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(188)SIDE:奏太
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僕がうとうとしている間に、ハッキングの件について、ある程度進展があったようだ。
以前、二葉先生が話していたように、とある企業のカナダ工場における損失隠ぺいのため、澤泉の情報部に仕掛けていたとのこと。
そして、その企業というのは、式部明成の父親が経営しているものだった。
澤泉の情報を手に入れることで、澤泉を脅迫しようとしていたそうだ。
ただの誘拐では、きっとそれほどの金額は動かない。
シビアで残酷な考えだけど、誘拐された人を見捨ててしまえば、相手にお金が渡ることはないのだ。
だけど、情報が奪われたら澤泉全体に被害が及び、働く社員やその家族までが被害者となる。
澤泉関係者を誘拐するよりも、はるかに莫大なお金が確実に動くことになるのだ。
本来は、ハッキングによって、澤泉からお金を搾り取るつもりだったらしい。
それなのに僕が誘拐されたのは、ハッキングがいっこうに成功しなかったからとのこと。
また、万が一、ハッキングも誘拐も成功したら、さらに金を引き出せるということだった。
そこに、斗輝に対する式部明成の複雑な感情も絡んでいたそうだ。
あの暗室で僕が捉えられている最中、部屋の外で待機する斗輝の元に、あるメッセージが届いた。
送信者は二葉先生で、式部明成の父が損失の隠ぺいを図っていることが確定したとのこと。
それからちょっと経って、式部明成の口から漏れた、『もう少しで、澤泉の心臓部に潜り込める』という発言から、ハッキングを仕掛けている犯人が繋がった 。
そのことを、斗輝はすぐさま父親と二葉先生に知らせたそうだ。
目星が付いてしまえば適切な対策も立てられ、ハッキングしている元に辿りつくことができたらしい。
こうして、僕を誘拐したという事実と合わせ、式部の本社と自宅に捜査のメスが入り、なにもかもが解決したとのことだった。
斗輝はまだ、僕に対する罪悪感や、僕を失ったかもしれないという仮定の恐怖から完全には立ち直れていないようで、抱き枕宜しく、ギュウギュウと強い力で僕にしがみついている。
その状態で、僕は清水先輩や深沢さんから事の顛末を報告されていた。
「これで、一安心ですね」
体に回されている斗輝の腕の強さに、『苦しいんだけどなぁ』と思いながら、僕はホッと安堵の息を零す。
「僕を守ってくれて、ありがとうございました」
変な体勢だけど、僕はペコリと頭を下げた。
すると、深沢さんが「とんでもございません」と返してくる。
「先ほども申しましたように、奏太様のおかげで、澤泉に関わるすべての者が救われました。どれほど感謝しましても足りません。本当にありがとうございました」
深沢さんとともに、浅見さんも頭を下げた。
次に、清水先輩が口を開く。
「奏太様が落ち着いていらっしゃったので、式部から手がかりを引き出すことができました」
「落ち着いていたって言うか……。だって、すぐ近くに斗輝や深沢さんたちがいたのは分かっていましたし、ボタン型の盗聴器で中の様子はみんなに伝わっていましたし、だから、そんなに怖くなかったです。僕になにかあっても、絶対に斗輝が守ってくれるって信じていたので」
この言葉で、僕の髪に頬を押し当てていた斗輝が顔を上げる。
「当然だ。奏太は、愛しくて大切な俺の宝だからな」
「斗輝も、僕の大好きで大切な宝物ですよ。だから、守りたかったんです」
これほどの大財閥の御曹司で、大企業の社長を務める人の息子なのに、斗輝は自分の立場を鼻にかけることなく、澤泉に関わる人たちを、僕とは違う意味で大切にしていることを知っている。
彼が自身の体を張って守ろうとしている人たちを、彼と人生を共に歩く者として、なにかの役に立ちたかったのだ。
そのせいで彼の心に負担をかけてしまったのは申し訳ないが、それについては、これからじっくり時間をかけて僕がなんとかしよう。
――心に負担をかけちゃったのは、斗輝だけじゃないんだろうなぁ。
僕が囮になることを提案した時、清水先輩、深沢さん、浅見さんは早い段階で賛成してくれた。
この三人も、本当は心配で胃が痛かったことだろう。
「あの……、僕が囮になるのは反対したかったですか?」
すると、深沢さんがどこか困ったように笑う。
「正直に申しますと、そうですね。奏太様を危険に晒す策は、護衛官として本来は断固反対するべきですから」
「じゃあ、どうして賛成してくれたんですか? 斗輝は最後の最後まで渋っていたのに」
三人がいくら僕の気持ちを尊重してくれたとはいえ、斗輝が了承していないことに彼らが賛成するのはおかしいと、改めて考えてみて気付いたのである。
そこで、浅見さんがクスッと笑った。
「もし反対したら、奏太君が誰にも言わずに動きそうな気がしたんですよ。普段はおっとりしている奏太君が実は頑固で大胆だというのは、そばで警護をしていてよく分かりましたから」
「えっ?僕って、そういうところがあります?」
驚く僕に、向かいの席にいる三人が無言のままソッと微笑んだ。
それは肯定の笑みだ。
「あー、そうだったんですか……」
真相を知らされ、僕は気恥ずかしくなる。
鼻の頭を指でチョイチョイと引っ掻いていたら、清水先輩がチラリと斗輝を見た。
「斗輝様もそのような奏太様の性格をご理解されていたので、最終的には折れたのですよ。ご自分の目が届かないところで奏太様が危険な目に遭うよりは、万全の状態を整えた上で囮になっていただいたほうが、まだマシだと判断されたのでしょう」
「そうなの?」
斗輝に問いかけると、彼は僅かに目を細めた。
「奏太は、時に無茶をするからな。それに、優しい。俺のため、そして、澤泉のため、自分から危険に飛び込むことを厭わないだろう」
「そ、そこまで、無鉄砲じゃないですよ」
基本的に、僕は臆病なのだ。……と、思っている。
オズオズと言い返したら、斗輝が僕の額を人差し指でトンと軽く突く。
「だが、俺が頷かなかったら、浅見が言ったように、一人で行動したんじゃないか?」
「だ、だって……、教えたら、反対されるでしょうし……」
さらに気まずくなって視線を逸らしたら、彼が僕の鼻を指でキュッと摘まんだ。
「だから、最後には了承するしかなかった」
もう一度キュッと摘まんでから、斗輝が僕の鼻から手を放す。
僕は涙目になりながら、鼻を擦る。
「ご、ごめんなさい……」
小さな声で謝ると、彼の腕がふたたび僕を抱き締めた。
「さて、話も済んだ。この後は、二人でゆっくりしよう」
その言葉とともに、清水先輩たちが立ち上がる。
「では、私たちは帰ることにしましょう」
「斗輝様、奏太様、失礼いたします」
「斗輝様、失礼いたします。奏太君、また大学で」
三人は僕たちに声をかけ、客間をあとにした。
以前、二葉先生が話していたように、とある企業のカナダ工場における損失隠ぺいのため、澤泉の情報部に仕掛けていたとのこと。
そして、その企業というのは、式部明成の父親が経営しているものだった。
澤泉の情報を手に入れることで、澤泉を脅迫しようとしていたそうだ。
ただの誘拐では、きっとそれほどの金額は動かない。
シビアで残酷な考えだけど、誘拐された人を見捨ててしまえば、相手にお金が渡ることはないのだ。
だけど、情報が奪われたら澤泉全体に被害が及び、働く社員やその家族までが被害者となる。
澤泉関係者を誘拐するよりも、はるかに莫大なお金が確実に動くことになるのだ。
本来は、ハッキングによって、澤泉からお金を搾り取るつもりだったらしい。
それなのに僕が誘拐されたのは、ハッキングがいっこうに成功しなかったからとのこと。
また、万が一、ハッキングも誘拐も成功したら、さらに金を引き出せるということだった。
そこに、斗輝に対する式部明成の複雑な感情も絡んでいたそうだ。
あの暗室で僕が捉えられている最中、部屋の外で待機する斗輝の元に、あるメッセージが届いた。
送信者は二葉先生で、式部明成の父が損失の隠ぺいを図っていることが確定したとのこと。
それからちょっと経って、式部明成の口から漏れた、『もう少しで、澤泉の心臓部に潜り込める』という発言から、ハッキングを仕掛けている犯人が繋がった 。
そのことを、斗輝はすぐさま父親と二葉先生に知らせたそうだ。
目星が付いてしまえば適切な対策も立てられ、ハッキングしている元に辿りつくことができたらしい。
こうして、僕を誘拐したという事実と合わせ、式部の本社と自宅に捜査のメスが入り、なにもかもが解決したとのことだった。
斗輝はまだ、僕に対する罪悪感や、僕を失ったかもしれないという仮定の恐怖から完全には立ち直れていないようで、抱き枕宜しく、ギュウギュウと強い力で僕にしがみついている。
その状態で、僕は清水先輩や深沢さんから事の顛末を報告されていた。
「これで、一安心ですね」
