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第4章ダイジェスト(2):5
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その背中を見送っていた和馬さんは、いつものように穏やかな声で告げる。
「皆さん、勘違いをされているようで困ります。私の恋人になればユウカのように愛されるということではなく、相手がユウカだからこのような恋愛をしているだけなのです」
「その違いが、良く分からないんですけど」
なぞなぞみたい物言いに首を傾げると、和馬さんは声を出さずに笑う。
「中村君から聞いたでしょう?大学時代、私がどのような付き合いをしていたかを」
「あ、はい……」
コクリと頷きながら、過去に聞いた話を思い返す。
和馬さんは、恋愛ごとで感情を表に出すような人ではなかったこと。
私に見せるような執着心や独占欲は、少しもなかったということ。
留美先輩から見て、和馬さんと彼女さんからは、甘い雰囲気を感じられなかったこと。
「それって、最初は信じられなかったんですよ。だって和馬さんは、私と初めて会った時から、すっごく優しい人だったから」
クスクス笑う私を、和馬さんが抱きしめてくる。
「それは当然ですよ。あなたが社内報担当者として社長室を訪れた時には、ユウカのことが好きでしたからね」
「えー、なんですか、それ。いつの間に私を好きになったんですか?」
私が尋ねると、和馬さんはクスリと微笑む。
「その話は、いずれ折を見て。さぁ、帰りましょうか」
私たちは会社を出て、スーパーで食材を買い、和馬さんの部屋に戻ってきた。
彼に時折ちょっかいをかけられながら夕食を仕上げてゆく。
食後にリビングのソファで飲み物を飲みながらおしゃべりして、適当な頃合いを見て、お風呂を借りた。
「お先でした」
この部屋に置かせてもらっている自分のパジャマに身を包んだ私は、ホカホカの状態で洗面所から出てくる。
そしてソファに座って、少しでも早く使い慣れたいとスマートフォンを弄りはじめると、和馬さんは用意してあった薄い肌掛け布団を肩にかけてくれる。
「そのままでは湯冷めしますよ。では、お風呂に入ってきますね」
私のこめかみにチュッとキスを一つ贈ると、和馬さんは洗面所へと歩いていった。
「……こんな風に大事にされるってなれば、和馬さんと付き合いたいって思う人がいても当然だよ」
見つめてもらえたら。
笑いかけてもらえたら。
触れてもらえたら。
キスしてもらえたら。
抱きしめてもらえたら。
誰よりも、何よりも、彼に自分を愛してもらえたら。
それだけで、世界一の幸せ者になれそうだと思えてしまう。
「初めての彼氏が和馬さんだなんて……」
彼氏の基準を和馬さんに設定してしまったら、次の彼氏探しは間違いなく大変だ。
―――困った。和馬さんと別れたら、二度と彼氏なんて出来そうにないや。
そんな馬鹿なことを考えていると、いつの間にか彼がお風呂を済ませてリビングに入ってくるところだった。
スリッパが床を打つ軽い音を響かせながらこちらにやってくると、和馬さんは静かに私の隣に腰を下ろす。
全身肌掛けに包まれている私を片腕で抱き寄せた。
「ミノムシ状態のユウカも可愛いですね。ですが、出来たら顔を見せてください」
頭の上から、スルリと肌掛けが滑り落ちる。油断していた私は、複雑な表情を和馬さんに見られてしまうことになってしまった。
「ユウカ?」
名前を呼ばれ、窺うように覗きこまれる。居心地が悪くなり、顔を伏せた。
「難しい顔をして、何を考えていたのですか?その様子では、あまり良いことではなさそうですね。『もし別れたら』などと考えていたのでしょう?」
やっぱり彼は鋭い。
「そ、それは……、ええと……」
言いよどむ私を彼の逞しい腕が引き寄せ、広い胸に凭れさせる。もう一方の腕も回ってきて、ギュウッと私を抱き締めた。
