163 / 208
悠久の王・キュリオ編2
サイドストーリー23
しおりを挟む
「……!」
ベッドの上でパッと輝いたアオイの笑顔。キュリオが不在時に現れる、この謎の青年はアオイにとって不思議な存在でありながら恩人なのである。
まだひとりで昇り降りのできないベッドも、腹ばいになりながらゆっくり足を下ろして床に降りることに成功すると、捲れあがった寝間着を直してバルコニーへ続くガラス戸の前まで急ぐ。
アオイが移動したのを見た彼もまたバルコニーを歩いてガラス戸の前に立った。
「……」
困ったように上方を見つめたアオイの視線の先には届きそうにないガラス戸のノブがあった。
左手でガラスに手をつき、背伸びしながら懸命に右手を伸ばすアオイ。室内のすべてのものは高身長のキュリオに合わせた設計のため、幼いアオイに届くはずもない。
『……』
外側からジッとその様子を見ていた青年はアオイと視線を合わせるようにしゃがむと、優しく問いかける。
『アオイ、これ以上はあいつに気づかれる。座って話そうぜ』
「……あい」
しょんぼりしたアオイも青年の言わんとしていることを理解し、大人しく手をおろす。
一枚のガラス越しに見つめ合ったふたり。以前は赤子だったアオイがこうして自分の手足で移動し、考えるまでに成長していることに青年は小さな喜びさえ感じていた。
『ちょっと見ない間にデカくなったな』
「?」
アオイが目を丸くするのも無理はない。キュリオも周りの人たちもそのような言葉使いをする者はいないため、何と言われているのかわからないのだ。
『成長したなって意味だ』
青年は手を伸ばしかけて……思いとどまる。見た目では何の変哲もないガラス戸でも、そこにはキュリオの厳重な結界が施されている。
「あいっ」
言葉を理解し、嬉しそうに笑うアオイはガラス越しに伸びてきた手に触れようとガラス戸に手の平を押し当てた。ペタペタとガラスを這うアオイの小さな手。それに触れることの叶わないもどかしさに青年は少し寂しそうに微笑んだ。
『最近はどうだ? お前を虐めるやつはいないか?』
月を見上げる様に腰を下ろした彼は、肩越しにアオイを振り向きながら言葉を告げる。
風に揺れた黒髪と、月の光に照らされた青年の横顔。悠久に存在しない深紅の瞳は見るものを震え上がらせるに十分な異質さを兼ね備えているが、アオイにとっては優しい眼差し以外の何者でもない。
うんうん、と首を縦に振るアオイの瞳に偽りはない。愛にあふれた柔らかな雰囲気はアオイがもつ特融のものなのか、溺れるほどの愛をキュリオに注がれているからなのかはわからない。
ただ、以前のようにアオイが虐げられることなく、健やかに過ごしていることに安堵した青年は次の記憶を巡らせた。
『この前はありがとな。お前のお陰で助かった』
マダラに受けた傷を引きずりながら辿り着いたこの場所で、キュリオに拘束された彼は手荒い治療を受けながらも危うく命を落とすところだったのだ。
そして創世の時代に民を大虐殺されたを恨みをもつ現悠久の王キュリオが、ヴァンパイアに激しい憎悪を抱いているのは無理もなく、その王が自身の懐に飛び込んできたとあらばみすみす生かしておく理由もない。
「んーん……あいがと」
彼はアオイが何について礼を言ってきたのかはわからない。
ただアオイはずっと伝えたかったのだ。赤子の頃、女神一族のウィスタリアに襲われた際、身を守る術をもたなかった自分を助けてくれた彼に――。
ベッドの上でパッと輝いたアオイの笑顔。キュリオが不在時に現れる、この謎の青年はアオイにとって不思議な存在でありながら恩人なのである。
まだひとりで昇り降りのできないベッドも、腹ばいになりながらゆっくり足を下ろして床に降りることに成功すると、捲れあがった寝間着を直してバルコニーへ続くガラス戸の前まで急ぐ。
アオイが移動したのを見た彼もまたバルコニーを歩いてガラス戸の前に立った。
「……」
困ったように上方を見つめたアオイの視線の先には届きそうにないガラス戸のノブがあった。
左手でガラスに手をつき、背伸びしながら懸命に右手を伸ばすアオイ。室内のすべてのものは高身長のキュリオに合わせた設計のため、幼いアオイに届くはずもない。
『……』
外側からジッとその様子を見ていた青年はアオイと視線を合わせるようにしゃがむと、優しく問いかける。
『アオイ、これ以上はあいつに気づかれる。座って話そうぜ』
「……あい」
しょんぼりしたアオイも青年の言わんとしていることを理解し、大人しく手をおろす。
一枚のガラス越しに見つめ合ったふたり。以前は赤子だったアオイがこうして自分の手足で移動し、考えるまでに成長していることに青年は小さな喜びさえ感じていた。
『ちょっと見ない間にデカくなったな』
「?」
アオイが目を丸くするのも無理はない。キュリオも周りの人たちもそのような言葉使いをする者はいないため、何と言われているのかわからないのだ。
『成長したなって意味だ』
青年は手を伸ばしかけて……思いとどまる。見た目では何の変哲もないガラス戸でも、そこにはキュリオの厳重な結界が施されている。
「あいっ」
言葉を理解し、嬉しそうに笑うアオイはガラス越しに伸びてきた手に触れようとガラス戸に手の平を押し当てた。ペタペタとガラスを這うアオイの小さな手。それに触れることの叶わないもどかしさに青年は少し寂しそうに微笑んだ。
『最近はどうだ? お前を虐めるやつはいないか?』
