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第2章ダイジェスト(3)
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「覚悟なさい、ユウカ」
これまでの淡々とした口調とは一転して、決意を篭めたようなきっぱりとした口調の和馬さん。
口調だけではなく、視線にも強さが宿っている。こんなにも感情を露にする和馬さんを目にしたのは、おそらく初めてだ。
いつだって私を優先してくれた彼が、私の訴えを退けて自分の感情をぶつけてくる。恋人としての気持ちを。そして、男性としての想いを。
それが少し怖かった。
「お、お願いです。放してくださいっ」
無駄だとは分かっていたけれど、私は身を捩り、彼から逃れようと暴れた
だけど、馬乗りになった和馬さんはビクともしない。
「逃げ出したいほど、私が嫌いなのですか?こうして私に触れられ、抱かれることが、そんなにも嫌なのですか?」
まるで睨むようにギリギリと視線を向け、だけど、和馬さんは静かな声で苦しそうに訊いてきた。
襲われている私ではなく、彼のほうが傷ついた目をしている。
――嫌いじゃないから、これ以上、私のことで和馬さんに迷惑をかけたくないの!
そう言いたいのに、彼の切ない瞳に胸が詰まり、言葉が出てこない。
好きだからこそ、離れなくてはいけない。彼に相応しくない自分は、これ以上傍にいてはいけない。
私は息を吸い込んで叫んだ。
「和馬さん、お願い!放して!」
「嫌です、ユウカ!!」
すると、私の声を上回る大きさで彼が叫んだ。
その声に、ビクリと身が竦む。彼の手には一層力が篭り、掴まれた私の肩が痛みを訴えている。
「この手を放したら、あなたは私から去ってゆくのでしょう?そして、二度とこの腕の中に戻ってきてはくれないのでしょう?ならば……、ならば、絶対に放しません!」
叫びにも似た訴えは尚も続く。
「例えあなたに泣かれたとしても、私はあなたを失うわけにはいかないのです!ユウカがいない人生など、考えられないのです!」
抵抗をやめた私を見て、和馬さんが少しだけ手の力を和らげてくれた。
「ユウカという愛しい存在を一度でも手にしまった私は、あなたの存在無しでは生きてはいけません」
いつもであればこんなにも直情的なセリフを聞かされたら照れてしまって騒ぎ立てる私だけど、彼の表情が余りに真剣すぎて、ただ、ただ、見つめていた。
「ユウカは私の唯一で、全てなのです。手放したくない、誰にも奪われたくない、何よりも大切な宝物なんです」
胸の息を全て搾り出すかのように、苦しげな彼の声。縋るように揺れる瞳。
そこには一切の嘘はなく、和馬さんの本心だとストレートに伝えてくる。
「そ、そんな大げさな……。私なんて……」
「少しも大げさなどではないのですよ」
和馬さんは大きく息を吐いた。
「これまでの私は、感情というものに疎い人間でした。もちろん嬉しいとか、悲しいとか、そういった気持ちを感じることはありましたが、正の感情や負の感情で心が揺さ振られたことなど、本当に一度もなかったのです」
ここで、ようやく和馬さんの瞳にいつもの優しい光が浮かんだ。
やわらかく微笑んで、私に綺麗な笑顔を向けてくれる。
「ですがユウカと出会って、私は色々な感情に心が沸き立つことを覚えたのです。こんなことは初めてでした。あなたを思うと、愛おしさで胸が潰れそうなほど切なくて。あなたの笑顔を見れば、胸が温かい感情で満たされ。そして、あなたの温もりを感じれば、生きていてよかったと、心の底から思えるんです」
嬉しそうに、幸せそうに、和馬さんが囁く。
私の肩から右手をソッと放し、瞼や頬にかかっていた髪を指先でゆっくりと払ってくれた。
よく見えるようになった彼の顔は穏やかに微笑んでいたものの、瞳には力強い光が浮かんでいて、さっきのセリフが本気なのだと切実に伝えている。
和馬さんの指先が、私の頬の丸みを撫でた
「ユウカに出会って、ユウカに触れて、私はようやく“竹若 和馬”という人間になったのですよ。あなたはその存在で、本来の私を取り戻してくれました。それはとても価値のあることではありませんか」
肩にあった左手も離れ、和馬さんの大きな手がすっぽりと私の頬を覆う。
少しずつ前屈みになり、鼻先が触れ合うほど和馬さんの顔が近付いてきた。
コツリと互いの額が合わさり、僅かにぼやけた視界の先には、彼の瞳の中に映る自分がいる。
そんな至近距離で、和馬さんは静かに囁いた。
「ですから、私はもう、あなた無しでは生きていけないのです。私が“私”であるために、ユウカが必要なんです」
切ない吐息に乗せた告白は私の胸を打ち、それゆえに刺さり続けた棘の存在を露にする。
和馬さんが優しければ優しいほど、私を求めてくれれば求めるほど、その棘は大きくなり、深く心に突き刺さるのだ。
「それでも、私は……」
私だけを映す漆黒の瞳を見つめ返し続けることが出来なくて視線を逸らすと、和馬さんがククッと喉奥で笑った。
「ユウカ、私は少しも優しい人間ではありません」
「え?」
思いがけないセリフに、私は逸らした視線を戻してしまった。
すると、口元にほんのりと意地悪さを漂わせている和馬さんと目が合う。
「あなたが思うほど、私は優しくはないんですよ。ユウカが涙ながらに放してくれと訴えてきても、自分の気持ちを優先させてしまうような、身勝手な酷い男なんです」
軽く片頬を上げた彼にはいつもの優雅さはなかったが、大人の男性がもつ独特な妖しさがあった。
再び私の喉がコクリと鳴る。
今度は恐怖によるものではなかった。
優しくない人。身勝手な人。
普通であれば、そんな男性はお断りだ。
だけど、和馬さんが私に向けたセリフは、彼の独占欲の表れ。直情的なまでに、私のことを求めてくれているという表れだ。
そんな彼の激情と色香にあてられて、トクン、と心臓が小さく跳ねる。
「和馬さん……」
名前を呼べば、「何ですか?」と、彼は軽く首を傾げる。
「どうして?どうして……、こんな私の傍にいてくれるんですか?」
トクトクと早くなる心臓の音を聞きながら、私は彼に尋ねる。すると和馬さんは、ほんの少しだけ驚いたように目を瞠った。
「“どうして”と、今更訊きますか?……まぁ、そういったところが、ユウカらしくて愛しくもありますがね」
ポツリと呟いた彼は、次の瞬間にゆるりと目を細めた。
「私があなたのそばにいる理由は、極めて単純です。愛しているからですよ」
クスリと笑い、私の額に軽く唇を押し当てる。
「例え自分の身を犠牲にしても、あなたを守りたいんです。何よりも愛しているから」
彼の唇が私の額を数度掠め、フワリと舞い落ちた羽根のように優しいキスから広がる温もりが、頑なだった心の強張りを徐々に溶かしてゆく。
私が自分に絶対の自信を持ち、恋人として和馬さんの横に並ぶことは難しい。
この先、そんな日が来るのか、自分でも想像出来ない。
だけど、彼の愛情を何よりも嬉しいと感じている自分の気持ちにはどうしたって嘘がつけない。
そんな私の変化に気がついた敏い和馬さんが、改めてスルリと頬を撫でる。 更に彼の顔が近付き、 私の唇に和馬さんの吐息がかかった。
「愛しいユウカ。そろそろ、私に愛される覚悟は出来ましたか?」
ベッドヘッドの薄明かりに照らされて微笑む和馬さんは、息を呑むほど艶やかだった。
それからの私は、彼に『食べられる』と思ったほどだった。
強引なまでに、彼のやや薄い唇が押し付けられては離れ、また押し付けられる。
まるで余裕がなく、焦ったようにも思えるキスだった。
そんな仕草を何度か繰り返した後に和馬さんの唇が軽く浮いたと思ったら、下唇を噛まれた。
甘噛みとはいえない強さで歯を立てられ、何とも言えない感触が伝わってくる。
さっきとは少しだけ場所をずらして、和馬さんが再び私の下唇を噛む。
今度は少しだけ強めに噛まれると、何となく自分が食べられているような気分になってきた。
いつにない気分と、いつにない彼の仕草に、私の心臓がドキドキと早まってゆく。
上体を起こして、和馬さんの唇が私から離れていった。
「ふふっ、今夜は手加減できそうにありませんね。少々手荒になるでしょうが、私があなたにどれほど溺れているのか、分かってもらういい機会です」
クツクツと低く笑いながら、和馬さんがチュッと唇に吸い付いた。
と思ったら、薄く開いている唇の隙間から、彼の舌がすかさず忍び込んでくる。私の反応を見ながら探るように舌を入れるのではなく、一気に奥まで入ってきた。
そして、縮こまる私の舌を引きずり出すかのように、強く舐った。
口内を隅々まで舌で舐められ、吸われ、私の頭はクラクラしてしまう。
縋るように頬に触れている和馬さんの手に自分の手を重ねれば、徐々に舌が解かれていった。
まだキスしかされていないのに、心臓が既に暴れ出している。耳には自分の心臓の音が、バクバクと煩いほどに響く。
「和馬さん……」
うっすらと目を開けて、おずおずと彼に呼びかければ、声もなく笑った和馬さんが体の位置を少し下げた。
耳の付け根辺りに唇を寄せたかと思うと、強く吸い付かれる。
キスマークを付けられたことはあったけれど、そのときはこんなにも痛くはなかった。首筋にツキツキと痛みを感じ、どれほど色濃く付いているのか心配になる。
「あの、こんな目立つところは……」
困り果てた顔で言うものの、和馬さんはちっとも取り合ってはくれない。
和馬さんはブラウスから除く鎖骨の辺りに思い切り吸い付いてきた。
「い、た……」
今度はジワリと涙が滲むほど痛かった。和馬さんは静かに顔を上げ、今つけたばかりのキスマークを満足そうに眺める。
「いつもならば、あなたの肌には淡い桜色のキスマークが散るのですが、今夜は真紅のバラのように鮮やかですよ。ユウカが私の恋人である証は、とても綺麗ですね」
和馬さんはうっとりとした口調で囁くと、私が着ているブラウスのボタンを外してゆく。
ボタンを一つ外してはキスマークを付け、もう一つ外しては、またキスマークを付ける。
熱を持ったように鈍く痛むキスマークに、ちょっとだけ怖くなったけれど、嬉しくもあった。それだけ、和馬さんが私を手放したくないと思ってくれていることが分かったから。
そんなくすぐったい感情を胸の中で漂わせながら、私はゆっくりと手を伸ばし、彼の左こめかみに触れる。
ハッとしたように和馬さんが体を強張らせたが、以前のように手を拒まれることはなかった。
そのままあの傷口にそろそろと指を這わせると、指先に皮膚が引き攣れたような感触が伝わった。
和馬さんは身動きせずに黙っている。
傷跡を確かめるように、私はじっくりと指先で辿る。今は痛みなんてないだろうけれど、労わるように優しく擦る。
それから私は和馬さんの首に腕を伸ばし、そして引き寄せた。
それに逆らうことをしない彼は、私の左側に横たわる。
困惑した瞳で私を見つめる和馬さんにやんわりと微笑みかけ、その彼の頭を包み込むように胸へと抱き寄せると、指通りのいい彼の髪を後ろに流してこめかみを露にした。
切れ味の鋭い刃物でつけられた傷であれば、もっと綺麗に修復されたのだろう。目の前にある傷跡は、指で感じたように皮膚が引き攣れて少し盛り上がっていた。
私はその傷にキスを贈る。
「ごめんなさい。私のために危ない目に遭わせて、ごめんなさい。……そして、おじいちゃんとの大切な思い出を守ってくれて、ありがとうございます」
ようやく言えた感謝を、キスと共に繰り返した。
その体勢でしばらくこめかみにキスをしていると、胸もとに散ったキスマークの一つに和馬さんが舌を伸ばしてきた。
「可愛いユウカ。あなたにそんな事をされたら、抑えが利かなくなってしまいます」
そう告げた和馬さんの言葉に嘘はなく、その後、私はひたすら翻弄され続けることになる。
胸の先を指で弄られ、歯で噛まれ、舌で舐められ。
和馬さんは私を啼かせようと、私の弱いところばかり攻めてくるのだ。
「もっと声を聞かせてください。もっと啼いてください」
そう囁くと私の耳たぶに歯を立てた。
カリッという感触が伝わるほど強く噛まれ、何ともいえない感覚がそこから広がってゆく。
そこに数回歯を立てた和馬さんが、次は耳の輪郭に沿って舌を這わせる。
執拗に弱いところを弄られ、短い喘ぎを繰り返し、全身を震わせた。
徐々に理性が奪われてゆき、和馬さんのことしか考えられなくなってゆく
自分から彼に抱きつき、小さな声で何度も名前を呼び続けることしか出来なかった。
「ユウカ、ユウカ……。ユウカ」
こちらの胸が苦しくなるほど切ない声音で、名前を繰り返し呼ばれる。
ピッタリ重なった彼の肌は熱くて、興奮しているのか、少し汗ばんでいた。
「愛してます、愛してます。ユウカ、あなたを愛してます。ユウカ、ユウカ……」
愛の告白と私の名前を何度も囁く和馬さん。
それに対して、私は何度もゆっくり頷く。
そして、自分の想いを言葉に乗せる。
「大……好き、で……す」
このあと和馬さんが自分の想いをぶつけるような激しい交為に及び、思いっきり翻弄され、静かに意識を手放した。
それから数時間後。混濁した意識がゆっくりとクリアになってゆき、私は重たい瞼をそっと持ち上げた。
適温に設定されたエアコンのおかげで、薄い肌掛け一枚でも寒くはない。
パチパチと瞬きを繰り返した後に目に入ってきたのは、私のことをすっぽりと胸に抱きこんで満足そうに見つめてくる和馬さんだった。
適度に鍛え上げられた逞しい胸が目の前にある。
彼の激情を叩きつけられ、その感情のままに抱かれた私は、全身が信じられないほどにだるい。腕を僅かに動かすのがやっとだ。
そんな私を更に抱きこみ、和馬さんが額にキスをする。
「私がどれほど激しくあなたを愛しているのか、分かっていただけましたか?」
――ええ、ええ、嫌と言うほど分かりましたよ。十分すぎるほどに、体に教え込まされましたよ。
疲労困憊の私は、抗議の意味を篭めてムゥッと眉を寄せた。すると和馬さんはクスッと綺麗に微笑み、
「これでも、慣れないユウカに合わせてセーブしたんですよ。いつの日か、全力の私を受け止めてくださいね」
形のいい目を優雅に細める。
――あれでもセーブした!?嘘でしょ!?全力出した和馬さんの相手なんて、無理、無理、無理!!
私は心の中で大きく絶叫したのだった。
これまでの淡々とした口調とは一転して、決意を篭めたようなきっぱりとした口調の和馬さん。
口調だけではなく、視線にも強さが宿っている。こんなにも感情を露にする和馬さんを目にしたのは、おそらく初めてだ。
いつだって私を優先してくれた彼が、私の訴えを退けて自分の感情をぶつけてくる。恋人としての気持ちを。そして、男性としての想いを。
それが少し怖かった。
「お、お願いです。放してくださいっ」
無駄だとは分かっていたけれど、私は身を捩り、彼から逃れようと暴れた
だけど、馬乗りになった和馬さんはビクともしない。
「逃げ出したいほど、私が嫌いなのですか?こうして私に触れられ、抱かれることが、そんなにも嫌なのですか?」
まるで睨むようにギリギリと視線を向け、だけど、和馬さんは静かな声で苦しそうに訊いてきた。
襲われている私ではなく、彼のほうが傷ついた目をしている。
――嫌いじゃないから、これ以上、私のことで和馬さんに迷惑をかけたくないの!
そう言いたいのに、彼の切ない瞳に胸が詰まり、言葉が出てこない。
好きだからこそ、離れなくてはいけない。彼に相応しくない自分は、これ以上傍にいてはいけない。
私は息を吸い込んで叫んだ。
「和馬さん、お願い!放して!」
「嫌です、ユウカ!!」
すると、私の声を上回る大きさで彼が叫んだ。
その声に、ビクリと身が竦む。彼の手には一層力が篭り、掴まれた私の肩が痛みを訴えている。
「この手を放したら、あなたは私から去ってゆくのでしょう?そして、二度とこの腕の中に戻ってきてはくれないのでしょう?ならば……、ならば、絶対に放しません!」
叫びにも似た訴えは尚も続く。
「例えあなたに泣かれたとしても、私はあなたを失うわけにはいかないのです!ユウカがいない人生など、考えられないのです!」
抵抗をやめた私を見て、和馬さんが少しだけ手の力を和らげてくれた。
「ユウカという愛しい存在を一度でも手にしまった私は、あなたの存在無しでは生きてはいけません」
いつもであればこんなにも直情的なセリフを聞かされたら照れてしまって騒ぎ立てる私だけど、彼の表情が余りに真剣すぎて、ただ、ただ、見つめていた。
「ユウカは私の唯一で、全てなのです。手放したくない、誰にも奪われたくない、何よりも大切な宝物なんです」
胸の息を全て搾り出すかのように、苦しげな彼の声。縋るように揺れる瞳。
そこには一切の嘘はなく、和馬さんの本心だとストレートに伝えてくる。
「そ、そんな大げさな……。私なんて……」
「少しも大げさなどではないのですよ」
和馬さんは大きく息を吐いた。
「これまでの私は、感情というものに疎い人間でした。もちろん嬉しいとか、悲しいとか、そういった気持ちを感じることはありましたが、正の感情や負の感情で心が揺さ振られたことなど、本当に一度もなかったのです」
ここで、ようやく和馬さんの瞳にいつもの優しい光が浮かんだ。
やわらかく微笑んで、私に綺麗な笑顔を向けてくれる。
「ですがユウカと出会って、私は色々な感情に心が沸き立つことを覚えたのです。こんなことは初めてでした。あなたを思うと、愛おしさで胸が潰れそうなほど切なくて。あなたの笑顔を見れば、胸が温かい感情で満たされ。そして、あなたの温もりを感じれば、生きていてよかったと、心の底から思えるんです」
嬉しそうに、幸せそうに、和馬さんが囁く。
私の肩から右手をソッと放し、瞼や頬にかかっていた髪を指先でゆっくりと払ってくれた。
よく見えるようになった彼の顔は穏やかに微笑んでいたものの、瞳には力強い光が浮かんでいて、さっきのセリフが本気なのだと切実に伝えている。
和馬さんの指先が、私の頬の丸みを撫でた
「ユウカに出会って、ユウカに触れて、私はようやく“竹若 和馬”という人間になったのですよ。あなたはその存在で、本来の私を取り戻してくれました。それはとても価値のあることではありませんか」
肩にあった左手も離れ、和馬さんの大きな手がすっぽりと私の頬を覆う。
少しずつ前屈みになり、鼻先が触れ合うほど和馬さんの顔が近付いてきた。
コツリと互いの額が合わさり、僅かにぼやけた視界の先には、彼の瞳の中に映る自分がいる。
そんな至近距離で、和馬さんは静かに囁いた。
「ですから、私はもう、あなた無しでは生きていけないのです。私が“私”であるために、ユウカが必要なんです」
切ない吐息に乗せた告白は私の胸を打ち、それゆえに刺さり続けた棘の存在を露にする。
和馬さんが優しければ優しいほど、私を求めてくれれば求めるほど、その棘は大きくなり、深く心に突き刺さるのだ。
「それでも、私は……」
私だけを映す漆黒の瞳を見つめ返し続けることが出来なくて視線を逸らすと、和馬さんがククッと喉奥で笑った。
「ユウカ、私は少しも優しい人間ではありません」
「え?」
思いがけないセリフに、私は逸らした視線を戻してしまった。
すると、口元にほんのりと意地悪さを漂わせている和馬さんと目が合う。
「あなたが思うほど、私は優しくはないんですよ。ユウカが涙ながらに放してくれと訴えてきても、自分の気持ちを優先させてしまうような、身勝手な酷い男なんです」
軽く片頬を上げた彼にはいつもの優雅さはなかったが、大人の男性がもつ独特な妖しさがあった。
再び私の喉がコクリと鳴る。
今度は恐怖によるものではなかった。
優しくない人。身勝手な人。
普通であれば、そんな男性はお断りだ。
だけど、和馬さんが私に向けたセリフは、彼の独占欲の表れ。直情的なまでに、私のことを求めてくれているという表れだ。
そんな彼の激情と色香にあてられて、トクン、と心臓が小さく跳ねる。
「和馬さん……」
名前を呼べば、「何ですか?」と、彼は軽く首を傾げる。
「どうして?どうして……、こんな私の傍にいてくれるんですか?」
トクトクと早くなる心臓の音を聞きながら、私は彼に尋ねる。すると和馬さんは、ほんの少しだけ驚いたように目を瞠った。
「“どうして”と、今更訊きますか?……まぁ、そういったところが、ユウカらしくて愛しくもありますがね」
ポツリと呟いた彼は、次の瞬間にゆるりと目を細めた。
「私があなたのそばにいる理由は、極めて単純です。愛しているからですよ」
クスリと笑い、私の額に軽く唇を押し当てる。
「例え自分の身を犠牲にしても、あなたを守りたいんです。何よりも愛しているから」
彼の唇が私の額を数度掠め、フワリと舞い落ちた羽根のように優しいキスから広がる温もりが、頑なだった心の強張りを徐々に溶かしてゆく。
私が自分に絶対の自信を持ち、恋人として和馬さんの横に並ぶことは難しい。
この先、そんな日が来るのか、自分でも想像出来ない。
だけど、彼の愛情を何よりも嬉しいと感じている自分の気持ちにはどうしたって嘘がつけない。
そんな私の変化に気がついた敏い和馬さんが、改めてスルリと頬を撫でる。 更に彼の顔が近付き、 私の唇に和馬さんの吐息がかかった。
「愛しいユウカ。そろそろ、私に愛される覚悟は出来ましたか?」
ベッドヘッドの薄明かりに照らされて微笑む和馬さんは、息を呑むほど艶やかだった。
それからの私は、彼に『食べられる』と思ったほどだった。
強引なまでに、彼のやや薄い唇が押し付けられては離れ、また押し付けられる。
まるで余裕がなく、焦ったようにも思えるキスだった。
そんな仕草を何度か繰り返した後に和馬さんの唇が軽く浮いたと思ったら、下唇を噛まれた。
甘噛みとはいえない強さで歯を立てられ、何とも言えない感触が伝わってくる。
さっきとは少しだけ場所をずらして、和馬さんが再び私の下唇を噛む。
今度は少しだけ強めに噛まれると、何となく自分が食べられているような気分になってきた。
いつにない気分と、いつにない彼の仕草に、私の心臓がドキドキと早まってゆく。
上体を起こして、和馬さんの唇が私から離れていった。
「ふふっ、今夜は手加減できそうにありませんね。少々手荒になるでしょうが、私があなたにどれほど溺れているのか、分かってもらういい機会です」
クツクツと低く笑いながら、和馬さんがチュッと唇に吸い付いた。
と思ったら、薄く開いている唇の隙間から、彼の舌がすかさず忍び込んでくる。私の反応を見ながら探るように舌を入れるのではなく、一気に奥まで入ってきた。
そして、縮こまる私の舌を引きずり出すかのように、強く舐った。
口内を隅々まで舌で舐められ、吸われ、私の頭はクラクラしてしまう。
縋るように頬に触れている和馬さんの手に自分の手を重ねれば、徐々に舌が解かれていった。
まだキスしかされていないのに、心臓が既に暴れ出している。耳には自分の心臓の音が、バクバクと煩いほどに響く。
「和馬さん……」
うっすらと目を開けて、おずおずと彼に呼びかければ、声もなく笑った和馬さんが体の位置を少し下げた。
耳の付け根辺りに唇を寄せたかと思うと、強く吸い付かれる。
キスマークを付けられたことはあったけれど、そのときはこんなにも痛くはなかった。首筋にツキツキと痛みを感じ、どれほど色濃く付いているのか心配になる。
「あの、こんな目立つところは……」
困り果てた顔で言うものの、和馬さんはちっとも取り合ってはくれない。
和馬さんはブラウスから除く鎖骨の辺りに思い切り吸い付いてきた。
「い、た……」
今度はジワリと涙が滲むほど痛かった。和馬さんは静かに顔を上げ、今つけたばかりのキスマークを満足そうに眺める。
「いつもならば、あなたの肌には淡い桜色のキスマークが散るのですが、今夜は真紅のバラのように鮮やかですよ。ユウカが私の恋人である証は、とても綺麗ですね」
和馬さんはうっとりとした口調で囁くと、私が着ているブラウスのボタンを外してゆく。
ボタンを一つ外してはキスマークを付け、もう一つ外しては、またキスマークを付ける。
