その香り。その瞳。

京 みやこ

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(175)SIDE:奏太

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――だからこそ、斗輝が僕を選んだって、どういうことなんだろう。



 溶けかけたアイスを口に運びながら、浅見さんの言葉を反芻する。

 そもそも、僕はなにが自然にできているのだろうか。



――斗輝に選んでもらえるようなことって、いったいなんだ?



 それが分からないと、答えに辿り着けそうにない。

 平べったい木のスプーンをカップと口の間で往復させながら、僕は一生懸命考えた。

「……君、奏太君」

 名前を呼ばれていることに気付き、僕はハッと我に返る。

「はい、なんでしょうか?」

 浅見さんに視線を向けると、彼は肩を小刻みに震わせながら笑っていた。

「もう、アイスはなくなってますけど」

「……え?」

 言われて手にしているカップを見たら、すっかり空になっている。

 アイスがなくなったことにも気づかないまま、無意識で手と口だけ動かしていたようだ。

「はは、ははは……。なんか、間抜けですね……」

 苦笑いを浮かべる僕に、浅見さんは優しく微笑みかけてくる。

「そういうところも、本当に可愛らしいですよねぇ」

「まぁ、昔から『馬鹿な子ほど可愛い』って言葉もありますし」

 誤魔化すように笑う僕に、浅見さんは首を横に振ってみせた。

「俺は、そういう意味で言ったのではありませんよ。それと、俺の言葉が理解できなくても、いっさい問題ありません」

「そうなんですか? でも、気になります。僕のなにが、斗輝に選んでもらえた要因なのでしょうか?」

 僕はグッと身を乗り出して問いかける。



 それが分かったら、斗輝を喜ばせてあげられるかもしれない。

 鈍い僕には彼の考えや気持ちを先回りして察することが難しいから、是非とも、浅見さんにヒントをもらいたい。



 ジッと見つめていたら、浅見さんがまた肩を震わせて笑い出す。

「いいえ、教えません」

「そんなぁ……。意地悪言わないでくださいよ、浅見さん」

 さらに身を乗り出す僕の様子に、浅見さんは笑いを収めた。

 とはいえ、彼の目は楽しそうな光を浮かべたままである。

「けして、意地悪をしているわけではないのですがねぇ。奏太君が分からないからこそ、それが斗輝様にとっていいことなんですよ。自分の言動を計算するようになった奏太君を、斗輝様が望むとは思いませんし」

 浅見さんの説明は、やっぱり意味が分からない。

「うー、浅見さんの意地悪……」

 ムウッと唇を尖らせると、浅見さんがプッと小さく噴き出す。

「奏太君といると、飽きませんねぇ。コロコロと表情が変わって、とても楽しいです。これは、斗輝様がハマるのも納得ですよ」

「僕のこと、珍獣扱いしてます?」

 ますます唇を尖らせている僕に、彼が「いいえ」と返してきた。

「珍獣だなんて、とんでもない」

「本当ですか?」

 ジイッと見つめたら、浅見さんの目が弧を描く。

「はい、本当です」

 ニッコリと笑う浅見さんの言葉を、一応、信じることにした。







 アイスを食べ終えた僕はテーブルの上にノートと教科書を広げ、講義の復習をすることにした。

 分からないことがあったら浅見さんに教えてもらえるのは、非常にありがたい。

 そんな風に時間を過ごしていたら、早足でこちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。

 パッと顔を上げると、斗輝と清水先輩の姿が目に入る。

「奏太、待たせてすまなかったな」

 彼は僕の横に立ち、大きな手で優しく僕の髪を撫でた。

「そんなに待っていませんよ。アイスを食べたり、講義の復習をしていたら、一時間はあっという間でした。それより、お疲れ様です」

 大学生でありながら、仕事もこなしている彼にねぎらいの言葉をかけると、斗輝は上半身を屈めて僕を抱き締めてきた。

 突然のことに驚いた僕は、ジタバタと暴れ出す。



 しかし、逞しい腕はビクともしなかった。

 それどころか、ますますギュウッと抱き締められる。



「ちょ、ちょっと、斗輝、放してくださいよ!」

 グイグイと彼の胸を押し返すものの、状況はまったく変わらない。

「昼休みと違って、学食内にはほとんど人がいない。だから、気にしなくていい」

 シレッと言い返してくる彼の胸を、僕はムキになってさらに押し返す。

「浅見さんと清水先輩がいるじゃないですか!」



 そこに、二人が声をかけてくる。

「俺のことは、気にしないでいいですよ」

「ええ、その通りです。斗輝様のそのような行動は、すっかり見慣れましたし」

 残念ながら、浅見さんも清水先輩も、僕の味方ではなかった。

 おまけに、やたらと温かい目で僕たちを見守っている。



――反対されても、冷たい目で見られても嫌だけど、そうやって応援されると妙に恥ずかしい! 見ないでー! あと、斗輝、やめてー!



 残念ながら、僕の願いは三人に通じなかった。







 しばらくして、やっと斗輝が腕を解いてくれた。

「さて、帰るか」

 照れ隠しに僕は彼を無視して、勉強道具をちょっと乱暴にバッグへと突っ込む。

「奏太」

 呼びかけられても、返事をしてやらない。

「奏太」

 もう一度呼ばれても、顔を向けてやらない。

 帰り支度が済むと僕はすくっと立ち上がり、学食の出入り口に向けていきなり走り出した。

「奏太!?」

「奏太君!?」

「奏太様!?」 

 さすがにこれには驚いたらしく、三人の声がひっくり返っている。

 ちょっとだけ気分がよくなってヘヘッと笑った瞬間、後ろから伸びてきた腕に抱きすくめられた。

 勢い余った足が浮き、宙を掻く。

「ふえぇっ!?」

 素っ頓狂な声を上げると同時に、横抱きにされた。

 もちろん、そんなことをするのは斗輝しかいない。

「お、下ろしてください!」

「嫌だ。このまま、駐車場まで行くぞ」

 切れ長の目を細めた彼が、スタスタと歩き出す。



 そして僕は、斗輝を無視するとかえって大変な目に遭うことを、身をもって実感したのだった。

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