月を見上げる様に腰を下ろした彼は、肩越しにアオイを振り向きながら言葉を告げる。
風に揺れた黒髪と、月の光に照らされた青年の横顔。悠久に存在しない深紅の瞳は見るものを震え上がらせるに十分な異質さを兼ね備えているが、アオイにとっては優しい眼差し以外の何者でもない。
うんうん、と首を縦に振るアオイの瞳に偽りはない。愛にあふれた柔らかな雰囲気はアオイがもつ特融のものなのか、溺れるほどの愛をキュリオに注がれているからなのかはわからない。
ただ、以前のようにアオイが虐げられることなく、健やかに過ごしていることに安堵した青年は次の記憶を巡らせた。
『この前はありがとな。お前のお陰で助かった』
マダラに受けた傷を引きずりながら辿り着いたこの場所で、キュリオに拘束された彼は手荒い治療を受けながらも危うく命を落とすところだったのだ。
そして創世の時代に民を大虐殺されたを恨みをもつ現悠久の王キュリオが、ヴァンパイアに激しい憎悪を抱いているのは無理もなく、その王が自身の懐に飛び込んできたとあらばみすみす生かしておく理由もない。
「んーん……あいがと」
彼はアオイが何について礼を言ってきたのかはわからない。
ただアオイはずっと伝えたかったのだ。赤子の頃、女神一族のウィスタリアに襲われた際、身を守る術をもたなかった自分を助けてくれた彼に――。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~
柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。
想像と、違ったんだけど?神様!
寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。
神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗
もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。
とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗
いくぞ、「【【オー❗】】」
誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。
「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。
コメントをくれた方にはお返事します。
こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。
2日に1回更新しています。(予定によって変更あり)
小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。
少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
王子の婚約者なんてお断り 〜殺されかけたので逃亡して公爵家のメイドになりました〜
MIRICO
恋愛
貧乏子爵令嬢のラシェルは、クリストフ王子に見初められ、婚約者候補となり王宮で暮らすことになった。しかし、王妃の宝石を盗んだと、王宮を追い出されてしまう。
離宮へ更迭されることになるが、王妃は事故に見せかけてラシェルを殺す気だ。
殺されてなるものか。精霊の力を借りて逃げ切って、他人になりすまし、公爵家のメイドになった。
……なのに、どうしてまたクリストフと関わることになるの!?
若き公爵ヴァレリアンにラシェルだと気付かれて、今度は公爵の婚約者!? 勘弁してよ!
ご感想、ご指摘等ありがとうございます。
ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?
藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」
9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
王宮まかない料理番は偉大 見習いですが、とっておきのレシピで心もお腹も満たします
櫛田こころ
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞〜癒し系ほっこりファンタジー賞〜受賞作品】
2022/7/29発売❣️ 2022/12/5【WEB版完結】2023/7/29【番外編開始】
───────『自分はイージアス城のまかない担当なだけです』。
いつからか、いつ来たかはわからない、イージアス城に在籍しているとある下位料理人。男のようで女、女のようで男に見えるその存在は、イージアス国のイージアス城にある厨房で……日夜、まかない料理を作っていた。
近衛騎士から、王女、王妃。はてには、国王の疲れた胃袋を優しく包み込んでくれる珍味の数々。
その名は、イツキ。
聞き慣れない名前の彼か彼女かわからない人間は、日々王宮の贅沢料理とは違う胃袋を落ち着かせてくれる、素朴な料理を振る舞ってくれるのだった。
*少し特殊なまかない料理が出てきます。作者の実体験によるものです。
*日本と同じようで違う異世界で料理を作ります。なので、麺類や出汁も似通っています。
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる