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白羽(しろう)聖(ひじり)
危険な夜の予感
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聖と翼の部屋を立ち去る直前、最後の挨拶をと振り返ったまりあは感謝の意を込めて深々と頭を下げる。
「本当にお世話になりました。翼くん、また……」
「……いえ……」
扉を閉めるでもなく、俯いたまま言葉なく立ち尽くしている翼。あまりに急な展開に心の準備ができていなかったのはまりあも同じらしく、立ち去るのを躊躇う彼女の肩を抱いた聖が軽く頭を下げる。
「では失礼します。行こう、まりあ」
「うん……」
(翼くん、目を合わせてくれなかった……。
相談もなく行動に移しちゃって、本当に良かったのかな……)
荷物を収納し終えたまりあは時が経つのも忘れ自問自答を繰り返している。
夕焼け色に染まった室内が長い時間の経過を意味していた。
やがて夕食の仕込みから戻った聖はソファの上で微動だにしない娘を視界に捉え、背後から顔を覗きこむように回り込んだ。
「ただいま、可愛い僕のまりあちゃん」
「あ……おかえりなさい、お父さん」
包み込むような優しい眼差しを向ける聖だったが、少女の視線は失速して宙で絡まり、先ほどの一件に罪悪感を抱いているだろうことは明らかだった。
「なに考えてるの?」
「っ!」
ジッと見つめられ、父の妖艶な瞳に要らぬことを口走ってしまいそうなまりあは、慌てて然したる問題にもならないことを聖へ問う。
「そ、そういえば……お父さんはお母さんと一緒に住まないのかなって……」
「うん。粋は別の部屋だよ。たぶん翼さんの部屋の近くだと思うけど、どうして?」
さもそれが当たり前のように、小首を傾げて答えた聖に違和感が残る。
夫婦でありながら別々の部屋に住み、しかもその様子では妻である粋の部屋を詳しく知らないようだ。
(家族として一緒に暮らしていたときには仲が悪そうにはみえなかったし、ふたりは食堂で過ごす時間が長いから、部屋は別でもいいっていう考えなのかな……?)
思い返してみれば記憶の中の養父母は、夫婦らしいスキンシップどころか愛の語らいなどもしている様子はなく、 もしかしたら元々サバサバした間柄だったのかもしれない。
(……お母さんそんな感じだったかも……)
溌溂とした元気印の粋が、か弱く聖に”しな垂れかかる”ところなどまったく想像できない。
「ううん、なんでもない」
意外な言葉で早々に解決してしまった疑問だが、翼の部屋を出ると決めたのは自分で聖のせいではないのだから、いつまでも暗い顔をしていては養父に申し訳ない。
気を取り直して笑顔を作ろうとすると、今度は聖の言葉にまりあは首を傾げた。
「――まりあちゃん。この部屋にはベッドがひとつしかないんだ」
「うん、私ここで寝るから大丈夫だよ? 枕と毛布があれば、ここも立派なベッドだね」
まりあはふかふかなソファで足をぶらぶらさせ、大きく伸びをしてみせる。
そんなまりあの頬を聖の綺麗な指先がなぞる。
「遊び疲れて眠ってしまったまりあちゃんをベッドへ運ぶのは僕の役目だ」
「そんな時もあったね」
懐かしさに目を細めるまりあに聖もまた柔らかく頷く。
「そして運んだのは君のベッドじゃない。僕のベッドだった」
「うん……寝ぼけてお父さんのベッド入っちゃった! って驚いたんだから……」
「ふふっ真夜中に目覚めたまりあの反応が面白くて僕は寝たふりをしていたんだよ?」
当時を思い出すように頬を摺り寄せてくる聖。
十代のまりあよりも美しい養父の肌が吸い付くように馴染み、くすぐったさに体をよじる。
「っお、面白い? って……?」
ゾクゾクするおかしな感覚に頬を染めながら気づかれぬよう距離をとろうとすると、強い力で抱きこまれる。
「……っ!」
「こうして僕の腕から逃れようとするけど、ビクともしないってわかると諦めて、可愛く胸に顔を寄せてくるとかね……?」