「馬鹿なことを考えないように。私がユウカと別れるなど、一切ありえないことなのですから」
「えっと、その、ごめんなさい。別に、和馬さんを疑っていたわけじゃなくって」
――言い寄ってくる女性の中で、私以上に好きになれそうな人がいたら……。
ボソボソと呟けば、さらに強く抱きしめられる。
「あなたはこんなにも私を惹き付けているのに、何を心配しているのですか?」
「だ、だけど、本気で別れるって考えていたわけじゃないですよ。このところ色々あったから、変なことを考えちゃっただけなんだと思います」
力なく笑うと、頭の上から大きなため息が降ってきた。
「私はどうにもたまらないほど、ユウカのことが可愛くて仕方がないのです」
「でもそれって、子供や動物に対して可愛いって思うのと同じ感覚ではないんですか?」
さっきもミノムシになっている私を可愛いと言っていた。そのセリフは成人した女性に向けるものではないような気がする。
そう漏らせば、一旦拘束を解いた彼の腕が私の脇腹を通り、ウエストに絡みついたかと思えばグイッと膝の上に抱え上げられた。
そしていっそう強く私を抱きしめた和馬さんが、肌掛けの隙間から私の首筋に鼻先を埋める。
「失礼な。私には幼女趣味も獣姦趣味もありませんよ」
「あ、あの、そんなつもりで言ったんじゃなくってっ」
敏感な首元でしゃべらないで欲しい。
くすぐったさに身を竦めていると、耳の付け根より少し下がった辺りをチュッと吸われた。
「あんっ」
ゾクッとした感覚が背筋を駆け上がり、思わず声が出てしまった。
「ふふっ、いい声ですね」
肌掛けの上から長い腕に捉われているため、私は腕が動かせない。
「や、やめ……て」
弱々しい制止の声など聞く耳を持たず、和馬さんは何度も唇を寄せてくる。
「あなたを女性として見ていて、そして、あなたにしっかりと情欲を感じています」
「は、んん……。じょ、情欲?それって、何かの勘違いとか……」
「散々私に抱かれてきたというのに、まだそんなことを言うのですか?勘違いなどではありませんよ。その証拠に、ほら」
彼は肌掛けの中に手を侵入させて私の左手を取り、パジャマ代わりに着ている黒いスェットの『ある場所』へ導く。
私の手の平に当たるのは、わずかながらでも硬さを持っている彼の……。
驚いて腕を引っ込めようとするより先に、彼が私の手の上からグイッと自分の手を押し付ける。
「分かるでしょう?私はあなたのことを『大人の女性』として欲しているのです。ユウカの喘ぎ声だけでこの反応ですよ。我ながら我慢が利かなくて困ります」
という和馬さんの顔はちっとも困っていない。それどころか、嬉しそうだ。
「ふえっ?で、でも、だけどっ」
――声だけで?信じられない!
パクパクと口を開閉する私に、和馬さんの形の良い眉が片方ひょいっと上がる。
「証拠を示しても、まだ信じていただけないのですか?……では、仕方がありません。改めてあなたの体に教え込むとしますか」
和馬さんは肌掛けを取り去ると、私を横抱きにして立ち上がった。
そして全く危なげない足取りでドンドン進み、連れて来られたのは彼の寝室。薄明りの寝室に置かれた大きくて広いベッドの真ん中に、宝物のように優しく下ろされる。
「和馬さんっ」
目を白黒させる私の目の前で、彼はTシャツを何のためらいもなく脱ぎ捨てた。
脱いだ時に乱れた前髪の間から覗く切れ長の瞳が、言葉にならないほど色気を放っている。
洗い立ての髪はまだ湿り気を帯びていて、いつもよりも多く切れ長の目にかかっていた。
それがあまりにもかっこよくて見惚れてしまい、私は上体を起こすことすら出来なかった。
――私もかなり和馬さんに溺れてるよね。
自分の彼氏に何度ときめくのだろうか。何度目を奪われるのだろうか。
この先もきっと、数えきれないほど、私は和馬さんに心が攫われてしまうのだ。