熱を持ったように鈍く痛むキスマークに、ちょっとだけ怖くなったけれど、嬉しくもあった。それだけ、和馬さんが私を手放したくないと思ってくれていることが分かったから。
そんなくすぐったい感情を胸の中で漂わせながら、私はゆっくりと手を伸ばし、彼の左こめかみに触れる。
ハッとしたように和馬さんが体を強張らせたが、以前のように手を拒まれることはなかった。
そのままあの傷口にそろそろと指を這わせると、指先に皮膚が引き攣れたような感触が伝わった。
和馬さんは身動きせずに黙っている。
傷跡を確かめるように、私はじっくりと指先で辿る。今は痛みなんてないだろうけれど、労わるように優しく擦る。
それから私は和馬さんの首に腕を伸ばし、そして引き寄せた。
それに逆らうことをしない彼は、私の左側に横たわる。
困惑した瞳で私を見つめる和馬さんにやんわりと微笑みかけ、その彼の頭を包み込むように胸へと抱き寄せると、指通りのいい彼の髪を後ろに流してこめかみを露にした。
切れ味の鋭い刃物でつけられた傷であれば、もっと綺麗に修復されたのだろう。目の前にある傷跡は、指で感じたように皮膚が引き攣れて少し盛り上がっていた。
私はその傷にキスを贈る。
「ごめんなさい。私のために危ない目に遭わせて、ごめんなさい。……そして、おじいちゃんとの大切な思い出を守ってくれて、ありがとうございます」
ようやく言えた感謝を、キスと共に繰り返した。
その体勢でしばらくこめかみにキスをしていると、胸もとに散ったキスマークの一つに和馬さんが舌を伸ばしてきた。
「可愛いユウカ。あなたにそんな事をされたら、抑えが利かなくなってしまいます」
そう告げた和馬さんの言葉に嘘はなく、その後、私はひたすら翻弄され続けることになる。
胸の先を指で弄られ、歯で噛まれ、舌で舐められ。
和馬さんは私を啼かせようと、私の弱いところばかり攻めてくるのだ。
「もっと声を聞かせてください。もっと啼いてください」
そう囁くと私の耳たぶに歯を立てた。
カリッという感触が伝わるほど強く噛まれ、何ともいえない感覚がそこから広がってゆく。
そこに数回歯を立てた和馬さんが、次は耳の輪郭に沿って舌を這わせる。
執拗に弱いところを弄られ、短い喘ぎを繰り返し、全身を震わせた。
徐々に理性が奪われてゆき、和馬さんのことしか考えられなくなってゆく
自分から彼に抱きつき、小さな声で何度も名前を呼び続けることしか出来なかった。
「ユウカ、ユウカ……。ユウカ」
こちらの胸が苦しくなるほど切ない声音で、名前を繰り返し呼ばれる。
ピッタリ重なった彼の肌は熱くて、興奮しているのか、少し汗ばんでいた。
「愛してます、愛してます。ユウカ、あなたを愛してます。ユウカ、ユウカ……」
愛の告白と私の名前を何度も囁く和馬さん。
それに対して、私は何度もゆっくり頷く。
そして、自分の想いを言葉に乗せる。
「大……好き、で……す」
このあと和馬さんが自分の想いをぶつけるような激しい交為に及び、思いっきり翻弄され、静かに意識を手放した。
それから数時間後。混濁した意識がゆっくりとクリアになってゆき、私は重たい瞼をそっと持ち上げた。
適温に設定されたエアコンのおかげで、薄い肌掛け一枚でも寒くはない。
パチパチと瞬きを繰り返した後に目に入ってきたのは、私のことをすっぽりと胸に抱きこんで満足そうに見つめてくる和馬さんだった。
適度に鍛え上げられた逞しい胸が目の前にある。
彼の激情を叩きつけられ、その感情のままに抱かれた私は、全身が信じられないほどにだるい。腕を僅かに動かすのがやっとだ。
そんな私を更に抱きこみ、和馬さんが額にキスをする。
「私がどれほど激しくあなたを愛しているのか、分かっていただけましたか?」
――ええ、ええ、嫌と言うほど分かりましたよ。十分すぎるほどに、体に教え込まされましたよ。
疲労困憊の私は、抗議の意味を篭めてムゥッと眉を寄せた。すると和馬さんはクスッと綺麗に微笑み、
「これでも、慣れないユウカに合わせてセーブしたんですよ。いつの日か、全力の私を受け止めてくださいね」
形のいい目を優雅に細める。
――あれでもセーブした!?嘘でしょ!?全力出した和馬さんの相手なんて、無理、無理、無理!!
私は心の中で大きく絶叫したのだった。
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