うっとりと目を閉じた聖。
やがて角度を変えた彼の顔が視界にうつり、緊張に背筋を伸ばした頬へと唇が押し付けられた。
「本当にお世話になりました。翼くん、また……」
「……いえ……」
扉を閉めるでもなく、俯いたまま言葉なく立ち尽くしている翼。あまりに急な展開に心の準備ができていなかったのはまりあも同じらしく、立ち去るのを躊躇う彼女の肩を抱いた聖が軽く頭を下げる。
「では失礼します。行こう、まりあ」
「うん……」
(翼くん、目を合わせてくれなかった……。
相談もなく行動に移しちゃって、本当に良かったのかな……)
荷物を収納し終えたまりあは時が経つのも忘れ自問自答を繰り返している。
夕焼け色に染まった室内が長い時間の経過を意味していた。
やがて夕食の仕込みから戻った聖はソファの上で微動だにしない娘を視界に捉え、背後から顔を覗きこむように回り込んだ。
「ただいま、可愛い僕のまりあちゃん」
「あ……おかえりなさい、お父さん」
包み込むような優しい眼差しを向ける聖だったが、少女の視線は失速して宙で絡まり、先ほどの一件に罪悪感を抱いているだろうことは明らかだった。
「なに考えてるの?」
「っ!」
ジッと見つめられ、父の妖艶な瞳に要らぬことを口走ってしまいそうなまりあは、慌てて然したる問題にもならないことを聖へ問う。
「そ、そういえば……お父さんはお母さんと一緒に住まないのかなって……」
「うん。粋は別の部屋だよ。たぶん翼さんの部屋の近くだと思うけど、どうして?」
さもそれが当たり前のように、小首を傾げて答えた聖に違和感が残る。
夫婦でありながら別々の部屋に住み、しかもその様子では妻である粋の部屋を詳しく知らないようだ。
(家族として一緒に暮らしていたときには仲が悪そうにはみえなかったし、ふたりは食堂で過ごす時間が長いから、部屋は別でもいいっていう考えなのかな……?)
思い返してみれば記憶の中の養父母は、夫婦らしいスキンシップどころか愛の語らいなどもしている様子はなく、 もしかしたら元々サバサバした間柄だったのかもしれない。
(……お母さんそんな感じだったかも……)
溌溂とした元気印の粋が、か弱く聖に”しな垂れかかる”ところなどまったく想像できない。
「ううん、なんでもない」
意外な言葉で早々に解決してしまった疑問だが、翼の部屋を出ると決めたのは自分で聖のせいではないのだから、いつまでも暗い顔をしていては養父に申し訳ない。
気を取り直して笑顔を作ろうとすると、今度は聖の言葉にまりあは首を傾げた。
「――まりあちゃん。この部屋にはベッドがひとつしかないんだ」
「うん、私ここで寝るから大丈夫だよ? 枕と毛布があれば、ここも立派なベッドだね」
まりあはふかふかなソファで足をぶらぶらさせ、大きく伸びをしてみせる。
そんなまりあの頬を聖の綺麗な指先がなぞる。
「遊び疲れて眠ってしまったまりあちゃんをベッドへ運ぶのは僕の役目だ」
「そんな時もあったね」
懐かしさに目を細めるまりあに聖もまた柔らかく頷く。
「そして運んだのは君のベッドじゃない。僕のベッドだった」
「うん……寝ぼけてお父さんのベッド入っちゃった! って驚いたんだから……」
「ふふっ真夜中に目覚めたまりあの反応が面白くて僕は寝たふりをしていたんだよ?」
当時を思い出すように頬を摺り寄せてくる聖。
十代のまりあよりも美しい養父の肌が吸い付くように馴染み、くすぐったさに体をよじる。
「っお、面白い? って……?」
ゾクゾクするおかしな感覚に頬を染めながら気づかれぬよう距離をとろうとすると、強い力で抱きこまれる。
「……っ!」
「こうして僕の腕から逃れようとするけど、ビクともしないってわかると諦めて、可愛く胸に顔を寄せてくるとかね……?」
うっとりと目を閉じた聖。
やがて角度を変えた彼の顔が視界にうつり、緊張に背筋を伸ばした頬へと唇が押し付けられた。
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