彼がゆっくりと上体を倒し、鼻先が触れ合うほど距離を縮めてくる。流れた和馬さんの前髪が私のおでこに触れ、少しくすぐったい。
その感触にほんのちょっと笑ってしまうと、ぼやける距離にある目も弧を描いた。
「ユウカ」
切なさを纏った響き。唇で彼の吐息を感じる。
「ユウカ……」
声とも呼気とも判別がつかない小さな囁きを拾い、私は徐々に瞼を閉じてゆく。
トクン、とさっきよりも大きく心臓が音を立てたと同時に、今度は和馬さんの唇を感じた。
唇が優しく重ねられては離れ、また重なる。
彼の薄い唇はとてもやわらかくて、優しくて、温かい。
私に対する愛情がストレートに伝わってくることの心地よさに、いくらか強張っていた体の力を抜いた。
和馬さんの唇で、手で、指先で、声で、トロトロに解かされてゆく。淫らな熱に冒され、私は薄く汗をかいていた。
そして和馬さんにも気持ちよくなってほしいという想いが、体中で渦巻く熱をさらに煽る。
「はぁ、か、ずまさん……」
戦慄く指先で、私を抱き締めている彼の腕に触れた。
それだけで、私が言いたいことを察してくれる。
「ええ、もちろんですよ。私の唇や指で可愛がることもいいですが、そろそろあなたと一つになって愛し合いたいですから」
頭の芯が蕩け始めている私はさしたる抵抗もせず、彼に衣服を脱がされてゆく。裸になった私は、優しく丁寧にベッドへと横たえられた。
和馬さんは私のおでこにキスをすると、パジャマ代わりの黒いスウェットズボンと下着を素早く脱ぎ去る。
そして準備を終えると、私の足の間に割り入ってきた。
「今のあなたがあまりに色っぽいので、自分を抑えられずにあなたを壊してしまいそうです……」
私は視線を横に逸らしたまま、それこそ完熟苺さながらの顔でポツリと告げる。
「私のこと、壊してもいいですよ。そのくらい、私のことが……、好きだってことですよね?」
「ええ、ええ、もちろんです!この世界の誰よりもあなたが好きです!」
即座に返ってきた答えに、胸の奥が温かいもので溢れた。
「だから……、いいですよ。壊されてもいいって思うくらい、和馬さんのことが……、好き、ですから」
「ユウカ……」
感極まった声で私の名前を呼んだきり、和馬さんが黙ってしまった。
どうしたのかとチラッと彼を窺えば、和馬さんの顔がうっすらと赤くなっていた。
「いっそ壊してしまいましょうか?あなたを抱き潰して、壊して、ここから一生出さないというのもいいですね」
「え?」
思わず彼を見てしまうと、壮絶な色気を纏った和馬さんと目が合ってしまう。
「ユウカ。愛してますよ、永遠に」
そう言って微笑む彼の瞳の奥には、色気以上の妖しい光がちらついていた。
それからは、ひたすら彼に翻弄された。思わず口を衝いたセリフを後悔する暇もないほどだった。
だけど一瞬チラつかせた狂気ほどには乱暴ではなく、ただ、ただ、グズグズに溶かされ、徹底的に愛される時間だった。
それはそれで、ある意味狂気じみていた気もするけれど……。
私よりも先に回復した和馬さんが身を起こし、汗でおでこに張り付いている髪を払ってくれた。
そしておでこと、両方の瞼に唇を寄せてくる。
「愛してます」
幸せそうな笑みを浮かべ、幸せそうな声で和馬さんが言う。そんな和馬さんを見たら、私の胸が温かいもので満たされて張り裂けそうになった。
その温かな幸せが涙となって、ポロリと零れる。
「ユウカ、大丈夫ですか?無理をさせてしまって、すみませんでした」
心配げに眉を寄せた和馬さんは、私の呼吸を妨げないよう、唇の端へと優しいキスを繰り返す。
私は小さく首を横に振った。
「そうじゃ、あり、ません……。幸せで苦しいなんて、贅沢だなって……」
はぁ、と大きく息を吐き、彼の目を見つめる。
「今の私は、世界一の幸せ者ですね」
すると和馬さんは目を細めた。
「いいえ、私の方が世界一幸せですよ」
綺麗な微笑みを浮かべながら、両腕でスッポリと私を包み、胸の中に閉じ込めるように抱き締めてくる。