体に回されている斗輝の腕の強さに、『苦しいんだけどなぁ』と思いながら、僕はホッと安堵の息を零す。
「僕を守ってくれて、ありがとうございました」
変な体勢だけど、僕はペコリと頭を下げた。
すると、深沢さんが「とんでもございません」と返してくる。
「先ほども申しましたように、奏太様のおかげで、澤泉に関わるすべての者が救われました。どれほど感謝しましても足りません。本当にありがとうございました」
深沢さんとともに、浅見さんも頭を下げた。
次に、清水先輩が口を開く。
「奏太様が落ち着いていらっしゃったので、式部から手がかりを引き出すことができました」
「落ち着いていたって言うか……。だって、すぐ近くに斗輝や深沢さんたちがいたのは分かっていましたし、ボタン型の盗聴器で中の様子はみんなに伝わっていましたし、だから、そんなに怖くなかったです。僕になにかあっても、絶対に斗輝が守ってくれるって信じていたので」
この言葉で、僕の髪に頬を押し当てていた斗輝が顔を上げる。
「当然だ。奏太は、愛しくて大切な俺の宝だからな」
「斗輝も、僕の大好きで大切な宝物ですよ。だから、守りたかったんです」
これほどの大財閥の御曹司で、大企業の社長を務める人の息子なのに、斗輝は自分の立場を鼻にかけることなく、澤泉に関わる人たちを、僕とは違う意味で大切にしていることを知っている。
彼が自身の体を張って守ろうとしている人たちを、彼と人生を共に歩く者として、なにかの役に立ちたかったのだ。
そのせいで彼の心に負担をかけてしまったのは申し訳ないが、それについては、これからじっくり時間をかけて僕がなんとかしよう。
――心に負担をかけちゃったのは、斗輝だけじゃないんだろうなぁ。
僕が囮になることを提案した時、清水先輩、深沢さん、浅見さんは早い段階で賛成してくれた。
この三人も、本当は心配で胃が痛かったことだろう。
「あの……、僕が囮になるのは反対したかったですか?」
すると、深沢さんがどこか困ったように笑う。
「正直に申しますと、そうですね。奏太様を危険に晒す策は、護衛官として本来は断固反対するべきですから」
「じゃあ、どうして賛成してくれたんですか? 斗輝は最後の最後まで渋っていたのに」
三人がいくら僕の気持ちを尊重してくれたとはいえ、斗輝が了承していないことに彼らが賛成するのはおかしいと、改めて考えてみて気付いたのである。
そこで、浅見さんがクスッと笑った。
「もし反対したら、奏太君が誰にも言わずに動きそうな気がしたんですよ。普段はおっとりしている奏太君が実は頑固で大胆だというのは、そばで警護をしていてよく分かりましたから」
「えっ?僕って、そういうところがあります?」
驚く僕に、向かいの席にいる三人が無言のままソッと微笑んだ。
それは肯定の笑みだ。
「あー、そうだったんですか……」
真相を知らされ、僕は気恥ずかしくなる。
鼻の頭を指でチョイチョイと引っ掻いていたら、清水先輩がチラリと斗輝を見た。
「斗輝様もそのような奏太様の性格をご理解されていたので、最終的には折れたのですよ。ご自分の目が届かないところで奏太様が危険な目に遭うよりは、万全の状態を整えた上で囮になっていただいたほうが、まだマシだと判断されたのでしょう」
「そうなの?」
斗輝に問いかけると、彼は僅かに目を細めた。
「奏太は、時に無茶をするからな。それに、優しい。俺のため、そして、澤泉のため、自分から危険に飛び込むことを厭わないだろう」
「そ、そこまで、無鉄砲じゃないですよ」
基本的に、僕は臆病なのだ。……と、思っている。
オズオズと言い返したら、斗輝が僕の額を人差し指でトンと軽く突く。
「だが、俺が頷かなかったら、浅見が言ったように、一人で行動したんじゃないか?」
「だ、だって……、教えたら、反対されるでしょうし……」
さらに気まずくなって視線を逸らしたら、彼が僕の鼻を指でキュッと摘まんだ。
「だから、最後には了承するしかなかった」
もう一度キュッと摘まんでから、斗輝が僕の鼻から手を放す。
僕は涙目になりながら、鼻を擦る。
「ご、ごめんなさい……」
小さな声で謝ると、彼の腕がふたたび僕を抱き締めた。
「さて、話も済んだ。この後は、二人でゆっくりしよう」
その言葉とともに、清水先輩たちが立ち上がる。
「では、私たちは帰ることにしましょう」
「斗輝様、奏太様、失礼いたします」
「斗輝様、失礼いたします。奏太君、また大学で」
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