理由がなんにせよ、瑞貴が今の会社に就職していなければ決して出会うことはなかったため三浦にとっては好都合だった。

(桜田くんは長男だったわよね……いずれ実家に戻ることも大有りだわ。妹が小姑じゃなければ良いけれど……)

 三浦理穂が瑞貴の身の置き方に自身を当てはめるのは、やはりそういうことだろう。いずれそうなりたいと願う彼女の密かな欲望は”若葉ちえり”の登場によって炙りだされてしまったのだ。
 しかしそんな望みは彼の一言で無残にも打ち砕かれる。

「……家族っていうか、家族になって欲しい女性ひとに……男がいたんだ。一人前になってから伝えようと思ったのが仇になっちゃってさ。連絡先だって妹に聞けばわかるけど、声聞いたら会いたくなるだろ……?」

 震える声で自嘲気味に笑う瑞貴に嫌な予感が胸に圧し掛かる。
 自分の予感が外れていて欲しいと願いながら、そこを確かめずにはいられない三浦。

「……っい、妹さんと若葉さんって確か幼馴染だったわよ、ね……?」

「それをいうなら俺もだよ。ずっと、ずっと一緒だったんだ俺たち……」

 寂しそうに呟きながら、それ以上言葉の続かない彼に予感は的中したのだと思い知らされる。

「……っ!」

(……あんなっ……なんの取り柄もない子が桜田くんの想い人だっていうのっ……!?)

 金魚の糞のように瑞貴の後をついてまわり、無条件に彼の優しさを与えられる若葉ちえりのヘラヘラした(?)緩んだ顔が憎らしく浮かんでは消える。

「……って、三浦にこんな話するなんてどうかしてるな……ごめん。俺やっぱもう部屋戻るわ。明日も早いしな」

「ねぇ桜田くん」

「……?」

 腰を上げようとした瑞貴に三浦が問いかける。

「その話、若葉さんには……?」

「まさか。……せっかくまた一緒に居られるってのにギクシャクしたくないんだ」

「……私に話してくれたのはどうして?」

「どうしてかな、やっぱ同期で付き合いが長いからかな……」

「じゃあ……"付き合いの長い同期"から、いい提案があるの。聞いてくれる?」

 ここから始まる三浦理穂の姑息な逆襲にまだちえりは気づかない。


「やぁだ瑞貴センパイ……パンツ裏表逆ですよぉ~~むにゃむにゃ……」

「……なんつー夢見てんだか、まったく……」

「うへへ……」

「うへへって……女の言うことか? ホント面白いやつ」

 ツンツンと指先で頬を突かれるものの、爆睡したちえりは一向に目を覚まさない。ベッドに寝ると言いながらも、ちえりの傍のソファへ横たわる彼は安眠を妨げられ迷惑そうだが、眠ってからも口数の多い年上の同期に自然と笑みが零れる。

 この夜、また付いてしまった小さな嘘。
 鳥居式で言えばこれは”秘密”なのかもしれない。

 瑞貴を心配させたくないがために、もっともらしい嘘を述べてしまったちえりは翌日、死ぬほど後悔するのだった――。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

同居離婚はじめました

仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。 なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!? 二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は… 性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

処理中です...