気怠い腕を何とか動かし、私も和馬さんを抱き締める。
そうして私たちは暫くの間、世界一の幸せを噛みしめあったのだった。
「皆さん、勘違いをされているようで困ります。私の恋人になればユウカのように愛されるということではなく、相手がユウカだからこのような恋愛をしているだけなのです」
「その違いが、良く分からないんですけど」
なぞなぞみたい物言いに首を傾げると、和馬さんは声を出さずに笑う。
「中村君から聞いたでしょう?大学時代、私がどのような付き合いをしていたかを」
「あ、はい……」
コクリと頷きながら、過去に聞いた話を思い返す。
和馬さんは、恋愛ごとで感情を表に出すような人ではなかったこと。
私に見せるような執着心や独占欲は、少しもなかったということ。
留美先輩から見て、和馬さんと彼女さんからは、甘い雰囲気を感じられなかったこと。
「それって、最初は信じられなかったんですよ。だって和馬さんは、私と初めて会った時から、すっごく優しい人だったから」
クスクス笑う私を、和馬さんが抱きしめてくる。
「それは当然ですよ。あなたが社内報担当者として社長室を訪れた時には、ユウカのことが好きでしたからね」
「えー、なんですか、それ。いつの間に私を好きになったんですか?」
私が尋ねると、和馬さんはクスリと微笑む。
「その話は、いずれ折を見て。さぁ、帰りましょうか」
私たちは会社を出て、スーパーで食材を買い、和馬さんの部屋に戻ってきた。
彼に時折ちょっかいをかけられながら夕食を仕上げてゆく。
食後にリビングのソファで飲み物を飲みながらおしゃべりして、適当な頃合いを見て、お風呂を借りた。
「お先でした」
この部屋に置かせてもらっている自分のパジャマに身を包んだ私は、ホカホカの状態で洗面所から出てくる。
そしてソファに座って、少しでも早く使い慣れたいとスマートフォンを弄りはじめると、和馬さんは用意してあった薄い肌掛け布団を肩にかけてくれる。
「そのままでは湯冷めしますよ。では、お風呂に入ってきますね」
私のこめかみにチュッとキスを一つ贈ると、和馬さんは洗面所へと歩いていった。
「……こんな風に大事にされるってなれば、和馬さんと付き合いたいって思う人がいても当然だよ」
見つめてもらえたら。
笑いかけてもらえたら。
触れてもらえたら。
キスしてもらえたら。
抱きしめてもらえたら。
誰よりも、何よりも、彼に自分を愛してもらえたら。
それだけで、世界一の幸せ者になれそうだと思えてしまう。
「初めての彼氏が和馬さんだなんて……」
彼氏の基準を和馬さんに設定してしまったら、次の彼氏探しは間違いなく大変だ。
―――困った。和馬さんと別れたら、二度と彼氏なんて出来そうにないや。
そんな馬鹿なことを考えていると、いつの間にか彼がお風呂を済ませてリビングに入ってくるところだった。
スリッパが床を打つ軽い音を響かせながらこちらにやってくると、和馬さんは静かに私の隣に腰を下ろす。
全身肌掛けに包まれている私を片腕で抱き寄せた。
「ミノムシ状態のユウカも可愛いですね。ですが、出来たら顔を見せてください」
頭の上から、スルリと肌掛けが滑り落ちる。油断していた私は、複雑な表情を和馬さんに見られてしまうことになってしまった。
「ユウカ?」
名前を呼ばれ、窺うように覗きこまれる。居心地が悪くなり、顔を伏せた。
「難しい顔をして、何を考えていたのですか?その様子では、あまり良いことではなさそうですね。『もし別れたら』などと考えていたのでしょう?」
やっぱり彼は鋭い。
「そ、それは……、ええと……」
言いよどむ私を彼の逞しい腕が引き寄せ、広い胸に凭れさせる。もう一方の腕も回ってきて、ギュウッと私を抱き締めた。
「馬鹿なことを考えないように。私がユウカと別れるなど、一切ありえないことなのですから」
「えっと、その、ごめんなさい。別に、和馬さんを疑っていたわけじゃなくって」
