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悠久の王・キュリオ編

ダルド、広き世界の中で

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「……っ仲間を……ぎ……せい、に……して……?」

男が吐き捨てた言葉を信じられないといった様子で反芻したダルド。見開かれた神秘的な彼の瞳は、人間の愚かさや浅ましさにひどく落胆し、絶望の色に支配されていく。

(これがっ……にんげん、そんなものにっ……ぼく、は…………)

キュリオが言っていた”人型聖獣”という言葉を思いだし、この悍(おぞ)ましい”人間”という存在へと変化してしまった自分に吐き気がする。

「うっ……ゲホッ」

「……あ? いま死ぬんじゃねぇぞ? てめぇは生きたまま好きモノに売り飛ばすんだからよぉ!! ……まぁ、死んでも剥製にはなるか。とにかく、こうしちゃ居られねぇな……いつまた追手が来るとも限らねぇ……」

「おら! 立ちやがれ!!」

ダルドの長い白銀の髪を鷲掴みし、力いっぱい引き上げる大柄な猟師(キニゴス)。恐怖と毒による痺れに苦痛の呻き声を漏らしたダルドの顔が激しく歪み、その瞳からは一筋の涙が零れて――……

「……キュリオッ……」

一度でも仲間だと言ってくれたキュリオがこの男と同じ種族であるとは絶対に思いたくない。
――しかし、優しく差し伸べてくれたその手を振り払ったのは誰でもない自分自身であり、彼を信じきれなかった自分に嫌気がさす。

「……ってめぇ……キュリオ王のなんだ?」

もっとも恐れるべき相手の名を耳にした巨体の男の眉間がビクリと動く。
猟師はダルドが叫び声を上げられぬようさらに髪を引き上げ、万が一のときはいつでも息の根を止められるよう真っ白な喉元に鋭い短剣を突きたてながら拷問まがいの行動へとでた。

「……っぼ、ぼくは……ただの……銀、っ……」

ダルドが弱々しく言い終える前に、まばゆい光が一閃――

「……な、なんだっ!?」

音はなかった。
ただ、目で追えぬほどの神がかりな速さで光が駆け抜けたと思った次の瞬間――……
猟師キニゴスの巨体は勢いよく後方の岩へと吹き飛び、その身を激しく打ちつけていた。

「彼は私の仲間であり友人だ」

いつの間にか雲の晴れた空で輝く月光を光輪とした人物が真っ白な翼を広げダルドの前にひらりと舞い降りた。

「……っ」

様々な感情が入り混じったダルドの視界は涙で歪み、片膝をついてこちらへと顔を寄せてくる青年にあふれる想いを伝えようと口を開いた。

「……ぼ、ぼくっ……ごめ、……キュリオを……信じられなくてっ……ぼく、人間に……なりたくないっ……」

「ダルド、私は君に謝らなくてはならない。先に誤解を解く必要があった」

傍らに剣を置いたキュリオは横たわるダルドの身をゆっくり抱きおこす。

「え……?」

自身を責めるような切なく美しい空色の瞳に魅入られていると、彼からあふれ出た優しい光がダルドを包む。それは傷ついた人型聖獣の体に流れ込んだマグマのように煮えたぎる猟師の毒を浄化し癒していき、自由を奪われていた肢体は羽のように軽く、そして胸を押しつぶすような息苦しさも一瞬にして取り去ってくれた。

「君が怖がる武器、それは使い手によって齎されるものが大きく違うとね」

「…………」

その言葉にまだ頷くことはできないダルドはキュリオの手を借りながら座りなおす。

「これを見てほしい」

言われて視線を移すと、彼の手には銀色に輝く神々しい剣が握られており、命をもったひとつの塊のように小さな振動を幾度も繰り返している。

(キュリオも……持ってるんだ……)

わずかに影を落としたダルドの心。
どこかで期待していた”彼は他の人間とは違う”というほのかな願いがバラバラに砕けてしまった。

「で、でもっ……武器はどれも同じ……だと、思う。……キュリオの剣だって……」

自由がきくようになったダルドは気絶した猟師の巨体へと視線をうつす。
しかしあれだけ激しく打ちつけられた猟師からは一滴の血も流れておらず、並外れた野生の嗅覚を以てしても、彼が傷を負ってないことがわかった。

「……?」

不思議そうに首を傾げるダルドにキュリオが囁く。

「彼を直接斬りつけたわけじゃない。あれは剣圧によるものさ」

いくら罪人とはいえ、王のそれは民に向けてよい代物ではない。
それほど神剣の力は強大で、五大国それぞれの王が持つ神具にも同じことが言える。

「私の剣も城に仕える男たちがもつ刃もすべて、弱き者を守るために存在しているものなんだ」

そう話すキュリオは光にあふれてとても美しかった。
そしてその言葉と瞳には、かつての群れのリーダーのような大きな心と強い信念を感じる。

「……弱き者を守る、ため……」

「……っ!」

目を見開き、かつて信頼していた仲間の言葉を想い返す。

『お前を受け入れ、守ってくれる新たな仲間を見つけ、そいつの力になれ』

(……君が言っていたのは、きっとキュリオのことなんだね……)

走り続けていた仲間たちが悠久の王に一目会おうと目指していたかはわからない。
しかし、ダルドの異変に気づいたあの彼ならば、孤独を恐れていた自分をキュリオのもとへ導いたはずだ。
広い視野と見聞を持っていた彼がキュリオに引き合わせてくれたのだとようやくわかり、胸に熱い想いが込み上げる。

「……っ、……」

声を殺しながら涙を流すダルドにキュリオの声が優しく響く。

「それでもこんな私を許せない、君が聖獣として生きたいと望むならば……私は遠くからいつまでも見守ろう」

「……っううん、見つけたんだ。ぼくのやるべき、こと……」

「うん?」

たどたどしく言葉を紡ぐダルドがゆっくり立ち上がると、それに倣ったキュリオが傍らに寄り添う。

「……ぼく、は……仲間だっていってくれた、キュリオの傍にいたい。
そして――、いつか君を支えられるような人間になりたい!!」

「……!」

力強くそう答えたダルドの瞳に迷いはなかった。
驚きつつも、彼がそう選んでくれたことを嬉しく思ったキュリオは大きく頷く。

「あぁ、これからもよろしく。ダルド」

「……っありがとう、キュリオ……!」

固く繋がれた手は二度と離れることなく先の未来を共に歩むことになる。
唯一無二の仲間を得たダルドは人間に対する不信感は完全に取り除けぬものの、キュリオや城の人間に対しては怯えることなく心を開いていく。


――自分ひとりでは考えることができなかった未来を与えてくれた銀狐の彼に心で囁く。


(……やっぱり凄いね、君はっ……)


すると、空気に透けるような体の大きな白銀の獣が視界の端を横切り、……そして振り返った。


『今頃気づいたか? やっぱりお前は子狐のダルドだなっ!』


あの彼がキュリオの背後で優しく微笑んだ気がした――。
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