――言い寄ってくる女性の中で、私以上に好きになれそうな人がいたら……。
ボソボソと呟けば、さらに強く抱きしめられる。
「あなたはこんなにも私を惹き付けているのに、何を心配しているのですか?」
「だ、だけど、本気で別れるって考えていたわけじゃないですよ。このところ色々あったから、変なことを考えちゃっただけなんだと思います」
力なく笑うと、頭の上から大きなため息が降ってきた。
「私はどうにもたまらないほど、ユウカのことが可愛くて仕方がないのです」
「でもそれって、子供や動物に対して可愛いって思うのと同じ感覚ではないんですか?」
さっきもミノムシになっている私を可愛いと言っていた。そのセリフは成人した女性に向けるものではないような気がする。
そう漏らせば、一旦拘束を解いた彼の腕が私の脇腹を通り、ウエストに絡みついたかと思えばグイッと膝の上に抱え上げられた。
そしていっそう強く私を抱きしめた和馬さんが、肌掛けの隙間から私の首筋に鼻先を埋める。
「失礼な。私には幼女趣味も獣姦趣味もありませんよ」
「あ、あの、そんなつもりで言ったんじゃなくってっ」
敏感な首元でしゃべらないで欲しい。
くすぐったさに身を竦めていると、耳の付け根より少し下がった辺りをチュッと吸われた。
「あんっ」
ゾクッとした感覚が背筋を駆け上がり、思わず声が出てしまった。
「ふふっ、いい声ですね」
肌掛けの上から長い腕に捉われているため、私は腕が動かせない。
「や、やめ……て」
弱々しい制止の声など聞く耳を持たず、和馬さんは何度も唇を寄せてくる。
「あなたを女性として見ていて、そして、あなたにしっかりと情欲を感じています」
「は、んん……。じょ、情欲?それって、何かの勘違いとか……」
「散々私に抱かれてきたというのに、まだそんなことを言うのですか?勘違いなどではありませんよ。その証拠に、ほら」
彼は肌掛けの中に手を侵入させて私の左手を取り、パジャマ代わりに着ている黒いスェットの『ある場所』へ導く。
私の手の平に当たるのは、わずかながらでも硬さを持っている彼の……。
驚いて腕を引っ込めようとするより先に、彼が私の手の上からグイッと自分の手を押し付ける。
「分かるでしょう?私はあなたのことを『大人の女性』として欲しているのです。ユウカの喘ぎ声だけでこの反応ですよ。我ながら我慢が利かなくて困ります」
という和馬さんの顔はちっとも困っていない。それどころか、嬉しそうだ。
「ふえっ?で、でも、だけどっ」
――声だけで?信じられない!
パクパクと口を開閉する私に、和馬さんの形の良い眉が片方ひょいっと上がる。
「証拠を示しても、まだ信じていただけないのですか?……では、仕方がありません。改めてあなたの体に教え込むとしますか」
和馬さんは肌掛けを取り去ると、私を横抱きにして立ち上がった。
そして全く危なげない足取りでドンドン進み、連れて来られたのは彼の寝室。薄明りの寝室に置かれた大きくて広いベッドの真ん中に、宝物のように優しく下ろされる。
「和馬さんっ」
目を白黒させる私の目の前で、彼はTシャツを何のためらいもなく脱ぎ捨てた。
脱いだ時に乱れた前髪の間から覗く切れ長の瞳が、言葉にならないほど色気を放っている。
洗い立ての髪はまだ湿り気を帯びていて、いつもよりも多く切れ長の目にかかっていた。
それがあまりにもかっこよくて見惚れてしまい、私は上体を起こすことすら出来なかった。
――私もかなり和馬さんに溺れてるよね。
自分の彼氏に何度ときめくのだろうか。何度目を奪われるのだろうか。
この先もきっと、数えきれないほど、私は和馬さんに心が攫われてしまうのだ。
彼がゆっくりと上体を倒し、鼻先が触れ合うほど距離を縮めてくる。流れた和馬さんの前髪が私のおでこに触れ、少しくすぐったい。
その感触にほんのちょっと笑ってしまうと、ぼやける距離にある目も弧を描いた。
「ユウカ」
切なさを纏った響き。唇で彼の吐息を感じる。
「ユウカ……」
声とも呼気とも判別がつかない小さな囁きを拾い、私は徐々に瞼を閉じてゆく。
トクン、とさっきよりも大きく心臓が音を立てたと同時に、今度は和馬さんの唇を感じた。
唇が優しく重ねられては離れ、また重なる。
彼の薄い唇はとてもやわらかくて、優しくて、温かい。
私に対する愛情がストレートに伝わってくることの心地よさに、いくらか強張っていた体の力を抜いた。
和馬さんの唇で、手で、指先で、声で、トロトロに解かされてゆく。淫らな熱に冒され、私は薄く汗をかいていた。
そして和馬さんにも気持ちよくなってほしいという想いが、体中で渦巻く熱をさらに煽る。
「はぁ、か、ずまさん……」
戦慄く指先で、私を抱き締めている彼の腕に触れた。
それだけで、私が言いたいことを察してくれる。
「ええ、もちろんですよ。私の唇や指で可愛がることもいいですが、そろそろあなたと一つになって愛し合いたいですから」
頭の芯が蕩け始めている私はさしたる抵抗もせず、彼に衣服を脱がされてゆく。裸になった私は、優しく丁寧にベッドへと横たえられた。
和馬さんは私のおでこにキスをすると、パジャマ代わりの黒いスウェットズボンと下着を素早く脱ぎ去る。
そして準備を終えると、私の足の間に割り入ってきた。
「今のあなたがあまりに色っぽいので、自分を抑えられずにあなたを壊してしまいそうです……」
私は視線を横に逸らしたまま、それこそ完熟苺さながらの顔でポツリと告げる。
「私のこと、壊してもいいですよ。そのくらい、私のことが……、好きだってことですよね?」
「ええ、ええ、もちろんです!この世界の誰よりもあなたが好きです!」
即座に返ってきた答えに、胸の奥が温かいもので溢れた。
「だから……、いいですよ。壊されてもいいって思うくらい、和馬さんのことが……、好き、ですから」
「ユウカ……」
感極まった声で私の名前を呼んだきり、和馬さんが黙ってしまった。
どうしたのかとチラッと彼を窺えば、和馬さんの顔がうっすらと赤くなっていた。
「いっそ壊してしまいましょうか?あなたを抱き潰して、壊して、ここから一生出さないというのもいいですね」
「え?」
思わず彼を見てしまうと、壮絶な色気を纏った和馬さんと目が合ってしまう。
「ユウカ。愛してますよ、永遠に」
そう言って微笑む彼の瞳の奥には、色気以上の妖しい光がちらついていた。
それからは、ひたすら彼に翻弄された。思わず口を衝いたセリフを後悔する暇もないほどだった。
だけど一瞬チラつかせた狂気ほどには乱暴ではなく、ただ、ただ、グズグズに溶かされ、徹底的に愛される時間だった。
それはそれで、ある意味狂気じみていた気もするけれど……。
私よりも先に回復した和馬さんが身を起こし、汗でおでこに張り付いている髪を払ってくれた。
そしておでこと、両方の瞼に唇を寄せてくる。
「愛してます」
幸せそうな笑みを浮かべ、幸せそうな声で和馬さんが言う。そんな和馬さんを見たら、私の胸が温かいもので満たされて張り裂けそうになった。
その温かな幸せが涙となって、ポロリと零れる。
「ユウカ、大丈夫ですか?無理をさせてしまって、すみませんでした」
心配げに眉を寄せた和馬さんは、私の呼吸を妨げないよう、唇の端へと優しいキスを繰り返す。
私は小さく首を横に振った。
「そうじゃ、あり、ません……。幸せで苦しいなんて、贅沢だなって……」
はぁ、と大きく息を吐き、彼の目を見つめる。
「今の私は、世界一の幸せ者ですね」
すると和馬さんは目を細めた。
「いいえ、私の方が世界一幸せですよ」
綺麗な微笑みを浮かべながら、両腕でスッポリと私を包み、胸の中に閉じ込めるように抱き締めてくる。
気怠い腕を何とか動かし、私も和馬さんを抱き締める。
そうして私たちは暫くの間、世界一の幸せを噛みしめあったのだった。
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